42 対立
ケンゴウと別れた後、馬車は村の宿屋に到着した。
「ここは私の知り合いが経営する宿屋なんですよ。モンジュさ~ん、居ますかぁ?」
建物に入りニーニャが声を掛けると店の奥から髭を蓄えた恰幅の良い初老の男が顔を出した。
「おやおや、誰かと思ったらニーニャ嬢ちゃんじゃないか! 久しぶりだねぇ……お? もしかしてお客さんを連れて来てくれたのかい?」
「ええ、四名。泊まれるかしら」
「ああ、勿論! 四名様、二階奥の大部屋をどうぞ」
店主のモンジュから鍵を受け取りオリオン達は部屋へ、ニーニャとはここで別れる事となった。
「では、明日の朝お迎えに参ります」
「本当に明日出発でいいの? 折角の里帰りなんだし二、三日ゆっくりしてもいいのよ」
「いえ、お気遣いなく。予定通り明日出発で構いません」
一礼してニーニャは宿屋を後にした。オリオン達は二階の大部屋に入ると体調不良のダンテをベッドに寝かせた。
「ダンテ、水いるか?」
「お、お~……水くれ」
「まったくもう。私達は夕食を食べに行くけど貴方はどうする……って聞くまでも無いわね。後で軽食でも買って来てあげるから大人しく寝てなさい」
「お~……頼む~」
ベッドの上で苦しむダンテを残し、三人は外出した。
それからしばらくして一階の宿屋の扉が開き三人の男達が入ってきた。
接客対応をしようと顔を出したモンジュを無視して三人の男達は二階を見上げた。
「いらっしゃい。お泊まりかな?」
「上だな。奥の方だ」
「間違い無いか?」
「ああ、さっきの奴らの匂いが残ってる。間違い無い」
「あの……二階がどうかしましたか?」
怪訝な顔で尋ねるモンジュに男の一人が向き直り。
「村の外から来た奴らが泊まっているのは奥の部屋で間違いないな」
男達の怪しい態度を不審に思ったモンジュが語尾を強めて問い質した。
「アンタら、ウチの客に何の用だ! いくらサイガ流の本家と言っても客におかしな真似をしたらタダじゃ置かんぞ!」
モンジュは鼻息荒く詰め寄ろうとするが、男の一人に押し留められて逆に身動きが取れなくなった。その間に残りの二人が階段を上がりダンテのいる大部屋の扉の前で立ち止まった。
静かに部屋の中の気配を探り予想通り一人だけ残っている事を確認した。
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一方その頃、部屋の中で一人寝込んでいたダンテはいち早く異変を察知していた。
宿屋の壁が薄かったお陰で階下で騒いでいたモンジュの怒鳴り声が響いていたのだ。
「……ったく、勿体ねぇけどしゃーねぇか」
荒事の気配を感じ取り、身体を起こすと同時に懐から薬瓶を取り出し飲み干した。
薬の効果でキツい二日酔いが解消されダンテの意識がハッキリする。
その間にも扉の前にいる不審者が部屋の扉を蹴飛ばし、衝撃で扉が大きく傾いた。
「うるせぇな。静かに寝かせろよ」
ダンテが魔法銃を構えるのと同時に外からの二発目の蹴りで扉の金具が外れ、開け放たれた扉から男達が部屋へと侵入しようとしてきた。
「汚ねぇ足で入って来んなっつーの。『衝波電撃弾』!」
「ぎぃあっ!」
「ぐぅ!」
先手を取ったつもりで油断し警戒せずに侵入して来た男達は雷属性の砲撃を食らい、悲鳴を上げてよろめきながら後退した。
弱った相手を逃すまいとダンテが魔法銃を連射する。
「うらっ! おらっ! ほりゃあ!」
「ひぃぎぃああぁ!」
「や、やめ……いぎぃ!」
悲鳴を上げて転げ回る仲間の姿を見て階下で待機していた男が慌てて階段を駆け登ってきた。
「遅ぇよ、『圧縮空烈弾』!」
「な、ぅわ!」
下から男が登って来る前にダンテが迎撃する。狭い階段上で逃げ場が無かった男は至近距離で砲撃を食らい、宿屋の壁を突き破って外まで吹き飛んだ。
「何だったんだコイツらは?」
気絶した襲撃者を集め拘束し、モンジュが荒らされた室内を片付けていると外に出ていたオリオン達が帰ってきた。荷物を抱えた三人は派手に壊された宿屋の壁や床を見て唖然とした。
「私達が出掛けている間に何があったの?」
一階の広間で椅子に腰掛けるダンテの側に転がる男達と困り顔のモンジュを見てシャーリィは目を吊り上げた。
「よっ! お帰り。俺の飯は?」
「ダンテ! まさか、コレは貴方がやったの? その人達は何?」
「まぁ落ち着きなって」
ダンテはオリオンから食料の入った包みを受け取り、その場で食べ始める。その様子に苛立ったシャーリィが声を荒らげる。
「ダンテ!」
「まぁまぁ、お連れさんも落ち着いて。此方のダンテさんの所為では無いんです」
「え? どういう事ですか」
「取り敢えず、使いの者がニーニャ嬢ちゃんを呼びに行ってますんで少しお待ち下さい。それとお泊まりの部屋は変更しましたんで」
オリオンとパティが二階の大部屋の様子を見る。ひび割れ金具が外れた扉が壁に立て掛けられ、階段の手摺りと宿屋の壁にも大穴が空いているのを確認した。
「派手にやったのぉ。魔法銃を使ったんか」
「いきなり襲われてよぉ。びっくりしたぜ。そっちは何とも無かったのか?」
「襲われた? まさか貴方の身元が知られた訳じゃないわよね」
「知らね。でも多分違うと思うぜ。ここじゃ俺はほとんど顔を見せてねぇんだから、俺を狙ったんじゃなく『外から来た連中』が一人だけになったから襲ったって感じじゃね?」
詳しい事情はニーニャの到着後に男達を尋問すればハッキリするだろうと待っていると、息を切らして慌てた様子でニーニャが宿屋に飛び込んできた。
「皆さん、無事ですか!」
「ニーニャさん、店主のモンジュさんも含めて此方に怪我人はいないわ」
知らせを聞いたニーニャはここまで全速力で走ってきたようで、肩で息をしながらオリオン達の安全が確認出来ると胸を撫で下ろして大きく息を吐いた。
「はぁ……皆さんの身に万が一の事があれば大問題に……いえ、もうすでに大問題になっていますね」
「そうね。こうなった以上、詳しい説明が欲しいんだけど」
ニーニャがシャーリィの求めに答えようとすると、代わりに別の人物が答えた。
「そうじゃの。お前さん達も巻き込まれた以上、聞く権利があるの」
そう発言したのは遅れてやって来たケンゴウであった。そしてケンゴウの後ろには白い毛並みの狼耳の獣人が続いた。
「初めまして、旅の方々。聞いておるかもしれんがワシはキルオテ村の長老衆の一人ケンゴウという者じゃ。そして此方が……」
ケンゴウに促されて獣人の男が前に出た。
「俺はサイガ流の当主ジンハだ。この度はウチの馬鹿どもが迷惑を掛けた。すまない、この通りだ」
心中の怒気を押し込め、眉間に皺を寄せながらジンハはオリオン達に深々と頭を下げ、その後ろでケンゴウとニーニャも揃って頭を下げた。
「サイガ流当主の真摯な謝罪、確と受け取りました。幸い此方に被害はありませんからどうか頭をお上げ下さい」
「……感謝する」
誇り高い獣人の戦士、それも集団を束ねる長が他人に頭を下げる。決して容易な事では無く、それだけ今の事態を重く見ているという事なのだろう。
「まずお前さん達が狙われた理由なんじゃがの。それはキルオテ村が抱えている、ある問題が原因なんじゃ」
「原因と言うと本家と分家の対立というヤツですか?」
「より正確に言うなら、本家連中が中心となりブルーノ子爵家からの離反を掲げる独立推進派とその事に反対する派閥の争いじゃ」
「子爵家からの離反!? 本当ですか!」
ケンゴウの言葉に強く反応したのはブルーノ家と同じ貴族家のシャーリィだった。
王国の定める法において異なる領地間での移動や定住は、個人レベルでは黙認されているものの集落レベルでの移動は原則禁止されている。例外的に領地を治める領主が許可を出すか、命を脅かす危機に対処するなど緊急時に限り認められるがそれでもほとんど前例が無い。
特にキルオテ村はサイガ流という武術の発祥の地。ブルーノ領においてはとても重要な場所だ。
そのキルオテ村がブルーノ領から独立するまどあり得ない事なのだ。例えそれが住民の総意だとしても領主は決して許さないだろう。
「ブルーノ領から離反したとして……一体何処へ行こうと言うんです? ブルーノ子爵の許可無く領主を離れた住民を受け入れる貴族家など存在しませんよ」
「推進派の連中はそうは思っとらんようじゃ。自分達の実力ならば欲しがる貴族はいる筈だと、自分達はもっと評価されて然るべきだと言うておるのよ」
ケンゴウの言葉にシャーリィは顔をしかめ、否定するように首を振った。推進派の見通しの甘さに呆れているようだ。
「この村がこんな状態なのは領主様の耳にも入っておるようでな、事の仔細を確かめる為にニーニャが送り込まれたようじゃ。だがその事に過敏に反応した本家の一部が暴走し、ニーニャを通じて自分達の主張を通させようとした。お連れさんを狙ったのも交渉材料の一つとして利用する為だったようじゃ」
ニーニャと連れ立って村に訪れた事でオリオン達もブルーノ子爵の関係者と誤認したようだ。
「人質を取ればブルーノ子爵が折れるとでも? いくらなんでも考えが甘過ぎるでしょ。子爵でなくてもそんな話しに誰も乗らないわ」
「なにぶん狭い世界しか知らん連中じゃからの。政治が絡んだ時の貴族がどれほど恐ろしいかなど想像もつかんのじゃろ」
「何とか推進派の連中の目を覚まさせる事は出来ないんですか? 当主のジンハさんが言って聞かせるとか……」
「残念だが、当主の命令ならば仕方なく従うが考えは変えんという連中がほとんどだ。跡を継いで間もない今の俺の言葉には……重みが無い」
ジンハは悔しそうに顔を背ける。当主という立場だけでは長年サイガ流を支えてきた本家の者達を翻意させる事は出来ないようだ。
「ジンハはまだ当主になったばかり。本来ならば長老衆が後押しせねばならんというのに、肝心の長老衆の中にも推進派に同調する者がいる始末……全く、亡き先代に顔向け出来んよ」
ケンゴウは深くため息を吐き、キルオテ村とサイガ流の現状を嘆いた。




