46話 黒炎の領主と継承の儀式② スパーダ・キャニュオン
スパーダ・キャニュオン。現在ダンジョンを3つ所持するキャニュオン領を統治する一家の当主であり、魔王軍との戦争で先陣をきって戦った父を持つ剣の名門。本人も武勇に秀で、一家伝来の宝剣を持つ。正室の子でファルチェという腹違いの妹が家族にいるため、大陸の伝統的には妹が成人するまでの領主代理の立場。父もお互いの母も病没しており、他の家族はいない。この冒険者ギルドへは当主として他所のダンジョン運営を学ぶという動機で入ってきた。
「というのが、エッダから知らされた例の領主のプロフィールだ。どう思うか、ダン長よ」
昨日の面談から一夜明け、魔女の家で朝食を摂る家主のマギリアはしかめっ面で卓上の石塊に語りかける。ダン長と呼ばれた顔を刻まれた石塊もまた渋い表情を浮かべている。
「動機については十中八九嘘だな。人工太陽を奪うって言うんだから、白を切るに決まっている」
「だろうな」
彼の動機についてダン長もまた訝しんでいた。弟子の作った焼きそばを詰めた細長いパンが皿に乗っているが、返事をするマギリアはその朝食に手を付けられていない。
「ところで人工太陽ってどういう仕組みなんだ? 生憎とダンジョンである俺自身が見たことが無くてな」
「しょうがあるまい、己の肺や心臓など見慣れるものではない……で、人工太陽、気になるか?」
ダン長は群生地にある人工太陽を見たことが無く、魔萃晶の役割に実感がないことを恥じる。マギリアは励ましがてら説明を始めようと、オホンと小さい咳ばらいをして戸棚から数枚の図面を引っ張り出してくる。同席するリンとダン長は同時に何かを察する。
「それで人工太陽とは、群生地の天蓋に12セット取り付けられた熱と光を届ける照明装置だ。朝夕の6時の間少しずつ光量のバランスを取ることで太陽の動きと連動させ、外の時間がわかりやすくなっている。それで人工太陽の核を成す魔鉱石は主にみっつ。まず魔力源として群生地の魔物達からわずかずつの魔力を接収するのが、壊れるまで最後に受けた魔術を繰り返し続ける反唱石。コイツに広範囲微効力の『吸魔』の魔術を浴びせて運用している。次は集めた魔力を貯めこむ魔萃晶、これの機能は昨日説明した通りだな。そして最後に魔力を注ぐことで陽光の如く周囲に熱と光をもたらす陽替岩というアイテムだ。このワンセットをスライムの髄液で魔力回路を通し、光を通し熱に強いクリアタートルの甲羅で覆っている。課題は通常のスライムでは回路が熱で蒸発することだったが、活火山で育つ貴重なラーヴァスライムの髄液を取り寄せることで解決した。魔力の吸い上げについては魔物達から警戒されぬよう、自覚できぬレベルの量しか採れないこともあって賄うのに一苦労したがな。魔力消費節約の術式を刻むのに陽替岩を何度ダメにしたことか……そんな私の血と汗の結晶についてダン長とリンはどう思う?」
「早く食べないとご飯冷めますよ」
魔術が絡むと急に早口になるマギリアの悪癖を聞き流し、対面のリンが冷静にコメントする。彼女はハッとして、慌てて焼きそばパンに手を付け始めた。
「つまり人工太陽には『魔力吸収』『魔力貯蔵』『光と熱の放出』の3つの機能があって、その2番目を司るのが魔萃晶だな?」
「ダン長、師匠のあれをよく要約できますね……」
ダン長はマギリアの過剰な説明から要点を抜き出し、魔萃晶の役割を整理する。争点となった鉱石は重要な3機能のうち貯蔵を担当している。
「しかしマギリア、天蓋の人工太陽を解体ってことは、空でも飛ぶか攻撃魔術で狙撃するしか無いんじゃないか?」
この世界に大がかりな重機が存在しないことを知っているダン長が、解体の難易度について指摘する。想定した手段は空を飛んで装置を分解するか、あるいは力業で地上から覆う殻を破壊することだった。
「地域も違えば魔術体系も異なるから私の知らん魔術もある。他の手段もあるかもしれんが、ダン長の言うどちらででも不可能ではあるまい」
「でもな、どちらにせよ人工太陽の機能を損ねるのは村全体の利益を損なう行動だろ? そういうの取り締まれないのか?」
彼女達の仕事には不法行為を働く冒険者の捕縛も存在するが、その権を持つはずのマギリアは再び渋い顔をする。
「冒険者が壊したダンジョンの施設は、修繕費用はギルド持ちが原則だ。『壁や床を壊すのを躊躇して本気出せずに魔物に殺されました』じゃ本末転倒だからな。兎を狩る為に森を焼き払うような極端な愚か者は例外だが、空中の魔物に放った攻撃魔術の流れ弾と言い張られては悪意の証明もできん。1日中貼り付いて監視するわけにもいかんしな」
例えそれが人工太陽であっても、ダンジョンの仕掛けであり壁や床と同じ扱いだ。魔萃晶が抜き取られたら、人工太陽の機能を復活させる為に代わる魔力貯蔵のアイテムを用意するか、改めて持ち主から購入しなければならない。
「設備復元の為の費用をギルドが負担となると、抜いた魔萃晶の買い手の問題も一度に解決だ」
「つまり魔萃晶を取られたら、人工太陽を元に戻す為にギルドが買い戻さないといけないのか。そんなふざけた抜け穴があって、よく今まで運営やってこれたな……悪い冒険者がいたら一発アウトじゃないか」
「この狭いコミュニティでんな阿漕な商売してみろ、他の冒険者から暴力で奪還された上で村八分だ」
人工太陽の法的な弱点は、宝物に対する所有権を持たない魔物が作った設備であることだ。スパーダの目論見通り回収した魔萃晶をギルドに売り払えば、その所有権はミルス村の人間に移る。魔萃晶が『貴族が隠した宝物』から『目的をもって設置された設備』になれば、冒険者が持ち帰る権利を失う。つまり魔萃晶の回収と売却は、人間に売った時点で二度と使えない裏技である。
その邪悪な財テクを今まで村の冒険者が実行に移さなかった理由は二つあった。ひとつはマギリアが村人から敬愛されており、彼女が造った設備にも敬意を払われていたことだ。そしてもうひとつはもし実行に移せば誰でも予測できる、冒険者仲間や村人からの厳しい対応という抑止力があるからだった。
村を支える人工太陽は、不文律によって守られてきたダンジョンの財産なのである。
(だがスパーダは外部の人間で、帰れば立場は領主だ。ハウスルールの通じん外からの刺客は厄介だな)
件の人物はマギリアを畏れてもいなければ、村人からの反発も問題にならない。本来はこういった外の人間がラビス迷宮基地に魔萃晶が未だ眠っている情報など知る由も無いだろうが、宝を隠した当事者の息子となれば例外だ。スパーダ・キャニュオンは宝の存在を知る外の人間という希少な存在だった。
(とにかく相手の目的を知らなければ対策のしようがないな。頼んだぞ、キルト……)
ダン長は今朝方出発した守護モンスターのキルトへ思いを馳せる。魔女の家の面々は、彼の諜報の成果を待つしかできなかった。
ダン長達が朝食がてら話し込んでいる頃、キルトはミルス村の大浴場を張り込んでいた。村の大浴場は過去に召喚された日本人を軸に開発されたため和風のテイストが強いが、現地人の改修により段々と外国人が勘違いした日本っぽくなりつつあった。
キルトはスパーダの行方を探る為に聞き込みを始めたのだが、驚くほどアッサリと動向を掴むことができた。彼は護衛や家臣を引き連れて朝風呂を楽しんでいるらしい。
(このあたりでフルステルスになっておくか)
キルトは施設前の路地裏で服を鞄に詰めた。こうしておくことで透明である彼の本領が発揮される。冒険者が必ず教えられる守護モンスター認証用の魔術を使われれば存在がバレてしまうが、疑われなければ最初から使われることもない。裏を返せば、存在を疑われた時点で撤退を余儀なくされる任務だ。
諜報活動で鍛えた忍び足を併用して完全に存在感を消したキルトは、ターゲットのいる施設へと潜入していく。自力で扉を開けるのは不自然な絵面になるため、親子連れの扉の開閉に便乗した。大浴場は朝から晩まで営業しているが、夜道を安全に歩けない一般人は朝風呂が主流だ。その集団に紛れる凄腕の領主や護衛ともなれば、見れば一発でわかってしまうだろう。
「ハーッハッハッハ! 何泊しても飽きんなこの村は! この肉と酒も風呂上がりの身体にまた沁みる!」
キルトに届いた第一声は、馬鹿でかい男の声だった。彼がそちらを見遣ると、護衛らしき屈強な男女に囲まれた金髪碧眼の青年を確認する。余所者然とした様子は、連中の顔に『キャニュオン領主御一行様』と書かれてあるがごとき振る舞いだった。彼らの殆どは浴衣に身を包み、小上がり和室という一段高い所に畳を敷かれた食事スペースで、甘辛く煮付けられた豚の角煮で酒を呑んでいた。
「領主様ってばほんっと気に入ったんだねえ、朝風呂2回も入ったし」
(……スパーダとは彼奴のことか)
護衛風の女性がジョッキを片手に先程の大声の主の肩をバンバン叩く。このやりとりを見て、キルトはようやくターゲットの顔を確認することができた。彼は会話をより鮮明に拾うべく距離を詰めていく。
「無論、『整う』ことで僕の美しい剣技がいっそう冴えるからね! そしてこの世には僕の剣より美しいものがある、それは!?」
「「「スパーダ様です!」」」
「そしてこの僕よりも美しいのは!?」
「「「妹のファルチェ様です!」」」
(……我輩はこいつら苦手だ)
中心の青年とその妹を囃し立てる護衛という一団のノリについていけず、キルトは心の中で愚痴を漏らす。スパーダは甘いマスクに均整のとれた肉体を持ち、客観的に見て美男子と言っても過言ではないが、世間では自らをそう評するのはナルシストと呼ばれている。美しいと評する自分より上に妹を持ってくるあたり、シスコンも併発しているようだ。
「それに大衆浴場というのも趣深い、屋敷の風呂と違って貧富の差も無く民衆がごみごみしているよ! どうせならばじいやも一緒に入ればよかったのに!」
「滅相もございません! 坊ちゃまが入られる間も、誰かがこの宝剣を見てなければ……」
スパーダの喧しい声で話を振られて慌てているのは、『じいや』と呼ばれる卑屈そうな老人だった。彼は宴会の末席に座り、鞘に収まったキャニュオン領の宝剣を大事そうに机の下に隠している。
「領主様、放っておきましょうよそんなカタブツ」
「そんなことを言うな、もうすぐファルチェの義父になる男だぞ。本来はじいやとの二人旅に、勝手についてきたのは君達の方じゃあないか」
護衛の男性がノリの悪さを理由に老人を無視しようと提案するも、スパーダが諫める。
(もうすぐ妹の父に……? ファルチェが成人したらこの老爺の子息と結婚するのか。ならば領でも地位の高い家臣のようだな。だが宴の席で辛気臭くしているとはいえ、やけに周りに疎まれているようだ)
貴族が成人後即結婚というのも、女領主も大陸では珍しくない。妹のファルチェが成人すれば跡継ぎになると同時に老臣から婿を取るという。
キルトは老人が宝剣を持つ許しを得ていることも合わせて彼の地位を推測するが、その一方で周囲に敬われていないことに違和感を覚える。
(護衛どもが自発的についてくるあたり、領主自体は慕われているようだ。だがその人の多さは我輩が潜むのに都合がいい)
マギリア達の予想ではスパーダ達の狙いは魔萃晶の合法的な回収だ。当の鉱石は村の共有財産とされているため、持って帰る時にトラブルは避けられない。護衛はそれを心配して来た連中とキルトは踏んで、それを利用しようと席に混じる。
『でも領主様、いい加減こんなところでのんびりしてていいんです?』
「フッ……愚問だな! ギルドの連中の時間稼ぎで未だ迷宮には潜れないが、こうしてる僕は今も情報収集をしているのさ」
「情報収集?」
周囲の誰かの言葉にスパーダが笑って答え、その言葉を近くにいた護衛の男性が受け取る。
「僕が初見の迷宮で闇雲に宝を探す馬鹿と思ったのかい? 迷宮の守護モンスターはやけに村人と親しい。特にここの設立に貢献をしたアークメイジ、村人からは魔女様と呼ばれている」
「おお、遊んでいると見せかけてそこまで調べをつけて……流石は領主様です!」
(偉そうに……その程度の情報、浴槽横の看板にも書いてある)
スパーダが護衛の相槌に反応して己の成果を嬉々として語る。温泉で大々的に宣伝している周知の事実だと、キルトは声に出さずツッコミを入れる。
「聞けば守護モンスターとして何十年とこの迷宮で暮らしているのだ、その魔女が既に見つけてないはずがない。彼女が魔萃晶の貴重さに気づかぬわけがないし、今ごろ封印を解いて手元に置いているのだろうさ」
(ッ! アホそうに見えて勘の鋭いやつだ……)
温泉の熱源とまでは見抜いてないものの、スパーダはマギリアが見つけたところまで魔萃晶の行方を当てている。キルトは相手の勘の良さに心の中で舌打ちする。
『それで、その魔女様をヤッちまうんですかい?』
「うちの冒険者達は血の気が多くて困るな! 旅行者の君達と違って今の僕は村の冒険者だ、村民が敬愛する相手にも敬意を払おう。魔術師相手なら負ける気はないけど、合意を得られねば戦いようがないからね」
(ふむ……強盗を働く気はないと)
周囲の誰かのマギリアを倒して宝を奪うのかという問いに、スパーダは否定の意志を表す。キルトはその言葉を受け、少しでもマギリア達を安心させる材料が見つかったことに安心する。
「だけどいつまでも交渉を遅らせられないけどね。来月のファルチェの式には間に合わせなきゃ、なぁじいや!」
「は、はは……」
スパーダが時間制限をほのめかしながら、妹の挙式を楽しそうに語る。再び話を振られた老人は苦笑いをする。
(来月か……あと20日はあるが、期日に近づくほど強硬手段に出る可能性は高くなるな。探索できる日数は6日か7日といったところか)
ミルス村はもともと彼らの領だった為に地理的にも近い。キャニュオン領の拠点までの移動時間は馬車で5~6日ほどで、準備やギルド側の時間稼ぎも含めてキルトは彼の活動可能な期間を推定する。
「だからこそ今のうちにナントカって石を見つけるんだよ。実績があれば、ファルチェ様が成人しようが側室も正室もねえだろ! 伝統なんてくそくらえじゃい!!」
「「「そーだそーだ!」」」
「……」
護衛の一人の大声に沸き立つ周囲。スパーダと老人はお互い気まずくなり黙ってしまった。
(だいたい読めたぞ。スパーダはファルチェの代理だが、領に大きく貢献することで領主を続けるための正当性を証明する目的で来たのか。妹の成人と結婚が迫ったことで失権が現実味を帯びてきて、功を焦ったといったところか)
昨日にマギリアがダン長に説明した通り、この国の貴族の大部分は歴史が浅い。よって先に領主となった側室の子が、成人した正室の子に道を譲る大陸の伝統を守らなければならないという認識は薄い。一連の会話を通じて、キルトにも宴の隅で縮こまっている旧世代の老臣と冒険者の馬が合わないのも認識の差が原因だという予想がついた。
「領主様、報告にあがりました」
「サキか……してギルドの動向はどうであった?」
声とともに会話の流れを切って音も無く一同の前に現れたのは、簡素な黒い装束を身に着けた少女であった。装束の下には鎖帷子を着込み、腰に直剣を刺して口元を布で覆っている。
「今朝方、受付嬢が迷宮の出入口からギルド本部へ帰る姿を確認しました。ギルド長への報告を聞いた限りでは、領主様がギルドに入ったことで例の魔女に相談に行った可能性が高いかと」
サキと呼ばれた密偵を行っていた少女が簡潔に今朝の迷宮前の動向を報告する。彼女にエッダがマギリアに相談したことは知られていたらしく、それを聞くスパーダは口角を上げる。
「そら、僕の存在に惹かれて末端が尻尾を出す。これで魔萃晶が魔女の手にあるという推理の裏が取れたっ!」
(向こうも村を偵察していたか。冒険者として乗り込む以上、事前に宝の未回収を確かめる必要があるから当然か)
サキはスパーダが事前にミルス村に潜ませていた密偵である。魔萃晶が密かに他の冒険者に回収されていないか、彼女を村に差し向けて予め探らせていた。彼女の報告を聞いて、魔萃晶が誰の手にも渡っていないことを確認してからスパーダは村のギルドへの編入した段取りだ。
そしてスパーダが領主の名を隠さずに、かつ目立つように乗り込んだのはギルドの動向を確認するためだった。表立って現れる彼らの対応で浮足立つギルド側の人間を、影のサキが監視するという作戦であったのだ。
「サキ、君に次に任せる仕事はこの浴場の調査だ。魔女との関りが深い施設に、交渉を有利に運ぶヒントが転がっているかもしれない」
「はっ!」
(マズい、ここを調べられたら魔萃晶の使用が漏れてしまう恐れがある。先回りして根回ししておくべきか……?)
サキが請け負う次の仕事にキルトは危機感を覚える。一般的な従業員にこそ魔萃晶が人工太陽に使われている情報は知られていないが、館長や副館長等の中心人物となれば話が別だ。そうでなくとも、人工太陽のメンテナンスを請け負うダンジョン工が来館しないとも限らない。関連資料を隠し、日常会話でも漏らさぬよう秘密の遵守を徹底させる必要がある。
「ですがその前に……失礼」
推測する魔萃晶の行方に確信的な情報を得て上機嫌のスパーダに対して、サキは神妙な面持ちで太ももに巻いた小道具入れの蓋を開ける。
「曲者!」
(ッ!?)
裂帛の声とともにサキが武器を投擲する。キルトは虚を突かれ、投げ放たれた棒手裏剣はスパーダの背後の壁へと飛んでいく。




