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5話 おはようダンジョン 5/6

【今回の三文あらすじ】

「興味があるけど読む時間が取れない」「最新話だけ手っ取り早く追いたい」という需要を考え、あとがきに今回の主な出来事を三文に要約しました。

 準備を終わらせてから数十秒後、冒険者を拘束する一連の仕掛けの基点となる擬装壁の前にきた。


「待って隊長、ここの壁、石の継ぎ目がわずかにズレてるっスよ! 横を通らないで!」

「そうか、前ばかり警戒していたら見落とすところだったな? 危害を加えるタイプではないのか?」


 迷宮を攻める冒険者一行の、前を行く男性陣が足を止めて不審な壁の検分を始める。軽戦士の男は慎重に扉を触り、叩き、押す。矢や槍が飛び出すのを警戒して、彼は決して壁の正面に立たない。ほどなくして、下半分を押したことでこの壁が仕掛け扉であることに気が付く。


「隊長、これは扉っスよ。ここを押すと回って向こうに通れます」

「そうか、抜け道があるのか」


 軽戦士による罠の看破が済む。危険性が無いことをハンドサインで後ろで待機していた女性陣を呼ぶ。応じてやってきた2人のうち、女魔術師の方が驚愕の声をあげる。


「この扉……マレビトの話で聞いたことがあるわ。確かニンジャ、ニンジャの家よ!」

「何、つまり通路の向こうにニンジャがいるのか?」


 その情報に先程まで罠の安全性を確信して少し弛緩していた一行の空気が凍り付いた。緊張した空気が走る。


「危なかった、ここを通り過ぎて背後からニンジャに襲われたら俺たちは死んでたぞ」

「隊長、どうします?」

「無視しては通れん。だが、くぐる間はどうしても無防備になるな。ユーリッチ、防御強化の加護をかけてくれ」


 隊長に命令されて、ユーリッチと呼ばれた神官が呪文を唱える。隊長の身体が緑色に光る。


(あの娘が入ってから初めての防御魔術、ニンジャに対してどれだけ警戒しているんだ?)


 マレビトの文化がどんな伝わり方をしたのかは知らないが、防御を固めて警戒を深めながら隊長が先陣を切る。


「マギリア、もし前衛の二人の位置が入れ替わっても……」

「あぁ。仕掛けの配置を入れ替えるだけで、作戦は同じでいい」


 望んだ通りに冒険者一行を通路の先に誘導したダン長。身を屈めて4人が通る姿を見送りながらマギリアと次の作戦の確認をとる。


「ニンジャはまだいないが奥にいるかもしれん。ヒルデ、魔物の気配は?」

「『魔物探知』……大丈夫、道の先には左右にも魔物はいないわ」

「っし、じゃあ俺が罠を見てくるっス!」


 通路の安全を確かめてもなお、魔物と罠の警戒を怠らない一行。再び軽戦士を前方に置いた探索用の隊列に組み直して歩いて行く。遠く離れたところで、挙動を見張られて罠をはられていることを知る由もなく。


「また軽戦士が前についたぞ!」

「ほほう、ならば入れ替えは必要ないな」


 軽戦士が十字路を通り過ぎて前方の罠を探し始める。それに続き隊長が中心に躍り出て左右を警戒する。魔術師と神官は後方に注意をしながら先に出た二人の安全確認を待っている。それに連動して魔女の家の地図でも赤と青の石が留まったまま、白い石が十字路を直進して通り過ぎ、黒い石が交差点で制止する。その瞬間をダン長達は待ち望んでいたのだった。


「「今だ!」」


 ダン長とマギリアが同時に叫ぶ。その瞬間十字路の入り口横の壁が2か所豪快な横滑りを起こす。スライドした壁はそれぞれ向かい側の壁に衝突し、隊長の前後の通路をふさぐように新しい壁が生まれた。こうして十字路は一瞬にして一本道と二つの袋小路と化した。軽戦士がこの致命的な分断攻撃を見落としたのは無理もない。これは罠ではなく、ダン長が物質操作の能力で無理矢理壁を動かしただけだからだ。完全な不意打ちを受けた冒険者一行は混乱する。


「上手く分断できたぞ!」


 ダン長が初動の成功に歓喜の声をあげる。


「まだだ、この壁を突破できる奴を封じないとな!」


 マギリアは長くダンジョンに住んでいる。資材の耐久力もまた知り尽くしている。冒険者が迷宮の壁をぶち抜いて探索するのを何度も見て来た。壁を壊されては他の守護モンスター達と協力して何度も泣きながら補修していた。ましてや、今ズラしたばかりの壁は分断用の罠ではなくてただの土壁、地面に固定されていないので普通の壁よりも脆い。


「俺が見てきた中じゃ、隊長の男と魔術師の女が突破できそうだぞ。あのパーティの火力トップ2、だから優先的にやらせてもらう」

「ヨルゲン! ユーリッチ! ヒルダ! くっ……こんな土壁なぞ……」


 隊長が分かたれた仲間達の名前を叫ぶ。そしてダン長の予想通り土壁を破壊しようと剣を構え、正面の壁を見据えて力を貯める。だが、それがダン長とマギリアの思惑の通りだった。


「動いてる奴なら普通罠にかけられないがな。イビルプラントと同じだ、足を止めれば罠にかけられる。くらえっ、跳ね上げ網!」


 ダン長が念じて隊長の足元に罠を召喚する。正面の壁を破ろうと足元の注意を怠った彼は地面に突如現れた網に足をとられ、天井に吊り上げられてしまう。


【跳ね上げ網】

 上を通った対象を網にかける罠。引っかかったら宙吊りになる。木や天井などが上に無い場合は浮遊魔術が自動でかかるが、浮力を維持できるのは魔力が尽きるまでとなる。


「うおおおお!?」


 捕らえられた隊長は驚愕の叫び声をあげる。軽戦士が探索しても、自分が見た時もこんなブービートラップが足元になかったので無理もないだろう。狭い網の中では柄と切っ先が抜け出してしまい、両手剣を振るうこともできない。


「ぐ……これしきのことで!」


 隊長は即座に無用の長物と化した素早く狩猟用のナイフを取り出す。縄を切って脱出するつもりだろう。


「させるか! 眠り粉・発射!!」


【眠り粉】

 吸引した生き物を眠らせてしまう粉末を、薄い布で包んだ小袋。罠として仕掛ける場合もあれば、相手にぶつけるため投げて使う場合もある。


 網に捕らわれた隊長に対して眠り薬が込められた薄い布袋が四方八方から投射される。本来は投射機や魔術などを併用して仕掛ける罠だが、物体移動を行えるダン長は投射音を立てずに打ち込むことができる。彼は網に絡まったままナイフを振り回して視認できたものを斬り落として防ごうとするが、兜の視界の狭さが災いして死角から来た分を次々と被弾してしまう。


「ぐおおおおっ! おお……ぐおー……ぐおー……」


 網に絡まった獲物は、次第に暴れる手が鈍くなっていく。地面にナイフが落ちる乾いた金属音と共に、無力化された男のいびきが聞こえてくる。


「よしっ! 一人確保だ!」

「軽戦士の方の足止めは抜かりないな?」

「ああ、マッドゴーレムを通路に敷き詰めている。突破しようとしたら瞬時に魔力を抜いて固める準備はできている」


【マッドゴーレム】

 使役するために作られた泥製の魔導生物。魔力を込めて念じることで形を変えて、魔力を抜けば固まる。流動する泥の身体は物理攻撃を受け流す。倒すには魔術で攻撃するか、魔力を抜いて固めた個体を無理矢理粉砕する。


 リーダーの無力化を確認したダン長だが、まだ標的は3人残っている。そのうち孤立している軽戦士には、一本道の先に数体のマッドゴーレムを人が通る隙間も無く配置させることで対策した。彼は弓で急所を的確に撃ってパーティの火力に貢献することはできるが、物理的な急所を持たないマッドゴーレムに矢での攻撃は意味をなさない。無理に突破しようとすれば触れた部分を固体化して動きを止めることができる。しかも、この魔物を破壊できるメンバーは壁の向こうに置いてきてしまっている。


「くっ……俺がこんな罠を見抜けていたら……」


 彼はマッドゴーレムの群れの突破を諦めて弓を構えたまま睨みすえる。ダン長側としてもこの陣形を崩して万が一にも彼の突破口を作らせるわけにもいかず、袋小路の戦局は千日手となった。


「アーサー隊長!」

「隊長、どうしたんですか!?」


 そして二つ目の袋小路、魔術師と神官の後衛組は叫び声をあげてから沈黙してしまった隊長の安否を気にかけて呼びかけ続けていた。何度かの呼びかけの末に向こうからの返答を諦めた魔術師は意を決した。


「ユーリッチ、下がって。壁を爆破するよ」

「え、えぇ!?」

「威力は絞るわ、壁の向こうに残ってても隊長には加護がまだかかっているからきっと大丈夫よ」


 魔術師の女は壁を破壊することを決めて、攻撃魔術による巻き添えを危惧してじりじりと後退する。背後の安全をすでに確かめていたという油断を、ダン長とマギリアが見逃すはずがなかった。


「今だダン長、スライム投下!」


 神官の頭上から召喚されたスライムが降ってくる。全身のほぼ全てを粘液で構成された緑色の塊は、重力に任せて彼女の肉体を包み込む。


「きゃああぁぁぁ!!」

「お、落ち着いてユーリッチ!」


 神官は悲鳴を上げてスライムを振り払い、一目散に通路を引き返し始める。その慌てようにダン長は困惑する。彼が改めてスライムの説明を見直すと――


【スライム】

 大陸全土に広く頒布する魔物。粘性のある液体で身体が構成され、体色は環境によってまちまち。水のあるところを好み不純物を食べて成長する。その身体は魔力をよく通す。


 というとても神官や魔術師に恐れられるものではない印象を受けたからだ。


「なあ、なんであいつらはスライムに慌てているんだ? 魔力をよく通すってことは魔術に耐性が無いってことじゃないか?」

「たしかに魔術の攻撃もちゃんと効くんだが、その一方でスライムの身体というのは魔力を通しすぎる。触れられていると練り上げた魔力が全部スライムの体を通して出ていってしまうんだ。魔術師がスライムに遭遇したら逃げるにしろ戦うにしろ距離をとるのが鉄則だな」

「……ってつまり魔術が使えなくなるってことか。水に浸けられると壊れる家電みたいな」

「だからって私にムカついてもスライムを投げつけてくるなよ? 泣くから!」


 マギリアの注意を聞いている間に、大慌てで逃げる神官は回転扉をくぐる。ダン長によって入った時には無かった罠が置かれているとも知らずに。


「ぎゃん!」


 神官がベクトル床に弾かれて通路の向こうにすっ飛んでいく。無論こちら側には壁にぶつけて怪我をさせるつもりはない。行き先にはさらに別の罠が仕掛けてある。


【〇×扉】

 二択のでどちらかが正解の問題と、対応する扉型の薄い板が二つある罠。正解の方を通ると問題の難易度に応じた金品をもらえるが、不正解の扉をくぐると不正解部屋に転送され、お茶と茶菓子しかない空間で1時間反省させられる。マレビトの土産話に興味を持ったマギリアが悪ふざけで作った。


 と、そんな罠をしかけていたのだ。もちろんベクトル床とのコンボで強制的に不正解部屋へのボードを突き破るように調整した位置にだ。軽戦士なら飛ばされながら咄嗟に身をひねって正解に入ることもできるし、隊長なら武器を壁や床に突き刺して勢いを止めることができたかもしれない。後衛の二人にだけ使える強制不正解装置だ。


『今代の魔王軍のトップ、魔王グリモアは討伐してはいけない。○か×か?』

「いやー! ○! ○! ま……」


 人間と魔王軍が休戦協定を結んだ今、魔王を倒してはならない。冒険者であれば師に真っ先に習うことである。だが、自らの意思で身体を動かせる余地の無い彼女は本人の答えた方とは反対のボードを突き破っていく。彼女が転送されると扉は消滅した。


「よし、あとひとり!」

「……マギリア、あの勢いで突っ込んで大丈夫だったんだろうか?」

「転送時に運動量は魔力に変換されるように調整している。クソみたいな裏技で突破された時期があってな」


 不正解部屋に運動エネルギーを保ったまま転送していた時に、バック走で飛び込むことで繋ぐ転送陣が消える前に再び陣に飛び込めるというバグ技を見つけられた時に対策を打ったらしい。異世界の人間も罠と大概おかしい小競り合いをやってるなとダン長は思う。


「ユーリッチ……どこ行ったの?」


 スライムの落ちて来た部屋に留まるわけにもいかず、魔術師も先に飛び出した彼女を追いかけて仕掛け扉をくぐって外に出た。彼女を閉じ込めた罠はすでに消えており、通路には静寂が戻っていた。分断された味方と合流しないわけにもいかず、魔術師は独りで通路を進む。


「お前で最後だ、冒険者」

「ケガさせるなよ、マギリア」


 そこに、彼女の目の前に声とともにマギリアが召喚された。その肩にはダン長の顔が彫られた石が乗っかって怪我をさせないよう注意を促している。彼女は最後に残った冒険者に向けて杖を展開する。

 

「魔物!? こんな時に……」


 対する魔術師も焦りを隠せない様子で杖を構える。二人の立てた作戦通り魔術師同士のタイマンに持ち込んだ。


「どきなさい、魔衝波【フォース・バッシュ】!」


 先に動いたのは仲間を探す為に急ぐ魔術師の方だった、簡易な詠唱を済ませると彼女の手前の空間が歪んだ。不可視の衝撃を撃ち込む威力が低いが出の早い初歩的な攻撃呪文だ。衝撃で削り取られる床だけがその軌跡を現していた。攻撃が迫るタイミングでマギリアは杖の扇を前に差し出すと――


「遅い」


 その言葉と共に彼女の手前の空間が軽い破裂音を立てた。衝撃波は青い光を帯びて可視化され魔術師の足元へ向かう。それが床に炸裂すると当たった地点を中心に冷気が迸り、壁や天井が凍り付く。


「発動を見てから跳ね返した!?」


 先に攻撃を仕掛けた魔術師が驚く。今の一手で力の差を自覚した彼女は目を切らずに後ずさりを始める。まるで熊に遭遇した人間の逃げ方のようだ。


「きゃああぁぁぁ!?」


 逃げ方こそ間違えてはなかったものの、あえてそうさせるのがこちら側の狙いだった。引き下がる予定の足元に既にダン長が罠を設置していたのだ。彼女のいる床が突然砂へと変わり、身体を飲み込み始めた。予想だにしない足場の崩壊を受けて彼女は思わず悲鳴を上げる。


【流砂の落とし穴】

 上を通った対象を流動する砂に飲み込む罠。飲み込まれた対象は下層へと送られる。


「で、下半身まで飲まれたところで固定……と」


 ダン長は彼女が腰まで砂に浸かったところで罠を止める。最後まで発動させれば下層に落とされるらしいが、孤立した魔術師をダンジョンの奥に追い詰める気は毛頭ない。罠の停止と共に砂の進行は止まり、相手は下半身を固定されて動けなくなった。


「紋章も反応したか。君たちは正規の冒険者のようだな」


 罠にかかっていた間に距離をつめていたマギリアが自分の手を見る。手袋の上からでもくっきりと手の甲に紋章が光る。どうやら守護モンスターが冒険者か密猟者でないかを見分ける識別魔術のようだ。


「貴女も守護モンスターで間違いないようね……」


 下半身を埋められた女魔術師の手の甲もまた同様に紋章が光っている。どうやら相互に反応して守護モンスターかそれを偽る魔物かを見抜ける魔術のようだ。そうやって互いが立場を確認し合ったところで――


「見てたかダン長! 同じ条件なら魔術で負けん!」

「負けず嫌いか」


 マギリアはダン長に向けて自慢げに叫ぶ。先程の戦力報告の時にマギリアより強いんじゃないかと言うので対抗心を燃やしていたのだろう。


「出の早い魔術で敵の詠唱を潰す。魔術師同士の戦いの基本に忠実ないい判断だったぞ」


 女魔術師に向き直って彼女の手前に座って微笑む。魔術師は反撃をしてもさっきの二の舞になると判断したのか、睨み返すことしかできなかった。そして彼女は底知れないマギリアの実力に動揺して疑問を述べる。


「だけど詠唱抜きに反射魔術を使われるなんて思っても無かったわ……いったいどうやって」

「※おお、聞いてくれるか! 私とてこの杖抜きには出来んがな、コイツをこうやって開くと間に魔術文字が出てくるだろう? 元来杖本体に術式を刻むといずれ素材の限界が来るものだが、この杖には展開時の骨同士の隙間に埋め込むという裏技を使ったのだ。杖自身の術式は光の束を生み出すシンプルな機能で、その光の中に魔術文字で数百の術式を組んだ。こうしたら指定した部分に魔力を流すだけで登録済の魔術を行使できるようになってしまった! 生地を流すだけで焼きあがるよう型に常に熱を通している状態と思ってもらえるとわかってくれるか? 魔力が多すぎると術式が耐えられず崩壊するため、上方向に威力を調整できんデメリットはあるが魔術師同士の戦いでは――」

「あぁ……あの魔術師もかわいそうにな……」

※こっちはガチで無意味な長話なので無理に読まなくても結構です。


 冒険者一行全員の無血の無力化を果たしたダン長。罠と魔物召喚を駆使した初めての戦いは完全勝利となった。

【おはようダンジョン 5/6】

 冒険者パーティの動きに合わせて壁を作って彼らを分断したダン長達は、隊長格の重戦士を跳ね上げ網の罠で捕らえて昏睡させる。指揮者を失った残りのメンバーを罠と魔物を駆使して全員無力化・拘束に成功する。魔術師同士の対決と意地を張ったマギリアの活躍もあり、ダン長の初陣は望む形の完全勝利に終わった。

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