20 噂
黄金斧を手に入れたオリオンは精力的に依頼をこなし、数日で規定の依頼十回分の成功を達成した。
「おめでとうございます。オリオンさんは昇格試験を受ける資格を得ました。試験を受けますか?」
「はい、お願いします」
「分かりました。では明日、担当試験官と他の受験者との顔合わせを行います」
「試験は複数人でやるんですね。どんな試験何ですか?」
「その内容は担当試験官が決めますが、大体は討伐系の試験になりますね。今回はオリオンさんともう一人、試験に参加する予定です」
軽く連絡事項を確認して明日の朝、ギルドに集合する事となった。
「さて、明日の試験に向けて準備するか」
オリオンは不足している薬や食料を補充する為にハーベルの市場へと出掛けた。
ハーベルに幾つか存在する小規模の市場では熱心な客引き声が飛び交い、地元店舗では売っていないような珍しい物も屋台の店先には並んでいた。
この市場では専門店の値段に比べれば一、二割ほど安く買えるが品質は保証されていない。買い手が自己責任で目利きしないと大損してしまうような場所だ。
「う~ん、保存食を買っておくか。おじさん、この保存食を上から五つ下さい」
「毎度! じゃあ、ちょっと待ってね」
オリオンが籠に山盛りになっている乾燥食材を買おうと店主に声を掛けると、愛想笑いを浮かべた店主が籠の下の方から品物を取ろうとした。それを目敏く気付いたオリオンが店主を注意する。
「ダメダメ、取るのは下にあるやつじゃなくて、上に並んでる分から五つだよ」
「え~、どれも一緒だよ。みんな品質、最高さ」
「う・え・か・ら」
「はいはい……ちっ」
軽く舌打ちした店主が見えている上の方から取った五つを紙袋に詰めた。代金を支払い、紙袋の中身を確認したオリオンは店主に礼を言って次の店に移動した。
「薬か……セドリックさんからはこういう市場では買うなって言われてるんだよな」
いざという時の命綱となる薬や命を預ける武具に関しては、ちゃんとした専門店で買い揃えるようにとアドバイスを受けていたオリオンは眺めるだけにしてその場を移動し、幾つかの屋台を見て回った。
小腹が空いたオリオンは香ばしい匂いがする焼き飯の屋台を見付けた。
「ほいほい。美味しい焼き飯、一つ銅貨二枚だよぉ」
「おじさん、一つ下さい」
「あいよぉ、熱々だよぉ」
代金を支払って椀に盛られた焼き飯とスプーンを受け取り、その場で立ち食いをしていると背後から気配を感じた。
「旨そうじゃのぉ」
「ん?」
振り返ると大きな荷物を背負ったオリオンより年下の少女が立っていた。長旅でもしてきたのか、全体的に薄汚れた格好で伸び放題の赤髪に隠れて顔もよく見えない。
「旨そうじゃのぉ……」
立っていた場所が邪魔になっていたかと思い、オリオンが場所をズレても少女はオリオンの手元の焼き飯だけを睨んでいる。
「……た、食べる?」
「大盛がええのぉ」
「大盛焼き飯、銅貨三枚だよぉ」
少女の圧力に負けたオリオンが自分の分の焼き飯を差し出そうとしたが、少女は涎を垂らして鉄板で調理されている山盛りの焼き飯を所望した。
二人のやり取りを見ていた店主が聞いてもいない大盛の値段を告げると、ため息をついてオリオンが銅貨三枚を支払い大盛焼き飯を買った。
「感謝するぞ、兄ぃ。命の恩人じゃあ」
「大袈裟な」
「ウチの名前はパティじゃ。兄ぃの名前は何じゃ」
「俺の名前はオリオンだよ。パティは遠くから来たのかい?」
「うんにゃ、ウチはこの街で暮らしとる。ちと野暮用で遠出しておっての。ついさっき帰ってきたばかりだったんじゃ……手持ちの食料も路銀も底を突いて丸一日、飯が食えず難儀しておったのじゃ」
「ふ~ん」
あっという間に大盛の焼き飯を平らげたパティは荷物袋の中から古い短剣を取り出し、オリオンへ渡した。
「これは?」
「飯の礼じゃ。わんさとあるから気にせず貰ってくれ」
どうやら大きな荷物袋の中身はこういった金目の物が詰まっているようだ。
「って言うか、これをどこかのギルドとかに売れば食事代なんて余裕で稼げるだろ?」
「街に着いたのはついさっきじゃ。換金するより先に匂いに釣られてしまうたんじゃ」
大盛の焼き飯を掻き込み、あっという間に平らげたパティは荷物袋を背負い、オリオンへ大きく腕を振ってその場を後にした。
「それじゃあの、親切な兄ぃ。縁があれば、またの」
「あぁ、気を付けてな」
パティと別れ、食事を終えたオリオンは必要な買い物を済ませた。
◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️
翌朝、冒険者ギルドへやって来たオリオンが担当試験官ともう一人の試験受験者を待っていると一人の魔法使いが声を掛けてきた。
「おぉ! 昨日ぶりじゃの……オア、オイ、じゃない、う~んと確か……」
「その声、パティか?」
オリオンの前に近寄ってきた少女パティは昨日とは印象が違い、黒いローブに長杖を持ち魔法使い風の格好をしていた。長い赤髪を後ろで縛り、大きな瞳を露にしている。
「オウ、オエ、オオでも無くて……」
「オリオン」
「そうそう、オリオンじゃったの! 同業じゃったんか!」
ようやくオリオンの名前を思い出したパティは笑いながらオリオンの背中を叩いた。
「そういうパティも冒険者だったんだな」
「おう! ブロンズの冒険者じゃ! いやぁ実は今日、大事な用事があるのをすっかり忘れておってのぉ……無理をして大急ぎで帰ってきた甲斐があったわい」
「大事な用? もしかして昇格試験か?」
「うん? 何で知っとるんじゃ?」
「俺も試験を受けるからだよ。そっか、職員さんが言っていたもう一人の受験者ってパティの事だったのか」
「なんと! オリオンも同じ試験を受けるんか、それは奇遇じゃのう。では改めて、ブロンズの冒険者パティじゃ。見ての通り後衛で、スケルトンを使役するのを得意としておる」
「じゃあ、俺も。ブロンズの冒険者オリオンだ。武器は斧を使う、土魔法も使えるぞ」
お互いに名乗りあい握手を交わした。
「俺は冒険者になってまだ日が浅いんだが……パティは俺より先輩だよな。俺、もうすぐ十六歳になるけど、パティは何歳なんだ? 流石に年下だろ?」
「十二じゃ!」
「十二ッ!? 一体、幾つの時から冒険者をやってるんだ?」
「ん~? ウチもまだ半年くらいじゃて。ギルドの姉ちゃんが言うとったが最年少の記録は十歳らしいぞ」
「はぁ~十歳……世の中には凄い奴がたくさんいるんだなぁ」
二人が談笑しているとギルド職員と年嵩の冒険者がやって来た。
「お待たせしました、二人とも。こちらが二人の試験を担当するシルバー級冒険者のストラクスさんです」
「パーティー『白銀の剣』のリーダー、ストラクスだ。よろしく」
「オリオンです。よろしくお願いします」
「パティじゃ。よろしゅうの」
「うむ、では早速だが街の外へ魔物狩りに行く前に二人の実力の程を確認したい。演習場へ行こうか」
「確認とは模擬戦でもするのかの?」
「まぁ、そんな所だ。ついて来い」
ストラクスを先頭にギルドに隣接する演習場へ行くと広々とした場所で何人かの冒険者が訓練をしていた。
「パティは後衛、オリオンは前衛という事でいいか?」
「はい」
「それでええぞ」
「では……」
ストラクスが木剣を取り出し、模擬戦の準備を進めていると数人の冒険者が近寄ってきた。
「ストラクスさん、ちょっといいか?」
「ん? 何だ、ロニー。こっちは忙しいんだ、大した用事じゃなければ後にしてくれ」
声を掛けてきたロニーと呼ばれた体格の良い若者。筋肉に覆われた太い両腕、厚い胸板、かなり鍛えられた戦士のようだ。訓練用の刃引きした鉄剣を片手で軽々と扱っている。
ストラクスの知り合いのようだが表情が険しい。オリオン達に何かしら思う所があるのか、まるで敵を見るように睨み付けてくる。
「そいつらが例の噂になってる奴らですか。まだガキじゃねぇか」
「ロニー!」
ロニーが喧嘩腰でオリオンとパティに近付く。嫌な予感がしたストラクスが一喝して間に割って入る。途端にその場に不穏な空気が漂い始めた。
「何じゃ無礼な奴じゃの。オリオン、こやつに見覚えがあるんか?」
「いや、初対面の筈だけど」
「うちのギルドで噂になってんだよ! 領主に取り入ってギルド・オブ・エースの出場権を掠め取った奴がいるってな!」
「ロニー、下がれ!」
ロニーは体格に見合うだけの力があり、ストラクス一人では押さえようとしてもその勢いは止まらない。ストラクスの制止など無視して二人に手を出そうとする。よほど鬱憤が溜まっているらしい。
「あぁ、それか。でも取り入るなんて……」
「おぉ、オリオンはギルド・オブ・エースに出るんか? 凄いのぉ、大したものではないか」
オリオンの大会出場は確かに領主バズティオンの鶴の一声で決まったものだ。出場する事を強く望んでいた者にしてみれば到底、納得のいかない話だろう。
そうした思いが事実をねじ曲げて、不満を募らせた者達の間に広まってしまったようだ。
「たかがブロンズ級の奴が大会に出るだとぉ……俺が化けの皮を剥がしてやる、勝負しろッ!」
「それで納得してくれるなら」
「ええぞええぞ。ブチのめせ、オリオン!」
「おい、オリオン! 挑発に乗るな。ロニーも頭を冷やせ!」
ストラクスも声を荒げて止めようとするがどうにもならず、急遽オリオンとロニーの模擬戦が決まった。




