35 人造精霊の理論
ザザティークを訪れて数日、オリオンとパティはシャーリィの別荘に泊まり街の観光を楽しんだ。
シムニアも忙しい仕事の合間にちょくちょく顔を出しては食事に(しつこく)誘ったり、部下の追跡を振り切って遊びに来たりもした。
そんな休暇を楽しんだ二人にもいよいよハーベルの街へ帰る日がやって来た。
「残念だわ。折角、仲良くなれたのに……いっその事、私もハーベルに付いて行っちゃおうかしら」
「シム。つまらない冗談、言わないの。後ろに控える部下さん達がピリついてるわよ」
シムニアの連日にわたる仕事のサボりに部下達のフラストレーションも溜まり、単なる見送りだと言うのに街の正門前には数十人の部下が拘束具を片手に無言で控えていた。
「また遊びに来るからの。シム姉も大人なんじゃから迷惑を掛けすぎてはいかんぞ」
「は~い」
「私はもうしばらくこっちに残るわね。ダンテへの依頼が済んだら一度ハーベルに戻るから、それまで元気でね」
「はい、シャーリィさんもお元気で」
「達者での」
挨拶を済ませた二人を乗せて馬車は出発し、ザザティークを離れていく。
「…………はぁ~」
「ほら、元気だしなさいよ。これから見回りでしょ、部下さん達も待ってるわよ」
「分かってる……よし! 気持ちを切り替えていくわ!」
頬を叩いて気合いを入れシムニアは部下達を連れて街中へと戻って行った。
「さて、私も帰るか」
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「……何かしら」
屋敷に戻って来たシャーリィが敷地内に入ると妙な気配を感じ取った。
どうやら気配の出所は敷地の隅にあるダンテの工房から出ているようだ。
「ちょっと、ダンテ! 居るの?」
シャーリィが扉をノックしても返事は無く、慎重に扉を開けて中に入ると外で感じていた気配がより一層強くなった。
「これは……魔力の波動? でも、何なのこの異常な強さは」
工房の中を見回してもダンテの姿は無かった。シャーリィが魔力の波動を探りながら部屋を調べていると地下への階段を見付けた。
ゆっくりと歩を進め、地下へと降りていくと床一面に描かれた複雑な魔法陣の中心で黙々と作業をするダンテがいた。
「ダンテ!」
「あん? シャーリィ姐さんか。何か用かい」
「何かって……このおかしな魔力は一体どういう事なの」
階段を降りてきたシャーリィが魔法陣の中にいるダンテに近付こうとすると、ダンテが鋭い声で制止した。
「待った! 魔法陣の中には入るな! 折角の準備が駄目になる」
注意されたシャーリィは仕方なく魔法陣の外で足を止め説明を求めた。
「ここのおかしな気配、工房の外にまで漏れ出ていたわよ。一体何をしているの」
「あぁ、その事か。一応、防壁処理はしてあったんだがあまりに強すぎて漏れたんだな。だが問題無い、直ぐに済むからよ」
作業の手を止めたダンテが魔法陣の中心にある台座の上に紋様を刻まれた水神宝珠を置いた。
「さぁ~て、いよいよだぜ」
「これは……何をしようとしているの。ただのアイテム作成では無いでしょ」
二人の目の前で魔法陣が淡い光りを放ち、徐々にその度合いが強くなっていく。
「シャーリィ姐さんは『人造精霊の理論』って聞いた事あるかい?」
「人造……精霊? 初耳だわ」
「まぁ一言で言えば人の手で精霊を造り出す方法の事だ。ずいぶんと昔に理論だけは発表されたが実証実験が行えずに眉唾扱いされていたんだよな。俺も興味はあったが必要な素材が揃わなくて長年諦めていたんだが……くっくっく、まさかこの街で揃うなんてなぁ」
「じゃあ、これは……その実験って事?」
「おう。超レアアイテムの『水神宝珠』と同じく超レアアイテムの『霊獣の毛皮』、そして莫大な魔力、その他諸々合わせて二度再現出来ねぇ激熱イベントだぜ!」
「激熱って……ん? 実験? ちょっとダンテ、この実験の成功率ってどのくらいなの」
「成功率? さて、な。思い通りの結果になる可能性が五割、予想外の結果になる可能性四割、大失敗の可能性一割って感じ?」
「ア、ア、アンタねぇ……人の家の家宝を自分の興味本位な実験で消費する気!? 中止! 今すぐ中止しなさい!」
「無理だね。もう儀式は止められねぇ。間もなく実験の結果が……」
ダンテの胸ぐらを掴み詰め寄るシャーリィだが、ダンテは平然と拒否した。そんな言い争う二人の目の前で水神宝珠に亀裂が走った。
「ほ、宝珠が……」
「これは……」
強烈な輝きと共に水神宝珠が砕け散った。
「ど、どうなったの?」
「見ろ!」
消失した水神宝珠の代わりに台座の上には不定形の水の塊が浮かんでいた。
「これって……成功、なの?」
「とりあえず大失敗じゃねぇな。後はコイツがどんな性質か調べて……」
近付いて調べようとダンテが魔法陣に足を踏み入れた瞬間、目の前に浮かぶ水の塊が激しく荒ぶり始めた。
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一方その頃、街を巡回中のシムニアがいち早く異変を察知し、短杖を構えて部下達に指示を飛ばした。
「何かおかしい……総員、警戒態勢! 異変にそな……」
だがシムニアの言葉が終わる前に周囲の状況が一変した。街のあちこちの水場から吹き出した水がまるで巨大な蛇のようにうねり、激しい水流となって人々を飲み込んでいったのだ。
「なっ!? これは、一体……」
「住民の救助を最優……くっ!」
シムニア達が飲み込まれた住民の救助に動くより先に、四方から迫る激流がシムニア達を襲った。
「『水流障壁』! ……なんて圧力なの、私が押し負けるなんて」
シムニアが瞬時に張った水のドームによって激流の直撃は避けられたものの圧倒的な水圧に押され、シムニアの障壁がひび割れていく。
「この力、土地神か大精霊クラスに匹敵するわ……何でいきなり」
そうしている間にも障壁は力を失い今にも砕けようとしていた。
「魔法を切り替える! 障壁を張って!」
「了解しました! 『水流障壁』」
シムニアの張った障壁が砕ける散る寸前、部下達が複数の障壁を張り直した。しかし、数人がかりの障壁の強度はシムニアが一人で張った障壁の強度に及ばないようであまり長くは保たないようだ。
「……『泡沫浮遊』」
シムニアの新たな魔法で作り出した大きな泡がその場にいる全員を包み込むと障壁を破壊した激流に抵抗する事なく流れに任せて移動した。
「シムニア様! 水の中に住民達がっ!」
「あれは……まさか、眠っている?」
泡の中からシムニア達が見たものは、水の中に浮かぶ多数の人の姿だった。
最初は溺れ死んだ犠牲者かと思われたが、誰一人踠き苦しむ者はおらず、皆表情は穏やかで苦悶の表情を浮かべる者はいない。
「誰か魔法で一人引っ張ってきて」
「はい。『水鞭』」
部下の一人が魔法で手近な住民を泡の中に引っ張り込んだ。
水の中から救出された住民の様子を確認するとやはり眠っているだけだった。
「どうやら水の中にいる住民は全て眠らされているだけのようね」
「これは……どういう事でしょう。これだけの大規模魔法を使って襲って来た者が、わざわざ殺さないように加減している理由が分かりません」
「住民を人質に取ってブルーノ家に何らかの交渉をしようとしているのでは?」
「だが少々回りくどくないか? 見た所、街の半分ほどが水没している。交渉が目的だとしてここまでする必要があるのか?」
様々な憶測が飛び交う中、シムニア達を包んでいた泡が街の外まで流れ着いた。
ザザティークの街の半分ほどを飲み込んだ巨大な水の檻も、街の外にまでは及んでいないようだ。
「どうしますか、シムニア様?」
「そうね……一旦、ここに緊急避難所を設置します。貴方達は水に飲み込まれていない地区の住民に避難命令を出しつつ、水の檻が拡大しないか監視を続けなさい。私はここでこの水の解析をします」
「了解しました。各自、散開しろ!」
部下達は街のあちこちに散り、不安に怯える住民達に避難を呼び掛けていく。




