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54話 黒炎の領主と継承の儀式⑩ 快進撃

お待たせしました。今回の章を最後まで全部書き溜めていました。

「しゃーい! 風の試練にようこそー。リンちゃんもお疲れ様ー」


 火の試練を乗り越えて次のステージへ到達したスパーダとリンを、間延びした陽気な声が迎える。試練の番人ことウェンティが、白基調のスポーティな衣装に身を包んで2人を歓迎した。


「……なるほど、この試練はゴルフというわけだねっ! 大自然での商談は貴族の嗜み、領主の器を試すに相応しいじゃないか! かくいう僕も父上から武芸のみならずあらゆる嗜みに通じるよう厳しく手ほどきを受け、ゴルフもまた――」

「話が早くて助かりますねー、道具はこちらでご用意してますー」


 番人のキャディーらしき格好と、部屋の奥に立つピンを見て競技を察するスパーダ。ウェンティは説明を省けたと都合よさげに微笑み、そそくさと鞄を差し出す。ダンジョン工・イワシの私物は、クラブも数本であるがティーショットからパターまでこなせるよう揃えられている。

 この世界のゴルフクラブはカーボンやチタンのような先進技術の賜物ではなく、木と鉄の単純なものだ。ボールもまた成分の異なる樹脂を何層にも固めたものではない。歴史上最も古い、革に羽毛を詰め込んだものが使われており、使われる素材によって性能が変化する。


「うん、実に開放的で空気が美味い……外の森と繋がっているのがいいな」

「ですねー」

「でしょー?」


 他所とは異なり風の試練には天井と迷宮の外に面する壁が無い。道中や火の試練の息苦しさから一時的に解放され、気持ちよさげに深呼吸するスパーダとリン。それを見た発案者のウェンティは満足気に笑う。


「ところで……壁に描かれた魔界にひしめく、名状しがたきズルズルした白い化物はなんだい?」

「えー!? 外開けられるの左の壁だけだし、もっと開放的にしたげようって、森とうさぎさんを描いただけですけどー!」

(……ウェンティさんには世界がどう見えてるんだろう)


 奥と右手側の壁はウォールアートに彩られ、解放感を補っていた。ただし彼女の独特なセンスにより、青空と森林の動物達の代わりに、ドブ川の空と白い塊を貫通して天に伸びる紫色の棘が描写されている。

 そんなラビス迷宮基地1番ホールは、102ヤードのパー3。グリーン周りは水が張られた浮島になっており、飛び石を渡る以外での侵入が不可能だ。芝はティーグラウンドとカップ周りのグリーンにしか用意されておらず、他は従来の石畳だ。

 そして、なによりの特徴は風の試練の名に恥じない――


「すさまじい強風だね。しかも風向きに全く法則性が無い」

「ふふふー、大成功の条件は2打以内でのカップイン。普通の成功に打数制限はありませんが、15打ごとにティーショットからやり直しにさせていただきますー」


 ウェンティの魔術による強風が縦横無尽に舞っている。目に見えぬ風の動きを示すよう水面は不規則にさざ波を立て、外から迷い込んだ木の葉はいつまでも空中に留まる。

 このコースには打数を度外視すれば楽な攻略法がある。池ポチャを覚悟で風の影響が少ない、低く鋭い球を打つことだ。池ポチャはペナルティの後はカップと最後に横切った水場を結んだ場所から打てる。つまり池を超えてグリーンや土手に当ててしまえば、例え転がった末に落ちてしまっても、孤島の中からアプローチを試みることができる。


「と、風を避けて攻略するなら4打か5打……君達が欲しければ、この風に挑めと言うのだね?」

「そういうことでーす」


 スパーダも先述の攻略法に行きついたようで、無難な攻略に潜む罠に気づく。池に落とした時点でペナルティをとられて次のショットは3打目となる。次でチップインできてもバーティ(2打)の達成は不可能になってしまう。

 大成功を狙うならばラン(着地後の転がり)による池ポチャを恐れ、第一打は高く上げなければならない(飛距離は同じでも高いボールの方が転がる距離は短い)。しかしそうすれば、計算不能の風の影響をモロに受けてしまう。


「それでスパーダさん、風がどう吹いているかわからないと困るでしょー? だけど私はキャディーさん。風向きを教えてあげる……風閃玉っ!」


 ウェンティが両手を合わせ、その隙間に息を吹きかける。するとそこからシャボン玉のように緑色に光る塊が吹き出し、池に飛んでいく。その塊達は風に流されるまま池の上空を旋回する。


「リンちゃーん、これ触ってみて」

「ええ……ぴゃあっ!?」


 ウェンティに促されるままに池の上に飛ばさなかった塊のひとつをリンが手に取る。その瞬間、破裂音と共に塊を中心に一瞬の突風が発生してリンの髪を大きく逆撫でる。玉の正体は物質との接触に反応して破裂する風の機雷だった。


「風を閉じ込めた玉か。直撃すればまず軌道が狂うね」

「でも風向きがわかりやすくなったでしょー?」


 タダではヒントをもらえないと、風の軌道を教える代わりに厄介な障害物を設置されてしまった。


「で、どうしますかー? こちらはいつまでも待つけど、長くいると氷がどんどん溶けちゃいますよー?」

「とんだキャディーだね……少し道具と話をしてくる」

(焦りは禁物だ……まずはクラブの使い勝手を確かめなければっ!)


 火の試練の敗因を振り返って慎重になり、ホールの観察をしながら渡された道具の使い心地を確かめるスパーダ。ティーグラウンドに立ち、クラブを換えては素振りを繰り返す。


(貴族さんって、こんなフィールドではやらないんだっけ? ダンジョンのゴルフに慣れた冒険者さんのテストでも、これを2打で攻略できた人はいなかったわ。勝ったねこれはー……イグ姉の勢いに乗って二連勝、終わったら姐さん達に褒めてもらおー!)


 孤島のグリーンを吹き荒れる風と、当たれば終わりの風の機雷。迎え撃つ状態の盤石さに、ウェンティは笑みをこぼしながらチャレンジャーのウォームアップを見つめていた。






「ホ、ホールインワンッ!!」

「「!?」」


 十数分後、談話スペースの実況席に響くダン長の叫びに驚くマギリアとフリッカ。だが一番ここで驚いていたのは、衝撃の現場を直に見ていたダン長だった。


「……ほーるいんわんってなんだぁ?」

「まさかあのホールを1打で……どういうことだ?」


 風の試練の突破に動揺するダンジョン側の面々。初耳の用語に首をひねるフリッカを他所に、マギリアはダン長に詳しい状況説明を求める。


「手にクラブを馴染ませたスパーダは、無難な攻略法とは逆に、ピッチングウェッジでバカ高くボールを打ち上げた。あの乱気流はウェンティの魔術であるから、当然射程距離の限界がある」

「そうか、ウェンティが起こす風のさらに上からグリーンを攻めたわけか……」


 望遠が出来ないため空飛ぶボールを追うこともできず、やや遅れて理解が追いついたダン長が状況を語る。光る風の機雷の挙動から風の範囲を見抜いたスパーダは、風の壁との戦いを避けた。雲の動きから読むことができる上空の風は、風の試練のものより圧倒的に読みやすい。


「ピンフラッグが殆ど揺れていないことから、中心はほぼ無風だと気づいたんだろうな。そのままボールはカップの方に吸い込まれ、中で何度もバウンドを繰り返して……」


 置いたボールが転がれば競技にならない以上、グリーン上に風を吹かせることができない。孤島の直上がほぼ無風であることに気づいたスパーダは、先述の攻略法を思いついたのだった。


「むぅ……しかしそんな技巧を奴が持っていたとは」

「俺達は目的を調べることばかりで、スパーダの個人情報は洗えなかったからな。知ってたら避けていたさ」


 マギリアとダン長が渋い顔で初敗北の原因を振り返る。その様子を老いた家臣が得意気に眺めていた。


「当然じゃろ。坊ちゃまは亡き先代様から何事においても一流であれと、厳しく指導を受けておったからのう」


 今まで泰然とダン長の実況を聞いていたディエトロが、暫くぶりに口を開く。当然との言い草に反応したか、マギリアの眉根が動く。


「ほほう、いつでも交渉相手の趣味に合わせるよう、万事に通じるというのも領主の責務か」

「それで済めば心配なかったわい……一流なのはいいが、先代様はとにかく寝技が下手であった。親善を兼ねた出稽古で相手領主の息子を半殺しにし、盤上においても交渉先の豪商相手に圧勝……」


 万物に一流であったスパーダの父に圧倒的に欠けていた技術は、相手を立てる為の手加減だった。目上や商談相手への接待すら満足にこなせないのもマレビトとしては珍しいが、魔王軍との戦いで功績を上げた自負が彼をそうさせた。


「先代で領の経営が傾くわけだ……」

「その通り……圧倒的な力を振り回し、そのくせ何が悪かったのかも自覚しない! 亡くなるまでに儂は、星の数ほど失態の尻拭いをさせられたわい」

(……この愚痴、長くなるな)


 ディエトロの述懐に一筋の汗を垂らすマギリア。振り返れば、先代の失政でこのダンジョンを失ったことが今回の事の始まりだった。その原因の一端を知り、彼女は呆れ顔をしながら老爺の愚痴を聞き流す。


「ところでダン長、スパーダ達は次はどこへ向かっている?」

「ああ、もう部屋を出て……進路的にはアクアのとこだ」


 席の話題を変えようとマギリアは挑戦者の行き先を尋ねる。ダン長も実況モードにメンタルを切り替え、2人が水の試練に向かっていることを語る。


「……負けたウェンティはどうしている?」

「部屋に残ってギャン泣きしてる」

「お前だけの責任じゃないと慰めておいてくれ。それと、達成の数に応じて私達6人の中からクジで決めるから、まだ自分が出ていくと決まったわけじゃないこともな」


 部屋の番人が直接引き抜かれるならば、キルトやキャンディが安全圏になってしまう。そうならないよう条件が平等になるように計らうマギリア。


「6人? 1人足りないんじゃねーのか?」

「研修中のお前が行って、向こうの守護モンスターに何を教える気だ」

「なにー!?」


 数が合わないと指摘するフリッカに、未熟者が何を教えることがあるかと突っぱねるマギリア。


(それに引き抜かれた奴にも仕事がある。最深部の結界破りに例の宝剣を使わせてもらえるよう、それこそ寝技を駆使してもらわなきゃな)


 なおも食い下がるフリッカをあしらいながら、マギリアは新しい目的に思いを巡らせる。

 守護モンスターが隣領に赴くのはデメリットばかりではない。スパーダの期待以上の成果を上げられれば、ダンジョン側に都合よく事が運ぶ未来もある。


(とは言え、何人にも出ていかれたら残った側も仕事が増える。アクアには最低限の流出で止めてもらいたいが……)


 ダン長の水の試練への道中を駆ける2人の描写を聞きながら、マギリアは3人目の番人へ期待を寄せる。






「いらっしゃい、水の試練へ。番人のアクアと申します」

「フッ……キャディーの次は船頭か。次から次へ、夢魔の仮装大会は僕の目を飽きさせないね!」


 マギリアが勝利を願っていた頃、スパーダ達は水の試練へ到達していた。番人のアクアは濃い青の法被にスリットの入ったロングスカート、手には櫂を持っている。一般的な着こなしよりはやや緩いものの、この世界の女性船頭の範疇の姿だった。


「喜んでもらえるようで何よりです。この試練では、スパーダさん達に左手奥にある舟で部屋を周り、的当てに挑戦してもらいます。弓はこちらで用意してますので、手に馴染むものをどうぞ」


 スパーダの世辞に淡々と返し、試練の内容を伝えるアクア。彼女の指し示す壁には形の違う弓が数本かけられており、その真下の空き樽に矢の束が入っている。

 誰もが宝箱で拾った弓を即座に使いこなせれば苦労はない。弓道経験者が即座にアーチェリーに転向できないように、使い慣れない形の弓では実力を発揮しきれない。この大陸において弓はゴルフクラブよりは調達が容易なため、スパーダ自身が好きに選べるよう配慮が間に合った。


「……これでいい」

「選びましたら、矢を持って舟の方へどうぞ。ほら、リンちゃんも一緒に」


 スパーダが選んだのは小型の複合弓だ。彼自身の普段使いに近いのか、水路の広さを見て射程よりも機動力を優先してかは不明だが、その弓を見つめる眼差しは自信に満ち溢れていた。


「あれっ……アクアさんも乗るんですか?」

「うふふ、リンちゃんがテストしてた頃は違ったもんね」


 舟の上で2人の乗り込みを待つアクアを見てリンが訊く。当初この舟は、ただ水流に流されるままの自動航行でだった。


「ハーッハッハッハ、何を初歩的なことを聞くんだ! 舟に船頭が居て何がおかしい? たとえ同伴したとして、ルール上彼女は僕を妨害できないのだがね!」

「そ、それはそうですよね……」

(アクアさん、何か考えがあるんだ)


 スパーダは陽気に哄笑しながらリンの肩を叩き、スタート地点の水場に係留してある舟に乗り込む。守護モンスターと挑戦者の直接戦闘は禁じられており、アクアが横で行われる射的を邪魔することはできない。

 彼に続いて乗り込むリンは、水の試練に仕掛けられた罠を予感するが、スパーダに有利になりかねない助言になると思って口を紡ぐ。


「説明の続きです。水路にある的は全部で10カ所、合格は5つ以上の的中です。当然、大成功の条件は全中となります」

「試験官殿、的中数が合格ラインに満たない場合は?」

「カウントをリセットして再挑戦となります」


 妨害が出来ないという大前提を叩きつけたスパーダに動じず、淡々とルールを解説するアクア。彼女は説明されていない部分の質問にも淀みなく答える。


(再挑戦ラインは4個……つまり5個以上当てればどれかの的を外してもその時点で合格してしまう。『半分でいい』という合格点の低さは大成功を妨げるための罠だ。となると、感覚や的の位置を覚える為にあえて不合格になるべきか……?)


 解説を聞きながら頭の中でギミックを分析するスパーダ。火の試練の失敗を省みて、見に回る攻略法が彼の定石になりつつある。


「ところで、舟は何分で一周するんだい?」


 スパーダは問いを投げかける。彼は氷の溶け具合と高難度の達成とを天秤にかけ続けている。現場の下見に潰すことになる時間は、判断材料として知っておきたい情報だった。


「回ればわかりますよ」

(……伏せるか。この答え方では意味が無い質問だったのか、時間が絡む仕掛けを隠したいのか判断しかねる。いや、周回ごとに的の位置や舟の速さを変えられては、この戦術も効果薄……)


 情報を明かさないアクアの回答にスパーダは迷う。イグニスが素直に地図を差し出した時と異なり、大成功のチャンスが残っている以上、番人が戦術を構築するための情報を出し渋るのは当然のことだった。


「ところで、スパーダさんが私達をスカウト出来たとして……せこせこと何周も泥臭く攻略するのと、一発で美しく全弾命中で勝ち取るの、どっちが私達が積極的にお手伝いしようって思います?」

「ッ!?」

(一発で……『美しく』……)


 アクアが色目を使って問いかける。試練の大成功で得られるものは引き抜きまでであって、その後の働きぶりには絡まないという前提を再度認識させる言葉だった。

 加えて借り受けた魔物達は、キャニュオン領の守護モンスター制度の改善が終われば帰す約束だ。嫌々とダラダラ働かせるよりも、精力的に働いて早々に帰ってもらう方がスパーダからしても都合がよかった。


「ンなるほどねぇ! やはり強く美しい者に仕えてこそやる気が出るというもの! 横で見ていたまえ、僕が一発攻略してみせる様を!」

(……別に私はどっちでもいいけど)


 話術をもって戦術を縛る。キルトの報告から、アクアはスパーダの性格を見抜いていた。夢魔として生まれ、長らく冒険者相手の接客を続けていた彼女は、人心の弄び方において迷宮の守護モンスター随一となっていた。


「さあ舟を進めたまえ! 風に続きこの試練も、僕が華麗に決めてみせようじゃあないかっ!」


 係留用の縄が外され、回転ポンプに汲み上げられる水と共に舟が丸太のコロを登る。それと同時に、スパーダの水の試練への挑戦が始まった。

ご読了お疲れ様です。今章中は投稿ペースが上がると思います。

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