41 サイガ流
オリオンとニーニャの模擬戦から二日後、シムニアに見送られて一行はハーベルの街への帰路に就いた。
「ぐぁ~……気持ち悪りぃ、頭いてぇ」
「まったく。出発日に深酒して朝帰りなんて、何考えてんのよ」
「タダ酒を飲む最後のチャンスだったからな……へへ、後悔はしてねぇぜ」
カジノのVIP待遇を利用してギリギリまで飲み明かしたダンテは青白い顔で強がりながら馬車の端でナメクジのように横たわっていた。
「シャーリィ様。ハーベルまでの道程ですが、途中でキルオテ村に立ち寄って頂けませんか」
「キルオテ村? 確かブルーノ領とブラウン領の領境にある村だったわね。大して距離も変わらないし、構わないわよ」
ニーニャの提案により馬車は進路を変更し、行きとは違う道に入った。
「キルオテ……キルオテ……はて? 何かで聞いた事があるような気がするのぉ」
「キルオテ村? 俺は聞いた事無いなぁ」
「う~ん……あっ! 思い出した。昔の達人が拓いた村で武術が盛んな村じゃなかったかの」
パティは頭を捻って記憶を呼び起こし、どうにか以前聞いた話を思い出した。
「キルオテ村は私の生まれ故郷なんですよ。今夜は村に泊まって行って下さいな」
「折角だし、ご招待に預かりましょうか。野宿より安全だし、身体も休まるわ」
「さ、賛成……ば、馬車の振動がキツ……ぅう」
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夕暮れ時に差し掛かる頃、馬車はキルオテ村に到着した。
村の入り口を守る兵士が馬車の前に立ち、声を掛けてきた。
「そこの馬車、止まれっ! 村に入る前に……って、ニーニャじゃないか。久しぶりだな、何年ぶりだ?」
「どうも、お久しぶりです。ちょっと所用で立ち寄りました。通って構いませんか?」
「あ、ああ。ところで……本家に、知らせを出した方がいいか?」
兵士が気を遣う素振りを見せながらニーニャに話掛けたが、ニーニャは一瞬眉間に皺を寄せて首を振った。
「いえ、必要ありません。村の滞在は一晩だけですし、知らせても歓迎されないでしょうから」
「そうだな。無駄にトラブルを起こす必要も無いか……よし、通っていいぞ」
兵士が道を空け、馬車がゆっくりと動き出した。
「ニーニャ、本家って何じゃ?」
「……この村の住民の多くは村を拓いた武術の達人であるサイガ様の血を引いているの。その中でもサイガ様の直系の子孫が本家で、私を含めたその他の分家が存在し、あとは外から弟子入りした者達と商売をする者達が少数。この村においては本家が中心で、当主が実質村の代表者でもあるの」
「ふ~ん。ニーニャは本家と仲が悪いんか?」
パティの歯に衣着せぬ物言いに苦笑しながらも、先ほどの兵士とのやり取りを見ればそう思われるのも仕方ないとニーニャは頷いた。
「本家というか、今の当主から嫌われているのよ。昔はそれほどでもなかったんだけど先代が亡くなり、息子である現当主が跡を継いでからは敵意を向けられるようになっちゃってね」
ニーニャが疲れたようにため息を吐いた。分家の立場では思うように抗議するのも難しいのかもしれない。
オリオン達が何気なく通りを眺めていると行き交う人々の中に混じって特徴的な姿をした者達を見掛けた。
「ニーニャさん。獣耳や尻尾を生やした人を見掛けるんですけど、あれが噂に聞く獣人って人達ですか?」
「そうですよ。我らの祖、サイガ様は称号『牙の戦士』を得て長い修行の果てにその身を変化させて獣人となったんです。だから子孫達にとって獣人の特徴を色濃く受け継いでいる事は誇りであり、強さの証でもあるんです。そういう価値観がある為、常人と変わらない姿の私は一段下に見られるんですよね」
「それは……何とも面倒な事ですね」
「まぁ、子供のうちは色々とありましたよ。それでも村で最も重要視されるのは個人の実力なので、実力が認められれば多少マシになりましたし、先代様にも認めて頂きこの三錬鋼を授けて貰いましたからね」
「三錬鋼か。かなり特殊な武器ですよね、それ。何か謂われがあるんですか?」
感慨深そうに三錬鋼を眺めるニーニャを見てオリオンが尋ねると。
「これは初代当主のサイガ様が使っていたとされる五つの武具の一つで、当主に認められた戦士にだけ特別に与えられる物なんです。この村で武具を授かったのは私を含めてたったの二人なんですよ」
「へぇ~、五つあるから常に五人に与えられる訳じゃないんですね」
「えぇ。先代様の目は厳しかったですからね」
ニーニャは誇らしげにそう語っていると馬車の前方に人集りが出来ているのに気付いた。
何やら騒ぎが起きているようだが、そんな人集りの中に頭一つ飛び抜けて目立つ巨漢の獣人がいた。
「む……あれは」
その獣人の姿を見付けたニーニャの顔が曇った。
「どうしたんですか、ニーニャさん」
「ちょっとすみません。少し様子を見て来ます」
そう言うとニーニャは馬車を降りて人集りの方へと歩み寄った。
「これは一体何の騒ぎですか、カビ殿!」
「あぁん? 誰かと思えば……」
灰色の毛並みを持つ狼頭の獣人カビは、詰め寄るニーニャの姿を見て牙を剥き出しにして不機嫌そうに唸った。
「テメェにゃ関係ねぇ事だ。分家の分際で気安く声を掛けんじゃねぇよ、引っ込んでろっ!」
「サイガ流の本家の者がこんな往来で暴力行為など……恥を知りなさい!」
唸るガビの前には相当に痛め付けられて血塗れの男が地面に倒れていた。
「んだとっ! これはなぁ稽古だよ、稽古! いつまでも底辺で踠いてるような弱者に本家の実力ってヤツを味わわせてやったんだよ。才能のねぇヤツはさっさと消えた方が身の為だし、サイガ流にとってもゴミ掃除になるだろ」
周囲の人集りの中にはガビに同調する者と悔しそうに俯く者達がいた。この村において実力が劣る者の言葉など誰も重視せず、その価値も認められない。生き残る為には強くなるしかない、それはこの世界の基本ルールでもある。
故にカビの言い分も必ずしも強者の驕りとは言い切れない。
だからと言って圧倒的な実力差がある者を一方的に痛め付けるだけの私刑を容認する事は別だ。
「……サイガの面汚しが」
「何だとぉ」
二人の間に剣呑な空気が漂う。一触即発な雰囲気に周囲の人間が思わず息を止めて緊張する中、場違いなほど陽気な声が飛び込んできた。
「おうおう、何じゃ何じゃ。こんな所で試合でもする気かのぉ」
人集りが割れて人々の視線が一斉に声の主に向けられた。
「ケンゴウ爺様」
「ちっ……ジジィかよ」
「ふぇふぇふぇ、久しぶりじゃのぉニーニャ」
その場の空気を無視して杖をついた老人が笑顔で二人に近付いた。
ケンゴウと呼ばれた老人が地面に倒れている男に気付き周囲の者達に指示を出した。
「これ、何をしておる。さっさとその者を治療院へ運んでやれ」
過度な緊張から解かれた人々が動き出し倒れた男を運び出した。
「相変わらずの暴れん坊じゃの、カビよ。それではいつまでたっても……」
「うるせぇっ! ジジィの説教なんざ聞きたくねぇんだよ!」
ケンゴウの言葉を遮り、カビは悪態を吐いてその場を去っていった。
「やれやれ、ちっとも成長せんのぉ」
「あの……ケンゴウ爺様。助かりました」
「ふぇふぇふぇ、なぁに大した事はしとらんて。しかし、ほんに久しぶりじゃのぉニーニャや。元気にしとったか?」
「はい、お陰様で。ケンゴウ爺様もお変わりないご様子で安堵しました」
「気に掛けてくれてありがとうよ。あちらは旅の連れかな?」
ニーニャの背後に止まる馬車に視線を向け、心配そうに顔を覗かせるオリオン達を見た。
「はい、仕事でブラウン伯爵領のハーベルの街へ向かう途中で立ち寄りました」
「そうか。もし急ぐ旅で無ければ、後でワシの所へ顔を出してくれんかの」
「……わかりました。後ほどお伺い致します」
「ありがとうよ。では待っとるぞ」
ケンゴウと約束を交わしたニーニャは、少し考え事をしながら馬車に戻ってきた。
「お待たせしてすみません。すぐに宿屋へ向かいますね」
「ああ、それは構わないが……ニーニャ、さっきの獣人の男は何者なんだ? それにあの老人も。ずいぶんと気を遣っていたように見えたが」
そんな疑問をシャーリィが投げ掛ける。
「先ほどの獣人の大男は先代当主の息子で本家のガビという者です」
「先代の息子? では、話していた跡を継いだ息子というのは奴の事か?」
「いえいえ、まさか。跡を継いだのはガビの弟のジンハという者です。ガビは……見ての通り粗暴で気が荒く、実力の面でもジンハには及ばない為、一族の長老衆からの支持が得られず当主には選ばれませんでした。その事が原因で余計に荒れているようです」
ニーニャはそんなガビの振る舞いに呆れ、深いため息を吐いた。
「そして老人の方が長老衆のお一人で先代のお父上で、当主のジンハとガビの祖父でもあるケンゴウ爺様です。若い当主のジンハを支えている立派な方なのですが……ガビの事には何かと手を焼いているようで」
「なるほど……村の長老としては身内だからと言って甘い顔は出来ない訳か。苦労なさってるのね」
「はい……ガビがもう少しサイガ流本家としての自覚を持ってくれればと思うんですが、難しいんですよね」




