39 三錬鋼
ひとまずの用件を済ませたシムニアは研究サンプルとして街を覆っていた睡眠効果の水をパティに頼み少量入手し、早速それを研究機関に持ち込んで研究を開始する事にした。
「パティちゃん達はハーベルに帰る日を変更したんでしょ? お願いしたい事があるからシャーリィの屋敷で待っててくれないかしら」
「あら、まだ何かあるの?」
「この水の研究と開発について、ブルーノ家だけで進めていくのは何かとリスクがあるから出来ればブラウン伯爵家と共同で行いたいのよ。その為の交渉役をシャーリィ達に同行させたいから後で顔合わせしましょ」
様々な利益を生み出す可能性を持つ研究を一貴族家だけで行えば、敵対する貴族家があらゆる手段を駆使して研究の邪魔もしくは研究そのものを横取りしようと画策するかもしれない。
そういった事態を防ぐ為に、友好的な関係の貴族家を味方に引き入れ抑止力にするつもりのようだ。
国内のどの勢力でも、ブルーノ子爵家とブラウン伯爵家、片方だけならまだしも両方を一度に敵に回すような事は躊躇するだろう。
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騒動から二日後、シムニアの手紙を携えた使いの者がシャーリィの屋敷を訪ねてきた。
「お嬢様、シムニア様からお手紙が来ております」
「ありがとうマーガレット。やっと話しがまとまったようね……ふ~ん」
シャーリィはマーガレットから受け取った手紙の封を開け、目を通す。
「オリオン、パティ。シムから交渉役の顔見せをしたいから冒険者ギルドの訓練場へ来て欲しいって」
「それってブルーノ家とブラウン家の話しですよね。俺達も同席する必要があるんですか?」
「まぁ、いいじゃない。どうせ帰りは一緒の馬車に乗る予定なんだし。ほら、行くわよ」
「ダンテはどうします? 出掛けてますけど」
「どうせカジノか酒場でしょ。彼には用が無いから放っておけばいいわ」
シャーリィに促されオリオンとパティはザザティークの冒険者ギルドの裏手にある訓練場へとやって来た。
人払いされているのか広い訓練場にはシムニアの他に部下が一人居るだけだった。
「わざわざ呼び立てて悪いわね。紹介するわね
、彼女が私の代理でブラウン家との交渉役を担うニーニャよ」
「シムニア様の補佐官を務めますニーニャ・レッダです。よろしくお願いします」
シムニアに紹介された部下のニーニャが前に一歩進み、シャーリィ達に頭を下げた。
黒髪を短く整えたショートヘアに小柄な体格、一見すると幼い印象を受けるが相手を睨み付けるような鋭い眼光と隙の無い立ち振舞いからただならぬ手練れであると推測される。
ニーニャの左腕には縄状の不思議な金属が巻き付いていた。装飾品というより防具の一種のように思える。
「シャーリィ・フォン・ブラウンよ。よろしく」
「オリオンです。よろしくお願いします」
「ウチはパティじゃ。よろしくな、ニーニャ」
順に挨拶を交わしていたが、ニーニャの視線がオリオンに向けられた時、ほんの少しだけ険しくなった。
何か失礼でもあったかとオリオンが戸惑っていると。
「君がオリオンか。噂は聞いているよ」
獰猛な獣のような笑みを浮かべてニーニャがオリオンの前に歩み出て右手を差し出した。
雰囲気に気圧されて思わず後退りしそうになるのを堪えて、オリオンは差し出された手を握り返した。小さな手だが皮膚は固く、鍛えられた手の感触だった。
「是非とも手合わせしたいと思っていたよ」
「手合わせですか? ……構いませんか? シャーリィさん」
「別にいいわよ。大怪我しないよう魔法の使用は無しで先に有効打を入れた方が勝ち、あとは……武器の使用は自由。これでどう?」
シャーリィがシムニアに視線を送るとシムニアも同意して頷いた。
ニーニャとオリオンが模擬戦の準備を始める中、シャーリィ達三人は訓練場の端に移動し、長椅子に腰掛けた。
「あのニーニャって娘、相当な手練れね。もしかしてブルーノ家が推すギルド・オブ・エースの出場者かしら」
「当たり~。同じく出場予定のオリオン君の話しをしたら力試しがしたいって言うから、今回の顔合わせも兼ねてここに連れて来たのよ」
「あのニーニャとオリオン、どっちが強いんじゃろ?」
訓練場の中央でウォーミングアップを済ませたオリオンが愛用の黄金斧を手にする。一方のニーニャは武器らしい物は持たず、装備しているのは左腕に巻き付けた金属の縄くらいだ。
「勝つのはうちのニーニャね」
「残念だけど、そうでしょうね」
「え? オリオン、負けるんか?」
シムニアとシャーリィの両方がニーニャの勝利を即答した事にパティは驚き、声を上げた。
「オリオン君も強いんでしょうけど、ニーニャの方が数段上よ」
「そうね。それに魔法無しだから万が一にも勝ち目は無いわね」
「それじゃ何の為に……」
「パティ、今のオリオンには経験が必要だと思うの。実戦だけでは得難い、全力を出しても勝てない強者との経験がね」
「それでも必ずオリオンが負けるとは限らんじゃろ?」
パティはあまり納得のいかない表情で答えた。その経験が必要だとしても仲間が負ける姿は見たくない。そんな彼女の胸中を察して、シャーリィは苦笑する。
「仲間の勝利を信じたい気持ちは分かるわ。でもこの先オリオンが強くなるには高い壁が必要なの。それも圧倒的な壁がね。だから今はこの敗北から多くを学び取る事が重要なのよ」
三人が見守る中、準備を終えたニーニャとオリオンが静かに合図を待つ。
「二人とも準備はいいわね? ……では、始め!」
シムニアの開始の合図と同時に両者が駆け出す。
ニーニャが斧の間合いに入りオリオンが横薙ぎの攻撃を仕掛けたが、その攻撃を掻い潜りニーニャがオリオンの懐に飛び込んだ。
互いの身体がぶつかりそうな程近付いた次の瞬間、ニーニャが素早く反転しオリオンの胸に豪脚の一撃を叩き込んだ。
「オ、オリオーン!!」
「あらま、瞬殺」
「あれはキツいわね。胸骨折れたんじゃない?」
ニーニャの強烈な蹴りを食らったオリオンが五メートル程吹き飛んだ。
「決着はついたわね……どうする? まだ戦う気があるのなら続けても構わないわよ」
ニーニャの問い掛けに答える余裕の無いオリオンだったが苦痛に顔を歪ませてゆっくりと身体を起こし、立ち上がった。
構えるニーニャに向かってオリオンは一歩ずつ歩き出し、数歩進むと早足になり、数メートル進んで駆け足となった。
「オオォオラァッ!」
気合いと共に振り下ろされた黄金斧をニーニャは寸前で僅かに身を引き躱した。オリオンの工夫の無い攻撃に対してニーニャは少し嘆息し、勝負を決めようとオリオンの顎を狙って下から掌打を繰り出した。
だがその攻撃は空を切った。空振りし伸びたニーニャの腕をオリオンが掴んだ。そのまま体格差を利用して強引に持ち上げ、宙に浮かんだニーニャの腹部目掛けて黄金斧を繰り出す。
ニーニャは左腕の装備を盾にして攻撃を防ぐとニヤリッと笑い、自身の腕を掴むオリオンの腕を逆に掴み返して身体を回転させてオリオンを地面へと投げ落とした。
「がはぁっ!」
「二本目も私の勝ち。もう止める?」
「ま……まだだ!」
背中を強打しながらもオリオンは直ぐ様立ち上がった。
ニーニャは実力差を自覚しながらも戦意を失わないオリオンを見て、さらに追い込もうと次の手を打った。
左腕の縄に魔力を込めると瞬時に変形し、ニーニャの手の中で一本の長い棒となった。
「ニーニャの装備が変わったぞ! 何じゃアレは」
「アレはニーニャが愛用する三練鋼という特殊武器よ」
「三錬鋼って事は、三つの形態があるのかしら。腕に巻き付いた形態と棒の形態、あと一つは?」
「それは見ていれば分かるわ」
ニーニャの素早い棒術に翻弄されて間合いを詰められず防戦一方のオリオンが意を決し、ダメージ覚悟で前に出た。
回転を加えた鋭い突きがオリオンの頬を掠め鮮血が飛ぶ。それでも怯まず間合いを詰め、ニーニャに接近する。
突きを躱され、間合いの内側に入られたニーニャ。しかし慌てる事なく三錬鋼を操り、さらに形状を変化させた。
ニーニャが僅かに腕を振るうと三錬鋼の棒の形がグニャリと曲がりオリオンの身体を激しく叩いた。
「あれは……鞭かっ!」
「そう。腕に巻き付けた手甲、真っ直ぐに伸ばした棍、しなやかな形状の鞭、これが三つの姿を持つニーニャの武器『三錬鋼』よ」
鞭の三錬鋼が複雑な軌道を描いてオリオンの行く手を阻み、鞭が接触した地面が爆ぜた。




