24 裏切り者
オリオン達と別れたシャーリィは廃村の奥へと足を踏み入れ、辺りを見回ってみたが廃棄された建物ばかりで工房らしきものは見当たらなかった。
「おかしいわね。ここに住んでいるのは確かな筈なのに……」
ブラウン伯爵家が抱える専門の情報収集・工作部隊の報告によると廃村に住み着いたダンテという魔道具師は非合法の闇ギルドやマフィアを相手に仕事を受けているようでその技術力に目を付けた組織から勧誘が来る程の高い能力を持っているようだ。
しかしアイテム製作以外に興味が無いのか、そういった勧誘は無視しているようで彼は何の後ろ楯も持っていなかった。
裏の世界でどこの組織にも属していないという事は束縛されない反面、身の安全も保障されないという事。事実、誘いを無視された組織は彼の技術力が他の組織に流れる事を恐れ、部下に暗殺命令まで出したという。
「……敵味方関係なく金さえ積めば誰の依頼でも受けていたみたいね。お父様は彼を庇護下に置きたいようだけどあまり倫理観の高い人物では無いみたいだし、トラブルメーカーを抱え込むのは問題だわ……それにしても工房はどこよ」
工房らしきものが見当たらずキョロキョロと周囲を探っていたシャーリィが不意に動きを止め、静かに長剣の柄に指を這わせた。
少しの間の後、振り向きながら剣を一閃させた。
甲高い音を立ててシャーリィの長剣に弾かれたナイフが足下に落ちる。
「誰ッ!」
鋭い声で誰何する。だが返答はなく、代わりに追加のナイフが顔と足を狙って投擲された。
身を翻しナイフを躱すと落ちていたナイフを拾い上げ、飛んできた方向へ投げ返した。
ナイフは命中しなかったが何者かが物陰から飛び出し逃げていく。
「待ちなさいッ!」
廃屋を駆け巡りながら追跡を続けていたシャーリィの前で襲撃者が足を止めた。
襲撃者の前に見覚えのある一人の男が立っていた。どうやらこの男の下へシャーリィを誘導するのが目的だったようだ。
「……貴方、確か警備部門の」
「どうも、シャーリィお嬢様。屋敷の警備部に所属するドナールです」
ドナールは口元に笑みを浮かべシャーリィに対して深々と頭を下げて礼はするものの、場にそぐわないその態度にシャーリィは不快感を覚え、気を抜く事なく目の前の二人を注視した。
「そちらの賊は貴方の知り合いのようね、ドナール。どういうつもりなのか、説明する気はあるかしら?」
「はっ、誠に心苦しい事ではありますが……」
襲撃者とドナールが揃って剣を抜き、その刃をシャーリィに向けた。
「月並みですが、お嬢様にはここで死んでもらいます」
「あら、そう……貴方が屋敷に潜り込んだのは私を害する為? 理由くらいハッキリさせたいんだけど」
「私が屋敷に居た理由は、私がリーマイナの人間だからですよ」
「何だ、喋るのね。問答無用で切りかかって来ると思ったのに。それにしても……リーマイナの間者だったのね。でもどうしてこんな行動を? 間者なら潜り込んだまま大人しく正体を隠しておくものでしょう」
バズティオンの娘というだけで十分にシャーリィが狙われる理由になるが、今は水神宝珠の件もある。潜り込んでいた間者が何を目的に動き出したかハッキリさせる必要があった。
「数日前、伯爵様が内密に腕の良い魔道具師を探していると知りましてね。その真意を探る為、その魔道具師の情報を盗み見て驚きましたよ。まさかリーマイナの裏切り者、ダンテの名前をここで見付けるとは」
「ダンテ技師がリーマイナの人間? それにしても裏切り者とは随分な物言いね。貴方の狙いがダンテなのなら、どうして私を殺すって話になるのかしら。それに苦労して潜り込んだというのに、その任務を放棄してまで貴方が彼を狙うというのも解せないわね」
「お嬢様がそれを知る必要などありません。万が一にでも取り逃すと面倒なのでね!」
話は終わりとばかりにドナールが切り掛かる。それに合わせて背後の襲撃者がナイフを飛ばしてシャーリィを牽制する。
「貴方が教えてくれないのなら、私が勝手に予想しようかしら」
シャーリィはナイフを躱し、ドナールの剣を受け止めた。
「貴方がダンテを裏切り者と言いつつ彼ではなく私を殺そうとするのは、伯爵家の者が彼と接触しては困る事情があるのと彼にはまだ利用価値があるから……そんな所じゃない?」
「まぁ半分以上は正解ですよ」
「あら、まだ何かあるのね」
ドナールと切り結びながらシャーリィは余裕のある顔で尋ねた。
「もののついでに教えてもらえないかしら」
「ふん、まぁいいでしょう。狙いは貴方の持っているアイテムですよ」
顔では平静を装いつつ、シャーリィは所持している水神宝珠の事がバレているのかと内心動揺した。
「伯爵様が秘密裏に魔道具師と接触しようとしている。それも伯爵家秘蔵のアイテムを持ち込んで何かを作ろうとしている。それがどのような物であれ、この国にとって有益となるのは間違いない。であれば任務を放棄してでも最優先で奪い取る価値がある。そうすればこの国の損失となり、我が国の利益となるのだからね!」
どうやらドナールはシャーリィの持つアイテムの詳細までは把握していないようで、伯爵家の重要なアイテムとだけ思っているようだ。
「伯爵家の者を害し、技術者を確保して、さらにアイテムまで奪うつもりなの? 強欲ね、貴方」
「伯爵家に潜り込むのにずいぶんと苦労したのですからその役目を放棄する以上、それに見合うだけの見返りが必要なのですよ」
シャーリィの双剣と打ち合っていたドナールの剣に亀裂が走り、次の一合で砕け散った。
「さすがブラウン伯爵家に伝わる名剣、ただの鉄剣では分が悪い」
「素直に私の腕を褒めて欲しいわね!」
「来い、六号!」
折れた剣をシャーリィに投げつけて、ドナールは後ろに控えていた襲撃者を呼んだ。
「あら、選手交代にはまだ早いわよ」
後ろに退がろうとするドナールを追撃しようとシャーリィが踏み込み、ドナールの首を狙って双剣を左右から交差させる。
素手のドナールに防ぐ手立ては無く、そのまま決まるかと思われたが刃が閉じる寸前に六号と呼ばれた襲撃者が両腕を割り込ませて妨害した。
「ちっ……服の下に手甲でも仕込んでいるのかしら」
双剣から伝わる硬い感触にシャーリィは顔を顰めた。
ドナールとシャーリィの間に割り込み、シャーリィの攻撃を防いだ六号。表情は暗く、まるで死人のように血色が悪い。動きの鋭さに反して覇気を感じない。
目の前で繰り出されるシャーリィの鋭い斬撃に対しても臆する事無く対峙し、いとも容易く受け止める。
「やるわね」
「……」
「くっくっく、これが我が国の力ですよ」
「どういう意味かしら?」
シャーリィにはそれが単純に鍛えられた精鋭という意味だけでは無く、何か別の意味を持つ言葉のように聞こえた。
「さぁて、そろそろ本気を出せ! 六号!」
ドナールの声に反応して六号が大きく拳を引き、正面から殴り掛かった。
隙だらけの大振りな攻撃。馬鹿にしているのかと勘繰る程、工夫の無い攻撃だった。
「そんな攻撃……嘘ッ!?」
繰り出された六号の拳を縦に真っ二つにしてやろうと剣を振り下ろしたシャーリィだったがその拳を切るどころか、予想だにしない硬さに刃を弾かれてしまった。
思いがけない出来事に体勢を崩したシャーリィは、顔面を狙って繰り出された六号の拳を何とか左の手甲で受け止めた。
「ぐぅッ!」
手甲越しに感じる衝撃はまるで金槌で殴られたかのように強烈で、とても人間の素手の攻撃とは思えない程に重かった。
そしてシャーリィは気付いた。六号は服の下に防具など身に付けていない事に。
シャーリィの剣を防いだのは防具では無く、異様に硬い六号の身体そのものだったのだ。
「何よ、コイツの身体は。鉄より硬いなんて、冗談でしょ」
六号の文字通りの鉄拳を食らった左腕は痺れ、苦悶の表情を浮かべたシャーリィは剣を取り落としてしまった。
「くははははっ! 見たか! これがリーマイナの技術力だ! さあ、六号よ。その女の顔を潰してしまえ!」
「くっ」
苦し紛れに繰り出したシャーリィの突きを六号は無造作に掴んだ。剣の刃を握ろうとも六号の皮膚は傷付かず、剣を握ったまま強引にシャーリィを引き寄せて強烈な蹴りを腹部に食らわせた。激しい衝撃にシャーリィは血は吐きながら吹き飛んだ。
「がっはぁ! ……ぐ、ぅう」
「ふははは! ブラウン家の女騎士ともあろう者が何と無様な事かッ! ……その美しい顔を醜く歪めてやろう。変わり果てた娘の亡骸に泣いて縋るバズティオンの姿が目に浮かぶようだ! やれ、六号!」
敵国の貴族家に潜入する為に、心ならず忠臣のフリをして溜め込んでいた鬱憤を晴らそうとドナールが下卑な笑みを浮かべた。その指示に応えて六号が地面に倒れるシャーリィの髪を掴み上げて無理矢理身体を引き起こす。
「ぐっ……」
「すぐに終わらせるなよ、六号。最低でも二十発くらいは長引かせてから殺せ」
シャーリィの顔面を狙って六号が拳を握る。
凄惨な拷問が始まる直前、何処からか飛来した火炎弾が六号の背中に命中し爆発が起きた。
「な、何だ!?」
爆発の衝撃で前のめりになる六号にさらに二発の火炎弾が命中した衝撃には耐えられず、シャーリィを手放して吹き飛んだ。
「人ん家の前で、なぁにやってんだよ」
いつの間にそこにいたのか。建物の屋根の上に一人の男が立っていた。目元にくっきりと隈を浮かべ、眠たげな目をした若い男。手には大口径の魔法銃を構え、狙いをドナールに定めている。
「ダンテ、貴様ぁ! この裏切り者めが、勝手に国を飛び出すだけでなく任務まで邪魔するかッ!」
「ほ~ん。あんた、リーマイナの軍人か? 女をいたぶるたぁ、相変わらずリーマイナの軍人は品がねぇな」
「黙れ! 命令変更だ、六号! あの忌々しい裏切り者を捕らえろ! 逃げられないように足の一本でもへし折れ!」
「六号……『ナンバーズ』の初期型か。まだ生き残ってたんだな」
ゆっくりと起き上がる六号。衣服は燃え、身体の表面が焦げているが大した傷は付いていないようだ。
「どうだ! リーマイナの秘密兵器『ナンバーズ』の力は! 貴様ら凡人の攻撃など無意味なのだ!」
「そんな事、あんたに言われるまでもなく知ってるっつ~の。その強さも……弱点もな」
「弱点? そんなもの……」
ドナールを無視してダンテは魔法銃を操作して銃の設定を変更した。
「喰らえ、『浸透氷結弾』」
ドンッと轟音と共に放たれた青色の砲弾を六号は避けもせず受け止めた。先ほどの火炎弾と違い今度は爆発はせず、六号の全身を濡らすだけだった。その水もすぐさま六号の身体に吸収されて消えた。
「確か六号の能力は身体の表面硬度を高めるだったっけ……物理攻撃に強い反面、搦め手に弱い」
六号の身体がパキパキと軋みを上げて固まり、口から白い息を吐いたかと思えば全身に霜が降り、身体が内側から凍りついて完全に動きを止めた。
「な、そん……馬鹿な」
「呆けるのは勝手だけどよぉ。後ろに怖ぇのがいるぞ」
「!」
我に返ったドナールが振り向くと同時にシャーリィの剣がその首をはねた。
「はっはっは、一刀両断か。怖い怖い」
「ふぅ……助力に感謝します、ダンテさん」
痛めた腹を庇いつつ、シャーリィが礼を言うとダンテは屋根から降りてきた。
「礼を言うのはまだ早いかもよ。あの軍人が連れてきたナンバーズはもう一人いる筈だ」
「それ、本当ですか!」
「あぁ、多分な。あのナンバーズってのは未完成の技術で作られた改造人間でよ。常に暴走の可能性があって危ねぇから、万が一の時は片方が止め役になるように二人一組で運用してた筈だ。だから六号の他にもう一人、どっかに居ると思うぜ」
「どこかにって……!」
この廃村にはシャーリィ以外にオリオンとパティがいる。ドナールの目的がシャーリィの抹殺だったのなら、他の二人も同様に標的にされている筈だと思い至り、シャーリィは息を呑んだ。




