45 夜明けの最終戦
時は過ぎ、サイガ流当主の座と秘武具を賭けた戦いも十回戦を越えた。この頃になると体力が尽きた者や素直に負けを認め再挑戦を諦める者が出始めた。
そんな脱落者が出る中、舞台上では手傷を負いながらもオリオンが初勝利を上げた。
『十回戦目の勝者、オリオ~ン! 遂にサイガ流以外から勝者が出て来たぞ! どうしたどうしたサイガ流? 他所者に遅れを取っちまって、テメェらの実力はその程度かぁ? 十一回戦、開始ぃ!』
ダンテの煽り文句に触発されたサイガ流の戦士達が怒号を上げて舞台上のオリオンに襲い掛かる。
「くそ、ダンテの奴……煽り過ぎだろ」
「そこを動くなよ小僧! サイガ流本家、テッカン様がブッ飛ばしてやるわ!」
「邪魔だ、ジジィ! 年寄りは引っ込んでろ。次の勝者は俺が貰う! 『烈風飛燕脚』!」
「うははははっ! 強ぇ奴は大歓迎だぜ。俺も混ぜろよ、『鬼炎連脚』!」
お互いに牽制し合いながらも襲い掛かってくる戦士達にオリオンは呼吸を整え、高速機動スキルとこれまでの戦闘で覚えたサイガ流の技を駆使して複数の戦士を相手取る。
「ほぅ、サイガ流の技を使いやがるか……面白い。これならどうじゃ!」
戦いの最中にサイガ流を吸収していくオリオンに興味が出て来たのか、それまで敵対する相手を倒す事だけに執着していた一部の戦士に変化が現れた。
まるで遊び相手を見付けたかのように口角をあげて殴りかかって来る。オリオンが上手く捌いて躱すと楽しげに次々と技を繰り出し、受け損ねて倒れるとわざわざ手を止めて早く立てと急き立てた。
「おりゃおりゃおりゃ! これでどうじゃ!」
「ぐっ……このっ!」
「ふはははっ! これも防ぎよるか! ならば……」
「アタイにも遊ばせろ、『獣爪乱舞』!」
「ぬおっ! この猫娘が。引っ込んでおれ!」
オリオンと老戦士が戦っている最中に猫獣人の女戦士が割り込み、三つ巴となった。
オリオンが老戦士と女戦士の攻撃を凌いでいると両者の背後で大きな動きがあった。二人の攻撃の手が止まり、何事かと振り返る。
全員の視線が集まった舞台の一画でカビが赤い靄のようなものを身に纏い、群がる強敵達を一撃で仕留めて次々と場外へと叩き出していた。
「あ、あれは……噂に聞くサイガ流の奥義か」
「うぎぃ……肌がざわざわするじゃんよ」
邪魔な対戦相手を全て場外に落としたガビの視線が向けられると、サイガ流の二人が身構えた。
「……るあぁ!」
「ぬおっ!」
「ぎゃん!」
数メートル離れた場所にいた筈のガビが一瞬で移動し、老戦士と女戦士に一撃を入れた。老戦士は辛うじて防御し、まともに食らった女戦士は場外へと飛ばされた。
「その赤い靄……身体強化か」
「これが……サイガ流の、奥義『灼化』、だ」
「大した能力だな。でも反動がキツそうに見えるぞ。使いこなせていないんじゃないか?」
「ほざけぇ!」
ガビの怒声と共に踏み込んだ足元の地面が砕け、次の瞬間には超高速のガビの拳がオリオンの目の前に飛んでくる。オリオンも高速機動スキルを全開にして攻撃を躱し反撃する。
「な、なんじゃ。こやつらは……ぐぉ!」
常人の目では捉えきれない高速戦闘が始まり、狼狽える老戦士が巻き添えを食らって場外へと落ちた。
空気が破裂し、地面が砕け、両者の血飛沫だけが飛ぶ。
先にオリオンの姿が顕となり、地面を転がった。次いでガビが息を荒げながら灼化を解除して現れた。ガビ自身もかなりのダメージを負ったらしくオリオンにトドメを刺すチャンスではあるが片膝をついてすぐには動けずにいた。
それでも鉛のように重く鈍い身体に鞭を打ち、覚束ない足取りでオリオンに近付いて腕を振り上げた。
「はぁ……はぁ、俺の……勝ち、だ!」
「……掛かったな」
地面に伏していたオリオンが起き上がりガビの拳を払い退けて反撃した。
反撃を食らいガビは苦悶の表情を浮かべてよろめいた。
「ぐっ……テ、メェ」
「『灼化』しないのは、やはり消耗が激しいからのようだな」
高速戦闘時は互角でも、身体強化を解いた途端にガビは反動でボロボロになった。最早ガビに再度発動する余力は残っていなかった。
勝利を目前にして勝負を急ぐあまりオリオンの誘いに気付かず、灼化を解除したガビの失敗である。
「こいつで終わりだ!」
「……!」
オリオンの渾身の一撃を食らいガビは場外へと落ちた。
「ち、畜生ぉ……」
精も根も尽き果てたガビは起き上がる事も出来ず気絶した。
『けっちゃ~~く! 十一回戦の勝者はまたしてもオリオ~ン! これで二連勝! 他所者に負けっぱなしでいいのかサイガ流? 夜明けの最終戦は近いぞ、サイガ流の誇りを守る戦士はいるのか!』
「うおおぉ! あの小僧、ガビの大将をやっちまったぞ!」
「ふんっ! ガビめ、まだまだ詰めが甘いわ」
「ううぅ、腕が鳴るぜぇ……早く次の試合を始めやがれ」
「次こそ……次こそ俺が勝つ!」
ダンテがオリオンの勝利を宣言し、場外で待機する戦士達が試合に臨むべく次々と舞台へ上がるがその数は明らかに減っていた。激しく消耗しながらも未だ闘争心を燃やしているのは僅かで、半分以上の戦士は全力を尽くした事に満足し、残りの試合を棄権して観客に転じ、サイガ流の戦士とオリオンの対戦を心待ちにしていた。
『十二回戦……開始ぃ!』
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観覧席では先ほどのガビとオリオンの対戦が話題になっていた。
「驚きましたな。あのガビがサイガ流の奥義を会得していたとは」
「しかしあの程度では未完成としか……まだまだ粗が目立ちますわい」
「ですが独学で会得したのは大したものです。彼の評価も変わりましょうな」
「それにしてもそのガビを倒したあの若者は、何者なのですかな? 他所の冒険者らしいですが名前は聞いた事がありませんぞ」
「ほっほっほ、それだけ世界は広い。我々ももっと外へ目を向けて情報を集めるべきですかな」
これまで力に溺れる乱暴者としか思われていなかったガビが、本家でも少数しか扱える者がいないサイガ流の奥義を身に付けていた事にその場にいた多くの者が驚いていた。サイガ流の後継者争いに敗れ、素行を乱すようになってからのガビに対する周囲の印象は決して良いものでは無かった。どんな戦いで勝利を納めてもその実力を認められるどころか、常に当主である弟と比べられて欠点ばかりを指摘されていた。
その所為で余計に荒れて周囲に牙を向くようになり、師範クラスの者達もガビを見放すようになった。
だから誰もガビが陰で努力してサイガ流の奥義を自力で会得していたとは思いもよらなかったのだ。血縁であるケンゴウですらガビの実力を見誤っていた。
サイガ流の奥義『灼化』。まともな指導もなく会得するとなれば困難を極めた事だろう。生半可な修行で身に付くものではないのだから。
「ガビめ……やるではないか」
舞台上の試合に目をやりつつ、ケンゴウはもう一人の孫の健闘を称えた。
ふと場外に倒れたガビの様子が気になり視線を向けると、場外の倒れていた筈の場所からガビの姿が消えていた。思いの外消耗が激しく治療院にでも運ばれたのかと心配していると観覧席にガビが現れた。
身体はボロボロになりながらも目だけは力を失っていない。ゆっくりではあるが自分の足で歩いて観覧席に姿を見せたガビ。
思わぬ侵入者の登場に場の緊張感が高まり、皆が次の行動に警戒した。
負けた腹いせに暴れる気なのか、短気を起こしてジンハを襲いに来たのか。誰もが無言で事の成り行きを見守っているとジンハはガビを一瞥し、静かに口を開いた。
「座ったらどうだ? 立っているのも辛いだろう」
ジンハが自分の隣に空いているスペースをガビに勧めると意外にも素直に座った。
「あそこで奥義を使うとはな。あれでは勝っても負けても次が無かっただろうに」
「……けっ。どうせ終わるなら勝って終わろうと思ったまでよ」
「負けてりゃ世話ねぇな」
「嫌味な野郎だぜ。テメェは師範から本物の奥義を伝授されたんだろうが俺は……」
「それも自業自得ってもんだろ。普段の行いが悪いから人の信頼を得られないんだよ。お前は強さばかりを見過ぎだ」
「ふんっ……その強さも、あの野郎には届かなかったな。何者だ、アイツは?」
二人の視線が舞台上で暴れるオリオンと戦士達に向けられる。数時間戦い続けて直前ではガビと死闘を繰り広げたというのに、オリオンは舞台上で戦士達と互角に戦っている。
最初の頃の力強い動きは減ったものの戦闘中に学び取ったサイガ流の型を吸収し、徐々に動きが洗練されていった。
「他領の冒険者だそうだ。まだ未熟だが、これからもっと伸びるだろうな」
「だろうな。そうでなくちゃ面白くねぇ……俺も一から修行のやり直しだ」
「……本気か?」
「おうよ。負けっぱなしじゃ我も張れねぇ。野郎を超える為なら何でもしてやるぜ」
半信半疑で乗ったダンテの作戦が予想以上に効果があった事にジンハは内心驚いていた。
舞台ではそろそろ決着が付こうかとしている。そして、ジンハの視界に眩しい朝日の光りが差し込んできた。




