48話 黒炎の領主と継承の儀式④ 代理戦争
ダンジョンクラフトの口実が整うための交渉会です。
サキがキャニュオン領主・スパーダを探る刺客を退けた翌日、ミルス村の大浴場のロビーで従業員の服装に身を包んだ少女が他の従業員達に面と向かっていた。彼女の所作はいかにも初々しいものだった。
「本日からこちらで働かせていただく、サキと申します」
挨拶の主は昨日の騒ぎを起こした張本人であるが、素顔を見なかったせいか従業員達に気づくそぶりは無い。彼女は領主の命を受け、魔萃晶を手に入れたと目をつけた魔女と、温泉の熱源たる地下の人工太陽の関係を探るべくこの施設に潜入するのだった。
「村長の屋敷の元メイドってんなら仕事の覚えも安心だな!」
「ええ、こちらの方が自宅が近いので病床の祖父も安心させられますので」
サキの前職に触れ、彼女の手際に期待する従業員の男性。彼女は魔萃晶の行方を探るべく、帳簿を保管しているであろう村長の屋敷でメイドとして働いていた。この村にいるはずのない祖父の看病という動機をでっち上げ、サキは大浴場へ転職したのだった。
(スパーダ様が真の領主となるべく……魔女と人工太陽の関わり合い、必ずや拙者が暴いてみせます!)
サキはスパーダの未来を案じながら、大浴場への潜入ミッションを始めた。
「ということで、私が作った人工太陽には貴方の父上が隠したお宝が使われている。温泉の熱源もそれだ」
「「!?」」
ほぼ同時刻のミルス村の冒険者ギルドの二階の執務室。面談と称して呼び出されたスパーダと付き人の老爺は、ダンジョン代表として訪れたマギリアから唐突に突き付けられた情報に驚く。その証拠として件の人工太陽の図面を持ちこみ、宝がどこに使われているかを解説した。
他の守護モンスターにも平時のダンジョンの管理業務があるため、彼女一人の訪問となった。なお立会人のギルド長は苦笑いをしている。
「ハーッハッハッハ! 見たまえ、僕の輝きに導かれ魔女殿の方から真実を語りにくる姿を!」
驚きからいち早く復帰したスパーダが相変わらずの自惚れっぷりで高笑いをする。サキに内偵させてまで欲しがっていた情報が転がり込んだのだから、機嫌が良くて当然だろう。
「他の素材は比較的安価で入手経路にも問題は無いが、魔萃晶だけは特別だ」
「資料を見る限り嘘偽りは無いようだね。それで魔女殿、僕の目的を理解した上で白状しに来たということは、何か目的があるのだろう?」
「ああ……」
スパーダはダンジョン側の要求を聞く構えを見せる。キルトが聞いていた通り理性的に交渉に応じる姿を見てマギリアは少し安心し、懐をまさぐり始める。
「アレを取られたら村人が困る。どうかこの使い残しで満足して帰ってくれないだろうか」
「……」
マギリアは神妙な面持ちで懐から小さな石コロを取り出して机に置いた。それはダン長に現状を理解させるために見せた魔萃晶の欠片だった。
「ふ……ふざけておるのかっ! 坊ちゃまをダンジョンに踏み入らせずに追い返す算段であろう!?」
「口が過ぎるぞじいや! それと会談の場で坊ちゃまはやめたまえ!」
「ならばじいやも辞めて、ディエトロとお呼びくださいませ!」
ふざけた要求に激昂するディエトロと名乗る老臣を諫めるスパーダ。領主と臣下の口論を前に、マギリアはダン長の取引宣言直後のやり取りを思い返していた。
『まずは人工太陽のネタバレからぶっこむ。その上でこの欠片を渡して帰ってもらおう』
『正気かダン長? そんな無茶が通るわけないだろう』
『まず通らないような無理筋な要求をしてから、相手の譲歩を引きずり出すんだ』
ギルドの露骨な時間稼ぎを受けて、スパーダはダンジョン側に己の目的がバレたのは既に知っている。マギリアが先に魔萃晶の話題をねじ込んできても何ら不自然な印象は抱かれない。
ダン長は向こうが欲しがる情報を洗いざらい出す提案をする。阻止のできないダンジョンの外で内偵をされる以上、いずれバレるからだ。スパーダ達が自発的に情報を得て整理し、方針を固める時間を与えないよう短期決戦に踏み切ったのだ。
(断られることも私達の予想通り……ここからだな)
マギリアが振り返っている間に、スパーダ達の口論も終わり彼女へ向き直って次の言葉を待っていた。ここから本格的な交渉が開始される。
「しかし貴方の狙うお宝は、地下の探索や温泉事業と村の産業を大いに手助けしてくれている。無くなれば経済的に大打撃だが……」
「困ったことだな魔女殿。貴殿が見つけたアイテムをどう使おうが、それを縛る法は無い。だがしかし、それと同様に僕がそれを回収する権利もあるのだよ」
人工太陽の重要パーツを失った時の村人の生活を気に掛けるマギリアと、ある程度同調しながらも自分の望みと道理を説くスパーダ。情への訴えかけは空振りし、互いの意見は平行線となった。
「だいたいお主の作った物に乗っかって、所有権が曖昧なもので商売してた村のモンが悪いんじゃ!」
「……返す言葉も無い。強かな彼らはただ照明を作ったつもりの私の思惑を超えて、随分と利益を上げてしまった」
平行線にディエトロが割って入り、人工太陽に便乗した村人を詰る。発展した村の恩恵を楽しんだマギリアもある種の共犯者であり、言い訳も浮かばなかった。
「利益……そうだね。どうしても外すのが嫌なら、代わりに正しい持ち主にそれを明け渡すのが筋とは思わないかい?」
「……!」
スパーダは宝物が他者の手に渡ることで温泉業が止まるのが嫌ならば、売り上げから使用料を支払うことを要求した。唐突な提案にマギリアは驚くそぶりを見せる。
(……ダン長の予想通り、本当に乗ってきた。狙いは宝そのものではなく、それを金に換えて領に貢献することだからそれも当然か)
スパーダの本来の目的は己の肩書から代理の文字を消すことである。その為に魔萃晶を求めて村へ来たが、それは目的でなく手段に過ぎない。言い換えるなら、それに等しいメリットを得られるなら、その入手は必須条件では無いのだ。
加えて一度売れば終わりの宝物より、それで成立した経済のサイクルの上前をはねる方が既存のシステムを壊さずに済む。為政者たるスパーダは、利益を長く吸い続ける方が得と判断したようだ。
「つまり支払先を増やせということか? ただでさえ温泉業はハイランド領へ相当の税を払ってるらしいのにな……」
「む……」
マギリアが温泉の資源としての価値を仄めかしながら、スパーダの要求を言い換える。現に魔力泉を目当てに来る観光客を受け入れる関連施設は、ギルド運営と並ぶ村の重要な税収の二本柱のひとつだ。彼女の『支払先を増やす』という物言いに、スパーダは一瞬眉をひそめる。
「うちの領主だけでなくキャニュオン領からの徴収も発生するのなら、値上げあるいは給与の低下は避けられないだろうな、うん。だが言い分は貴方側にあるから仕方あるまい……」
(ダン長は金の話になったら、領主に収める税の話を擦れと言っていたが……このぐらいでいいのか?)
話題が金銭の話に移ったらすかさず領主を引き合いに出すように段取りを決めていたが、ダン長が外に出れない以上細かいニュアンスはマギリアに依存している。彼女は上手く誘導できたか心配しながらスパーダの様子を眺める。
「値上げか……」
「坊ちゃま?」
スパーダは村への不利益を指摘され、しばらく考え込む。ノリと勢いで生きる彼に長考は珍しいのか、様子を眺めたディエトロが顔色をうかがう。
「ハーッハッハッハ! 問題ないさ! 僕は温泉も村での日々もいたく気に入っている。彼らの暮らしを脅かさずとも僕が得する抜群のアイデアを思い付いたぞ!」
スパーダの哄笑が再び室内に響く。マギリアとギルド長は目を丸くして驚いているが、ディエトロは勢いで生きている彼に振り回され慣れているらしく、軽く頭を抱えるに収まっている。
「決闘だよ! ハイランドの領主とこの僕、どちらが温泉事業の税収を得る資格があるかを賭けて!」
「「んなっ……」」
スパーダの突拍子もない発案に、マギリアとディエトロの表情が同時に固まる。
「なぁに、僕の手に渡っても税率を上げたりしないと約束しよう。つまり、ただ支払う先が僕の領に変わるだけだよ。1年2年では魔萃晶を直接売る利益には届かないだろうが、長期的に見ればいずれ釣りが来よう!」
「坊ちゃま、そんなことをして向こうの領主が黙っているはずがないでしょう!」
ディエトロも流石に耐えかねて領主を諫める。実質的に税源横取り宣言なので、実行に移せばハイランド領主との衝突はとても避けられない。
「応じさせるさ。そもそも温泉の利益は、先代達が捨てたも同然の魔萃晶で儲けた金だよ。ただ『幸運にも』それを有効活用した優秀な魔女殿が居たおかげに過ぎない!」
「優秀!?」
「何をドヤってるんですか魔女様……」
スパーダが己の意見を通せる根拠を語る。その最中で自分を褒められたことに反応してマギリアが頬を緩めるも、横でギルド長に突っ込まれる。
「第一あの楽観的な日和見主義者が、冒険者に付け入るスキを放置していたのがそもそもの原因だ。賊を恐れてダンジョンに宝を隠した臆病者に、その恩恵受ける資格無し!」
「坊ちゃま、『宝を隠した臆病者』は御父上に刺さりますぞ」
スパーダは得意げに不在のハイランド領主を言葉の剣で斬り刻む。要は「棚ボタで得た財源を守りたければ、決闘に応じてその気概を示せ」という意見だが、その刃の一部は彼の父に刺さっているとディエトロは指摘する。
(驚くほど簡単にウチの領主に矛先が向いたな……これも領地を取られた遺恨が残っているからだろうな)
先程の決闘宣言に驚いたマギリアとディエトロだったが、両者の胸中は異なっていた。領主に話題を振って対立を煽るまでは事前の打ち合わせで決まっていたが、予想以上の手ごたえに戸惑うマギリア。共に戦った仲間ならいざ知らず、次世代の領主同士の仲は良くないようだ。
戦争が終わった大陸は、生産性に優れるマレビトの有無で復興の難易度は段違いになる。その運次第で時に頭を下げて領地を差し出しながら援助を請わなければならない屈辱は、子の世代にも伝わっていた。
マレビトと守護モンスターの違いはあれど運絡みは同様で、スパーダは『幸運にも』という言葉に特に含みを持たせていた。温泉の利潤を吸い上げる権利を得るという成果も、キャニュオンの領民から見て父の代の遺恨を晴らす形になる。それは領主を正式に継ぐ資格としては申し分無い材料とも言えた。
「決闘の末に持ち主を明確にするか、強盗のように村の財を奪われるか奴に選ばせてやる。ギルド長よ、奴の拠点に連絡を取るのに何日かかる?」
「は……早馬を飛ばして往復で10日ほどかと」
「ふぅん。早馬でそれなら、奴が直接乗り込むまで待っていてはファルチェが成人してしまう……」
ハイランド領主の選択肢は利潤を賭けて勝負に応じるか、一方的にむしり取られるかしか残されていないと主張するスパーダ。彼は勢いのままにギルド長に連絡を求めるが、妹の成人という制限時間までに直接果たし合いをすることは叶わなかった。売却した旧領という関係上、互いに領主が居を構える拠点はハイランド領よりキャニュオン領の方が村に近いのだった。
「よし、魔女殿! 君達が領主の代理として戦いたまえ! 領主から返事が来る10日後、僕は温泉事業の収税権を賭けてダンジョンに挑む!」
「えっ……私達がか?」
(スパーダを領主にぶつけようというダン長の目論見だったが、流石にそこまで上手くはいかないか……)
領主との決闘を諦めたスパーダが、マギリアに代わりを求める。問答無用の魔萃晶回収から比べれば、向こうからの大幅の譲歩を引き出したのは十分な成果だった。領主が決闘さえ受け入れれば、結果的に村人の生活へのダメージはほとんど無くなるからだ。
「決闘の成立は魔女殿にもメリットがある話だよ。今後僕と同じ目的の冒険者が魔萃晶を狙わないとも限らないからね、これを機にその所在を詳らかにしようじゃあないか!」
「……その点に関しては大いに同意だ。冒険者でない私には宝を得る手段が無くてな」
スパーダがマギリアに条件を呑むメリットを語る。魔萃晶が『貴族が隠した宝』でなくなれば冒険者が私財にする権利は失われる。持ち主が曖昧な状態にハッキリ白黒つけることで、この宝が狙われるのは彼で最後になる。
スパーダが来たことで起こったギルドと自分達の東奔西走を思い返して、マギリアには断る理由がひとつも思い浮かばなかった。
「よし、魔女殿からの要求は受け入れた。じゃあ、こちらの番だ」
「えっ……」
向こうの番という言葉にマギリアは目を泳がせてしまう。ダン長の提案した短期決戦は一長一短。相手に方針を固める時間を与えない一方で、相手側の要求を持ち帰って検討する猶予が無い。こればかりは此処にいないダン長達の助けも得られず、マギリアのアドリブに任されてしまう。
「魔女殿が持ち掛けたのは村人の被害を極力出さない為の取引だろう? 麗しい僕だって賊のやり方は好きじゃあない。だからこそ貴殿の健気な想いを汲んで、お宅の領主と揉め事スレスレの危ない橋を渡るんだ」
「そう言われたら、そうだ……」
領主同士の関係悪化に繋がる一手を打つスパーダも、彼なりにリスクを抱えている。相手が要求を飲む為に一歩踏み込んだのなら、こちらからも相手の要求に答えるのは当然の道理だ。マギリアは彼の口から出る言葉に慎重に耳を傾ける。
「アタシ達の引き抜きを持ち掛けられたですって!?」
「ああ……」
夜の帳が降りたラビス迷宮基地、酒場に守護モンスターの一同が集結していた。スパーダとの取引という名の前哨戦が終わり、疲れた表情でキャンディ達に報告を済ませるマギリア。
『村で噂話を聞く限り、この迷宮の守護モンスターの性質が僕の領のとでまるで違う。魔女殿にしたってそうだ。宝を手に入れても私物とせず、冒険者のために役立てようという誠意と才知。そして今日も村人の盾となり、一人で交渉の場へ赴いた! 君達を顧問として我が領に呼び、守護モンスターの在り方を変える原動力にしたいものだ!』
マギリアはスパーダが最後に突き付けた条件を振り返った。リンが魔萃晶の一時預かり作戦を提案した時にキルトが冒険者の引き抜きを危惧していたが、守護モンスターが狙われるのは一同には想定外の条件だった。当主として他所のダンジョン運営を学ぶという彼の動機も、案外でっち上げの嘘ではないのかもしれないと皆は思う。
「……それで私のような守護モンスターを増やしたいとスカウトを迫られてな」
「確かにマギリアは実力も高いし親切だし、見返りも無く俺にわからないことを何でも教えてくれる。それにダンジョン運営を助けるために守護モンスター制度まで作って……変なキャラ作ってる以外完璧なのに、なぜ今まで声をかけられなかったんだ!?」
「変とはなんだ、クールと言え。私はただ、迷宮のボスから尻尾を巻いて逃げる気が無いだけだ」
ダン長はマギリアのこれまでの功績を振り返ってツッコミを入れる。クールかどうかはともかく、彼女の実績を鑑みれば循環器の魔素総量がより高い場所で活躍しないのが不思議なくらいだ。しかし今回は正式な契約を交わしたため、指名されれば彼女の意志に関わらず出向かなければならない。
「で、スパーダは引き抜く権利を勝負の副賞として提案して来た。奴が挑むダンジョンにいくつかの関門を設け、それを完璧に突破すればひとつごとに1人といった具合にだ」
マギリアはスパーダのダンジョン攻略に複数の障害物と異なる達成条件を設定し、難易度が高い方の条件をクリアした数だけ守護モンスターを顧問として引き抜けるという条件を説明する。
「つまり領主同士の争いにはできたものの、問題からは手を引けなくなったと」
「そういうことだよダン長。なかなか一筋縄ではいかん男だ」
村人に損をさせないために、冒険者vs守護モンスターというある意味一方的な関係から、領主vs領主の対等な構図に持って行けたのは収穫だった。その代わりマギリア達の引き抜きの危機が生じ、前哨戦は痛み分けと言えた。
「しかし、ダンジョンにいながら交渉事をここまで上手く運ぶとは。まるで小説に出る、自宅から動かずに事件を解決する探偵ではないか!」
「何を言うんだ。大事な情報を持ち帰ったキルトと、顔役が務まるまで信頼を積み続けたマギリアあっての成果だ。俺一人じゃ、迷宮の外にだって出れないんだからな」
村の安全に気を良くし、マギリアは自身の端末を握り飯でも作るように放りながらダン長の立案した作戦を褒める。ダン長のそれに返す言葉は謙遜などではなく、言葉通りの意味だった。情報が無ければ立案もできず、ギルドに主導権を取られれば交渉の席にすらつけないからだ。
「それに解決だってまだだ。これから迎え撃つためのダンジョン作りが待ってる」
「そ、そうだな……」
スパーダが正式な領主となるべく乗り込んだ結果、目標がダンジョンを舞台にした決闘に発展した。正室の義妹が成人するまでキャニュオン領主代理を務めるスパーダと、現地へ赴けないハイランド領主の代理である迷宮の面々。盤面は奇しくも代理同士の争いという様相を呈していた。
「皆の身がかかっている以上手は抜けん! このダンジョンをスパーダの領主の資格を試す『試練の洞窟』に改造する!」
「「「試練の洞窟?」」」
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