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45話 黒炎の領主と継承の儀式① ダンジョンの宝箱は誰のもの?

新章開始です。この異世界のルールが少し明かされます。

「それでずっと狙っていた金牡鹿が狩れたんで、今日は店でご馳走にしたいんだよ!」

「あら、レア魔物じゃない。ドルカスちゃんやったじゃないの! とっておきを用意したげる♪」


 これは夕刻を迎えたラビス迷宮基地の酒場で繰り広げられる他愛ない会話。冒険者の一行がレア魔物を討伐して、祝いにダンジョン内の酒場で宴を開くというものだ。強いて珍しい要素を挙げるならば、ドルカスと呼ばれた冒険者パーティの長と自称サキュバスのキャンディ、彼らの一連の会話が迷宮下層への昇降口と酒場という、遥かに離れたところで行われていることだ。


「じゃあ、今日の夜8時にディナーの予約ね。ウチに来るまで油断するんじゃないわよ?」

「ああ、しかし本当に信じらんねえな。こんな石ころ越しにママと話せるなんて……」

「続きは酒場でね。じゃあよろしく!」


 酒場で快活に返事をしたキャンディが手に持った手の平サイズの石板を壁に収納する。それとほぼ同時に、遠く離れた迷宮の一角でもドルカスが不思議そうな顔をしながら石板を壁に設置した。


「さあ皆、ドルカスちゃん達がレア魔物を狩ったらしいのよ! 豪華なディナーの用意よ!」

「「「はーい」」」


 キャンディの号令を受け、妹分のサキュバス三人衆のアクア・イグニス・ウェンティがいそいそと準備を始める。その様子を感慨深く眺めながら、キャンディは自分が先程まで言葉を投げかけていた石板へ視線を流す。


「でも本当にすごいわねダン長ちゃん。私達同士だけじゃなくて、遠くにいる冒険者さん達ともお話しできるなんて!」

「俺は聞いた台詞をそのまま伝えているだけだ。ただその通信技術がこの世界じゃ貴重なんだな」


 キャンディの語りかけた石板から声が帰ってくる。声の主は100年前の事故が原因でダンジョンと融合してしまった人間で、周囲からはダン長と呼ばれている。ダン長は己の元いた世界で当たり前に行われていた、電波による通話の利便性をひしひしと感じていた。


(この通信事業でダンジョンに富を築けたらな……)


 ダン長が行っていたサービスは『内線』だった。原理は簡単なもので、ダン長が片方で聞いた言葉をもう片方で喋り、それを相互に繰り返すことで会話を成り立たせるものだ。

 互いが聞くのがダン長の声という欠点こそあれど、それを補うのもまた媒介するダン長の演技力だった。数々のTRPG経験からロールプレイを身に着けた彼の声色は、それらしい口調で感情を乗せれば老爺から幼女にまでなれるのだ。ダン長は付き合いの長い守護モンスターのみならず、初対面の冒険者相手でも数度の会話で特徴を掴み、らしい演技をしてのける。


「さて、皆がこの通信機能にいくら払えると思えるだろうか」

「有難みを実感してもらえるためにも、アタシ達はちゃんと宴会の用意しなきゃね」


 ダン長はギルド側と相談し、現在は試用期間として秘密を守れる冒険者限定で機能を無償解放している。ゆくゆくはこれを通信料として通話時間に応じて一定の対価をもらう目論見だが、今は地固めの時期と彼は判断した。今は通信の価値を理解してもらい、冒険者からの意見を踏まえてギルドと適切な値段を検討する段階だ。


(冒険者ごとに俺を持たせたり物質移動で配達サービスなんかできればもっと稼げるだろうがなぁ。今のダンジョンポイントからして、出入口の内線が限界だろうな……)


 通信の成果を見せようと張り切るキャンディを他所に、ダン長は己の能力を冒険者向けに開放する展望に不安を抱えていた。以前に計った己のダンジョンポイントは約4万で自然回復量は1時間に5千。ダン長が己の顔を1つ展開する時に自然回復量が釣り合うことから、消費量も1時間あたり5千。魔物や罠の転送に比べ、1秒当たりの消費量は決して多くないが、ここを探索する冒険者全員に広く利用されればたちまちガス欠を起こすのは想像に難くないだろう。


(せめて、暇な日の無駄回復をどこかで活用できたらなあ)


 悪代官屋敷の一件のような大きな動きがない日は、ダン長が力尽きるまでポイントを使うことはまず無い。そういう日の回復は4万の上限で頭打ちになり、余分な回復量をどこかに置いておけないかと悩んでいた。


「しかしこの手の話に食いつきそうなマギリアが、延々と何を話してるんだ?」


 ダン長は己の向きを、酒場の奥の席でギルドの受付嬢と会話をしている魔物へ向けた。このダンジョンの守護モンスターの代表である魔女のマギリアは、卓上の1枚の冒険者の登録証を挟んで深刻な表情で相手と面談していた。


「ということでギルド長も頑張っていますが、適性検査だとか越境手続とか言い訳をして伸ばせるのは一週間が限界かと……」


 相手の受付嬢はエッダ。以前にストーカー被害を訴えて彼女に泣きついた経験もあって、今は通常業務の傍らで橋渡し役を兼任させられてしまった。


「おお……ん? ダン長は冒険者との通信は終わったのか?」

「ああ。ところでその紙の冒険者がそんなに問題ある人間なのか?」


 予約に神経を割いていたダン長は彼女達の会話を聞けていなかった。卓上に己を据え、マギリアに事の顛末を尋ねる。


「スパーダ・キャニュオン。かつてこの迷宮基地はこの男の父の領地だった」

「……っ!」


 この冒険者が領主で、かつラビス迷宮基地を以前に所持していた家系の人間と聞き、ダン長は目を丸くする。






 エッダとの話が落ち着き、マギリアはダン長とふたりきりになった。報告の仕事を終えたエッダはカウンター席に移って酒を飲んでいる。外はもう夜になっているので帰れないと、酒場で一泊して帰るようだ。


「別に前の所有者と言っても面識があるわけじゃないがな……まずはこの大陸の国と貴族とダンジョンの関係から説明せんといかんな」

「そうだな。俺はダンジョンの外に詳しくないから、教えてくれると助かる」


 ダン長は己の生活がダンジョン内で完結してしまうため、気を抜くと外の事情を知る機会を逃してしまう癖があった。彼はこの機会を借りて、改めて国とダンジョンの関係を理解しようと意を決する。


「魔王軍との戦争後、まず3人の功労者が王となって荒れた大陸を再興させたまでは話したな。当然彼らだけで大陸全土に残るダンジョンを管理できるわけながないんで、爵位を与えてダンジョンごと領地を収めさせる貴族を配した」

「貴族……」

「王と共に戦った仲間や、旧秩序の支配者層や大商人などの有力な支援者が多かったな。今の領主達は、彼ら彼女らの子や孫ってわけだ」


 マギリアが言うには例の領主は戦争で活躍した者達の子孫という。魔王軍の総攻撃で旧秩序が崩壊した以上、それを退けた勇者達が新しく人類を導くのはダン長の想像に難くない。


「仲間や支援者が貴族にか……確かに親しい相手を贔屓したい気持ちはわかるぞ!」

「逆だダン長。任命された領主は戦争で荒れた土地を再開拓しなきゃならん上に、前例の無いダンジョン管理までやらされるんだ。こんな激務、仲の良い奴にしか頼めないだろう?」

「あぁ……」


 マギリアに認識を訂正されダン長は領主達の苦労を考えさせられる。生産性の向上、領民や資源の確保、荒れた土地の開墾。加えて再武装の為にコアたる循環器を狙う魔王軍からのダンジョン防衛。勝手知ったる間柄でない者にこれを任せては、最悪反旗を翻される恐れすらある。ダンジョンを資源化し、上手く経済に組み込めるようになるまで領主には様々な苦労があった。


「貴族の仕事は領地を治めながら領内のダンジョンの循環器を魔王軍から守ることだが、裏を返せばいくつダンジョンを管理できるかが王からの信用と領地の戦力のバロメーターとも言える。だが統治を開始してすぐ、借金のカタや援助の見返りに領地ごとダンジョンが貴族の間を行き来する時期があった」

「貴族達がダンジョンを売り買いしていたってことか」


 王から下賜された領地とダンジョンは早くも貴族間の貸与や売却の対象となった。その背景には先述の激務があったが、戦争被害の多寡だけでなく領内に集めたマレビトの数や神業の種類も、領地ごとの貧富格差に響いた。ものによっては一瞬で家や蔵を立てたり、広大な畑を創造できる特殊能力があったため、内政向きの神業を持つマレビトはとても重宝された。


「経済を回す為に新しい領主は、領地経営のノウハウがある旧世代の貴族達を家臣にして今の安定を得たわけだ。ラビス迷宮基地とそれを管理するミルス村も、それで今の領地……ハイランド領のものになったわけだ」


 ダンジョンの所有権が移るのは何も珍しいことではなかったとマギリアは言う。ダン長が今のミルス村と迷宮がどの貴族領に属するかを知ったのも何気に初めてのことだった。


「事情はわかった。だけど前の領主が冒険者として登録するのと何が関係あるんだ?」


 ひとつ事情を理解したら別の疑問が湧き出し、次の質問を投げかけるダン長。


「ああ、戦争の褒章が主に現物支給だったせいでな……戦士達からの不満が多かったんだよ」

「そういう時に払える便利な通貨が、戦争で価値が不安定になったんだな」

「正解だ。せっかく金を貰ってもそれを使える保証が無いし、滅んだ国の通貨なんて両替商に足元を見られて買い叩かれるしな」


 戦争の影響で生産と流通が滞り物が少なくなると物価が上がり、相対的に金銭の価値が下がる。戦士達が求めたのは健全な買い物ができる信用の無い通貨よりも、食糧あるいは日々の糧を得るための道具だった。王達も対策を進めていたが、彼らは大陸全土で使える共用通貨『ビッツ』が生まれるのを待つことはできなかった。


「現物支給の欠点だが……食糧や強力な装備品やマジックアイテムとかな。これを均等にわけることができなかったんだ。特に当時の領主達は大変な任務の見返りとして、他の戦士達よりも多くのお宝を下賜されることになった」

「……そりゃ揉めるよな。パッと見は領地を貰った上に、周囲より多く物も貰うんだ」


 例えば貢献度40と60の戦士に100相当の報償を分配するとする。金銭による分配ならその貢献度に応じて分ければいいが、100の価値がある物品が報酬になれば話が変わる。これを分解して両人にと言うわけにはいかず、貢献度の多い方へ提供されることになる。すると貢献度40で報酬0の者と、貢献度60で報酬100を貰う者が存在する。

 上記は極端な一例だが、現物支給では報奨の不均等さは避けようがなかった。


「それで『俺はもっと多くを貰えたはずだ』と不満を抱えた者達が蔓延る中で、身に余る褒美を得たと見做されたお偉いさん達はどう思うか?」

「……空き巣や強盗にあわないか怖くて仕方ないだろうな」


 ダン長は当時の領主達へ再び思いを馳せた。共通の敵たる魔王軍の戦いを終えた直後、報酬の妥当性を巡る人間同士の諍いが始まっては彼らに心休まる暇がない。


「そんな時に宝物を守るのに最適な、おいそれと泥棒が入れない堅固な施設があるじゃないか」

「……ダンジョンか!」

「ああ、彼らは宝物を宝箱に入れダンジョンに隠した。環境の過酷さに応じて防犯レベルが上がるから、強力な物品ほどダンジョンの奥に眠りがちになる」


 マギリアが当時の貴族たちの宝物を守るための苦悩を語る。頂いたはいいものの、価値の高さが災いして復興中の町では換金もままならない。そこでそれらを、宝に興味を抱かない魔物が跋扈するダンジョンに置くことにした。ゲームではダンジョンに付き物の宝箱だが、この大陸でそれが置かれた背景は別物らしい。


「さらにどの貴族が始めたか、『ダンジョンに隠した宝は手に入れた冒険者が己の財産としてもよい』と、冒険者が宝を持ち帰るのを不問にするルールを作ったんだ」


 マギリアが説明するルールには、貰った宝に不満を漏らす者を牽制する狙いがあった。『己の実力がこの宝を貰うに値するなら、私が宝を置いた場所まで到達できるはずだろう』というメッセージが暗に込められている。

 この制度は一攫千金を夢見る若者を冒険者にする振興策でありながら、将来的に賊になりかねない者達をダンジョンに向かわせ、魔物に処分させるという腹黒い側面もあった。


「ってことはこの迷宮がキャニュオン領だった頃に置かれた宝がまだ眠っていて、彼はそれを回収に来たってことか?」

「その認識で問題ないだろう」

「……ということは、ただ忘れ物を取りにきたってだけじゃないか?」


 整理した経緯と推測できるスパーダの目的を照らし合わせ、ダン長が素朴な疑問を述べる。マギリア達の深刻な表情への疑問が残るものの、彼にはその行動に不当性は感じられなかった。


「いや、ハイランド領に迷宮を売却した時は宝物の経済的価値も査定に含まれていた。だから領主として『宝を返して欲しい』と頼むなら、その宝分の金額を返さねばならん。だがこの村の冒険者として回収すれば……」


 先述のルールが生きている以上、親が領主として売った宝物を、子が冒険者として回収する行為を咎めることはできない。


「問題はそのお宝だ。先代の領主が迷宮に置いていったのは『魔萃晶』って魔鉱石だ。わずかな欠片でも魔力を大量に溜め込める、魔術に関わる者なら垂涎の的だ。キャニュオン家はここに小さな村なら買えるような大きさの石を隠していた」

「魔力を溜め込む……」


 丁度ダン長が悩んでいたのは、頭打ちになる己のダンジョンポイントの回復問題。余った魔力を溜め込むことの有難みは嫌でも理解できてしまう。


「それをなぁ、見つけて人工太陽に組みこんじゃったんだよなあ! 当時そんな背景とか何も知らんかった私が!」


 自虐的な声をあげてマギリアが頭を抱える。彼女が行ったのは群生地への人工太陽の設置で、それにより魔物達の生態系は豊富になった。また村の人間達がその熱を利用して地下水を温め、ミルス村に温泉を引いた。

 そのシステムの根幹を成すのが、群生地に住む魔物から吸い上げた魔力を貯蔵する魔萃晶の存在だと彼女は言う。スパーダが取りに来ようとした宝はもうすでに使われてしまっていた。


「で、使い残しの魔萃晶がこちら……私が宝箱の封印を解いた時は一抱えはあったんだが、領主様にこのサイズを渡して満足して帰ってくれると思うか?」

「それはちょっとな……」


 マギリアは残った魔萃晶を卓上に出す。大きさはビー玉程の大きさになっており、これでも価値が無いわけではないだろうが、彼女の供述したサイズと価値は比べるべくもない。ダン長の感想に彼女は「ですよね」といわんばかりの様子で頭を抱えた。


「魔物が見つけてダンジョン内で加工した以上、法的には魔萃晶は未だダンジョンに眠っている扱いだ。冒険者が人工太陽を解体して持ち帰っても、誰も罪に問えないんだ」

「難しい話だな……」


 ミルス村の人間は、マギリアの魔萃晶を人工太陽への加工を歓迎している。ダンジョンの生態系の多様化や温泉事業の利益で村全体に恩恵があるからだ。よってわざわざ魔萃晶を取り出す気など誰も起こさないが、部外者にとっては話は別になる。

 ダン長は先程の彼女達の複雑な表情にようやく得心がいった。村から人工太陽の恵みを奪いかねない冒険者が、一週間後には来てしまうことだった。違法行為でもないので、守護モンスターが取り締まることもできない。


「しかし、なぜ今になって回収に来るんだ? わざわざ自分で冒険者になってまで」

「ううむ……エッダもいろいろ言っていたが、冒険者になる理由なぞいくらでも偽れるからな」


 ダン長の質問にマギリアは要領を得ない返答をする。領主ともあれば自分一人の体ではなく、冒険者はダンジョンでの魔物との戦闘は避けられない。単に宝を合法的に回収したいだけなら、地元の冒険者にでも依頼すればよい。

 スパーダがやってきた時期や動機は、このままダンジョンにいてはわからずじまいだ。このままダン長達が手をこまねいていると、人工太陽を奪われるのを見ているしかできない。


「わからないなら、調べにいけばよかろう」

「キルト、リンも」

「こんばんはです!」


 深刻な会話に割って入ったのは、酒場に訪れた守護モンスターのキルトと人間のリンだった。キルトはマギリアの対面に遠慮なく座り、リンは他所のテーブルから椅子を引っ張ってきて彼女の隣に座る。


「訓練は終わったのか?」

「ああ、リンは我輩の戦い方と相性が良い。完成すれば面白いことになるぞ」


 ダン長の質問に答え、キルトはリンの伸び具合を気分上々に話す。リンがまず目指す軽戦士の戦闘スタイルに一番近いのはキルトのものだった。マギリアに師を増やす許可を取ってから数か月、リンは戦いを主に彼から教えてもらっていた。


「目的が掴めないというなら情報を仕入れるべきだろう。まだ向こうに人工太陽と魔萃晶との関りを知られてない可能性もあるじゃないか」

「そ、それもそうだな……私としたことが少し悲観的になってた」


 キルトがスパーダの目的についての話題に戻す。どうやら彼は途中からダン長達の会話を拾っており、暗い話題を見かねて口を挟んだようだ。相手が全てを知っている前提で考えていたため、ネガティブな推理をしていたマギリアが少し元気を取り戻した。


「必要なのが情報ならば、我輩が村に行って探って来よう。こういうのは得意でな」


 キルトにとっても人工太陽を奪われる恐れは無視できず、快くダン長達に協力してくれることになった。彼は戦争中は人間側に与してスパイ活動をしていたので、守護モンスターの中では最も適任だろう。


「はいキルトさーん、ピザ焼けたよー。リンちゃんはグラタンだっけー?」

「では1日待て。彼奴の動機から背景まで洗いざらい調べてくる、ではこれにて」

「ああ、部屋で食うのな」


 席に着く前に注文を終えていたのか、給仕のウェンティが運んできたピザを受け取るなり、ダン長の能力で煙のように消えていくキルト。出来立てを味わえるなら自室で食べる方が好きらしいキルトは、マギリアにリンを預けて去って行った。食事を終えた2人とダン長は魔女の家に戻り、彼の成果を待つのだった。

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