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57話 黒炎の領主と継承の儀式⑬ 最終試練

2話に分けた上に遅れたお詫びとして、挿絵を描きました。

「ここが最終試練か。泣いても笑ってもこれが最後というわけだね!」

「……スパーダさん、大丈夫ですか?」

「5分ほど休んで頭も冷えた。何が眼前に現れようと蹴散らしてみせるさ」


 とうとう周囲の試練も乗り越えて、スパーダの挑戦は最終盤へと差し掛かった。扉の前で土の試練の鍵を挿し込んで回すスパーダにリンは心配の言葉をかける。それを振り切り、挑戦者は笑う。

 重い扉が開く。


「「「いらっしゃい。ようこそ最終試練へ」」」


 開く扉の隙間から蒸気が吹き出す。スパーダが顔をしかめながら持ち重りのする扉を開けきると、聞き覚えのある声が重なって聞こえてきた。


「これは……蒸し風呂か?」

「火が固めた土を熱し、振りかけた水が部屋を蒸らし、風が熱波となり人々へ送られる……地水火風を統合した試練に相応しいと思いませんか? 温泉の上がりが欲しいなら、サウナを制してもらいましょう」

(……さっきも暑い部屋の中で宝探ししていたのに!)


 最終試練の内容とその意義を語るのは、水の試練の番人を務めたアクアだった。スパーダは土の試練と連続で蒸し暑い部屋での行動を強いられることになって肩を落とす。

 土の試練が最後の攻略になることが効果覿面とダン長が判断したのはこれだった。乾いた砂の熱気に続いて、この部屋で湿った熱に苛まれる追撃になるのだ。


「この試練ではスパーダさんの忍耐力を試させてもらいまーす。私達のうち誰かがギブアップしたら、交換所へ繋がる通路の扉が開きますー。大成功の条件は、私達3人全員がギブするまでスパーダさんが留まっていることですー」


 姉のアクアに代わり、間延びした声で単純な我慢比べのルールを説明するウェンティ。スパーダ達が近づくと、湯気に隠れていた番人達の姿が露わになる。彼女達はサウナを嗜む客がごとく、タオル1枚で見せてはいけない場所を隠して右手側の段々になったスペースに座り込んでいる。


「ほら、男はあっち」


 ぶっきらぼうな声と共にイグニスが対面側を指さす。左手側には彼女達が座っているスペースと同じ形の階段があった。この部屋は中央にある大きなロウリュ用の装置を挟み、男女のスペースが分かれている。


「そうか。しかし僕にとって、ファルチェより美しくない女は元から眼中にないからどちらでも問題ないのだがね! まあこれからは戦いも無いようだし、僕も鎧を脱ぎ去ろう!」

「あっそ……」


 スパーダはそう宣言して身に着けた鎧を脱ぎ始める。競技がサウナの我慢比べとなれば身に着けた装備は熱を籠らせる邪魔になる。下穿きと上着だけになった彼は高々と語りながら向かい側のスペースへ座る。一連の様子を見て、誘導したイグニスは苛立たしげに会話を切った。


「じゃ、引き続きよろしくお願いします」

「おやぁ!? リンはあっちのサキュバス達の席に座らないのかな?」


 リンはスパーダが移動した左手側のスペースへ追従して改めて声をかけた。そうしながらも装備を脱ぎ捨て、タオルで上下の恥部を隠しながらスパーダに付き添っていた。


「やだなぁ……今までずっと、僕を女の子だと思ってたんですかぁ?」

「!?」


 スパーダの真横に座った少年が、妖艶にほほ笑む。リンは普段から女装しているだけの、れっきとした男の子だ。女装している間に性別を間違えれらることが彼の悦びであるが、ダン長達は決して変態への目覚めでは無いと否定している。


「な、なるほどねぇ! 我が領の女性冒険者より可憐な出で立ちであったが、まさか男児であったとはね! まあそれが知れたとて何が変わろうか、引き続き氷の番を頼むよっ」


 リンが男であったことに度肝を抜かれたものの、試練の内容には関係無いと断じて平常心に戻ろうとするスパーダ。かくして彼の最終試練が始まった。


挿絵(By みてみん)




「はー、舟の上でずっと立ってたから脚がガタガタだわ」

「姉さんこっち向いて、マッサージするよ」

「イグ姉、私にもー」


 視界を塞ぐほどの湯気の向こうから、サキュバス姉妹の欠片も緊張感の無いやり取りが聞こえてくる。魔物は環境の変化に強いため、同じ気温の空間でも人間と彼女達に対する負荷は段違いだ。

 対するリンとスパーダは汗まみれの身体で、余計な動作をしないよう静かに佇んでいる。


「リン、平気か?」

「僕は氷があるから大丈夫です」


 リンは平然としていたが、フリッカが作った氷は4割を下回るほどに減っていた。キャニュオン領の取り分は既に半分以下が確定している。こうしている間もアクア達の魔術による部屋の加熱が適宜行われ、部屋の環境は少しずつ苛烈さを増している。


「ところでスパーダさん、鎧は脱いでも剣はずっと傍に置いてるんですね」

「ああ。僕の父上が領主就任の祝いに、当代最高の鍛冶師から授かった。そんな父上から受け継いだ、僕の魂とも言える逸品だからねっ」


 対面側の賑やかさに比べて緊張した空気に気まずさを覚え、リンがふとスパーダの宝剣について話題を振る。スパーダは剣を手に取ってまじまじと見つめながら返す。熱くなった鞘を握りながらも、受け継いだ誇りに輝く表情は微塵も揺らがない。


「お父さんから受け継いだ……」

「領だってそうだ。父の失政を陰で揶揄する者もいるが、それは僕に間違えた道を教える訓示でもある。そして僕が誤ろうとも、ファルチェが二の轍を踏まない為の礎になるなら悔いはないさ」

「……それって、跡目争いに負けても構わないってことですか?」


 常々自信満々であったスパーダの口から、意外な言葉が出て来た。彼の必死な探索を目の当たりにしてきたリンは、思わず尋ねてしまう。


「なぁに、当然勝つつもりではいるけど、負けた時の心構えというだけさ。異母妹のファルチェは、美しさと引き換えに僕のような健康な肉体に恵まれなかった。医師の見立てでは、跡継ぎの出産を含めた領主の激務に耐えられそうにないと」


 風呂での対話という裸の付き合いが心を開いたのか、ここへ来て初めてスパーダが領主を目指す動機を語る。幼い頃から妹の病弱さを見て、代理として務めた領主の厳しさを肌で実感した兄は、成人した妹がこのまま正式に領主になる未来を危惧したのだった。

 魔王軍との戦争から50年が経ち、15年で成人するこの大陸では、当時活躍した者には孫か曾孫がいてもおかしくない。対してスパーダの父はかなりの晩婚だった。歳とってからの子どもが可愛いという俗説を裏切らず、2人の子を平等に厳しくも優しく愛した。

 スパーダに伝わった愛情が後継争いの対立を超え、政敵である妹の身を案じるまでになった。


「……そんな病弱なのに、断れないんですか?」

「高貴な家に生まれた者に課せられた重い掟というものだ。果たすべきことを成してこそ、庶民より良い教育を受けられ、裕福な暮らしができる。領民が僕を見限れば、嫌が応にもファルチェは領主の座に就き、儚い身を散らしてしまうだろう」

「……」


 リンの率直な疑問はもっともだった。領主の跡目争いは、庶民が家長を決めるのとは事情が違う。

 一見して、スパーダの掟に従うべきという理念は彼の行動と矛盾する。正室継ぐべしという風潮に逆らい、こうして点数稼ぎに励んでいるのだ。


「だが掟に縛られる貴人とはいえ、永久に形の変わらない掟もない! 民が領に恩恵をもたらした僕を認めれば、ファルチェは領主の重責から解き放たれる! 税収もあるが、彼女達の指南も大きな収穫となるだろう……なにしろウチの守護モンスターは真面目に働かないし、なにかと悪い噂も絶えないからね」


 正式な領主になることが妹を守ることに繋がると信じ、スパーダは今回の挑戦で得る物を値踏みして喜ぶ。


「……妹さんのこと、大切に思ってるんですね」

「この世に残された唯一の家族だからね。あの娘に何かあれば、大陸は未来永劫暗黒に閉ざされるに違いない!」

「……はは」


 家族への想いが褒められた途端、いつもの調子を取り戻すスパーダ。リンが苦笑いを浮かべたその時、対面側の事態が動いた。


「きゅう」

「ウェンティ!?」

「ごめん姉さん達ぃー……徹夜で壁塗ってた反動がきたぁ……」


 サウナ我慢対決最初の脱落者は番人の1人だった。末っ子のウェンティが、人間よりも早く限界を迎えた。床に倒れ伏す彼女を姉達は揺すって意識を確かめる。


(向こうは1人脱落か、同じ条件で部屋に留まっているなら……残り2人も限界が近いか?〉


 状況の変化にスパーダは熱で呆けていた意識を呼び戻し、考えを巡らせる。1人が倒れた時点で交換所への扉は開けたが、あと2人の番人を制すれば、自領に呼べる守護モンスターがもう1人増える――


(ってのは嘘だよー。私達が倒れる時間はダン長が決めてるのでしたー。10分で私が、イグ姉が倒れるのに20分、アクア姉のギブアップには30分かかるんだよねー。この部屋にあと20分もいたら、氷なんて全部溶けちゃうかもねー)


 と考えさせるのがウェンティ達の仕掛けた罠だった。彼女達にとってもサウナは流石に蒸し暑いと感じるが、長居して体調を崩すほどのものではない。1人目が早々に倒れることで(10分の滞在でも常人には相当の負荷ではあるが)、次の脱落が近いという安心を植え付けて気を緩ませる作戦だった。


「どうしたものか……」


 スパーダは罠にかかり、リンの持つ氷塊と湯気の向こうで伏せるサキュバスの影を交互に見ながら迷い始める。粘れば粘るほど氷は減っていく都合上、スカウト枠を1人分諦めるならば1秒でも早く脱出しなければならない。

 確たる利益と可能性を天秤にかけられた状況でスパーダは――


「リン、氷をこちらに」

「スパーダさん?」

「ここまでの同伴、大義だったよ! 試練が終わった時点で付き人の役目もまた終わったのだろう?」


 スパーダは氷を渡すことを要求する。それは最終試練の大成功を諦めることを意味していた。氷は最初の大きさの3割ほどになっていたが、部屋を出れば交換所までは直通の通路のみ、これ以上のロスは殆ど無いと見ていい。


「そして……ひとつ頼みがある」

「ああっ」


 出立する決意を固めたスパーダが、驚きの行動に出た。リンから受け取った氷塊を、剣の柄にぶつけて一部を砕いたのだ。スパーダはビー玉程度の大きさに砕けた小さな氷の欠片を、困惑したままのリンに手渡した。


「僕にはもう時間は無いから、これで彼女の血管でも冷やしてあげてくれ!」

「……ちょっとスパーダサン? それひと欠片で、一体いくらするかわかってんの!?」


 リンとのやり取りが聞こえていたらしく、彼の行動に驚くサキュバス達。狸寝入りしたウェンティはバツが悪そうに目を丸くし、イグニスは慌てて正気を問う。領に入り続ける収入源を、魔物1体の為にわざわざ自分から削るのは傍目には愚行にしか見えない。


「もちろんわかっているさ! 将来僕の助けになるかもしれない魔物の体調と、きちんと天秤にかけた末の判断だよっ!」

「「……」」


 スパーダはウェンティの演技を見抜いたわけではない。騙された上で、愚直にも彼女を助けようとしている。


「思えばこの村に来るまで、これだけ沢山魔物と語らったことはなかった。今まで守護モンスターの統制が失敗続きだったのも、それが原因だったのだろう……その気づきを与えてくれた君達への、せめてもの感謝の気持ちだよ」

(ううー……余計に起きづらいよー……)

「では諸君、また会おう!」


 真っ向から感謝をぶつけられ、良心の呵責に苛まれるウェンティ。他の3人は、扉を閉めて出ていくスパーダをただ見送るのだった。


「あっそうだ! 勘違いしてもらっては困るが、くれぐれも僕に惚れないようにね! 前提として僕の心と体は我が領民のモノであるし、妹より美しくない女を娶る予定も――」

「早く行けバカ!」


 それから数秒後、扉から顔を出してスパーダが一言補足を加える。キレたイグニスが、部屋中央のサウナ用の石を扉に投げつけて追い出す。


「顔も腕も良くても、中身があれじゃアイツが末代でしょ」

「そんなもんでしょうか……?」

「リンも将来、あんな面倒くさい奴にはならないでよね」


 扉が閉まって静寂を取り戻した部屋でイグニスが、スパーダの印象を語る。余計な一言と過剰な自信が本人のスペックを台無しにしている印象は姉と妹も感じているらしく、無言でうんうんと首肯していた。


「ところでこの氷、スパーダさんの望み通り使わないともったいないわよね」

「あ……」


 アクアの切り出しで、話題が最後にリンが受け取った氷の処遇に映った。一同が思い出した頃には既にジト目でウェンティを見つめるアクアの手に収まっていた。


「ほら、大陸一高い氷よ? しっかり味わおうね♪」

「きゃーつべたいー!」

(スパーダさん大丈夫かな……足取り結構フラフラだったし)


 姉達に取り押さえられ、脇とタオルの隙間に氷を突っ込まれて叫ぶウェンティを他所に、リンは1人で部屋を出たスパーダの体調を心配していた。






「ハァハァ……もうすぐゴールだ……」


 交換所直通の通路をひた走るスパーダ。到着すれば領主間の決闘に決着がつくことになる。魔物も罠も無い、距離にして数十メートルしかない直線の通路ではあるが、彼はその何倍もの距離があるように錯覚してしまう。


「もうすぐ……我が領に莫大な恩恵を……」


 錯覚の正体は彼の心身の消耗からくる認知の狂いだ。火の試練で走り回り、風の試練で集中力と観察力を限界まで発揮し、水の試練で無茶をしてダメージを負い、土の試練と最終試練の熱気責めのダメ押しを食らったのだ。

 全力で走っているつもりでも、その足取りは帰り道を走るメロスのごとくたどたどしい。


「ハァハァ……」


 意識が朦朧としているスパーダは手に持っていた剣の重みが減っていたことに気が付かなかった。人知れず抜かれた宝剣の刀身が、彼の背後からフワフワと浮いて、切っ先を己に向けていることも。

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