27 狂人薬
オームとの戦闘後、ダンテの足の治療の為にギルドの医務室を利用していると話を聞き付けたシャーリィが眉間に皺を寄せて医務室へやって来た。
「呆れたわ……一体何をやってるの、貴方は」
「俺はただ散歩してただけだっつぅの。まさか逆恨みして襲ってくるとは思わなかったし、あれ程の手練れと出会すとは思わなかったんだよ」
あちこちで恨みを買っているくせに迂闊な行動を取ったダンテにシャーリィはため息を突き、心底呆れた。話を聞く限りでは偶然オリオンが近くに居たお陰で助かったと言うのだから頭の痛くなる話だ。
「今後は一人で動く事も怪しげな場所へ行く事も控えて貰いますからね」
「へいへい、さすがに胆を冷やしたからな。しばらくは大人しくするさ」
「しばらくはって……はぁ、全く。それはそうとダンテを救助してくれて、ありがとうねオリオン君。彼の身に万が一の事があったら色々と面倒な事になっていたわ。後で正式に謝礼金も支払わせてもらうわね」
「いいんですか? では、ありがたく頂戴します」
『アダマス』の二人には試験中止の件で借りがある。今回の謝礼にはその分も上乗せして支払おうとシャーリィは考えた。そしてこれからの事でオリオンにある提案を持ち掛けた。
「ところでちょっと相談があるの。数日後に私とダンテはブラウン伯爵家の別荘に出発する予定なんだけど、『アダマス』を護衛として雇えないかしら?」
「俺達を? それはリーマイナの追っ手を警戒しているからですか?」
「それもあるけどこの街の厄介な連中にも目を付けられたから、もしかしたら道中で襲撃を受けるかもしれないでしょ。リーマイナの『ナンバーズ』、『偽金のオーム』、どちらも私一人では手に余るのよ」
シャーリィとてシルバー級の冒険者。そう何度も遅れを取るつもりは無いが、多数で攻められれば不利となる。かといって下手に護衛を雇っても、相手が相手だけにいたずらに犠牲者を増やす結果となりかねない。
ならば実力が保証されている『アダマス』に協力を求めるのが確実だと判断したようだ。
「う~ん、とりあえずパティと話してから決めていいですか?」
「ええ、勿論。出発まで私達は冒険者ギルドに泊まるから、決まったらギルドへ来て。そこで正式に指名依頼を申請しましょう」
冒険者ギルドには宿泊設備がある。寝心地の悪い固いベッドが並んでいるだけの簡素なもので、主にギルド職員が仮眠を取るのに利用している。
あまり評判は良くないが街中の宿屋に比べて防犯面はしっかりしている。何せ一日中、手練れの冒険者やギルド職員がウロウロしているのだから。
襲撃を警戒して気の休まらない街中の宿屋よりもギルドのベッドを選ぶのは当然の選択だ。
しかし、そこに不満を漏らす者が一人。
「え? ギルドに泊まんの? せっかく街に来たんだから、俺ぁ綺麗なお姉ちゃんのいる宿屋の方が……」
「貴方、少しは反省なさい!」
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ハーベルの貧民街を根城とするアイオイファミリー。隠れ家の一つに主だった幹部と組織のボスが集まった。
「オームさんよぉ……たかが道具屋一人捕まえる事も出来ねぇたぁ、不甲斐なさ過ぎねぇか? アンタに払ってる金も安かねぇんだぞ」
椅子に腰掛けた小太りなボスは青筋を立てて凄んでいるが、対面に座るオームは反論する事なく薄ら笑いを浮かべながら聞いている。
そんな余裕の態度が癪に触ったのか、周りを囲む部下の一人が怒鳴った。
「テメェ、ボスに対して何だその態度は。舐めてんのか!」
「いや、失礼。最初に五人がかりで囲んでいながら逃げられた間抜け共のボスに言われたくねぇなと思って」
「何だとぉ! そう言うテメェは小僧一人の首も取れなかったじゃねぇか。元ゴールド級の腕も落ちたもんだぜ……それとも用心棒代をせしめる為にでっち上げた嘘っぱちじゃねぇだろうな! 『偽金』さんよぉ」
小物の恫喝など気にも止めないオームだが、実力を疑われる事には不快感を覚えるのか眉をひそめた。
オームの苛立ちを察した男はさらに罵声を浴びせる。
「だいたいテメェが冒険者だったのは十年も前の話じゃねぇか。それ以降は落ちぶれてあちこちをコソコソと隠れていただけ……適当なフカシこいてんじゃねぇぞ!」
「だったら証明してやろうか?」
「はッ! 出来るもんならやっ……」
調子づいていた男の言葉が急に止まった。黙って聞いていたボスがオームを指刺して止まった部下の様子に首を傾げた。
ボスが声を掛ける寸前、男の首がポロリと落ち血を吹き出しながら残された身体が倒れた。
目の前で仲間の首が落ちた事に周囲は驚愕し、いつの間にかオームが剣を握っている事に気付いて悲鳴のような喚声を上げた。
「て、てめ、テメェ! 何を……」
「喚くなよぉ、実力を証明してやったんだろうが。今の攻撃……誰か見えたか? あの小僧は三回も防ぎやがったんだぜ。相当な実力者って事だろうがよぉ。これでもまだ疑う奴はいるのか? もっと証明が必要か?」
オームが剣の切っ先を男達に向けると皆が後退って距離を取ろうとする。
「待て、オーム。部下が無礼を働いた。すまんかった。剣を納めてくれ」
放っておくと皆殺しにされかねないと感じたボスがオームに詫びると、オームは無言で剣を鞘に納め何とか場は治まった。
「それでオームよ。ダンテの始末は諦めんのか? ウチとしては泥をかけやがったあの野郎を放置するのは面白くねぇが、アンタが無理なら……」
「まぁ待ちなって。ダンテの方はどうでもいいが、あの小僧は捨て置かねぇ。久しぶりに興奮する獲物だ。今度は全力で挑んでやるよ」
「おぉ、そうか。だったらウチも協力しよう。必要なもんがあれば言ってくれ」
「そうだな……兵隊を二十人くらい、それと『狂人薬』を用意してくれ」
オームの言葉を聞いてボスは一瞬、驚いた。
『狂人薬』。服用した者の力を何倍にも増幅する効果を持つ魔法薬だ。だが副作用も強烈で服用した者の寿命を縮めるだけでなく、身体が反動に耐えられずその場で死亡するケースも少なくない。
所持する事も、製造する事も禁じられた違法薬なのだ。
「本気……だな」
「クックックッ……元ゴールド級の誇りなんぞ疾うに捨てたが、俺の剣が通じない奴なんて許せねぇ。必ず首を取ってやるぜ、小僧」




