31 執念
「きぃヒャッ!」
オームの奇声と共に放たれた無数の斬撃波に対して、オリオンは無意識に蜂牙を装着した左腕を向けた。
衝撃と共に襲い来る斬撃波を蜂牙は難なく受け止め、そのまま全ての斬撃波を握り潰した。
「お、おぉ……スゲェな」
「見たかっ! 特殊装甲の硬さと強固な内蔵フレーム、さらに衝撃変換システムがあればこの程度の攻撃などそよ風同然なのだ! だぁーはっはっは!」
作品の出来映えに鼻高々なダンテは天を仰いで高笑いを上げた。
その間にも地上では戦闘が続行している。岩山の上に立つダンテを引きずり降ろそうと群がる襲撃者達をパティの骸骨兵とシャーリィが防ぎ、血塗れのオームをオリオンが抑え込む。
「じぃジ、ジィイイ邪マァアあだァ!」
狂人薬の効果なのか、瀕死状態でありながらオームは更に加速してオリオンの背後に回り込む。オリオンはその動きに食い付き、魔剣の一撃を黄金斧で受け止めた。
素早く行動するのに左腕の巨大な装甲が邪魔になるかと思いきや、オリオンの意を汲んで蜂牙自体が動いてくれるおかげで驚くほど滑らかに動けていた。
「ギィイいイッ!」
「これで……どうだ!」
苛立つオームが振るう魔剣を蜂牙で受け止め、黄金斧の刃がオームの左肩から胸まで深々と切り裂いた。
肺や心臓にまで達する決定的な一撃を食らいオームの膝が崩れかけた。そのまま終わるかと思われたが、オームが再び魔剣を振るい蜂牙の装甲とぶつかって火花が散った。
その一撃は死に際の悪足掻きなどではなく、致命傷を受ける前と変わらない威力の攻撃が二度、三度と続いている。
「馬鹿な、この傷で動ける筈が……」
目の前の異常な光景にオリオンは思わずたじろいだ。確かな手応えがあった筈なのに決着がつかない。
再生や治癒能力を持っている訳でもないオームの傷口からは大量の血が流れ落ち、千切れかけた左腕は動く気配はない。それでもオームは意に介さず、痛みすら感じていないかのように片腕で魔剣を振るい続ける。
この異常な光景を前にして、オリオンはオームの正体に思い至った。
「お前、アンデッドになったのか!?」
「……ひ、ヒヒ、ヒヒャはハハ。ご、ごの剣を握っていぶカギィいり、お、おォれはじぃななびぃぃぃイッ!」
「あぁそうかよ!」
オームの攻撃を掻い潜ってオリオンの攻撃が首に命中した。肉と骨を断ち、僅かな皮膚だけで繋がっているオームの頭がぶらりと胸元に垂れ下がる。それでもオームの身体は止まらない。
「げッヒャヒャア!」
「ッ! 気持ち悪い奴だな!」
本物の化け物と化し、疲労も負傷も関係ないオームの攻撃が激しさを増していき、負傷しているオリオンの体力が徐々に削られていく。
「くっ……ヤ、ヤバいか」
左腕の蜂牙を以てしてもオームの攻撃を防ぎ切れず、身体の至るところに切り傷が増えていく。
大振りな蜂牙の攻撃が躱されて懐に入り込まれたオリオンの眼下から突き上げるように魔剣の切っ先が迫る。
僅かに身を捩り急所は避けたものの、胸元から肩にかけて魔剣の刃で切りつけられてオリオンの顔が苦痛に歪む。
刃が更に食い込む前に黄金斧で魔剣を押し返す。アンデッドと化し肉体が朽ち始めているオームと度重なる負傷で弱っているオリオンとの間で力が拮抗し、魔剣と黄金斧の刃がギリリと音を立ててせめぎ合う。
「クヒひひィ、そぉらあ首ぃがおひぃるぞお」
片腕のオームが体重を掛けて圧力を増していく。少しずつ魔剣の刃がオリオンの首に近付いてくる。
「この……負けるかぁ!」
蜂牙の手が魔剣を掴み、握り潰そうと力を込めるがヒビ一つ入らない。更に黄金斧の刃を魔剣に叩き込んでも結果は同じ。
「むぅ駄ぁだ、この魔ケンは砕ケナいぃイ!」
「くぅ……だったら」
剣が壊せないならば魔剣を握るオームの腕を切り落とそうと右腕を狙って黄金斧を振るうが、その攻撃に対してオームは驚きの対応を取った。魔剣を手放さずに自ら右腕の骨を何ヵ所か砕いて、あり得ない動きで黄金斧の刃を躱したのだ。
「意地でも魔剣からは手を離さないのか。やはりこの魔剣を破壊するしか無いな!」
「きィシャアぁ!」
オームの放つ至近距離の斬撃波をいくらか食らいながらも魔剣を握る蜂牙の力は決して緩めず、オリオンは再び黄金斧を魔剣へと叩きつけた。
「ナンどぉ、やっ……ぁてま、むぅダあ!」
「うるせぇ! これなら……どうだッ! 『加重圧』」
魔剣とぶつかる黄金斧に魔法で重さを加え、威力を後押ししていく。
「ぎ、ギィいぃ!」
「砕けろぉおおお! 『加重圧』!」
キンッと甲高い音が聞こえたと同時に魔剣に僅かな亀裂が入った。魔法による圧力が魔剣の耐久力を超え、黄金斧の刃が魔剣に食い込んでいく。
「ヤめろおぉオオオオッ!」
「終わりだぁ!」
オリオンは黄金斧を振り切り、重く鈍い音と共にオームの魔剣の刃が真っ二つに断ち切られた。
「ぉあ……あ、が」
オームは折れた魔剣を呆然と眺め、呻き声のような言葉を吐くと力無くよろめいて後ろに倒れ、そのまま動かなくなった。
「はぁ、やっと倒れたか。痛たた、他の連中は……」
最大の難敵を撃破したオリオンは残りの連中を掃討する為、仲間達の下へ向かった。
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「そっちも片付いたか」
オリオンが仲間達と合流する頃には、襲撃者との戦闘はあらかた片付いていた。
シャーリィ達の実力が勝っていたのもあるが、オームの凶行によって同士討ちに遭った者や、怖じ気付いて逃走した者も多数おり、苦戦していたオリオンとは違って余力を残していた。
「ひどい有り様じゃの、オリオン。大丈夫か?」
「なんとかね。とは言え、ちょっと休ませてくれ」
傷の大半は治癒しつつあるが失った血と体力が回復するにはしばらく時間が掛かる。ぐったりした様子でオリオンは腰を下ろした。
「もう今夜は魔物も不審者も襲って来ないでしょうから、ゆっくり休んでちょうだい。朝までの見張りは私がやっておくわ」
「日が昇るまであと数時間くらいか。ふぁ~安心したら眠くなってきたな。俺も休むとするか」
「ウチも。シャーリィ、死体の片付けはウチの骸骨兵がやっておくぞ」
「ええ、お願いね。パティ」
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オリオン達のテントから少し離れた森の中、先の戦闘で死んだ襲撃者達の骸が運び込まれ無造作に積まれていた。
このまま放置していれば、いずれ森の魔物が食い尽くすだろう。
そんな骸の前に黒い外套に身を包んだ者達がいた。
「ふむ。裏切り者のダンテを拘束するのに使えるかと思い、手を出さずに観察していたが……」
「隊長、奴らは疲弊しています。今なら十二号と二十五号をぶつければダンテを拘束するのは容易い筈です」
「……いや、止めておこう」
「何故です!?」
隊長の言葉に部下が疑問をぶつける。偽金のオームを倒したオリオンの力を警戒するのは理解出来るが、本国から呼び寄せたナンバーズの力を以てすれば目的を達するのは不可能ではないと考えたからだ。
「オームを倒した男は消耗し、死霊使いの小娘と剣士の女も油断している筈。我らの邪魔になど……」
「あの男、間違いなく称号持ちだ。それに死霊使いも力の規模を考えると称号持ちの可能性がある。称号持ちを安易に追い詰めると暴走する危険性が高い」
「暴走、ですか」
「そうだ。今以上に称号の力を引き出そうとして限界を見誤り、理性を失った魔物と化して暴れられては厄介だ。特に疲弊し消耗している男の方がな」
「しかし、ナンバーズの力があれば暴走しても倒せるのでは……」
部下の男は尚も食い下がる。
「倒すだけならば可能かもしれん。だが忘れるな、我らの本来の目的はダンテを生きたまま確保する事だ。暴走した魔物とナンバーズの戦闘に巻き込まれて死なれては元も子もあるまい」
「では、このまま黙って見ていろと……!」
部下が更に抗議しようとした時、骸の山から微かに声がした。
驚いた部下が反射的に剣に手を掛けて身構えた。そんな部下の前に立ち、無言で骸の山を睨みつけていた隊長がゆっくりと歩き出す。
「危険です、隊長!」
「……これは」
制止する部下の言葉を無視して隊長が骸の山の前にしゃがみ、目を凝らした。
物言わぬ骸の中に一人だけ、ギョロリと隊長を睨みつける者がいた。
折れた剣を握り締め、半ば落ちた生首。時折、何かを伝えようと口が動いている。
「なっ……アンデッド、ですか」
「そのようだな。ふむ……成りかけか?」
興味深そうにオームを眺めていた隊長は何かを思い付き、立ち上がって部下に指示を出した。
「この男を本国に連れて帰るぞ。もしかしたら面白い素材となるかもしれん」
「ナンバーズに加える気ですか。使い物になるとは思えませんが」
「さあ、どうかな。この男の執念、思わぬ結果となるかもな……」




