21 骨使い
「まったく、勝手な奴らだ……いいか、この一戦で遺恨無しだ! これ以降は文句を言うんじゃないぞ!」
もう止められないと判断したストラクスは、せめて過度な被害が出ないように審判を買って出た。
「身の程を思い知らせてやるぜ」
「やれやれ」
ロニーが訓練用の刃引きした鉄剣を構え、オリオンも同じ鉄剣を手にした。
「やっちまえ、ロニー!」
「生意気な新入りがッ! 骨の二、三本は覚悟するんだな」
「むっ……気張るんじゃ、オリオン! こんな小物どもなど圧倒してしまえ!」
柄の悪い外野の野次に対抗してパティが声を張ると、それを聞いてさらに野次が飛ぶ。
「双方、準備はいいな……始め!」
「おらぁ!」
ストラクスの合図とともにロニーが仕掛ける。顔面を狙った突きをオリオンは僅かに身を捻り躱した。
もっと大袈裟に慌てると思っていたロニーは舌打ちをしてさらに攻撃を繰り返す。
ロニーの一方的な猛攻を前に防戦一方のオリオンを見て、外野から嘲笑の声が上がった。
「いいぞ、ロニー!」
「だらしがねぇ、新入りだな。反撃も出来ねぇのか」
「審判、大怪我する前に止めた方がいいんじゃねぇか?」
盛り上がるロニー側の外野とは対称的にパティの興奮は早々に冷めていた。
「な~んじゃ、ここまで実力差があっては戦いにならんわい」
模擬戦の様子を冷めた目で眺めるパティの呟きは、一方的に押されているオリオンに失望して溢れたものではない。
傍目から見るとロニーが圧倒しているように見えるが、ただの一度も攻撃は当たっていなかった。完全に剣筋を見切られたロニーに、もはや勝ち目は無い。
その事にパティ、ストラクス、そして当のロニーも気付いていた。
未だに戦闘が決着しないのは単にオリオンに攻撃する意思が無いからだ。
「くそくそくそぉ! 舐めやがってぇ……」
苛立ちながらオリオンを睨み付けるロニーだが攻撃が全く通用せずスタミナばかりが浪費していた。ここで降伏を宣言するのはロニーにとってあり得ない選択肢だ。一撃も入れられずに負けを認めるなどシルバー級最強を自認するロニーにとって屈辱でしかなかった。
ただただ意地になって攻撃を続行するロニーはこの状況を打破するにはオリオンに攻撃させるしかないと考えた。
それも怒りに任せた単調な攻撃を繰り出させて、そこへカウンターを当てる。それが唯一の方法だ。
「……大したもんだぜ、認めてやるよ。お前は強い」
「そりゃどうも、師匠の教えが良かったのかな?」
「ふん。そう言えば、お前はサジッタ村の出身なんだってなぁ……先だって盗賊に襲われた村だったよな」
「……それが何か?」
盗賊の襲撃事件は人の被害こそ少なかったが村は半壊し、オリオンも死にかけたあまり思い出したくない苦い記憶なのだ。
オリオンの顔が僅かに歪んだ事に気付いたロニーが攻め所を見付けてニヤリと笑った。
「羨ましいよなぁ、たかが酒一つ領主に気に入られただけで色々と助けてもらってんだろ?」
「……何が言いたいんです?」
ネチネチと小馬鹿にした口調で話し掛けてくるロニーに苛立ったオリオンは言葉短く返した。
集中が途切れていると予想したロニーがトドメの一言を口にした。
「天罰だったんじゃねぇか? ざまぁねぇな」
「……」
ロニーの言葉は的確にオリオンの心を突いた。戦闘において相手を挑発し、その心を搔き乱すのは常套手段。当然、ストラクスも承知している為、特に咎めるような事はしない。これで負けるようならそれはオリオンが弱かっただけの話だ。
ただロニーの計算違いだったのは、挑発する相手のオリオンが過剰に反応した事だった。
ロニーにとって挑発行為は単なる手段でしかなく、どれだけ口汚く罵ったとしてもそれは相手を煽り戦いを有利に運ぼうとしてやっているだけ。経験豊富な相手ならそれを理解している為、適当に聞き流して相手にしないのだが、まだ対人戦の経験に乏しいオリオンには効き過ぎたようだ。
無言で棒立ちになったオリオンが無造作に歩み寄ってくる。怒りに我を忘れて冷静さを失ったと読んだロニーが必殺技を放つ。
「くらえぇ! 『高速三連突き』ッ!!」
「待て、ロニー! これは模擬戦だぞ」
審判のストラクスの制止も間に合わず、鉄剣の刃がオリオンに迫る。その場にいる誰もが血塗れになるオリオンの姿を想像した。
だがロニーの高速剣をオリオンは片手で掴み、強引に止めてしまった。信じられない状況にロニーは激しく動揺した。
「ば、馬鹿な……お、俺の剣が」
「殺し合いがしたいのか? だったら」
コロシテ、ヤロウカ?
言葉に込められた殺意に怯んだロニーの目の前でオリオンが掴んでいた鉄剣にヒビが入り、へし折れた。
折れた剣を前に呆然としているロニーにオリオンが鉄剣を振り下ろそうとする。
「待てッ! そこまでだ!」
今のオリオンに攻撃させるのは危険と判断したストラクスが戦闘を止めた。ストラクスはオリオンが素直に指示に従い剣を止めるか不安だったが、意外なほどあっさりとオリオンは剣を下ろした。
「ふぅ。勝負あり、勝者オ……」
ストラクスが終了を宣言する直前、ロニーの挑発に過剰反応した者がオリオン以外にいた。
「こん腐れ野郎! なぁにが、天罰じゃ! 馬鹿ったれがぁ!」
「パティ!?」
乱入したパティがロニーに飛び蹴りをくらわせて、さらに頭を足蹴にする。
「何しやがんだ! このガキぃ!」
「このクソガキがぁ! 調子に乗んなぁ!」
「やっちまえッ!」
暴れるパティに外野の冒険者達も参戦し始める。オリオン以上に平常心を失ったパティが長杖で地面を突いた。
「おうおうおう、かかって来いやぁ! 『百鬼夜行』じゃッ!!」
パティの魔力に応えて地面を割ってスケルトンの軍勢が現れた。その数、百体。
突如、演習場が地獄絵図のような状況に様変わりした。荒れる冒険者とスケルトン、その中に混じってパティも殴り合いを始めた。
「……あ~。どうしよう」
「……ひとまず、あの小娘を止めてくれ」
急変した状況に置いていかれ、すっかり怒りの感情が萎んだオリオンは意気消沈するストラクスの指示に従い、乱闘騒ぎの中へ割って入った。
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「す、すまんかったのじゃ。つい、カッとなって……」
「うん、まぁ……怪我人は出たが、それはいつもの事だ。多少規模が派手になったがロニーにも行き過ぎた点があったしな」
オリオンとストラクスは演習場の大乱闘を何とか収め、原因となったパティは大人しく正座して反省していた。
乱闘後、壊れずに残ったスケルトンを動員して荒れ果てた演習場の修復が行われ、怪我人の運搬もスケルトン達が行った。ぐったりした怪我人を運び出す骸骨、という奇っ怪な光景に事情を知らぬ人々の奇異な視線が集中する。
「それにしてもパティはスケルトンを使役するとは言ってたが、ここまで臨機応変に動かせるなんて凄いな。俺はスケルトンを見るのも初めてなんだけど、他のスケルトンもここまで多彩に動くものなんですか?」
オリオンの視線の先には穴だらけになった演習場の地面を道具を使って均すスケルトンや落ちている道具を集めて回るスケルトンなど、まるで普通の人間のような滑らかな動きをする。
「少なくとも俺の知る限りではあり得んな。ほれ、何時までもそうしてないでパティも立て。とりあえず試験どころでは無くなったから、上に報告しないとな」
「うぅ、すまんのじゃオリオン」
「いいって、パティは俺の為に怒ってくれたんだろ? やり過ぎな点もあるけど、俺は気にしてないよ。試験ならまた受ければいいさ」
演習場の修復を終え、全てのスケルトンを消して三人はギルド職員の下へ、報告に向かった。




