30 蜂牙
夜が更け、雲が空を覆い僅かな月明かりだけがボンヤリと地上を照らしている。
オリオン達が休むテントの前で小さな焚き火の灯がともる中、やる気なく何度も欠伸をしながらダンテが見張りを続けている。
そんな様子を遠目で監視していたアイオイファミリーの構成員達が気付かれぬようにその包囲網を徐々に狭めていく。
「よぉし、奴らは油断しているようだ。ぼちぼち仕掛けるぞ……あん? 何人か居ねぇな、何処行った?」
「あぁ、近くに骸骨兵がウロついてるつって退治しに行ったぜ。作戦の邪魔になるかもしれねぇからよ」
「骸骨兵? まぁ夜中だしな。たまたま近くを徘徊してんのがいたか」
さほど待たずに骸骨兵を倒し終えた残りのメンバーが合流したのを確認し、男は再度作戦を周知させた。
「いいか、俺達はあくまでもターゲットの小僧以外を足留めするのが役目だ。下手にオームの獲物に手を出してみろ、まとめてブッた斬られるからな。注意しろ」
肝心のオームは男達とは別行動を取っていた。今のオームの精神状態は極めて不安定になっていて、沸き上がる殺戮衝動を抑えきれず動くものを反射的に斬り殺してしまうからだ。
男達は見張り役のダンテに気付かれぬよう慎重に歩を進め、十分に近付いた所で合図代わりの照明弾を撃ち上げた。
「おわっ! な、何だぁ……へ?」
「今だ! 捕まえろ!」
暗闇を消し去る突然の光りに目が眩み呆然とするダンテを捕まえようと男達が突進する。
ダンテを拉致すれば当然オリオン達がテントから飛び出し、追い掛けてくる。オリオン達の注意が逃げる犯人達に向いている隙に横から別動隊が攻撃を仕掛け、上手くオリオン達を分断する手筈となっている。
「よし、捕まえ……」
男の手が狼狽えるダンテの腕を掴もうとした瞬間、ダンテと男の間に石壁が出現しその行動を遮った。
「何だ、これは……!」
予想外の事で呆気に取られ、男達の足が止まる。その隙を突くようにテントからオリオン達が飛び出した。
「私とオリオンでダンテを守る! パティは骸骨兵を展開しろ」
「了解なのじゃ! ゆくぞ、『百鬼夜行』!!」
パティが気合いと共に地面を叩くと、その声に呼び起こされたかのように周囲に武装した骸骨兵の集団が現れた。
「何だこりゃ! どうなってやがる!」
「作戦がバレてたのか!?」
奇襲を仕掛けてきた男達には知る由も無い事だが、彼らが事前に作戦の邪魔になるからと倒していた骸骨兵はパティが哨戒用に出していたもので、それを退治してしまった為、その情報がパティに伝わってしまい奇襲前からオリオン達に警戒されてしまったのだ。
おまけに目を眩ませる照明弾の効果もテントの中に居たオリオン達にはさほど影響が無かった。
「う~、目がチカチカしやがる」
「ダンテ、その場を動くな。地面を隆起させる。『地形変化』」
オリオンの魔法でダンテの足下の地面がニメートルほど盛り上がった。これで周辺に何人いるか不明な襲撃者も簡単にはダンテに手を出せなくなった。
「く、くそ……しくじった。仕方ねぇ、テメェら、一端引く……!!」
奇襲が失敗し、骸骨兵に囲まれた男達が態勢を立て直す為に撤退しようと声を上げかけたが、すでにその機会は失われていた。
背後から感じる強烈な殺気に当てられて肌が粟立ち、全身に悪寒が走る。その場から逃げようにも足が震えて思うように動かない。
「や、やめ……ぎぃゃああぁ!」
「がっはぁ!」
「た、助けぃぎぃあぁ!」
まるで雑草を刈るように敵味方の区別なく、近くにいる者を斬り捨てる狂気の鬼が闇の中から駆け寄ってくる。
その尋常ではない気配を察知したオリオンがパティの前に出る。
「骸骨兵じゃ相手にならん。パティ! ダンテの所まで下がれ! 『三重石壁』」
血飛沫と悲鳴を撒き散らしながら近付いてくるオームとの間に三枚の石壁を作り出しパティが退くまでの時間を稼ごうとした。しかし、そんなオリオンの抵抗を嘲笑うかのように三枚の石壁が紙切れのように易々と切り裂かれた。
「そんな馬鹿な!」
「あの剣、まさか……気ぃ付けろ、オリオン! あの剣は『魔法斬り』の能力を持ってやがる。大抵の魔法は簡単に破壊されるぞ!」
「魔法斬り? 厄介な剣だな、くそっ! 『五つ矢』!」
放たれた五発の石弾はオームの魔剣に触れた途端、泡のように弾けて霧散した。魔法攻撃は通じないと悟ったオリオンは黄金斧を手にオームを迎え撃つ。
「居たナぁアァ! ごぞウゥ!」
「な、なん……!」
暗闇から飛び出したオームの変わり果てた姿にオリオンは言葉を失った。狂人薬の過剰摂取で肌はドス黒く変色し、全身の筋肉が波打つように痙攣している。瞳は濁り、何処を見ているのかも分からない。
「あひゃヒャひャヒャぁッ!」
そして正気を失ったかのように笑い声を上げ、逃げようとする仲間でさえも刃の届く距離にいれば容赦なく切り捨ててオリオンに向かってくる。
「これは……!?」
魔剣を警戒していたオリオンの目に映ったのは、オームが持つ魔剣以外にもオームの身体から幾重にも発生する実体を持たない斬撃波だった。
いくら称号の力で強化され高速の動きを視認出来てもオリオンがその速度で動ける訳では無い。先読みしてニ、三回弾く事は出来ても半分以上の斬撃には対処しきれなかった。
「マズい!」
咄嗟に首だけはガードするが鋭い斬撃の嵐はオリオンの身体を容赦なく切り刻んだ。致命的な切断こそ免れたがたった一度の攻撃で大小無数の斬撃を食らい、オリオンの身体は力を失い地に伏した。
「あ……あがが、グヒャはぁ! 死しし、シぃ!」
ノロノロと動くオームが叫ぶと同時に狙いを定めない無数の斬撃が周囲に飛び、地面に亀裂を生む。
オリオンへのトドメは自らの剣で刺すつもりなのか、オームは覚束ない足取りでゆっくりと地面に倒れるオリオンへと近付いていく。
「オリオンがヤバいぞ、『圧縮空烈弾』!」
その様子を高台から見ていたダンテがオームを牽制しようと魔法銃で風属性の弾丸を放った。緩やかに歩くオーム目掛けて放たれた風の弾丸は命中する寸前でオームの高速剣に切られ破壊された。しかし、命中こそしなかったものの圧縮されていた風が一気に解き放たれ、その風圧を至近距離で受けたオームは後方へと吹き飛ばされた。
その隙にオリオンへと駆け寄ったシャーリィが手持ちの魔法薬をオリオンに飲ませた。
「ぐえっ……苦ぁ」
「良かった、間に合ったか。少し休んで……もう立てるのか?」
「あぁ、大丈夫。回復力は高いんだ……痛てて。薬の効果も相まって何とか」
どうにか立ち上がったオリオンだったが、称号と魔法薬の効果を以てしても全快とはならず精々体力が三分の一程度回復したに過ぎない。もう一度オームのあの攻撃を食らえば今度は即死となるだろう。
「オリオン、コイツを使え!」
打つ手が無く窮するオリオンにダンテが何かを投げて寄越した。
「これは……腕輪か?」
「左腕に嵌めろ。そして、召喚だ!」
「召喚?」
言われるがまま腕輪を左腕に嵌め、召喚の言葉を口にした。すると何処からともなく銀色の蜂が現れ腕輪に留まった。
「コイツは、魔閃甲蜂? いや、でも色が銀色だな」
「詳しい話は後だ! 早く展開させろ!」
「はぁ? 展開って?」
オリオンの言葉に反応した銀蜂の身体が分解し、変形していく。
「うわうわうわぁ! な、何だぁ!?」
「これぞ俺様の最新作! 魔物を生きたまま素材にした生体防具兼補助腕。名付けてぇ~」
腕輪に止まった銀蜂が変形を終えると、オリオンの左腕を覆い尽くした銀色の巨大な金属腕となっていた。
「『超硬化銀蜂爆烈自在腕・王牙』だ!」
「長ぇよ、覚えられるか! ん~縮めて『蜂牙』でいいだろ」
「むむ……まぁ、いいか。それより、奴が来るぞ! 迎え撃てオリオン!」
ダンテに言われオームが吹き飛んだ先を見ると、暗闇の中でオームは身体から血を吹き出しながら奇声を上げて笑い、ダメージなど無視して再び襲いかかって来る。




