28 サジッタ村の夜
灰色の雲が少しばかり広がる曇天の空の下、シャーリィとダンテ、そして『アダマス』の二人を乗せた馬車はブラウン伯爵家の別荘がある港町ベルンを目指していた。
しかし出発早々、空の雨雲が濃くなり天候がさらに崩れそうな気配を見せた。
幸い近くにはサジッタ村がある。オリオンは肌を撫でる生暖かく湿った風を感じながらシャーリィに話し掛けた。
「一雨来そうですね。サジッタ村に泊まって、雨をやり過ごしますか? それとも先を急ぎます?」
「そうねぇ。父からサジッタ村の復興具合の確認も頼まれているし、寄って行きましょうか。村に宿屋はあるのかしら?」
「いや、無いですね。でも来客を泊める為に村長の家には離れが有りますから、そこを使えばいいんじゃないですか?」
「じゃあ私達はそこを使わせて貰いましょう。オリオン君は実家に泊まるの?」
「そうですね。新しい家も出来上がったようだし、久しぶりに自分の家で休もうかな」
その後オリオン達を乗せた馬車は順調に進み、何とか雨が降る前にサジッタ村に到着した。
オリオンが村を出た頃と比べて、復興も大分進んでいた。外壁に開いた大穴はまだ塞がっていないものの焼け落ちた家屋の再建はかなり進んでいた。
「おう、オリオン。久しぶりだなぁ、元気にしてたか?」
「うん、変わりないよ。そっちはどう? 村の皆も元気かな」
顔見知りの門番が馬車から顔を覗かせたオリオンに声を掛けてきた。
「今日はどしたい? 里帰りか?」
「ちょっと遠出するついでに寄ったんだ。雨が降りそうだからここで休んでいこうと思ってね」
「おお、そうか。直に降り出すだろうさ」
門を抜け、村の様子を眺めているとポツリポツリと雨粒が馬車の幌を叩き出した。
馬車が村長宅に到着すると玄関前にルナがいた。
「お~いルナ、久しぶり」
「あら、オリオン。久しぶりじゃない、帰ってたの?」
「ちょっと仕事の途中で雨宿りしに来たんだ。それで旅の連れを村長の家の離れに泊めて欲しいんだけど頼めないかな?」
「分かった、大丈夫よ。そちらの……三人ね」
ルナがオリオンの後ろに控える三人を確認すると、パティが声を上げた。
「せっかくじゃし、ウチはオリオンの家に泊めてくれんかの。パーティー仲間としてオリオンの家族に挨拶しておきたいんじゃ」
「そっか。じゃあパティは俺の所に泊まるとして、他の二人を頼むよ」
「私はシャーリィ・ベル。こっちはダンテ。よろしく頼むわね、ルナさん」
「分かりました。では、こちらへどうぞ。今、離れの用意をしますので先に家の中でお待ち下さい」
シャーリィ達と別れ、オリオンの実家に向かっていると徐々に雨足が強くなり家に到着する頃には、二人ともずぶ濡れになっていた。
母エレナが家の玄関を開けて開口一番。
「あらまぁ、ビショビショじゃない。さあ入って入って」
「お邪魔するのじゃ」
「あらオリオン、この子は?」
「前に話しただろ。俺がパーティーを組んでる仲間で、パティって言うんだ」
「ああ、この子が……息子から話しは聞いているわ、母のエレナよ。よろしくね、パティちゃん」
「パティじゃ。よろし……へ、へっくちぃ!」
「とりあえず先にお風呂に入って温まった方がいいわね。フレア! お風呂の準備をして」
「は~い」
家の再建ついでに新たに風呂場が増設されていた。最近フレアが魔法でお湯を生成出来るようになったお陰で薪を消費せずに温かい風呂に浸かれるようになり、気軽に入浴が楽しめるようになっていた。
フレアが風呂の準備をしている間、ウルトが水魔法で濡れた二人の身体から水分を抜き取った。
「おお! 坊主はちっこいのに魔法が使えるのか。すごいのぉ」
「えっへん! てか、お前だってちっこいじゃん」
「ウチは十二じゃ。坊主よりお姉さんじゃろ?」
「二つしか違わねぇじゃん」
そうこうしているうちに風呂の準備が整い、フレアが戻ってきた。
「準備出来たよ~」
「よし、パティ。先に入んな」
「良いのか? オリオンが……っくしゅん!」
「俺に構わず先に入んな。風邪引いちまうぞ」
「うぅ……では、ありがたく」
フレアに案内されてパティが風呂場へ向かった。
「それにしてもあの子、十二歳って言ってたけど本当? パーティーメンバーって事は冒険者なのよね」
「うん、そうだよ。俺より半年くらい先輩だよ」
「あの子の方が先輩なの? へぇ~」
エレナが淹れてくれた白湯を受け取り、オリオンはゆっくりと一口飲む。冷えた身体に熱い白湯がじんわりと染みる。
「それで、しばらくはゆっくりしていけるの?」
「いや、実は仕事の途中なんだよね。雨が止めば明日には港町へ向かわなくちゃいけないんだ」
「あら、そうなの。それは残念ね」
「いいなぁ、兄ちゃん。港町かぁ、俺も遊びに行ってみたいなぁ」
「ははは、遊びじゃなくて仕事で行くんだよ」
先を急ぐオリオンにエレナは残念がり、行き先が港町と知ってウルトが羨ましそうに呟いた。
「兄ちゃん、お土産買ってきてね」
「まあ、覚えてたらな」
「絶対! 絶対な!」
土産をねだるウルトにオリオンが笑いながら適当に返事をして流す。
その後、村や家族の近況を話しているとパティが風呂から上がってきた。
「うぃ~気持ちの良い風呂じゃった。待たせたの、オリオン」
「んじゃ、入ってくるか」
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雨の勢いが落ち着き小雨になってきた頃、ほろ酔い気分で赤ら顔のオルフが帰ってきた。
「んお? オリオン、帰ってたのか」
「お帰り、父さん。酒場に行ってたの?」
「まぁちょいと、な。ん? そっちの子は……フレアの友達か?」
オルフの視線の先に椅子に腰掛けたパティがいる。その後ろでフレアがパティの髪を梳かしている。
「オリオンの親父殿か? ウチはオリオンのパーティー仲間でパティという者じゃ。よろしくの」
「あぁ君が……オリオンから聞いてるよ。こちらこそオリオンをよろしくな」
「それじゃ夕食にしましょうか。ほら、ウルトはお父さんの服を乾かして。フレアは準備を手伝ってちょうだい」
「は~い」
「ウチもお手伝いするぞ」
「あら、ありがとうパティちゃん。それじゃオリオンと一緒にテーブルを片付けてくれる?」
「お任せなのじゃ。ゆくぞオリオン!」
「はいはい」
この日の夕食は久しぶりに家族が揃い、友人を交えた賑やかな夕食になった。
夕食後、カードゲームに興じていると魔閃甲蜂が家の中に入り込みオリオンの肩に止まった。
「ん? オリオン、肩に魔物がおるぞ」
「ああ、こいつは魔閃甲蜂っていう魔物でこの辺りを縄張りにしているんだ。時々、蜂蜜を貰ったりして共生しているんだよ……うん? おかしな奴がいるって? ちょっと様子を見てくるか」
魔閃甲蜂から不審者の情報を受け取ったオリオンがランプを片手に魔閃甲蜂の案内されて夜道を歩いていると外壁付近に佇む人影を発見した。
魔閃甲蜂の様子から盗賊や魔物の侵入といった重大な問題では無いとは分かっていたが、念の為警戒しながら接近し、声を掛けた。
「おい、そこで何を……って、ダンテか」
「んお? 何だオリオンか。見てくれよ、珍しい金色の蜂だぜ」
ランプの灯りに照らされた先には、嬉々として魔閃甲蜂を弄るダンテが居た。
「そいつは村の大事な蜂蜜を作ってくれてるんだよ。手荒な真似は……ん? なんか変に大人しいな」
「あぁ、ちょいと薬をな」
ダンテの前に並ぶ魔閃甲蜂が不自然に動かない事に気付いたオリオンに、ダンテは手にした注射針を見せてニヤリと笑った。
「……一応、魔閃甲蜂とは共生関係にあるから村の中で手にかけるのは勘弁してくれないか」
「へぇ、そうなのか。まぁ村長の所でご馳走になったあの酒は旨かったからな。それにしても魔物と共生関係か……もしかしてオリオンがやたらと強いのは、この蜂から何か力を貰ったからなのか?」
「あぁ、そうだよ。以前から蜂蜜を貰ったりしてたけど、少し前に村を襲った盗賊団を倒す時に蜂達から力を貰ったんだよ」
「ほぅ! と言う事は、オリオンは称号持ちなんだな。なるほどなるほど」
「そうだよ。言ってなかったっけ」
オリオンが称号持ちであると分かるとダンテは声を弾ませた。
「称号持ちってのは希少で、国中を探してもそう何人もいないからな。リーマイナがナンバーズ部隊を作り出したのも称号持ちに匹敵する戦力を何とか確保しようとしたのが始まりだったっけ」
「へぇ、そうだったのか……リーマイナのナンバーズってのは今どのくらいの規模なんだ?」
「さて、ね……俺がリーマイナを離れた数年前の時点で開発技術の壁にぶち当たって失敗続きなもんで部隊存続も危ぶまれていたからな。特に派手な噂も聞かないし、規模は極少数だと思うぜ」
二人が話している間に眠っていた魔閃甲蜂のうち、麻酔が切れた数匹の個体が起き上がり慌てて飛び去った。
「もしかしてリーマイナがダンテを狙う理由は技術の流出を阻止する以外にも、新たなナンバーズを作る為だったりするのかな」
「まあ、理由は色々あるだろうよ。オリオンの言うようにナンバーズ部隊の立て直しもあるだろうが裏切り者を捕まえて制裁を加えるのも目的だろうしな」
「ふ~ん。そこまで分かっててリーマイナを飛び出したのか。何か特別な理由でも?」
「ん~……まあ、な」
珍しくダンテは言い渋り、何か事情があると察してオリオンはそれ以上聞くのを止めた。
「さて、明日は今日の遅れを取り戻さなきゃならんから長距離移動になるってシャーリィ姐さんが言ってたからよ、オリオンも早めに休んどいた方がいいんじゃないか」
「それもそうだな。じゃあ、おやすみ」
「おう、おやすみ」
立ち去るオリオンを見送った後、ダンテは薬の効いている魔閃甲蜂を懐に入れて村長宅の離れへ戻って行った。
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夜が明けた次の日、天候は前日とは打って変わって快晴となった。
家族に見送られ、オリオン達を乗せた馬車はサジッタ村を出発した。幸い魔物の襲撃もなく、馬車は順調に街道を進んだ。
「えへへ。オリオンの母殿に作ってもらった弁当、食べるのが楽しみじゃのう」
「野菜と魚のサンドイッチだっけ。パティも作るの手伝ってたな」
「うむ、お袋殿が作った蜂蜜ドレッシングをたっぷり塗って具材もたくさん挟んだ特製サンドイッチじゃ!」
パティが布袋に包まれた弁当を抱えてニパッと笑った。
その横でダンテも酒瓶に頬ずりしながらうっとりとしていた。
「俺も土産に貰った蜂蜜酒を開けるのが楽しみだぜ」
「貴重な秘酒なのに村長に無理を言って強請るんだから、まったく。大の大人がみっともないったらないわ」
「そう言う姐さんだってちゃっかり貰ってたじゃねぇか。同類だ同類」
「これは父に頼まれた分なの! わ、私が飲むわけじゃ……」
「本当にぃ~?」
「本当に本当よ! ほら、何時までも無駄話をしてないで周りを警戒しなさい。魔物の襲撃があるかもしれないわよ」
「あいあい」
上り始めた朝日に照され馬車は街道を進む。




