40 スキル
鞭の三錬鋼を握るニーニャの手が少し動いただけで、波打つ鞭の先端が空を叩き激しい破裂音を発生させる。
オリオンは先端の動きを見て躱そうと身を翻すが、ニーニャが手首を捻るだけで鞭の軌道が変わりオリオンの足を打ち据えた。
「ぐっ!」
「これで動き回るのも難しくなった。さあ、どうする?」
回復する暇も与えず、ニーニャが三錬鋼を振るう。高速で動く鞭がオリオンの頭を狙って弧を描く。
「一か八か……」
オリオンは覚悟を決め、鞭の軌道を見切り黄金斧で受けると同時に勢いを無くした鞭を掴んだ。
純粋な力比べならまだ分が有ると見て、鞭を掴む手に力を込めて引き寄せようとした。
だがオリオンの予想に反してニーニャは抵抗せず、距離の有利を捨てて急接近してきた。
「何? でも、接近戦なら!」
「ふふ、どうかしら」
ニーニャが三錬鋼を操り形状を変えた。しっかりと握っていたオリオンの手からすり抜けた三錬鋼がニーニャの右腕に隙間無く巻き付き一体化して、拳を覆う手甲となった。
「!」
「流連打ッ!」
最初の一、二発は防いだものの三錬鋼に覆われた鉄拳が黄金斧の刃を弾き、オリオンの身体に痛烈な拳打をめり込ませた。
片膝をつき苦悶の表情を浮かべて咳き込むオリオンの口から赤い血が滴り落ちる。
「(くそっ……見えているのに。身体が……泥の中で踠いている気分だ)」
ニーニャの攻撃に反応し切れず、思うように動けないもどかしさにオリオンは歯軋りした。
「……称号持ちとは言ってもこの程度。正直、期待外れですね」
失望の眼差しで見詰めるニーニャの視線と言葉が容赦なく突き刺さり、黄金斧を握るオリオンの手が込み上げてくる怒りで震える。
だがその怒りは投げ掛けられた言葉に対する怒りではない。まともに戦えない不甲斐ない自分に対しての怒りだ。
「……まだ、だ」
沸き上がる怒りを糧にオリオンは再び立ち上がるがニーニャはため息を吐くだけで構えはしない。最早実力を見切り戦闘継続に意義を感じられないようだ。
「そのタフさだけは評価してあげますよ。もっとも回復するにも魔力を消費するでしょうし、そろそろ限界でしょう。もう終わりにしませんか?」
「……」
ニーニャの勧告に答えず、オリオンは歩き出す。
「ふぅ……弱者をいたぶる趣味はないんですけどね」
ニーニャは棒状に変化させた三錬鋼を構え、一撃で仕留めようと近付いてくるオリオンの頭部に狙いを定めた。
「下手すれば致命傷になるかもしれませんが、恨まないで下さいね」
最後の警告を伝え、ニーニャは回転を加えた三錬鋼の突きを繰り出した。
「(動け、動け、動け……死にたくなければ、動けえぇぇっ!)」
三錬鋼の先端が眼前に迫った瞬間、追い詰められたオリオンの精神が極限まで研ぎ澄まされる。
オリオンの意思が身体の隅々にまで浸透し、拡大した全身の感覚が身体の枠を越え、周囲の空間まで広がった。
「えっ?」
三錬鋼の突きが顔面に命中する寸前、オリオンの身体が溶けるように消え、ニーニャの攻撃は空振りした。
「ど、どこへ」
武人として鍛え上げたニーニャの感知能力を以てしても消える直前のオリオンの動きは見切れなかった。
予期せぬ事態に慌てたニーニャが周囲を見回すと、背後で倒れているオリオンを見付けた。
「なっ! い、いつの間に……」
ニーニャは直ぐ様飛び退き、オリオンから距離を取って構えた。先ほどとは一変して険しい顔で地に伏したオリオンを警戒する。しかし、オリオンが立ち上がってくる気配は無かった。どうやら気絶しているようだ。
「……どういう事?」
◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️
模擬戦終了から数分後、額の上にひんやりする感触を感じてオリオンが目を覚ました。
額の上には氷嚢代わりにパティが呼んだクラゲが乗っかり、魔力切れを起こしたオリオンの身体に少しだけ魔力を供給していた。
「冷た……あれ?」
「おっ? 目を覚ましたかオリオン」
長椅子の上に寝かされたオリオンを覗き込むようにパティが声を掛けた。
オリオンは寝起きの頭でボンヤリしていると徐々に状況を理解していった。
「……あ~。俺、負けたのか」
「ボロ負けじゃったのぉ。でも最後は惜しかったと思うぞ」
「最後? 最後……どうなったっけ?」
「覚えとらんのか? 一瞬でニーニャの後ろに回り込んだのに倒れてしもうたんじゃ。一撃入れるチャンスじゃったのになぁ」
「一瞬で? ……はて?」
気絶した影響か、最後の状況をハッキリとは覚えておらずオリオンは首を傾げる。
「起きたのね、オリオン。身体の調子はどう?」
「あ、シャーリィさん。ちょっとダルいですけど、問題ありません」
「ちょっとダルい程度なのね……試合中に受けたダメージは相当なものの筈なんだけど」
呆れ顔のシャーリィの後ろにシムニアとニーニャが控える。
二人の姿を見てオリオンが身体を起こし、礼を言った。
「ニーニャさん、模擬戦ありがとうございました。手も足も出ず、自分の未熟さを痛感しました」
「いえ、此方こそ……ところでオリオンさん、試合の最後は覚えていますか?」
頭を下げるオリオンにニーニャは神妙な面持ちで尋ねてきた。
「それがさっぱり……どうやら魔力切れを起こしたみたいで。何とも情けなくてすみません」
「いえ、お気になさらず。あの最後の動き……おそらく何かしらのスキルに目覚めた筈ですから確認した方が良いですよ」
「新たなスキル?」
「ええ。移動系のスキルと思われますが、傷の治療で魔力が枯渇しかけていたところで無理に発動させた為、気絶したようですね。もし魔力が僅かでも残っていたら試合結果は違っていたかもしれません……オリオンさん、ハーベルの街に戻るまでの間に再戦しましょう。今度は完璧に勝利してみせます」
「完璧も何も、最初から最後まで圧倒されましたよ。でも、再戦は望む所です」
オリオンは差し出されたニーニャの手を握り返した。




