56話 黒炎の領主と継承の儀式⑫ 疲れた頭で謎解き厳禁
土の試練と次の最終試練、足して1話で終わる内容だったのですが、練り直しても10000文字を超えたので次話と分割しました。
「ハーッハッハッハ! 快調快調! 道中に魔物が出なくなったし、運命も僕の味方をしてくれているようだねっ!」
「そ、そうですね……」
既に3つの試練を超えて、スパーダと付き人のリンは土の試練を攻略せんと疾走していた。道中は罠も魔物も配置されておらず、安全が確保されていた。
(そりゃそうだ……黒炎の剣は充分見せびらかしただろうし、剥ぎ取りもしないんだから出すだけ無駄だ)
その様子を追いながら壁から様子を見張るダン長が心の中で指摘する。
魔物は素材にしてこそ価値になるものだ。スパーダ達は氷を溶かすまいと急ぐ都合上、剥ぎ取る時間も無い。ダンジョン側にとっても雑魚魔物とはいえ、無駄に散らしてしまうのはダンジョン資源の浪費である。
「さあ着いたぞ! 魔女殿か、例の透明人間か? 次の番人は誰が待っているのかな?」
高難易度の条件を連続で達成し、調子に乗るスパーダが土の試練の扉を開ける。
「暑っ……なんだ、張り紙があるだけか?」
(師匠がいると思ったのに……)
部屋の中に踏み入れたスパーダは熱気に顔を歪める。地下に仕込まれた熾燐への魔力注入により、この空間はたっぷりと加熱されていた。小さい迷路のようなステージは2つの床材で占められている。方や通路の両端に敷かれたなんら変哲の無い石畳で、方や通路の中央に詰められた目の細かい砂の地面だ。
番人兼試験官の守護モンスターはおらず、ルールを説明した書き置きがあるだけだった。リンはマギリアが召喚されて来ると期待したのか、心の中で少し残念がる。
『土の試練の競技は宝探しです。砂の中に埋まっている鍵を探してください。砂に入り込んだ時点でタイマースタート、大成功の条件は15分以内の達成となります』
スパーダが壁に貼られた紙の文章を読み上げる。見渡すと、壁には分針と秒針しかない時計が備え付けられていた。
「フッ……あれが15周するまでに鍵を手に入れればいいというわけか。今までの趣向が凝った試練に比べれば、なんて単純な仕組みなんだ!」
(……あのダン長がそんな単純な仕掛けを作るかな?)
肩透かしを食らい残念がるスパーダ。ダン長を良く知るリンは、大成功のヒントになりうる疑問を口には出さなかった。
「僕の華麗な攻略を見てくれるのが、このリンだけなのは残念だがね! 最短最速でクリアしてみせよう!」
3つの試練を経て氷が元の大きさの7割にまで減少している。スパーダが蒸し暑い部屋に長居する理由は何も無い。大急ぎで砂地へ身を乗り出し、手を突っ込んで鍵を探す。
「手に入れたぞ、これが鍵か! ここまで早く手に入るとは、やはり運命の女神は僕の味方っ!」
土の試練への挑戦を始めて約3分、汗と前の試練で濡れた装備に砂が纏わりついて泥まみれのスパーダが歓喜の叫びをあげる。彼の手には黄土色の鍵が握られていた。
「そんな……」
ダンジョン陣営の3連敗に動揺を隠せないリン。個人的感情とは別に仕事はこなさなければならないため、彼はスパーダに続いて土の試練を後にした。
「これで地水火風の鍵が揃って……最後の試練に挑めるというものっ」
短い移動時間を挟み、2人は全ての通路の交点にある扉の前に戻ってきた。4色の鍵穴に向かって手に入れた順にスパーダが挿し込んでいく。
この先の最終試練で更に負ければ、守護モンスターの過半数がいなくなる。リンは寂しくなる迷宮の未来を案じ、不安そうな表情で見守っていた。
「!?」
トラブルは4つ目に起こった。勝利を確信して挿し込もうとした土の試練の鍵が鍵穴に入らない。向きを間違えたかと表裏を変えても無駄に終わってしまう。
「なぜだっ」
「待って……この鍵、ちょっと小さくないですか!?」
「ハッ……?」
リンが壁に刺さったままの鍵とスパーダが握る鍵を見比べて指摘を入れる。それを聞いたスパーダは今しがた拾った鍵の形を改めて確かめる。他の鍵と比べると入らなかった黄土色の鍵は一回り小さい。
「ひょっとしてコレ、偽物なんじゃ……」
「なんということだっ! 通りであっさり見つかったわけだ!」
土の試練での完勝を台無しにされ、先程の発言を棚に上げて手にした鍵を放り投げるスパーダ。高難易度の時間制限の半分も使わなかったことも、あっけなく見つかったこの鍵が偽物であることの疑念を深めることになった。
(リン、5分経過したことを伝えてやれ)
「あっ、今ダン長から『5分経過』って」
「なんだって!? やはり土の試練は終わっていなかった……戻るぞっ!」
リンは己の端末からダン長の声を聞いて時間経過を伝える。『砂に入り込んだ時点でタイマースタート』。部屋を出てもそのルールは継続していた。ぬか喜びさせる罠に気づいたスパーダはそう叫ぶなり、リンを伴って土の試練へ大急ぎで戻って行った。
『砂の中から鍵を見つけ出し、10個の鍵穴を回して開けよう。この中に土の試練の鍵が入っているよ! 鍵を得る為の鍵は、骨の周りに埋まっているぞ!』
改めて部屋に入ったスパーダは、砂地に入る前に迷路を調べて回った。そうして迷路の最奥にたどり着き、この張り紙と10個の鍵穴がついた木製の宝箱を発見した。当然ながら中央扉との行き来の間にも、タイムリミットを指す時計は止まってくれなかった。それがなおのことスパーダを焦らせる。
「しまった! 本物の鍵はこの中に……?」
「わわっ! スパーダさん、全部の鍵穴の上に数が違う穴ポチが……」
全ての場所を探索してから動いていればこのような凡ミスは犯さなかった。苛立ちのあまりスパーダは宝箱を乗せた台を拳で叩く。慌てるリンは宝箱の鍵穴の真上にあるマークを指さして叫ぶ。
「穴ポチの数は1から10まで……まさか10個の鍵を集めなければ箱は開かないというわけか!?」
「スパーダさん、最初に見つけた鍵は何番の鍵でした?」
「ハッ……あの扉の前で捨ててしまったぁ!」
そう叫ぶなり大慌てで来た道を引き返すスパーダ。その様子をダン長は壁から顔を生やして見下ろしていた。
「『氷が溶けるから長居したくない』部屋でアッサリ偽物を掴ませ、試練の全容は最奥まで調べなきゃ誰も説明してくれない。その後で偽物と思っていたのが後から必要だとわかる。誰がこんな仕掛けをしたんだ、俺がプレイヤーの立場だったら作った奴は二度と呼ばないレベルだ!」
「えげつないことするなぁ……」
一見単純なはずの宝探しで、スパーダは罠に全部ハマッてしまった。実況席で堂々と語るダン長に、マギリアは若干引き気味に反応する。
(偽物を掴んだまま他の試練に挑戦してもらうパターンがベストだったんだがな……最後に挑ませるのもそれはそれで効果覿面だ。水の試練の無茶が祟って、集中力に洞察力に注意力、スパーダのコンディションはすでに下り坂だ)
扉の前で捨ててしまった鍵を回収して部屋に戻り、熱砂に手を突っ込みながら必死に探し続けるスパーダ。外に出て5分でも休憩した方が効率は上がるだろうが、無慈悲に迫り続ける制限時間がその選択肢を奪ってしまう。仕事上がりの深夜で謎解きに挑まされるがごとき精神状態で、彼は単純作業を延々と続けさせられることとなった。
「ぐっ……今度こそ揃った……10本……」
満身創痍になったスパーダが宝箱に10本目の鍵を挿した。宝箱の蓋を開けると、他の部屋の鍵と同サイズの黄土色の把手をした鍵が入っていた。
「リン、時間は……?」
掘り出しに集中するために、彼に入り口の時計を確認する余裕もなかった。試練の砂地はあちこちが掘り起こされ、沈没防止の簀の子が露出している場所まであるほどだ。
「38分52秒……です」
ダン長から耳打ちで時間経過を伝えられていたリンは、入手するまで制限時間を20分以上も超過していたことを伝える。彼が持つ氷は、最初に抱えていた時の半分にまで目減りしていた。
「……待ったダンチョー君、この試練はおかしいだろう!」
今までの1度も内容に文句を言わなかったスパーダが、初めて異議を申し立てる。
「あの程度のヒントで、こんな小さい物を15分で全て探せというのはあまりにも無理難題だ!」
競技性も無い単純作業を強いられ、ついにはスパーダのストレスが頂点に達した。最初の1つを探し当てるのに約3分、それからは見つけるペースはどうしても1つごとに落ちることは避けられなかった。
客観的に見れば、スパーダは並大抵の冒険者よりも速く回収していた。しかしそれでも仮に誤認のロスを回避できていたとしても、30分前後はかかっていただろう。
「マギリア」
「あー。探し始めてから実況が目に見えて単調になってきて、ちょっと眠いぞ」
答え合わせと言わんばかりに、ダン長が実況席からマギリアを召喚する。のんびりと欠伸をする彼女の態度が、辛酸を舐めさせられたばかりのスパーダの神経を逆なでする。そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、空の宝箱の蓋を閉めて刺さりっぱなしの鍵をかけ直し、発見時の状態に戻す。
「ちょっと考えればこんな仕掛け、5分で終わるぞ」
「は……?」
鍵を閉め終わったマギリアはそれだけ言って、1本だけ適当な鍵を手にして宝箱に対面する。彼女はその1本を鍵を鍵穴に挿し込んで開き、それを10回繰り返して宝箱を開けてみせた。
「ちなみに最後の仕掛けを考案したのは私だ。流石に10本も探させるのは可哀想だなと」
この宝箱は、鍵が1つあれば全部の鍵穴が開くのだ。そして1つ探すには長く、全て探すには短すぎる15分という制限時間を決めたのはダン長だった。このどっちつかずの時間が、試練の謎を隠す絶妙な煙幕となった。
「なっ……この……穴の数だって……」
動揺の余り目をかっ開いて震える指で宝箱を指さすスパーダ。
鍵を1つ手にした時点で、違う鍵穴に挿す行為を試してさえいれば勝ちの目がある試練だった。各鍵穴ごとに穴ポチがあるのは、1から10までの数字が対応しているという固定観念を植え付ける為の心理的な罠だ。
マギリアは余裕の表情で己の天敵を眺めている。
「この領に新しいルールを敷こうって男が、鍵が個別に対応してるなんて固定観念に縛られる体たらくではなあ~♪」
「ぬぐぐっ……」
暑さと疲労で回らなくなった頭では返す言葉も浮かばず、彼女の言い分を認めるしかなくなったスパーダ。申し立ては通らず、土の試練の勝敗は決した。
挑戦者の戦績は2勝2敗、氷は半分残った状態で最終試練に挑ませることとなった。
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