36 魔封の指輪
ザザティークの街の外。謎の水魔法による突然の襲撃を逃れた者達が警備兵の指示に従って街の外に集まっていた。
戸惑いと安堵が入り雑じり騒然とする避難所の傍でシムニアは一人、街を飲み込む水の檻を見詰めていた。水の檻を監視しながら解析を進めた結果、少しだけ分かった事がある。
「この水に触れ続けると強制的に眠り状態となる。この水には生命維持効果があり、水中で眠っていても死ぬ事はない。そして……『魔法消去』」
シムニアが水の檻に向けて魔法解除を試みたが水の檻に変化は無い。
「消えないか……私よりも力が強い。やはり水の大精霊クラスが絡んでる? 精霊術士か召喚術士の仕業かしら」
シムニアが対抗策を思案しているとシャーリィとダンテが避難所にやって来た。
「お~い、シム。無事ぃ!」
「シャーリィ、貴方も無事のようね。えっ……と、そちらの人は?」
シムニアの視線がシャーリィの後ろにいるボコボコに殴られて顔を腫らしたダンテに向けられた。
「あぁ私の連れでダンテって言うの」
「ども、ダンテっす」
「シャーリィの友人のシムニアよ、よろしく……喧嘩でもしたの?」
若干不機嫌そうなシャーリィの様子から殴ったのは彼女なのだろうが、いつもは冷静な彼女にしては珍しいとシムニアは首を傾げた。
「それよりも詳しい状況を教えてくれる? どれだけの被害が出ているのかしら」
シャーリィに問われ、シムニアは集めた情報を伝えた。
水中に囚われてはいるものの住民は無事である事、魔法の解除は失敗した事、未だ犯人からの接触は無く目的が不明な事などを教えられ犠牲者が出ていない事にシャーリィは安堵した。
「まだ状況がどう動くか分からないけど、犯人の気が変わらないうちに何とか打開策を見付けないといけないわ」
焦るシムニアが唇を噛み締めて悔しがる中、シャーリィは小声でダンテに話し掛けた。
「アンタ、何とか出来ないの? 製作者でしょ」
「いや~何とかって言われてもなぁ。多分、この大量の水の中にいる精霊の本体をどうにかしないと……」
小声で話していたが傍にいたシムニアにも聞こえたのか、ダンテに話し掛けてきた。
「精霊? 今、精霊って言った?」
「っわぁ!」
「何よ、シャーリィ。そんなに驚く事無いじゃない」
「ご、ごめん。えっと、何かしら」
「だから今、精霊って言ったでしょ。やっぱり貴方達もこれは精霊の仕業と思うのね」
「そ、そうね、これだけの規模の魔法だもの。人間には無理だと思うわ」
「そうよね。だとしたら、精霊術士の線が濃厚ね。この街のどこかに隠れているのかも……見つけ出して魔法を解かせないと」
「あ~……ちなみになんだけど、もし犯人を見付けたらどんな罰を受けるのかしら」
シャーリィが恐る恐る聞いてみる。
「そうね……抵抗するようならその場で殺すか、もしくは半殺しね。そうでなくても重い刑罰は免れないわ」
「へ~……そっか」
シャーリィは軽く血の気が引いた顔で力無く呟くと、額を擦り付けるほどダンテと顔を近付けてひそひそと話しをした。
「どうすんの! このままじゃ私達、罪人よ」
「いや、参ったね。こりゃ」
今にも泣きそうな顔のシャーリィとは正反対に慌てる様子の無いダンテはどこか他人事のように呑気だ。
「こうなったら……」
「こうなったら?」
「事態収拾に貢献しつつ何とか犯人探しを有耶無耶にさせるしかない!」
「ひゅ~。シャーリィ姐さんもアウトローに染まってきたねぇ」
「好きでやってんじゃないわよ!」
軽口を叩くダンテの首を絞めながらシャーリィはシムニアに声を掛けた。
「シム。私達も問題解決に協力するわ」
「それはありがたいけど……現状は打つ手が無くて手詰まりなのよね」
「それについては……ほら、何か無いの?」
「ぐぅ……ぎぶ、ぎぶ」
シャーリィが腕の中で窒息しかけているダンテに尋ねた。
「げほぉっ! ぅほ! おぇっ……はぁ、死ぬかと……打つ手か。あるよ、一つだけ」
そう言ってダンテは懐から指輪を取り出した。
「それは……『魔封の指輪』ね」
「そそ。本来は魔法を一つ封じ込めて任意のタイミングで発動出来るレアアイテムだ。だがこの指輪は別の使い方が出来るように改造してある」
「別の使い方?」
「ズバリ、コイツで水の精霊を封じ込めちまうのさ」
ダンテの提案を聞いてシムニアは少し考えると問題点を指摘した。
「仮にその『魔封の指輪』に精霊を封じ込める力があったとしても、どうやって水の中にいる精霊本体を見つけ出す? この大量の水は触れただけで眠りに落ちてしまうのよ? 私の魔法で短時間の防壁は張れても荒れ狂う水の檻の中を自由に探索する手段が無いわ」
ザザティークの街の半分とはいえ、とてつもない範囲の水の中に潜む精霊を見つけ出すのは容易な事では無い。
だがこれに関してもダンテは打開策があるようで余裕の笑みを浮かべた。
「探索する方法は……アイツらに頼むのさ」
「アイツら?」
シムニアがダンテの向ける視線の先に目を向けると一台の馬車が駆けてくるのが見えた。
「あれは……パティちゃん達?」
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どうやらザザティークから離れた場所にいたオリオン達にも街の異変が見えていたらしく、慌てて引き返してきたようだ。
「あぁ~ん、お姉ちゃんを心配して戻って来てくれたのね。パティちゃんってば優しい! お姉ちゃんとっても嬉しいわ!」
「いや、別にシム姉を心配して戻った訳では……まぁいいか」
パティがシムニアに捕まっている間にオリオンはシャーリィに事情を尋ね、おおよその成り行きを把握した。
「なるほど……ダンテの実験でこの有り様ってわけですか」
「そう。だから何とかこれ以上の被害が出る前に解決しないといけないの。手伝ってくれるかしら、オリオン?」
「勿論ですよ。それで何か策はあるんですか?」
「おう、それをこれから説明するぜ。パティ、ちょっとこっち来てくれ」
「なんじゃー」
シムニアに抱えられたパティが話し合いに参加する。
「まず精霊の位置だが、おそらく大きく移動はせずに水の檻の中心部分にいる筈だ」
「中心部分……多分だけど街の大通り辺りかしら」
頭の中で街の地図を思い浮かべ、シムニアが呟いた。
「そこまでの移動はパティの骨巨人に運んでもらう」
「餓者髑髏か? 確かにあの大きさなら水に触れずに済むが……水の勢いに勝てるかの? 激流に足を取られかねんぞ」
「そこはオリオンの魔法で補助をする。骨巨人にギリギリ行動出来る程度の重圧を掛けて、流されないようにしてくれ」
「なるほど、分かった」
水の圧力に負けぬようオリオンの魔法を重し代わりにする作戦のようだ。
「でもっておおよその位置に着いたらシムニアが魔法で探知してみてくれ。怪しい奴が近付けば精霊の活動が活発になって見付けやすくなる筈だ」
「ふむ……確かに。だいたいの見当がついたら私の全力の魔法で一時的に精霊の周囲から水を引き剥がすわ」
「そして最後に孤立した精霊にこの魔封の指輪を使う……この役目は、パティに頼む」
「え? ウチがやるのか」
「相手は精霊だからな。精霊術士か召喚術士がやった方が精霊に干渉しやすい。骸骨兵を召喚するパティが一番成功率が高い筈だ」
「むむ、責任重大じゃの」
「そんなに気負う必要はないわよ、パティちゃん。もし失敗しても再チャレンジすればいいんだし、お姉ちゃんも手伝ってあげるから」
ダンテから指輪を受け取り少し緊張するパティをシムニアが励ました。街を守る立場のシムニアとしてはこの作戦、何としても成功させなくてはならないが、まだ幼いパティにこれ以上負担を強いる訳にはいかないと努めて明るく振る舞った。




