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58話 黒炎の領主と継承の儀式⑭ 暗殺計画

 全ての試練を終えた後の交換所直通の道中、不意にスパーダの手を離れた宝剣が宙で小刻みに震える。ここまで酷く消耗していた彼も、一拍遅れて剣の重みが減っていたことに気が付いて周囲を見渡す。


「……?」


 宙に浮きながら己に向けて殺気を放つ剣に気づいたスパーダは動揺する。刀身はダンジョンに漂う魔力に反応して不規則に黒い炎を上げている。

 突如、宝剣の柄側から脂ぎった桃色の肉塊が沸き上がる。下部に伸びる肉は二股に別れ、足のような組織を形成して地面に根を張る。膨らむ肉に押し上げられ、刀身は天井付近までの高さとなった。


「そんな……っ!」


 スパーダの感情を無視して、なおも剣だった物体は変貌し続ける。膨らむ肉塊の上部から2本の腕が伸び、先端に鋭く硬質な爪を備えながら4叉に別れた。

 通路を埋め尽くさんばかりの巨大な桃色の肉塊はヒキガエルにも似た体格を持ち、顔代わりに肉塊から突き出した剣の切っ先は、目の前の持ち主へ向けていた。その赤い刀身は、天井の明かりを受けて残忍に煌めく。


『シュルルルル……』

「くっ……ここまでか……ファルチェ……」


 裂けた刀身の下部の肉から牙を持つ割れ目が裂け、蒸気を伴って唸り声が上がる。突如剣から現れた魔物はカチカチと鉤爪を鳴らしながら、今にも目の前の無防備な獲物に襲い掛かろうと身を屈める。

 最後まで共をしてきた唯一の武器が、己を害さんとする敵と化してしまった。今の体調では逃げることも戦うこともままならないと、スパーダは観念して故郷に残した妹の未来を案じる。


『シャアッ!』

「……ッ!?」


 魔物が叫び声を上げた途端、スパーダの目の前で信じ難いことが起こった。左右の壁が猛烈な勢いで迫り、魔物を挟みこんで捕まえる。挟まれた魔物はバタバタもがくも、壁は肉塊を万力のように捕まえて放さない。何事かと混乱する彼の前に、一切れの石塊が舞い降りる。


「きみは……ダンチョー君!?」

「話は後だ。ぶちかましてやれ、キャンディ!」


 壁で魔物を挟み込んだダン長は、交換所で到着を待っていた最強の物理アタッカーを召喚する。アクア達3姉妹を取りまとめる巨漢のサキュバス、キャンディだ。


「任せんしゃぁぁぁい!!」


 唐突に自分を庇うように現れた守護モンスターに驚くスパーダ。キャンディの野太い咆哮が通路に響くと、その肉体は巨大な牛のように魔物へ向けて駆け出す。


「ドルゥアアアッ!!」


 キャンディは雄たけびと共に魔物の顔面らしき部分へ右ストレートを叩きこむ。刀身はその剛拳に耐えられずバキリと叩き折られる。コアにあたる部分を破壊された魔物の肉体は黒ずみ、組織の結合が保てなくなりグズグズと崩れ出して動かなくなる。

 突如現れた謎の魔物は、ダン長とキャンディの連携によって数秒で討伐された。


「あらやだ、イケメン助けちゃった!」

「……礼を言うよレディ」

「キュンッッッ!」


 冒険者の危機を守る本来の仕事をこなしたキャンディは、感極まってスパーダを抱え上げた。礼を言われたキャンディは赤面してくずおれる。


「ところでダンチョー君……どうしたことだこれは!?」


 一連の出来事が何一つ理解できず、彼は己の高さに浮かぶ石塊に話しかける。


「……俺が聞きたいくらいだ。とにかく不測の事態が起きた以上、試練は中断だ」


 当然であるが、ダン長には今の魔物の乱入に心当たりは無い。救助されたスパーダは落ち着いたキャンディに抱っこされ、一同は通路を後にする。






「……以上が通路で起きた事の一部始終だ。出る予定の無い魔物が出たため、試練は俺の判断で中断した」

「ああ。ダンチョー君の言葉は全て真実と僕が保証するよ」


 試練を中断し、キャンディ達を連れ立ってダン長は応接間に帰還した。アクシデントの対応に追われて満足に実況できなかったため、スパーダを証人に改めて状況を説明した。


「ほほう。供述から判断するに、現れたのはソードゴーレムか。スパーダの宝剣が魔素を受けて魔物化したのだろう」


 回収された砕けた刀を触りながら、マギリアが見解を述べる。

 道具の魔物化。ダンジョンの核たる循環器の魔素を配る機能にエラーが起こり、本来は魔物に注入されるハズの魔素が道具に入る現象である。


「剣を鍛える時に組み込まれた多くの術式の他に……柄に刻まれた新しめの術式が3つあるな」


 不可解なアクシデントに答えを得ようと、マギリアは剣の欠片を集めて分析する。その結果、彼女は上書きされた不自然な術式を3つ検出した。


「術式のひとつは正体がすぐわかった。条件指定型で……別の術式を無効化する効果だ」

「無効化?」

「『持ち主以外の魔物や人間が剣から30メートル以上離れた時、指定の術式を無効化する』……要はスパーダが孤立した時に別の術式が一時的に無効化されるよう細工がなされていた」

「「「!!」」」

 

 マギリアの供述に一同が驚く。スパーダが試練を終えて交換所へ向かう通路、彼からリンが離れるタイミングで発動する仕掛けがされていたことになる。


「だったら決まりじゃねーか! このジジイがコイツ殺す為に仕組んだんだろ!」

「……」


 直情的なフリッカがディエトロを指さして叫ぶ。先程の現象が剣に付与した術式が原因で発生したのならば、ダンジョン側に可能な面子はいない。刃を避けて柄に術式を付与したのも、剣の特性を熟知した者の仕業である疑惑を一層強めている。

 持ち主が己を窮地に陥れる仕掛けを施すとも考え難い。口にこそ出さないものの、他の者も暗殺未遂の容疑をその老人にかけている。


「……知らぬ。ダンジョンに持ち込まれた物は、循環器の異常によって例外なく魔物になる危険を孕むものじゃ。あるいは大方お主らが、坊ちゃまに魔物を差し出すのを嫌がって妨害したのだろう?」


 詰め寄られたディエトロは白を切る。曲がりなりにも彼も政治家、この程度の揺さぶりでは眉根も動かない。


(困ったなぁ……私だって偶然を否定したいが、アスレチック大会の前例があるからなぁ……)


 過去にあった自分が選んだ宝箱のミミック化を思い出し、内心頭を抱えるマギリア。選んでから数日配置し続けた宝箱と、持ち込んで数時間しか経ってない剣とでは可能性は遥かに違うが、決してゼロではない。


(このタヌキ爺、ここまで来て俺達が台無しにすると疑ってんのか……アクア達がどれだけ頑張って用意したと思ってんだ)


 ダン長が怒りを覚える。ディエトロの言い分に、ここまで舞台をセッティングした、守護モンスター達の努力とダンジョン工達の協力を侮辱されたような気分を感じたのだ。


「オイこらジジイ! なんとか言ったらどうだ!」

「……」


 容疑者のディエトロは、言いがかりだと言わんばかりに黙秘を保つ。その態度にフリッカはついにぶち切れてしまう。


「先走り過ぎだフリッカ……問題は残る術式の内容だ。どちらの何を無効化させたかを知らねば、殺意の証明はできん」

「うぎぎ……」


 マギリアに制され、フリッカが歯ぎしりして悔しがる。


(『発動』じゃなくて『無効化』なのが厄介なんだ。おそらく交換所への道中で、スパーダの身を守っていた『何か』が解除された。だが残るふたつの術式は私にも初見だ……解析に何日もかかるようであれば、有耶無耶にして逃げられるかもしれん)


 追求する決め手に欠ける状況にマギリアは思い悩む。例えば『孤立すれば爆破魔術が発動』のような効果であれば、ディエトロの害意を証明できる。しかし既に発動していた効果を無効にすることで、どうやって先程の事態を発生させたのかは、肝心な封じた術式を調べなければ知りようがない。


「坊ちゃまの試練も終わったことだし、儂らはお暇させてもらおうかのう。お主らも知っとるじゃろうが、ファルチェ様の成人の儀まで時間がないんじゃよ。話の続きは、それが終わってからでもよろしいか?」


 疑いの目を向けられながらも、平静を装いディエトロは立ち上がり帰ろうとする。守護モンスターの立場上、ダンジョン内で罪を犯していない人間相手に、危害を加えることも拘束することもできない。冒険者への害意を証明しきれない以上、誰も彼を留めることはできない。


「めんどくせぇ、今日限りあたし守護モンスターやめる! んで今すぐこのジジイをボコって――」

「フリッカ、その必要は無いぞ」


 強硬手段に出ようとするフリッカの宣言を、談話スペースの入り口から響いた声が遮る。数日ぶりに聞いたくぐもった低音。透明人間のキルトが帰還した。


「なに!?」

「道すがらダン長から事情は聞いている。初見の術式とやらも、我輩が捕まえたコイツが吐いた」

「サキ!?」


 キルトは相手の密偵への尋問を終えて、様々な情報を持ち帰ってきた。簀巻きにされたサキを見て、ディエトロがここにきて初めて動揺するそぶりを見せた。


「意図的な道具の魔物化。それはキャニュオン領が今と違う体制だった時の領主が研究していた魔術体系だ。そうだろうサキ?」

「ああ……その最後の領主が、他ならぬディエトロの父でござる」






 ダンジョンに帰還したキルトが、サキから聞き出した情報の全てを語り始める。その供述に周囲は緊張の色を深めた。


「減らない魔王軍の総戦力……その根本たる魔素をどうするかの対処法のひとつで、ディエトロの家系は武器や防具に魔素を封じ込める特異な魔術研究をしていた」

「ほほう。そんな画期的な魔術なら、私の耳に聞こえてないはずがないのだが?」


 魔物と戦う人類の悩みは、数を減らせば質が高まる、尽きることない魔王軍の総戦力である。その根幹を、道具に封じ込める研究をしていた者たちがディエトロの家系だという。多くの魔素を封じ込めれば封じ込めるほど、魔王軍の総力は目減りしていく。


「結局その研究は完成しなかったらしいがな。一定以上の魔素を吸った武器甲冑の類は、例外なく魔物となった」

「あー……」


 喜色を見せかけたマギリアは続く報告に残念そうな顔をする。物質に魔素を無尽蔵に注入して封ずることができれば、魔物を大陸から駆逐できるはずだった。しかし、研究はそう都合よく進んでくれなかったようだ。


「魔物化した物体は、人間はもとより魔王軍の言うことすら聞かない。ならば同士討ちに利用しようと、魔素を道具に封じるその先、道具をベースに人工的な魔物を生み出す研究に転向しだした」

「人工的な……魔物?」

「兵器として運用するには、魔物にするタイミングをコントロールする必要がある。一定量以上の魔素を吸っても、即座に魔物化しないようにする術式だ。もっとも、内蔵する魔素の量に応じて魔力の消耗も増えるから、長期的な封印はできないようだが」


 キルトの解説を聞きながらダン長は先程の状況を思い返す。件のソードゴーレムが魔素を吸って変化した人工的な魔物であれば、一連の出来事を違和感なく説明できる。


「『倒した魔物の魔素を吸収する』術式と、『魔物化を先延ばしにする』術式か。ほほう、孤立をスイッチに後者を無力化する例の術式を挟めば、あのタイミングで剣を魔物にすることができる。それで私とルールを詰める時に、魔物と戦わせるのを提案したのは誰だったかなぁ?」

「ぐぐ……」


 キルトが持ち帰った値千金の情報を整理し、マギリアはルール決定時の交渉を持ち出して容疑者を追い詰める。対するディエトロは秘した手札が暴かれ、額に汗して息を呑む。


「もしバトル抜きの決闘が決まったら、スパーダがこの剣を持ち込まない可能性が出てくるからなぁ。どうなんだおい?」


 決着寸前の決闘に横槍を入れられ、あわや冒険者の命まで奪われそうになった。そんなダンジョンの皆の怒りを背負うマギリアの語気は自然と強まっていく。


「い、言いがかりじゃ! 儂がその術式を知っていようと、それを宝剣に刻んだかどうかの証明は出来んじゃろうが!」

「まだ白を切るか……」


 狼狽しながらも、なおも反論を続けて睨み返すディエトロ。マギリアはその往生際の悪さに嘆息する。


「……ところでダン長、仮にダン長がディエトロの立場で計画を立てたとして、達成に何が必要になると思う?」


 キルトは眼前の睨み合いをよそに、卓上のダン長に話しかける。


「『一定量の魔素を貯めた剣』と『それを持ったスパーダの孤立』が絶対条件だな」

「そうだダン長。連中が立てた当初の予定なら、滞りなく暗殺計画が遂行できたはずだった」

「当初……あぁそうか! スパーダは最初、普通の冒険者として魔物を狩りながら、魔萃晶が見つかるまで探索を続けるはずだった。仮に村の冒険者と同行しても、宝を盗み出す事情がある以上、いずれ単独行動をとることになる」


 ダン長はキルトの質問を受けて、スパーダの当初の計画を思い出す。魔物に殺害されたように装ってスパーダを排除するならば、魔萃晶の探索というダンジョンへの挑戦は都合がいいものだった。


「連日魔物を狩りながらダンジョンに潜り続ければ、いずれ魔物化する剣に殺される……だが我輩達の作った試練ではどうだ?」

「俺達が何体魔物を出すかわからないんだ。充分な量を確保できるかは不透明だな」


 暗殺遂行のためには、一定量の魔物を狩って剣に魔素を吸収させなければならない。その都合上、1日限りの短期決戦になれば必要な量が集まる保証がない。


「その通りだ。孤立はルール制定の時にどうともできても、肝心の魔素が足りなくなる可能性が残る。そうして計画に狂いが生じ……確実に充分な魔素を溜めようとした結果、犯人は尻尾を出した」


 キルトはそれだけ話すと、懐から布袋を取り出してテーブルに放り投げる。袋の内容物は、音を立てながら勢いのまま転がり出た。


「うっ……」


 中身を見た一同が顔をしかめる。魔物の斬殺体だ。既に腐敗が始まっており、部屋に異臭が漂う。


「スパーダ、この死体の傷に覚えは無いか?」

「これはっ……まさか僕の剣の!?」


 魔物の死体は斬られたところがひどく焦げていた。その切り口と火傷跡は、試練の道中でスパーダが斬って捨てた魔物のものと同じだった。何度も己の剣で魔物を屠り、その死骸を見慣れていたスパーダが、いち早く気が付いて驚きの声を上げる。


「人目を忍んで何者かが、この剣を使って村の外で魔物を斬っていた」


 キルトの説明に合わせ、横で縛られたサキが証人と言わんばかりに首を縦に振る。


「知らない……僕はこの領に来てから決闘が始まるまで剣を抜いてすら……」

「……その反応を見るに、もう奴に弁解の余地は無いな」


 宝剣を使えたのは本来の使い手スパーダと、管理をしていたディエトロだけである。演技とも思えない使い手の動揺を見て、首謀者が自ずと後者に絞られる。


「当日までにゴーレム化寸前まで魔素の封入量をギリギリ調節し、戦いで超過した分は先延ばしの術式で押しとどめていた……と言ったところか。主の目を盗んで剣を魔物化する爆弾に改造していたのなら、冒険者への殺意も立証されるというものだ」

「ぐうう……」


 マギリアの推理が図星だったのか、手をワナワナと振るわせるディエトロ。冒険者への害意が証明されれば、守護モンスターとしても彼を処罰することが可能になる。


「じいや……なぜこんな真似を?」

「くくく……これも坊ちゃまが領主の地位にしがみつきたいと、儂に相談を持ち掛けたのが悪いのですぞ!」


 落胆したようなスパーダの問いに、先程までの沈黙と打って変わって饒舌に答えるディエトロ。主を害せんとした叛意をむき出しにして開き直る。場の空気は既に、言い当てられた犯人が動機を語る状態に移行していた。


「大人しく退いておれば、領主の座は妹君と結ばれる儂の息子のもとに舞い戻ってきたものを……」


 マギリアは『誰もが戦争後の報酬配分に納得していたわけではない』と、今回の件が始まる前にダン長に教えていた。その不平不満の感情は当然、元領主の家系にも当てはまることだった。

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