55話 黒炎の領主と継承の儀式⑪ 呉越同舟の攻防
このまま章の完結まで進みたいと思います。
代理戦争は火と風の試練を終えて後半に差し掛かった。守護モンスターのスカウト権という副賞への挑戦は1勝1敗。今現在、互いに2勝目を挙げるべく、挑戦者のスパーダと試験官のアクアが水の試練で火花を散らしていた。
「しかしこう、滑り出しを待つ時間というのは思った以上に高揚するね! 僕の領ではこんな舟の使い方は無かった!」
「ダン……マレビトさん曰く、遊覧船とも言うそうですよ。さしずめ、私はガイドと言ったところですね」
回転するコロの上を舟が進む。乗り込むのは弓を構える挑戦者のスパーダ、その付き人のリン、船頭の格好をした番人のアクアの3人だ。足裏から伝わる規則的で硬質な振動、重力に逆らって坂を登る舟の非日常感、頂点に近づくにつれ高まる滑走の予感は、彼らを昂らせるに充分だった。
「もうすぐ下ります……2人とも衝撃に備えてくださいね」
「ハーッハッハッハ! いかなる場所に的があろうと、君達の心ごと全て華麗に射抜いてみせよう!」
頂点はウォータースライダーのごとく、汲み上げられた水が坂道を流れている。アクアの注意が終わると同時、最後のコロが舟を下り坂へと押し出した。スパーダの喧しい宣言と共に、彼らは勢い良く水路へと躍り出る。
(僕の予想が正しければ、ダンジョン側は5つのハードルは超えて欲しい……序盤は簡単な場所にあるはず……)
「そこだっ!」
ダンジョン側は5~6個の的を射抜かせ、そこそこの成績でクリアしてもらうステージを作るだろうとスパーダは読む。最初の的は見つけやすい場所と踏んで通路を注視した彼は、読み通りに見つけた左手側壁の丸い的を打ち抜く。
「お見事!」
(試験官殿の反応からして、矢張りこれは射抜いてもらう為の的っ! 本当に獲られたくない的は、巧妙に隠してあるはずだ!)
アクアの賞賛に今の的を囮と判断し、スパーダはあたりを見渡す。覚えゲーを想定したステージから一転、一発勝負になった。もはやこの試練は単なる的当て競技ではなく、ダンジョンと挑戦者の心理戦と化していた。
「リン、屈んでくれ!」
「えっ?」
何かを察したスパーダが叫んで振り返る。リンが反射的に身を伏せた時には、声の主は既に舟の進行方向に反して矢を射っていた。
「ハッ……ハッ……開始地点の直上とは、してくれるじゃあないか!」
「やりますね……」
放たれた矢は、滑り台の真上の天井にある的に突き刺さっていた。虚を突かれかけたスパーダの評価に、アクアは苛立たしさを微塵も顔に出さず答える。
この時点で舟は最初のコーナーの十数メートル手前にまで迫っていた。彼が気付くのが数秒遅れていたら、的を狙う機会すら失われていただろう。
「さて、そろそろコーナーに入りますよ……きゃあっ!?」
「むっ!?」
「わわっ」
突如、一行の左側面から派手な水柱が噴き上がり、激しく舟が揺れる。櫂を漕いでいたアクアが爆音にも劣らない悲鳴を上げた。不意打ち気味のハプニングに驚いたが、スパーダもリンも倒れることなく踏みとどまった。
「きゃあ爆弾! 誰かが私達を狙ってるわ! 衝撃に備えて!」
(危なっ! 僕の時はこんなの無かった!〉
未体験の爆破に慌てながら、リンは片手で縁を掴んで揺れに抵抗する。彼がもう片手に抱えている氷塊は、既にスタート時点の8割ほどに減っていた。
「なるほどねぇ! 舟や試験官殿を対象にした攻撃はルールの外というわけだねっ! 清楚な見た目によらず、ずいぶんと姑息な手を使うね!」
「ふふっ……最高の誉め言葉ですねぇ」
(あー、だからアクアさんも乗ってるんだ。ダン長と相談したのかな……)
皮肉るスパーダと微笑むアクアの応酬で、リンも漸く彼女の真意を知った。挑戦者の直接攻撃と違って、舟への攻撃に対してはルールが詰められていない。とはいえ彼一人が乗る舟を攻撃すれば、挑戦者への妨害と受け取られかねない。アクアが同席して同じ被害を受けることによって、公然と射的の妨害ができるという理屈だ。
「だが、妨害が来るということは、近くに隠したい的があるということ……そこだ!」
スパーダは次々と上がる水柱に注意を逸らされることなく、コーナーの壁に向けて矢を放つ。水しぶきの間にわずかに見えた的はくりぬかれた壁の奥に据えられており、曲がり始まってからは射線が途切れる位置だった。
「これで3発的中……はてさて、角の向こうにも僕達を攻撃するためのオモチャがあるのかな?」
「見てのお楽しみですよ」
スライムの緩衝材に一度ぶつかり、舟が方向転換する。スパーダの瞳は既に、アクアの次の一手を待望する光に満ちていた。
「来ました2度目の直線! 突き当りの壁に9連装ちくわランチャーが待ち構えているわ!」
「なにっ!?」
水の試練コース第2直線。アクアの紹介とほぼ同時に向かいの壁がせり上がり、うねる9つの砲門が表れる。ちくわは中に入れた物を射出する性質を持つ魔物で、壁の向こうの空間で予めアクアの作っていた水のボールを、ダン長の物体移動能力で装填して使用する。
スパーダの驚愕の声と重なり、砲門から水の弾が放たれた。ちくわは以前にアクアがイグニスを誤射したものに比べて大きく、射出される弾の大きさは20㎝ほどのものだった。まともに当たれば舟から落ちるのは必至で、当たり所次第で骨も折れてしまう恐れがある。
(フリッカちゃんが言ってたけど、氷って水の中だと早く溶けるらしいから……氷が濡れるのは避けないとね)
リンは砲門から目を逸らさず、咄嗟に氷を庇うように両腕で抱えた。空気と水では熱伝導率において圧倒的に後者に軍配が上がるため、水を被れば氷は一気に減ってしまう。
「きゃあ! どんどん飛んでくるわ!」
(……水弾は真っ直ぐにしか飛んでこないね。つまり9つの砲門のうち7つは目くらましで、僕達に当たる真ん中と舟かその真下に当たる中央下のやつが本命だ)
次々と飛来する水の砲弾に白々しく悲鳴を上げるアクアを他所に、スパーダは連装砲の構造を分析する。彼の予想通り、積極的に撃ってくる周りの砲門の弾は船にかすりもしない。水弾は空しく対面側の壁か舟後方の水面に当たっていく。スパーダは水弾の隙間を縫って『あえて当てさせる』的を射抜き、スコアを4に伸ばした。
(今のは簡単すぎるね……彼女の傾向から、本命は例の2つの砲門から弾が出るタイミングのはずだ)
矢を構えながらスパーダが待つ。水の試練の定石を知った彼は、次に的が出る機会は中央かその下の砲門が動く時と予想した。
(どちらだ……?)
第2直線の通路は半分を過ぎた。なのに未だに砲門から放たれる水弾は目くらましばかりで、スパーダが本命と決めた2つのちくわは沈黙を保っている。
(僕達の先頭に立っている試験官殿は射線にいる。撃ってくるとなれば左右にハケるはずだ)
4分の3が過ぎても中央からの射出はなく、怖がるフリを続けるアクアは未だに中央に陣取っている。
「さて、そろそろ次のコーナーに入りますね。スライムに当たる衝撃に備えてください」
(もう十数秒で曲がることになるぞ……僕らを狙う砲台はただの脅しか……?)
ふとアクアがスパーダ達に振り返り、次のコーナーが近いことを告げる。結局自分達を撃たないのかと注意を周囲に戻したスパーダは、アクアの側頭部に浮かぶダン長の端末に気づかなかった。
(3……2……1……今だっ!)
「ふっ!」
ダン長の合図で、アクアは両手で櫂を舟に叩きつける。その勢いをバネに彼女は宙高く跳び上がった。それと同時に中央の砲門から放たれた水弾が、櫂の柄を掠めてスパーダ目掛けて飛んでいく。
左右に避けず、跳び上がった瞬間を縫って弾をぶつける。これは挑戦者への攻撃ではなく、アクアへの攻撃が外れた流れ弾だ。ちくわランチャーを設置してから、ダン長と示し合わせて何度も練習した動きだった。
「しまっ……」
虚を突かれたスパーダは反応が一瞬遅れた。身体を捻ってかわそうとするも、水弾を左腕に受けてしまい弓を手放してしまう。
(そういうことか……中央下の砲門は最後までブラフ……的にすり替わっている!)
水弾を受けたスパーダは苦痛に顔を歪めながら正面の状況変化に驚愕する。ダン長の魔物転送能力でちくわを立ち去らせた後の、9連装砲門の中央下には的が残っていた。5つ目の的の正体は、今しがたの砲撃を凌いでから、コーナーを曲がるまでの間にだけ狙える難関ターゲットだった。
運よく手放した弓は水路に落ちず、舟の中に転がっている。しかし水弾を受けた彼の左腕はダメージが残り、回復してから弓を拾ってはコーナーを曲がるまでに間に合わない。
「くっ……うおおおおおっ!」
スパーダの必死の叫びが響く。
アクアの長い滞空時間が終わり、重力に従い彼女の身体を舟の上に戻した。アクアが見た舟上の光景は、舟の縁に寄りかかって息を切らすスパーダと、オロオロと両者を見渡すリンだけだった。
「残念でしたね。再挑戦したければ、もう何も射ないことをお勧めしますよ」
「ハァ……ハァ……そうでもないさ」
アクアは得意気に忠告するも、対するスパーダの顔はなおも自信に満ち溢れている。その表情に疑念を覚え、アクアは的のあった方向に目を向ける。
「なっ……?」
「ここまで近づかなかったら刺さってなかっただろうね……」
的に刺さっている矢を視認して驚愕するアクア。左手の弓を水弾で奪われ手放したスパーダが、どうやって的に矢を刺したのか。
「ルールは的当て……手投げ矢を禁じたわけではあるまい?」
なんとスパーダは射損なった右手の矢を、そのまま目の前に現れた的に向かって投げつけたのだ。張力を使った弓と手投げ矢の威力は比べるべくもないが、至近距離まで近づいていたおかげで刺せていた。投げ矢に関してもルールで禁じていない都合上、アクアの舟への攻撃同様咎められることではなかった。
「しかしまあ……舟にしがみついて情けない姿ですね」
「フッ……用意された試練が凄ければ凄いほど、なおさら君達が欲しくなってね……そのためなら僕が泥に塗れようともわけないさ!」
5つ目の的を射抜かれて焦るアクアは動揺を誘う言葉を投げかけるも、スパーダが執念の籠った語気で開き直った。水の試練はパーフェクトゲームが続いたまま次のコーナーを曲がる。
(くっ……さっきからこの人、全然失敗しない……もう9個目を取られた!)
スパーダの挑戦は順調に進んでいる。アクアとダン長の示し合わせでは当ててもらう為の的は5個。それに加えて彼は4個の隠された分を射抜き、最後のコーナーを曲がろうとしていた。
(ランチャーの次、急流下りからの3連も、飛び跳ねるサメの口の中にある的も全て獲られた……後が無いわ)
第3の直線に待ち受けていたのは、入り口と同じ型のもう1基のポンプとコロで舟を持ち上げて高さを稼ぎ、加速させた中で3つの的を当てさせる仕掛けだった。全ての命中には正確な3連射が求められるが、上昇中に弓を持ち直したスパーダは見事に当ててみせた。
そのコーナーを曲がった後に直面したのは、オオメジロザメが放たれた第4直線だった。彼らの行動はダン長の制御に従いヒレを出して回遊するのみだが、そのうち1尾が大口を空けて舟を越える軌道で跳び上がる。それはただの威嚇であり、スパーダ達にいっさい危害は加えないが、サメから目を背ければ口の中にある的を見逃してしまう。
スパーダはサメを恐れず見据え、わずか数秒のチャンスを逃さず口の中に矢を放ち9個目の的を射た。
「その様子では僕が見落としたターゲットはないようだね……ならば最後のコーナーの先かな?」
息を切らしながらスパーダがアクアに問う。通常成功で終わることへの喜びを見せない彼女の顔色から、明暗を分ける最後の的が残っていることを察して念押しをした。
「……最後の的は出入口。つまりあなた達が入ってきた場所に、1周してる間に設置してもらいました」
「へぇ! わざわざ手の内を晒すなんて、余程自信がある仕掛けなのかな?」
「ええ。舟から身を乗り出さず、伏せていることをお勧めします」
アクアがにたりと笑って答える。身を隠していては的を狙うことはできない。言外に『諦めてください』と促している。
「なるほどねぇ、次の『僕達』への攻撃はそんなに激しいのかい?」
「やればわかりますってば」
舌戦を繰り広げる2人と唖然とするリンを乗せ、舟は静かに最終決戦の地へと進む。
(あれは……観衆か? この試練は人の立ち入りは禁じられていたはずだが)
出入口の空間が視界に入ると同時に、スパーダはそこに集まる複数の人影を視認する。いるはずのない群衆の存在に疑問を覚えた瞬間――
「リンちゃん伏せて!」
「えっ!?」
その方向から一斉に大小様々な水弾が飛んできた。飛来する弾は舟の側面と壁に次々と命中して水しぶきを上げる。スパーダが観衆と見紛ったのは、ダン長の力で召喚され、ポーズが固定されたアクアの人形達である。いずれもちくわランチャーで武装し、砲口を水路に向けて舟の到来を待ち伏せしていた。
舟が撃たれることを知っていたアクアは発射直前にリンに覆いかぶさって舟底に伏せる。強力な回避術を身につけたリンだったが、敵意の無い行動にはなすすべなく押し倒される。安全圏の彼女達に届くのは、次々と舟に当たる水弾の振動と衝突音だけだった。
「ぐふっ!」
それに対して、的を探すため立ち上がっていたスパーダは、全身に水弾を浴びて舟から落ちる。舟には落ちた人間を引っ張り上げる機構はついておらず、人形兵達の手荒な歓迎が収まった水路を無感情に進み続ける。
「的はっ……!?」
身体を起こしたアクアが最後の的の安否を確認する。的は人形達の中心に配置されていて、一斉砲撃が止んでから舟から出入口が見えなくなるまでの数秒間にのみ狙うことができる。
砲撃に怯えいつまでも伏せたままでは、狙えるタイミングがある事を知りようがない。定石としてこれに当てるには1度は失敗し、その法則を掴むのが前提の仕掛けだ。この時間が訪れる前に舟から落ちたスパーダが狙えるはずも無かったが――
「くっ……!」
アクアが悔しげに舟の縁を拳で叩く。最後の的には矢が突き刺さっていた。
「まさかあの砲撃の中、自分が撃ち落される覚悟で……」
「ハーッハッハッハ! 見たか僕の実力と気高き覚悟を! 早くがぼっ……引き上げてくれるとたすぼぼぼぼ……」
水路でもがきながら高笑いを上げて沈んでいくスパーダ。彼は水の弾幕の中でなお目を逸らさず、撃たれる寸前に冷静に的を射っていた。
「私の負けね……落ちたら失格なんて言ってなかったし」
「ちょっとアクアさん、スパーダさん溺れてますよ!?」
アクアは己の敗北にため息をつく。冷静な彼女と対照的に、リンは慌ててスパーダが沈んだ場所を指さす。この後勇敢な挑戦者は、舟から降りた2人によって無事救助された。
「フッ……火と風に続き、水の試練も素晴らしい余興だったよ! 張り合いのある相手でなければ、僕もここまでの潜在能力を自覚することは無かった……ぶぇっくし!」
「……私が領に行くことになったら、お宅の守護モンスターをキッチリ教育させてもらいますよ」
「ああ、期待してるよ!」
接戦の末に相手を認めることを覚えたスパーダに、アクアは水色の鍵を手渡す。リンが抱える氷はあと7割にまでなっており、余計な話をする猶予は無い。簡単な返事を済ませ、早々にスパーダ達は部屋を後にする。
「ダン長さん、ごめんなさいね」
「ウェンティにも言ったが、負けは番人だけの責任じゃないからな……なぁに、無理して初見クリアを目指したおかげで、水弾をしこたま浴びたスパーダの消耗は――」
立ち去る2人を見送り、部屋に残ったアクアが己の端末に向けて謝る。端末に顔を刻んだダン長は責めないよう慰めるが、アクアは首を横に振って返す。
「違うの。確かに負けた申し訳なさもあるけど……負けたのに、誰かが引き抜かれることになるのに、準備も本番も……楽しかったと思っちゃたのがそれ以上に」
「……なんだ。その気持ちこそ、尚更謝る必要なんかないな」
ダンジョンを作り冒険者を迎える立場として、体験した者に満足してもらうことが楽しくないはずがなかった。部屋作りやダン長とのコンビネーションの練習の日々もまた、アクアには充実した時間だった。スパーダに勝つことこそできなかったが、彼女がダンジョン作りを楽しいと思ってもらったことがダン長には嬉しかった。
「それに安心しろ。スパーダの快進撃もここまでだ」
「ダン長さん……」
「冒険作りの先輩が、土の試練でたっぷり奴を歓迎してやろう」
ご読了お疲れ様です。近々に次を投稿するので楽しみに待っていてください。




