33 VIP
なけなしの所持金で手に入れた五枚のコインを手に、オリオンとダンテは一台のスロットマシンの前に座った。
「いいかオリオン、この下のボタンを押して回転する五つのリールを止めて絵を揃えるゲームだ。揃えた絵によって排出されるコインの枚数が変わる」
「ふむふむ」
「最高なのが五つの『7』を揃える事だが……無理せず他の絵でも構わん。とにかく」
「あ、揃った」
「な、何ぃ!」
ダンテの説明もそこそこに、とりあえずコインを一枚入れてスロットを始めたオリオン。回転する絵柄を凝視して五回ボタンを押すと盤面のリールは五つの『7』が揃った状態で止まり、排出口から大量のコインが出てきた。
「うわ、すげぇな。百枚くらいはありそうだな」
「マジか~、オームの剣を見切れる目の良さに賭けてみたんだが……マジか~」
半ば呆気に取られるダンテをよそにオリオンが何度目かの大当たりを出していると慌てた様子でカジノの支配人がすっ飛んで来た。
「お、お、お客様ぁ!」
「おっ来た来た」
予想した展開なのか、ダンテは余裕な表情で支配人を迎えた。
「はぁ、はぁ。お、大当たり、おめでとうございます。どうぞこちらのVIPルームへお越しください。特別なサービスをご提供致します!」
「ん~、それじゃ招待に応じようかね。行こうぜ、オリオン」
「え? じゃあこのコイン、どうすれば……」
「勿論、こちらできちん回収しお預かり致しますのでご安心を!」
支配人は丁寧な態度ではあるが有無を言わさぬ圧力で二人をVIPルームへと案内した。
案内された部屋のソファーにダンテは横柄な態度で腰掛け、その対面に座る支配人に話し掛けた。
「さぁ~て、折角楽しんでいたのに邪魔しやがって……その埋め合わせでどんだけもてなしてくれんのかね?」
「まずはワインなどいかがですか? ここにご用意している酒は好きなだけお飲み下さい」
「だとさ、オリオン。全部飲んでやろうぜ」
「え~と、それじゃ遠慮なく」
作り笑いを張り付けた支配人に促されて、オリオンはテーブルや棚に陳列してある酒のボトルを品定めしていく。
村に居た頃には見た事もないような高級品の数々に気後れしつつ、適当な物を選ぶ。
控えめなオリオンとは違い、ダンテは手当たり次第に次々とボトルを開けるとグラスの中に乱暴に注ぎ、飲み干していく。
「いや~惚れ惚れするような飲みっぷりですな。ツマミもいかがです? ザザティークは遠方からの品も入ってきますから珍しい食材が選り取り見取りですよ」
「うん、旨いな。これ、土産にちょっと貰いたいんですけど……いいですか?」
「お気に召して頂けて何よりです。後でお持ち帰り用にご用意致します」
「俺ぁ、こっちの酒を幾つか持って帰りてぇ。いいよな?」
「はぁい、勿論」
しばし飲み食いして緊張が解れた所で支配人が切り出した。
「それにしてもお客様の御業には脱帽でございます。あの高速回転するスロットマシンをいとも簡単に攻略されてしまわれた。いやはや、我がカジノオープン以来の大惨じ……いえいえ、偉業でございます。ただ……」
「ただ?」
「真に申し上げ難い事なのですが、当カジノでは今後、貴方様を満足させられる程のサービスをご提供するのは難しいと考えております。なのでその辺りをどうかご理解いただけないかと」
「おいおい、支配人さんよぉ。俺達を出禁にするってのかい?」
「いえいえ、とんでもない。またのご来店の際にはVIP待遇でおもてなしさせて頂きますとも! ただ景品の交換に関しては……ちょっとぉ」
困った表情の支配人の言葉が徐々に尻すぼみになる。このままオリオンを自由にさせていると、かなりの費用を掛けて入手した景品の数々を全て持っていかれる事になる。
何とか交渉してその損失を抑えなければ、このカジノは遠からず潰れてしまうと危惧しているのだ。
「う~ん、どうすっかなぁ~。俺達としてはこのまま毎日普通に遊んでた方が特だしなぁ」
困り顔の支配人の様子を見てニヤニヤしているダンテに横からオリオンが小声で囁いた。
「おい、この人困ってるだろ。それに俺は毎日なんて来ないぞ」
「わぁーてるっての。これも作戦の内なんだよ、いいから黙って見てな」
そう言われオリオンは渋々成り行きを見守る事にした。
「特に不正をした訳でもない客を出禁にするのは問題がある。かと言って毎日大放出されて景品を根こそぎ持って行かれたら店が潰れる。支配人さんとしては、俺達に自主的に来店を控えて欲しいわけだ」
「なにぶん資金にも限りがございますので……何卒、ご理解頂きたく思います。何かご希望がございましたら最大限努力致しますので」
「そうだなぁ……まず景品の中から『霊獣の毛皮』『高魔力結晶石』『魔封の指輪』を貰おうか」
「承知致しました。他にご希望は?」
「あとこの店に割り当てられている土地からの魔力供給を一日貸して欲しい」
「な、なん……で、すと」
ダンテの要求に支配人は驚き、思わず口ごもる。
「ずっと貸してくれって訳じゃない。一日だけ俺に貸してくれればいいんだ」
「そ、そうは申しましても……店の経営もありますので」
「臨時休業とでもすればいいじゃないか。店舗改装とか、新台準備中とか適当な理由を付けてさ。俺達が毎日遊びに来る事に比べれば一日だけの休業なんて軽い軽い……だろ?」
「……」
必死に頭の中で損失を計算し、支配人は苦渋の決断を下した。
「わかり、ました。何とか一日だけその様に致しましょう。しかし、供給されている魔力を目的外に使用する事は街の取り決めに違反する可能性が高く、露見した場合は重大なペナルティが科せられるかもしれません。くれぐれもこの事はご内密に願います」
「あぁ分かってる。これ以上は迷惑掛けないようにするさ。オリオンもこの事は皆には内緒だぜ」
「分かった……けど、店の魔力供給を借りてまで何をするつもりなんだ?」
「まぁ、ちょっと実験をな」
問われたダンテはニヤリと笑ってそう答えた。
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ダンテは支配人と魔力供給の細かい段取りを決める為に一人残り、オリオンは先にカジノを後にした。
オリオンの手には小さな袋がある。これは見た目よりも大量に物が入る魔法の袋である。中身はオリオンがリクエストした珍しい交易品のお土産を入っている。
「すげぇな。土産物は頼んだけど、まさか魔法袋ごとくれるなんて……ずいぶんと気を使われてるなぁ」
特に用事なく暇になったオリオンは気の向くままに街を散策する事にした。
田舎育ちのオリオンにはハーベルの街でも十分賑やかな都会だと感じていたが、ここザザティークは更に輪を掛けて賑やかで人の往来も多く、そんな街の雰囲気に圧倒されたオリオンは若干落ち着かない気持ちになっていた。
「う~ん、俺って田舎者だなぁ。どっかで休もう」
休憩がてらに手頃な店がないものかと辺りをキョロキョロしていると前から歩いてくる人とぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい」
「いやいや、こっちこそ。余所見をしてたぜ。悪いな、兄さん」
不注意でぶつかった事を謝罪したオリオンに相手の中年男もヘラヘラと笑いながら軽く手を振って謝り、そそくさとその場を立ち去った。
「ふぅ、こんなに人が多いとすぐにぶつかるな。気を付けよ」
オリオンが浮き足立っていた気持ちを落ち着かせていると後方で突然、人々の悲鳴と共に大きな水柱が吹き上がった。
「な、なんだ! 魔法かっ!?」
「誰だ、こんな場所で!」
「あ、あの御方はシムニア様だ」
「本当だ、『水の奏者』のシムニア様だ」
通りを埋め尽くす人の群れが左右に別れ、出来上がった道を悠然と歩く長身の女性がいた。
黒を基調とした軍服のような出立ちで手には煌めくサファイアのような短杖を持ち、反対の手は何故かパティを連れていた。
「あ、え~と……何してんだ、パティ」
「うむ、ちょっとした成り行きでの。シムニア、仲間と合流出来たからもう大丈夫じゃ。ここまで連れて来てくれて、どうもありがとうなのじゃ」
「あら、折角なんだからシャーリィの屋敷まで一緒に行きましょ、パティちゃん。私も彼女の顔を見ておきたいし。それと、貴方」
シムニアがオリオンに小さな袋を投げて寄越した。それはカジノの支配人から貰った魔法袋だった。
「あれ、いつの間に落としたんだ?」
「落としたのではなく盗まれたのよ。気を付けなさい」
「あぁ、あの時か……取り戻して頂き、ありがとうございます」
「ふふ、どういたしまして。街の犯罪を取り締まるのも私の仕事よ。パティちゃんから聞いているけど、貴方がシャーリィと一緒に街に来た冒険者ね。私はシムニア・フォン・ブルーノ」
長い金髪をかきあげてシムニアが名乗った。家名のブルーノから察するに、領主のブルーノ子爵家の関係者のようだ。
「俺はオリオンです。パティと一緒にハーベルで冒険者をしています」
「私達、ブラウン伯爵の屋敷に行く途中なのよ。貴方も同行する?」
「そうですね。ご一緒します」
「それじゃ行きましょうか。あ、パティちゃん、あそこの屋台で売ってるお菓子美味しいわよ、食べる?」
パティの手を引いてシムニアは飴細工の屋台に寄り道した。




