37 その名はクラゲ
パティが召喚した餓者髑髏が受け皿のように広げた両手の上にオリオン、パティ、シムニアが乗り込み、二十メートルほどの巨大な骸骨がゆっくりと立ち上がった。
「よし。では頼むぞ、オリオン」
「任せろ……少し調整して『重圧』」
水の勢いに負けないよう餓者髑髏の身体に重圧を掛ける。地面にくっきりと足跡が残るほど負荷が増した事で餓者髑髏の動きが目に見えて鈍くなったがまだ動けてはいるようだ。
続いて水の檻に少しずつ身体を押し込んでいく。餓者髑髏の胸の辺りまで水没すると水の勢いに押されて身体が揺れる。その揺れは掌の上にいるパティ達にも伝わった。
「思ったより水の勢いが強いわね。パティちゃん、振り落とされないようお姉ちゃんがしっかり抱っこしてあげるわね」
「うむ、頼むのじゃ。オリオン、重しをもっと強められんか」
「これ以上は骸骨へのダメージが……」
「下半身だけでも重くしたらいいんじゃない。オリオン君は土魔法使いなんだから、骨の隙間を岩で肉付けするような感じで。どう?」
「なるほど、やってみます……纏わりつくイメージで『岩石構築』」
餓者髑髏の足下から伸びた石の蔓が骨に巻き付くようにしっかりと下半身を覆った。
「さて、これでどうだ。パティ」
「うむ、いけそうじゃ」
全体的な重量は増したが水の浮力によって歩く程度は出来るようだ。シムニアの案内の下、餓者髑髏は建物を避けて水の檻の中心を目指した。
餓者髑髏の進む先に大通り広場が見えてきた。ザザティークの名所の一つで巨大な噴水があり、平時ならば多くの観光客で賑わう場所だ。
「ダンテさんの予想通りなら、この辺りの筈だけど……ぅわ!」
突如として周辺の水流の勢いが増し、餓者髑髏が体勢を崩した。
「オリオン、重しを!」
「分かった」
オリオンが魔法の効果を強めるとその威力に耐えきれなくなった餓者髑髏の身体にヒビが入った。
「これ以上の加重はマズいな。パティ、動かせるか?」
「う~む、あちこちがひび割れとる。無理に動かすと水に浸かっとる部分がポッキリいくぞ」
「ならここまでにしましょう。パティちゃん、骸骨の腕を出来るだけ上に伸ばして」
シムニアの指示を受けて餓者髑髏が三人を乗せた掌を頭上高くまで持ち上げた。シムニアは精霊の位置を特定させる為、目を閉じて意識を集中させた。
「……マズいの。餓者髑髏の周りだけ水が上がって来とる。ウチらを飲み込むつもりじゃ」
「シムニア様、精霊の位置は?」
「まだ、もう少し…………見付けた!」
カッと目を見開き、シムニアは短杖を振り上げた。
「いくわよ、パティちゃん! 『大渦潮』!!」
水の表面が激しく波打ちシムニアの魔法を拒絶している。精霊の力とシムニアの力が反発し、水の檻が変形していく。
「くうぅ……」
「頑張れ、シム姉!」
「もぅ、ちょっと……だああぁぁあっ!」
シムニアは気合いと共に魔力を注ぎ込み、精霊の力を押し退けて魔法が発動する。
水が回転し始め、見る間に大きくなっていく。渦が勢いを増し大きくなっていくと中心部の水位が下がり水没していた大通りの広場が露出した。
「あそこ! 噴水の上におるぞ!」
パティの指差す先、広場の噴水の最上部にふわりと浮かぶ水の玉。水の中から引きずり出された事で焦りを感じたのか表面が激しく波打っている。
それに合わせて餓者髑髏を飲み込もうとする水の勢いが増し、両腕を伝って三人の下へ急速に近付いてくる。
「すぐ下まで来てる! 急げ、パティ!」
「おう! 水の精霊よ、ウチの所へ来るのじゃ!」
パティの指に嵌められた指輪が輝き、精霊を吸い込もうとした。しかし精霊も封印から逃れようと抵抗し、膠着状態となった。
そうしている間にも三人を捕らえようとすぐそこまで水が迫って来ていた。
「ぐぬぬ……この、頑固者め。大人しゅうせい!」
「このままじゃ駄目か……パティ! 俺が足場を作る。出来るだけ近付くんだ! 『浮遊石』」
オリオンの魔法によって餓者髑髏の掌から精霊のいる噴水まで幾つかの浮遊石が並んだ。
「パティちゃん、骸骨を解除して余剰分の魔力を指輪に回して。そうすれば……きゃっ!」
パティへ助言を伝えていたシムニアの足に絡み付くように水が上がってきた。片足を取られたシムニアは瞬く間に意識を失い倒れ、それを支えようとしたオリオンの目の前にも水の触手が迫る。
「シム姉! オリオン!」
「俺達に構うな! 足場が消える前に少しでも先に進むんだ!」
オリオンは強烈な眠気に抗う為に黄金斧の刃に手を当てた。パティが精霊の下へ辿り着くまで浮遊石を維持しようと堪えたが、傷付けた掌が水の中に浸かると麻酔効果でもあるのか痛みが遠退き、続いて耐え難い眠気に襲われた。
「すま…な……パ、ティ……あ…、頼」
シムニアとオリオンが水の中に沈み、大渦潮と浮遊石が制御を失い消えかける。
「後はウチに任せとけ! これで最後じゃ。水精霊よ、ウチに従え!」
最後の浮遊石から飛び降りたパティは再び水の中に隠れようとする精霊の中に手を突っ込んだ。
指輪の中に精霊が吸い込まれると同時にパティも水の中へ落ちていった。
「ごびぃべべぽぁぁ……」
水の中へと沈み、パティはそのまま眠りに落ちた。意識を失ったパティの身体はしばらくの間水中を漂っていたが精霊を封じた指輪が輝きを放ち、パティの身体を水面へと浮上させた。
「……んあ?」
眠り状態を解除されたパティが目を覚ますと目の前に水の玉が浮かんでいた。
「おお、ウチを助けてくれたんか。ありがとうなのじゃ」
パティの言葉に応えるように水の精霊がパティの頬にピタリとくっついた。
「ひんやり柔っこくて気持ちがいいのぉ。まるで……おお、そうじゃ。お前の名前を思い付いたぞ」
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「コイツの名前はクラゲじゃ」
「はぁ、クラゲか」
パティが精霊を封じた事で、精霊はパティを主と認めたようだ。クラゲと名付けられた精霊の姿が若干変化し、見ようによってはクラゲのようにも見えなくもない。
水精霊のクラゲはザザティークを覆っていた水の檻を解除し、閉じ込めていた街の住民達を全て解放した。
眠り状態からも解放され、シムニアを始めとする警備隊は総出で街の住民達の安否確認に奔走していた。
シムニアと同じく眠り状態から解放されたオリオンは紹介された水精霊を前にして気の抜けた返事を返した。
「まだシム達が確認中だけど、人の被害は無さそうね。街中の建物が水浸しになったくらいの被害で済んで幸いだわ」
「この精霊……クラゲには予め何重にもセーフティを掛けてたからな。シャーリィ姐さんの要望は戦闘用じゃなくて日常生活に使える物ってリクエストだったから気を付けてたのが役に立った。もしコイツを戦闘用に調整してたら大量虐殺になってたな。アーッハッハッハ」
「あははじゃないわよ、まったく。上手くパティが精霊を指輪に封じてくれたけど、もう暴走の心配は無いのね?」
「あぁ心配ねぇよ。多分、契約者不在のまま生み出して適正の無い俺が不用意に近付いたからびっくりしちまって暴走したんだと思う。今はパティに懐いてるから平気だろ」




