51話 黒炎の領主と継承の儀式⑦ 土の試練と風の試練
今回は4つの試練設営の後半パートです。
温泉事業の収税権を賭けた迷宮への挑戦まであと3日。ミルス村の早朝で路地裏から宿場を監視する探偵のような格好の魔物がいた。彼は村が抱えるダンジョンに属する守護モンスター、透明人間のキルト。密命を帯びて当事者である隣領の領主代理・スパーダを見張っていた。
(フン……宿もずいぶん静かになったようだな)
最初にキルトが調査に訪れた時は、スパーダの周りには常に冒険者達がたむろしていた。彼らが自腹で同行していた以上滞在期間も限られていたのか、村とのトラブルも避けられると見て安心したか、彼らの殆どはキャニュオン領へと帰っていた。
前回とは異なり、キルトは透明の身体を活用せずあえて身を晒しながら監視をしている。彼はスパーダ陣営がダンジョンの情報を集めさせないために、目立つように観察して相手側の注意を惹きつけていた。
(今日も例の女密偵は我輩を見張っているとは、仕事熱心なことだ)
キルトは己を見張る者の気配を察知して、目的を達成していることに安堵する。その気配の正体は、以前から村に滞在している女密偵のサキだ。『守護モンスターがダンジョン設計を放り出してまで大事な何かを探っている』という心理的なプレッシャーを与えるダン長の作戦は功を奏し、食事や村人との雑談によって彼女の限られた時間を浪費させることに成功していた。
(あれは、銭湯で辛気臭そうにしていた爺?)
遠くから小さく響く足音に振り返ったキルトは、朝靄の向こうからおぼろげな人影を認める。それを識別できる距離になるまで物影から見ていると、マギリアとの交渉の場でディエトロと名乗っていた老爺とわかった。
(買い出しの帰りか……相変わらず宝剣とやらを抱えながらで難儀なものだ)
冒険者達が帰ってしまい人手が足りないのか、息を切らして小走りするディエトロは片腕には買い物カゴを、空いたもう片手にキャニュオン領の宝剣を大事そうに抱えていた。
村の商店街には、衛兵や娼婦のように夜に生きる者に向けて夜から朝にかけて開く店もわずかながら存在する。現代でコンビニエンスストアや24時間スーパーの恩恵を享受していたマレビト達が、戦争後も大陸に定住して各地の村を拓くのに尽力していた名残でもあった。
ディエトロは、自分達の動向を監視するキルトにも、さらにそれを監視するサキにも気が付かず前を通り過ぎる。
(今の匂いは!? 血……剣から……人の血ではない、魔物の……?)
ディエトロが眼前を通りがかった時に、キルトは村に似つかわしくない異様な臭いを嗅いだ。彼が抱える宝剣からわずかながら新鮮な魔物の血の臭いを感じたのだ。基本的にミルス村の中には敵対的な魔物は出ないため、魔物の血をつけるには村の外へ赴いて狩るしかない。
(領主の座が欲しいだけなら不要なことだ……スパーダ達はここで何をしようとしている……?)
例外的に魔物が襲撃を仕掛けて来たなら、急襲を知らせる半鐘が村に鳴り響くため、今朝のような静寂はありえない。主犯こそ定かではないが、キャニュオン領の陣営が人気の無い時間帯に村の外で不要な魔物狩りを行っていることは明らかだった。
(ちょうどいい仕事ができたな)
キルトは斬られた魔物の捜索と検分をするために、彼の従者が走ってきた方角へと向かう。当然こちらの目的を知りたがる密偵のサキを釣るために、急用に見せながらもあえて追える速さで宿場を離れる。
隠れて何かしている以上ただの監視でボロを出す可能性は低い。捕まえて吐かせようにも、守護モンスターが人目のつくところで人間への暴力を働くのはご法度だ。
(魔物狩りが何かの陰謀ならば、我輩に探られれば不都合なはずだ。人気の無い村の外まで誘い出せば、口封じに向こうも仕掛けてくるかもしれん。そこを返り討ちにして情報を引き出してやろう)
決闘まであと3日。村の外れで人知れず密偵同士の対決の兆しが見え始めていた。
「ほほう、私の仕事の間に土の試練もずいぶん進んだようだな!」
「ええ魔女様、御覧のとおり完成も間近ですじゃ」
同じ日の昼、群生地の見回りから戻ってきたマギリアが土の試練の進捗を見に来ていた。この部屋は幅の狭い小さな迷路で、通路の中央にはまんべんなく砂が敷き詰められている。扉を開けて現れた魔女に、ハゲた頭に滝のような汗を浮かべるイワシが笑顔で順調っぷりを伝える。
「土の試練は砂の中から宝探しか。まるで子どもの遊びだな……こんなに部屋が暑いのを除けば」
「マギリアが汗ばむってことは相当な温度だな。イワシの爺さん達も辛くなったら遠慮なく外に出てくれ」
この熱砂の中で鍵を探すことこそが土の試練。人間よりも過酷な環境に強い魔物すら額に汗するのであれば、スパーダや氷塊に与える消耗は計り知れない。ダン長はダンジョン工を気遣って、体調を鑑みての脱出を促す。
「しかし火の試練と違って火も焚いてないじゃないか。熱源はどこだ?」
「熾燐だ。皆に長く引き伸ばしてもらって砂の底に埋めてもらっている。俺の魔力があれば遠隔で温められるからな」
熱源に用いたのは熾燐、過去にダン長がリンに料理を習わせる為に使った安価の鉱石だった。これは魔力を自動的に熱に変換させる性質があり、ダン長自身の魔力を使った加工が困難なためダンジョン工の面々に頑張ってもらったのだった。
通路の中心はTの字に大溝が掘られており、2段目に加工した熾燐を入れ、1段目に簀の子を設置している。その溝全体に群生地から仕入れた砂を敷き詰めることで、挑戦者の火傷や宝が簀の子の下に行く事故を回避している。
(ゲームじゃ砂漠と言ったら宝探しだが、アレって運が悪くてずっと同じところを探し回る虚無感がヤバかったからな……スパーダにはリアル疲労込みで同じ思いをしてもらおう)
キルトに代わって人間達が作った土の試練の発案はダン長だった。生前にプレイしていたゲームでキャラに延々と砂漠を歩かせて宝を探す苦労を思い返し、小規模でも再現しようとしていたのだ。
「これだけ広い空間でたった一本の鍵を探すわけか。しかもダン長の能力があればバレずにいくらでも時間を稼がせることができる」
ダンジョン工達はギブアップして部屋から撤退し、マギリアは歩き回りながらダン長の端末と話す。彼女は試練の暑さに耐えかねてフクロウのような上着を小脇に抱えている。
ダン長の物体移動の力を使えば、早々に鍵を発見される不運は確実に回避できる。これを悪用すれば、氷が溶け切るまでスパーダを彷徨わせることもできる。如何に移動させようと、松明や矢の的と違って確実に見えない砂の中での出来事なので不正が発覚する恐れもない。
「その手のイカサマはやらない……というか要らない。今からマギリアに教えるこの土の試練の必勝法ならな」
「お、おお……?」
策があるから不正を働く必要すらないと豪語するダン長。自身の旺盛な好奇心もあって、マギリアは大人しくその内容を聞き入ることにした。
「どうしようー! もう降りてくるアイデアが何にもないよー!」
マギリアが土の試練を視察しているのと同時刻、間延びした嘆きの声が響き渡る。風の試練の部屋を担当する末妹のウェンティは、その風を活かす試練を作れずに頭を抱えていた。
「今回の『迷宮のブロックを動かして風の進行を制御して風車を回そう』もダメなんてー」
「急ごしらえの壁が耐えられずに壊れちまったからな……風力と設備の強度を両立させるには10日じゃ到底足りん」
ダン長とウェンティが作っていたのは風の迷路。部屋の物を動かしてウェンティが吹かす風を誘導し、直接触れられない所の仕掛けを動かすギミックは失敗に終わった。原因は風魔術と密室構造の相性が悪かったことだった。彼女の風魔術で密閉された空間内の気流を操ろうとすると、予期しない方向に空気が動いてしまう。今回はブロックで押しとどめた空気圧に耐えられず、壁が崩れてしまった。
他にもこのギミックには様々な失敗を重ねていた。魔力による風の供給を解いた途端、空気をパンパンに詰めたタイヤのバーストのようにその空間から風が逆流して、送風口にいたウェンティが吹き飛ばされたことがある。奥へと風を送り続けるせいでスタートの部屋の空気が薄くなって、テストプレイヤーのリンが頭痛を訴えたこともあった。
2日間の実験の末、風のあみだくじは安全性の問題からこの部屋のギミックとして採用することは却下された。使った道具はダン長の物体移動で物置や群生地に放り出し、部屋はあたかも夜逃げ後のようになっていた。
「前の上昇気流に乗って穴の向こうに渡るお部屋も失敗したー」
「武装した成人男性を乗せて運ぶような風を起こしたら、部屋の中が大嵐になったな。打ち上げられた駆け出しクンが天井に激突してバラバラになったぞ」
「その前の『風に負けずに高く凧を揚げられるか』なんてテストすらしてもらえなかったー」
「この天井でどうやって凧を揚げろと……それに自分達の身柄を賭けた勝負が凧でいいのか?」
ダン長はこれまでのウェンティのアイデアは、実現不能だったか実現したところで試練になりえないものだったことを振り返る。
「姉さん達は自分の部屋終わらせて真ん中のお部屋を作ってるのに……私だけなんでこんなにダメなのー!」
「ウェンティ……」
普段は姉妹で一番朗らかなウェンティも、自分だけ試練の製作を思うように進められないことに焦りを覚えて嘆く。彼女の供述通り、アクア達姉のサキュバス達は各々の最終調整を終え、鍵を集めて入る中央の間を設計し始めている。
「ぐすっ……こんな要領悪い私なんかに、ダン長がついていても無駄なんだよー」
姉二人が順調に進んでいることに対する引け目も混じっているのだろう、ついにウェンティは泣き出してしまう。
「……ウェンティは要領が悪いから遅れてるんじゃない。アクア達が調子いい時に仕事のシフトを代わってあげてたから、他が順調になるのは当たり前だろう?」
「あ、あれは次のアイデアが降りてくるの待ってただけだよー」
「ただ待つだけならこの部屋でだってできた。自分が失敗直後で落ち込んでる時に、姉を助けることに気を回せる妹がダメなはずがない」
ダン長は落ち込むウェンティを必死に慰めた。気落ちする仲間を放置することもできないし、早く機嫌を直してもらわなければ次の作業にも移れない。
「もっと自信を持つんだ。明るくて姉想いで、センスが独特で、俺達にない突飛な発想ができるところがウェンティのいいところだろう?」
「ダン長……」
(まあ突飛と言っても、アドリブでアクアの人形を放り投げるみたいな発想は勘弁して欲しいが)
ダン長は急に協調性を失う悪癖を棚に上げながらウェンティの個性を褒め、彼女の瞳は活気を取り戻したかに見える。
「そっかー! もっと私が私のアイデアを信じてあげなきゃダメだよね!」
「そうそう、みっつやよっつの失敗で落ち込むなんてウェンティらしくない!」
「もっと自由な発想で、常識の壁を打ち破るんだー!」
「そうだそうだ!」
単純な性格をしているウェンティは俄かに元気づいて立ち上がる。ダン長にとって彼女の無邪気さは美徳で、細かいことを悩まない純朴さは自由な発想を回転させる燃料になると信じている。彼女の考えが至らない細かい点を補佐すればよいだけのことだ。
「ロックカッター!」
「うわぁ!?」
何を思いついたか、天井へ向けて風魔術を撃ち放つウェンティ。風の刃は天井を縦横に切り裂きその一部を崩し、部屋の中には破壊的な落下音が響き渡る。
「よーし、密室の問題クリアー!」
「ウェンティ、次からやる時は先にひとこと……」
(いやこれは……案外いいかもしれん。部屋は屋内って固定観念に縛られてた俺よりも、ウェンティはずっと柔軟だ)
風の試練の部屋の天井の4分の1ほどが切り落とされ、陽光と澄んだ空気が差し込む。これならば空気は迷宮の外から無限に供給できる。ダン長は驚きながらも、目の前のドヤ顔を浮かべるウェンティを賞賛する。
「おいおい、何の音じゃ……おおぅ!?」
「爺さん達……これはかくかくしかじかで……」
天井が落ちた音が廊下にも響いたのか、土の試練から退散したダンジョン工の面々が様子を見に来た。調子づいて天井を次々切り落とすウェンティを他所に、ダン長は困惑する彼らに事情を説明する。
「……つまり風の試練は外で行うということですな?」
「ああ、屋内のままで試行錯誤しても何にもならなかったからな……これで選択肢がグッと増えるってもんだ」
天井とついでに迷宮の外に通じる壁が全て撤去され、部屋(野外)と化した風の試練で改めて次の設計を話し合う一同。ウェンティはダン長の説明の間に常識の壁ならぬ天井の破壊を終え、ちょこんと座り会議に加わっていた。この部屋は試練の洞窟の北西部に設けられており、ダン長には知覚ができないものの西側は迷宮の外の森が広がっている。
「だがよぉ、あまり時間も残ってないんじゃねえのか? ダン長さんよぉ、どうしたもんかねえ」
「あまり失敗もできない……無闇に実験するより、既存のルールに則ったモン作る方が堅実だ」
ウデップシが残り時間の少なさを指摘する。期日まで3日しか残っていない現状、成功する望みが薄いギミック構築に失敗したら取り返しがつかない。ダンジョン工の面々もマレビトの知恵を借りた方が賢明と判断して、ダン長にアイデアを求める。
「スパーダが一人でもできて、試練に相応しいほど風の影響をモロに受けるヤツで真っ先に浮かぶのは……アレだな」
「アレってなーに?」
風との戦いに相応しいアイデアがあるものの具体的な名前を伏せるダン長に、無邪気にウェンティが問う。
「いや、俺らの世界にあったスポーツでゴルフって競技なんだが、ルールや道具が複雑でな……皆やスパーダにどう説明すれば――」
「確かにゴルフはいいですな。ウェンティちゃんの風魔術が相手とあらば、そうそう攻略はできますまい」
「ちょうど天井も空いたしこの部屋ならカップまで120ヤードは取れる。距離としてはパー3が妥当っすね」
ゴルフという競技の単語を聞いた途端、この部屋をゴルフコースに見立てて考えを巡らせるイワシとアシコシ。あまりの理解の速さにダン長は一瞬呆けてしまう。
「……ん? みんなゴルフ知ってるのか!?」
「長い棒でボールを打って、穴に入れるまでにかかった回数を比べるスポーツでしょー? 迷宮じゃ流行ってないけどー」
ダン長の問いに対して身振り手振りでゴルフの簡素な解説をするウェンティ。その動作はダン長が知るスイングのモーションと酷似しており、彼女達に知識が根付いていることは疑いようもない。
「流行るも何も、ダンジョンでゴルフなんてできるわけ……」
「「「やるとこはやりますけど」」」
「……頼む、説明してくれ」
現地人達の共通認識に頭をブン殴られたダン長は、現地のゴルフについて逆に解説を求めてしまう。このスポーツはマレビトの手によって異世界に布教された競技のうちのひとつだった。
それは徹底管理された自然の中で行われる従来のものと、厳しい自然や魔物がゴールを阻むダンジョンで行う形式に昇華されたものに大別されるようになった。前者は適度な運動がてら密談や交渉がしやすいと王侯貴族や豪商が嗜み、後者は恐れ知らずの冒険者やダンジョンの富を祈願する神官に親しまれるようになった。
「確かヤードという長さの単位が大嫌いな錬金術師のマレビトが、説明の例えに出したのがきっかけでしてな」
(ヤーポンアンチが引き合いに出したスポーツが流行るとか、なんか気の毒……)
イワシが簡素に語るゴルフ伝来の経緯に、ダン長はその錬金術師への同情を隠せなかった。大陸の大部分には召喚された現代人は神の遣いという信仰があり、その知識もありがたがられる。現地人の好奇心に圧され、大嫌いな単位を使った競技の説明をさせられる彼の苦悶は想像に難くない。
「まあ平民の爺さん達が知ってるなら話も早いか。貴族のスパーダも知らないわけはないだろうし、礎を作った先人様に感謝だな」
「ウェンティちゃんもゴルフでいいか?」
「いいよー!」
主たるウェンティの同意も得られ、当日までに風の試練を1コースのゴルフ場としてフル回転で設営することとなった。
風の試練は風に対抗して攻略するゴルフ。火の試練は灯火を松明に点けて回る暗闇探索。水の試練は舟でフロアを回りながら行う射的。土の試練は熱砂に踏み入る宝探し。そして総仕上げたる中央の最終試練とその奥の交換所と、スパーダを迎え撃つ試練の洞窟は着々と完成へと近づいている。
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