52話 黒炎の領主と継承の儀式⑧ 試練開始
ヒロインが戦えるようになるまで54話かかりました
鬱蒼とした村はずれの森の中を走る、その風景に似つかわしくないカーキ色の姿を追う人影があった。両者の動きは野獣同士の命のやり取りではない。
逃げる影は時折左右を見回しては屈み、追う影はその視界に映らないよう慎重に距離をとっている。お互いにそれぞれの目的を果たさんとするもののようだった。
(あの透明人間、スパーダ様との決闘も間近というのに、今度は外の森で何をしているでござるか?)
追う側の人間の少女が頭の中で疑問を呟く。彼女はキャニュオン領に仕える密偵のサキ。領主との決闘が迫っているはずのダンジョンの魔物が、準備を放り出してまで外で動いている目的を探っていた。
密偵対決では緒戦で勝利を収めた自負があるサキだったが、それ以降はペースを乱されっぱなしだった。魔萃晶の在り処を調べるため浴場のひとつに潜入したものの、報告に上がるとスパーダ本人から既に聞いたと返された。その後は自分達を嗅ぎ回る眼前の透明人間を監視していたが、これといった情報は未だ得られていない。
(魔物の足跡を追ったり戦闘の跡を調べたり、奴は何を調べている……そして手に取っているのは……?)
次こそ密偵として成果を上げんと意気込むサキだったが、この距離と角度では、背を向けて座る透明人間のキルトが拾い上げたものの正体が掴めない。彼女は焦りを覚えるも、場所を変えることで音を立てるわけにはいかない。
(何時間もこれでは埒が明かない。幸いここは森の中……やるか)
サキも他ならぬノリと勢いのキャニュオン領の人間だ。人気の無さをいいことに直接吐かせようと即断し、背を向けている標的へと一足で飛びかかる。
「ここで何をしているでござるか!? 前々から拙者達の周りをうろちょろと!」
屈んで調べているキルトの首筋に短刀を突きつけ激しく問い詰めるサキ。口調にはここ最近の己のペースを狂わされている怒りが表れていた。
「……」
「シカトでござるか、守護モンスターであればと高を括って――」
キルトが刃物を意にも介さず無言で座り続けていることを挑発と取ったか、サキは手に持つ力を強めて脅す。しかしその脅し文句を言い終わらないうちに、彼女は絶句する。
冷たい感触が、首筋を走った。サキは視界の端に映る白刃の切っ先から、今しがた己がせんとしていたことをそのまま背後からされていることを察する。
不意に目の前のキルトがよろめき、地面に倒れ伏す。透明人間といえど確かな存在と質量を持つはずなのに、彼が倒れた時に立てたのは衣服が地に落ちる小さな音のみだった。
(ズボンの裾から……何か布が……?)
地に落ちる衣服と包帯。サキはその一部から蛇のようにうぞうぞと布の帯が這い出している姿と、背後で鳴るわずかな衣擦れの音を捉える。
「くっ……」
「遅い」
サキが身を捻り、刃の無い方向へと跳んで逃れようとするも、直刀を構える声の主はその動きにぴったりと付いて来る。
(これは拙者をおびき寄せる罠だった……あの動くマフラーを服と包帯の下に詰めたダミーと入れ替わって、本体はそれを追う拙者を追っていた!)
気付いたものの時すでに遅かった。数度の跳躍を経た末、サキは大木を背後にして見えぬ敵相手に凶器をつきつけられて身動きを封じられてしまう。
「こんな裸マフラーの男に……」
「少し待て」
(気にしてるんだ……)
サキを追い詰めたキルトがマフラーで彼女を拘束し、その間に地面に投げ出された包帯と衣服を着こむ。
「さて、お前達がここで何をしてるか喋ってもらおう。あちこちに転がっている魔物の死体は何だ。人目を避けて宝剣で魔物を斬っていた理由は?」
着込み直したキルトが改めて尋ねる。先程まで彼が調べていたのは、森に放置された魔物の死体だった。どれも身体を切り裂かれた上で焼け焦げている。
魔物の狩猟権はその地方のギルドに登録した冒険者にのみ与えられる。ここでいう狩猟権は素材を換金する権利であり、身を守る為の返り討ちや食うに困って捕まえる行為は万人に認められている。よって仮に冒険者登録を終えたスパーダ以外がやったことであっても、この場で罪に問えることではない。
「知らん……知っていたところで、密偵がそんな簡単に口を割ると?」
(嘘はないようだが……密偵も知らないとなるとあの爺の独断か?)
拘束された程度でスパイが秘密を吐くなら苦労は要らない。例に漏れず縛られながらもサキは強気の姿勢を崩さない。キルトは彼女の言葉に嘘は無いと判断して犯人を絞る。
「その様子では知らんようだな。当てが外れた」
「え?」
白と見抜くや否や、キルトはあっさりとマフラーの拘束を解く。そして呆気にとられるサキを尻目に、魔物の死骸の検分に戻ろうとする。今のやり取りで、彼女が再び刃を向けようが逃げようがどうとでもなるという実力差の表れだった。
「……なぜ我輩のマフラーを掴む」
「だってなんかもっとこう……あるじゃん! 密偵が密偵を捕まえた時特有の『ぐへへ、どうやってお前の秘密を吐かせてやろうか』感が!」
だが解放したサキがとった行動はキルトの予想を大きく外したものだった。彼女はマフラーの端を掴んで、自分を無視するなと訴える。
「欲しい情報も持たん奴をわざわざ拷問する趣味は無い」
キルトがサキを放置する理由をきっぱりと告げる。違法行為を取り締まれる状況でもない以上、サキから絞り出せそうな情報の有用性よりも、守護モンスターが無闇に人間を痛めつけたことが発覚するリスクの方が高い。
「いや、ヒントになるかもしれんでござるよ! ここらの魔物の死体だって我が領に伝わる魔術と関係してるかも……!」
「だったら手掛かりを喋ってくれるんだろうな?」
「それにも雰囲気があると言ってるでござる! 口の軽い密偵と侮っているのか!」
(この女、面倒臭い……!)
目の前で叫ぶ女スパイが情報を喋りたいのか喋りたくないのか混乱し、キルトは絶句する。手札の無いまま死体を調べ続けるよりも、ひとつでも足掛かりになる情報を得られた方が真相に早く近づける。決闘が迫る以上、その近道を無視することもできない。
「あっ、ちょうどあそこに放棄された小屋があるでござるよ。あの小屋で水を張った桶の上に拙者がいいかなと思うまで逆さ吊りにしたら教えてもいいかも……」
「なんだお前、被虐嗜好でも持って――」
「雰囲気!」
碌な情報を持たない無能とも簡単に口を割る無能とも思われたくないらしく、サキは情報を渡す条件を厳しく指定してくる。あろうことかキルトに拷問を強要するなど、まるで負けたはずの彼女が場を支配してるかのようだ。
「ホラ、わかったらついてくるでござるよ!」
(やはりこの領の人間の相手は苦手だ……すまんダン長、決闘まで帰れないかもしれん)
マフラーを引っ張って廃屋へキルトを急かすサキ。このまま彼女の我儘に付き合えば当初の使命は果たせそうなものの、いつ肝心の情報がもらえるかわからなくなってしまった。
3日後、ついに温泉の収税権及びキャニュオン領主の相続問題を決する朝がやってきた。ラビス迷宮基地の前庭には幾人かの冒険者が野次馬に集まってきており、ミルス村の酒場が出張して小規模な屋台を開いていた。彼らには領主間で争いが行われるという前情報は聞いているものの、守護モンスターが奪われる可能性があるとまでは知らず能天気に構えている。
「魔女殿、此度はこのような機会を設けていただき感謝してるよ。正直言って、僕の予想よりも立派な出来栄えだっ!」
「ご厚意に預かり痛み入る。なにぶん、聞き慣れぬ試練の洞窟なんてのを突貫工事で造ったもので、気に召してもらえるか不安でな」
迷宮の入り口、最初の分かれ道を左に進んだ先にある試練の洞窟。その入り口の談話スペースで挑戦者と運営の両陣営が対峙していた。入り口側に領主代理のスパーダと従者のディエトロ、その向かいにはマギリアとリンの師弟が座っている。
「初めましてスパーダ様にディエトロ様、ダン長と申します。今回の挑戦において、実況を務めさせていただきます」
「ダンチョー……魔女殿が作った使い魔か何かか」
「そんなところです」
スパーダは卓上のダン長を見つめ、かつてのニアと同じ勘違いをする。ダンジョンの核たる循環器と一体化した人間など前代未聞の存在なのだから、初見で彼の正体を見抜けるはずもなかった。運営側も割となんでもありの能力を知られてもメリットが無いので、わざわざその勘違いを正す必要はなかった。
「して、実況とは?」
「ダンジョン内に点在する私を介して、試練の様子をこの部屋に残る面々がリアルタイムに知ることができます。それくらいが私のとりえですがね……」
「へえ……だったらダンチョー君の綴る言葉、一言一句余さず僕への賛美になるだろうね! だがしかし、この美しき戦いぶりを、ありのまま伝えられる言葉がこの世にあるのかは知らないがねっ!」
挑戦者側の主従が、ダン長の実況中継の説明を聞いて一瞬驚く。ディエトロの方は困惑したままだが、自信家のスパーダは意気揚々とできるものならやってみろと煽る。
「……ああそれと、実況始まったら敬語は無しにさせていただきます。テンポ悪くなるので」
「構わないよ。ここに滞在する間は、僕だって一介の冒険者なのだからね」
「では改めて、ルールの確認と共有を行います」
其の一・挑戦者は計五つの試練を乗り越え、それまでに溶け残った氷の分量だけの魔萃晶の所有権を得られる。
其の二・氷は付き人に持たせ、最後の試練を攻略するまで挑戦者と離れてはいけない。
其の三・各試練の番人との直接的な戦闘は無いが、道中には魔物が出るので挑戦者は己と付き人の身を守らなければならない。
其の四・各試練には高難度の課題が設けられており、そちらを成功するごとに1体の守護モンスターのスカウト権を得られる。
「……確認したよ。それで付き人というのは?」
「弟子のリンだ。こう見えて幼い頃から木こりとして重荷を抱えて山野を駆け回っており、氷運びの膂力と体力は申し分ない」
「よろしくお願いします!」
ルールの確認を終え、マギリアは隣で座る弟子を紹介する。彼が幼い少女にしか見えないゆえに当惑する2人に向けて、リンは快活に挨拶をする。
「こんな年端もいかない少女が?」
「……見てもらう方が早いか、フリッカ!」
「おう!」
マギリアの合図で、隅で控えていたフリッカが魔術で一抱えはある氷の塊を卓上に作る。そのサイズはかつてスパーダの父がダンジョンに隠した魔萃晶のものと寸分違わぬものだったが、リンはそれを片手で軽々と持ち上げる。
「へぇ……見かけによらずなかなか」
「わかってもらえてなによりだ。それでは氷が温まる前に始めてしまおう」
見かけに反したリンの怪力に驚嘆するスパーダ達に向けて、試練の開始を告げるマギリア。同時に入り口の扉が開き、リンとスパーダが揃って踏み入る。
「「フゴゴ……ッ」」
「ふぅん……雑魚の魔物が出すと聞いていたが、オークが6体か。リン、怪我したくなければ壁に寄ってくれたまえ!」
単純な一本道を直進すること約1分、早速と試練が2人に牙を剥く。ゴブリンよりも三回りは大きい豚鼻の魔物が6体、彼らを囲うように召喚された。オークは大人の人間を見下ろす緑色の屈強な体躯に、武器を操る知能まで備えている。戦いの心得が無い人間の勝ち目は言うに及ばす、冒険者であっても油断ならない相手だ。
ダン長の操れる範囲の魔物の中でも上の下レベルの実力を持ち、スパーダの実力とリンの修業の成果を確かめる為にあえて武装させ、本能のままに襲い掛からせている。その殺気を警戒してスパーダはリンを魔物の目が届きにくい壁際に避難させる。
「フッ……僕の相手としては不足も不足だが、わざわざ用意してくれたのだ。キャニュオン家に伝わる宝剣【フィアンマ・デル・プルトーネ】の錆にしてくれよう!」
スパーダが高らかに宣言して宝剣に手をかける。彼が鞘から赤く波打った刀身を抜き放つと同時、黒い炎が剣と鞘の間から噴き出してくる。リンとオーク達がそれに気を取られた一瞬、正面にいたオークの1体が胴体を横に切り裂かれる。
「ゴアッ……」
「なんだ!? 斬られたオークが炎を噴き上げた、それも剣の炎が引火したわけでもない! 明らかに斬り裂かれた後に燃え上がったぞ」
談話スペースでテンションを上げてありのままに状況を伝えるダン長。彼の眼前で絶命したオークの屍が突如黒い炎を上げたのだ。スパーダが斬撃後に魔術を唱えた素振りもなければ、詠唱抜きで唱えたにしても明らかに不必要な追撃だった。一連の動きに混乱する実況席の中で平静を保っていたのは、宝剣の正体を知るディエトロのみだった。
「これが坊ちゃまが持つ宝剣の真価じゃよ。剣に触れた魔力を全て黒き炎に変転させる断魔の一振りじゃ。魔術を受ければ受けるほど、あの剣を取り巻く炎は強くなる!」
「魔力を炎に……? じゃあ斬られたオークが燃えたのも……」
「魔物自身の持つ魔力に反応して燃えたんじゃよ」
スパーダの振るう宝剣は魔力を吸って黒い炎にする効果を持つという。ダン長はキルトが危惧していた彼の魔術職相手の絶大な自信の根拠を目の当たりにした。
(つまり相手の魔術を自身の火力に変えて、おまけに斬った相手の魔力を使って追加ダメージか……マギリアとは相性最悪じゃないか)
魔術殺しの剣使い相手に守護モンスター達と模擬戦にしてなくて、ダン長は心の底から安心した。そのまま席で進行を見守るマギリアの方へ視線を送る。
「いいなぁその剣……魔力があればあるほど燃えるのだろう? それでボスが引き籠ってる結界を破壊できんだろうか?」
「!?」
当の本人は、宝剣の性能を聞いて長年の目の上のタンコブを排除する算段に組み込もうと呟いていた。
「なあフリッカ、氷の減りを遅くして援護できるか? 直接戦わせるのは無理としても、剣を借りれるような恩でも売りたいものだが」
「あのなー……」
耳打ちでスパーダへの助力を請うマギリアにフリッカは呆れてしまう。
「何を話してるか知らんが、お主らのところの小娘は大丈夫かの? オークの群れに挟まれ、いかに坊ちゃまとて前と背後の両方は同時に守れまいて」
2人の密談に耳を貸さず、暗に魔物を出し過ぎたと挑戦者の現状を憂慮するディエトロ。現にスパーダは前方に出現したオークの2体目を相手取っており、背後の3体はノーマークとなっている。
「問題ない、リンがついている」
ダン長がそう答えるとほぼ同時に廊下では後方から2体のオークがスパーダ達へと迫っていた。それを見て待機していた壁際から離れ、リンが連中の攻撃の矢面に立つ。
「なっ!?」
背後の足音にスパーダが思わず振り返るも、リンは驚愕と心配の視線に目もくれずオーク達を待ち受ける。魔物達はそれぞれ斧を構え、相手を両断せんと差し迫る。
一手間違えれば怪我で済まないはずの危機に、リンは挑戦的に笑う。戦斧の白刃が振れる寸前、リンは前方へ氷塊を放り投げながら上体を逸らし、横薙ぎの一閃を避けた。天井スレスレの高さを舞う氷は、2体目のオークの頭上を通り過ぎる。
「俺が操れるレベルの魔物じゃ、もうリンを傷つけることはできんよ」
ダン長の見立て通り、戦闘面でもリンは急成長をしていた。上体を激しく逸らした体勢のまま、リンは腰に差した鞘からナイフを抜き取る。そして身体のバネを利用して起き上がり、その勢いのままに攻撃を仕掛けたオークの脇を駆け抜ける。
「グッ……」
相手の急接近に驚いた2体目のオークが苦し紛れに武器を斜めに振って薙ぎ払おうとするも、リンはその軌道よりさらに深く身体を沈め股下を掻い潜る。
地を這うような動きで続けざまに攻撃を避けたリンは、氷の落下位置に回り込み片手で受け止める。それと同時に、先に切りかかったオークの右腕と後続のオークの両脚から鮮血が吹き出す。
なんとリンは身の丈倍はあろうかという武装したオーク達を相手に、氷を守りながら反撃を行ったのだ。
「さぁスパーダさん、背中は僕に任せて存分に戦ってください!」
今しがた見せた身体能力に目を剥いたスパーダに向けて、堂々とリンが呼びかける。
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