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44話 番外編④ コメ食わせてーダン長

お待たせしました、ダンジョンの食事改善パートの完結編です。

「これが……押し出し式製麺機……いわゆるパスタマシンだ!」


 マレビトの食文化を変えた料理を出すと宣言したダン長。彼がまず作ったのは、己の物質移動を利用した疑似動力の機械だった。酒場のキッチンに置かれた小型の金庫程度の金属の塊で、中心に上下2本の麺棒が2セット備え付けられている。上から入れられた生地が手前の麺棒に挟まれ、回転する力を活かして奥の麺棒へ送られる。生地は奥の回転の力で押し出され、まな板の上に表出する。この一連の流れは生地を麺棒で根気よく捏ねる過程を、回転の力でオートメーション化している。


「おおぉ! これなら麺を簡単に捏ねられちゃうわね!」

「珍しくても仕方ない、マレビトの世界でも19世紀の発明だからな。イワシの爺さん達に話してみたら、大はしゃぎで歯車とハンドルで同じモン作ってくれるだろうよ」


 今までも酒場でパスタを作ってきた手間を思い起こし、感涙に叫ぶキャンディ。ダン長はマレビトの知恵をありがたがる者達の存在をほのめかし、工具次第で念動力抜きに同じことができるようになると示唆する。


(しかしこれもTRPGのファンタジー世界では先進的すぎるって拒絶されたんだよな……世界観次第じゃキリンだってパスタマシンを知ってるのに……)


 ダン長は異世界ラーメン論争の果てに、パスタマシンが採用されなかったことを思い返していた。ダン長が過去にアナログ動力だけで実現できるパスタマシンを提案したものの、現実の発明年代を調べられて別の意味で時代錯誤だと当時のゲームマスターには受け入れられなかった。


「ほほぅ、確かにこれは大助かりだ。これが生活サポートの一環か!」


 キッチンの端で一歩離れたところで感嘆の声を上げるマギリア。ダン長は彼女の持つ端末の上で少し意地悪な笑みを浮かべる。


「じゃあマギリア。この奥の麺棒から生地が出るところに、こういう等間隔に立った刃を置いていたらどうなると思う?」

「……麺棒の回転に押されて細い麺ができる!」


 察しの良いマギリアは出口に並ぶ等間隔の刃の役割を一瞬で理解した。ダン長は彼女の想像の通りになるように事前に作った器具をはめ込み実践してみせ、生地が一瞬で細い面の束になる過程を一同に披露する。冒険者の食事用にパスタを作ることに苦心していたサキュバス達がとりわけ大きい歓声を上げる。


「そういうことで、刃の幅次第でいろんな幅の麺に対応できる。原理はところてんを突くやつと同じだな」

「ところてん……ってなんですか!?」

「あぁ、リンは興味持たなくていい!」


 例えに出してダン長がつい漏らした料理名に、冷やし中華の成功で気を良くしたリンが興味を示す。日本の料理が入ってきた情報を手に入れていたダン長だが、天草をアレコレした食材が存在する可能性は頭から除外していた。


「次はこの麺の塊を1人前にまとめて、蒸し器にかけるんだが……アクア!」

「オッケー、できてるわよ」


 熾燐コンロのおかげで燃料の問題がクリアされたキッチンで、サキュバスのアクアがせいろを用意していた。ダン長はその中に人数分に等分した麺の塊を放り込む。


「蒸しあがった麺にスープをかけて、ザルに入れて160℃の油で揚げる!」

「スープ、できてるよ」

「油もオッケーだよー」


 アクアの妹分のイグニスとウェンティがダン長の声に呼応する。それぞれ予めスープの味付けと油揚げの準備をさせていた。イグニスは用意した店自慢のスープを麺に数度かける。様々な野菜と肉を出汁にして長時間煮込み、それぞれの旨味を抽出した特製スープだ。ひたひたになった麺をウェンティが受け取り、ザルに入れて熱した油の海に漬け込む。入った麺の塊は気持ちのいい音を立てて激しい泡を立てる。


「ダン長、この泡は!?」

「麺の中にある水分が蒸発してるんだ。乾燥させることで食べ物の保存性を上げる食品があるけど、それを超高速でやってるわけだ」

「うぇー、あのわざわざマズくする干しぶどうと同じ原理か……」


 パスタが揚げ油の中に浸かる様を初めて見るリンが尋ね、ダン長はそれに答える。食物の保存性を上げるにはまず菌の増殖する環境を奪うことが大事になるが、そのために人類は菌が繁殖する水分を奪うことを学習して発展させてきた。主な手段としては塩や砂糖を加えて漬けたり乾燥させたりになるが、目の前で麺に行っているのはその乾燥にあたる。レーズンが苦手なのか、愚痴るマギリアの文句を無視してダン長とウェンティは水分が充分に飛ぶまで麺を揚げ続ける。


「それで乾燥した麺の表面は乾いたスープがビッシリとコーティングされている。それをお湯で戻せば……」

「ダン長ちゃん、まさかそれって……」


 人数分の麺が揚がったところで、やかんを動かすダン長がどんぶりに一斉にお湯を注ぎまわる。キャンディがいち早く完成形を察したものの、空気を読んだのかどんぶりの中で料理が出来るまでの数分間を座して待つ。


「これがマレビトの食卓を変えた革新、インスタント……即席麺だ!」

「「「うおおおお!!」」」


 ダン長が保温の為に蓋にしていた皿を一斉に取り払う。中で再び水を吸って麺のしなやかさを取り戻したラーメンの姿と、鼻に届く芳香に興奮する一同。


「マレビトの世界で20世紀に誕生した革新的な油揚げ麺で、実業家おじさんが小屋の中で朝から晩まで研究に研究を重ねて作った――」

「「「味が薄ッ!」」」


 食べ始めた全員から同じ感想が飛んできて、ダン長は説明を中断されてしまう。どうやら麺に付着したスープの味が薄かったようだ。油揚げ麺に直接味をつけるなら当然だが、揚げる前の麺についた分のスープの味しかしないことだ。


「……まあ偉人の発明の再現が一発目から全部上手くいくわけがないな。味付けは皆で試行錯誤でなんとかしてもらうしか」


 ダン長は追加でスープを加えて味を整える面子を見ながらひとりごちる。味覚を得られない以上、この地の調味料の味の濃さや魔物達の食性を知り得ないダン長は、ここから先の課題は酒場のサキュバス達にバトンタッチする他なかった。


「まあ麺に味をつけなくても他にやりようはあるがな。キャンディ、鍋とスープを何種類か借りていいか?」

「ええ、いいけど」


 ダン長がキャンディから鍋とスープを借りる。


「よし、一日待っててくれ。外が一晩晴れてたら上手くいくから」

「待て待て、何をするんだダン長? 私も同行するぞ」

「お前は午後から仕事だろうが」


 熾燐は組み込んだ金属枠ごとコンロ全体を浮かせることにすれば運べるとダン長は学んでいた。次の工程は時間がかかるようなので、彼は道具一式を中庭に運んで作業を始める。興味深げについて行こうとするマギリアの首根っこをキルトが掴んで制止する。結局、その晩の作業は手の空いていたリンとフリッカが手伝うことになった。






「ということで、酒場のスープを顆粒にしてきた。こいつと味付け無しに揚げた麺を皿に入れてお湯で戻せば……」

「「「美味い!」」」


 翌日、ダン長が用意したのは顆粒になるまで乾燥させたスープの素だった。ダン長は辛抱強く鍋のスープを沸騰させ続け、ペースト状になってからも焦がさないように混ぜ続け、固まったのを一晩寝かせて乾燥させた。乾麺に直接味付けをしなくとも、スープで戻すか固形スープと一緒にお湯で戻せばいい。酒場のスープで再現されたラーメンに改めて舌鼓を打つ一同。


「このツブツブしたのに、うちのスープが濃縮されてたってわけ?」

「ああ、つまるところ時間をかけて水分を抜いて、水に混ぜることで戻しただけだからな。瓶に入れておけば月単位で保存がきくぞ」


 ラーメンを片手に、用意された顆粒を拾い上げるイグニス。ダン長は固形スープの優れた保存性を語る。電子レンジ等を使えば現代でも自作で粉末スープを作ることはできるが、燃料にさえ余裕があれば原始的な料理法で再現はできないこともない。


「これ、他のスープでも作れないかしら?」

「コーヒーを同じにしたやつを我輩の家にも置けないか? 金なら払う」

「せっかくだからさー、これも冒険者さん達に売ろうよー」


 守護モンスターの面々もスープを固形にして携帯できるメリットは計り知れないことを理解している。他のスープでの活用を考えるキャンディ、自宅で使用するために購入を検討するキルト、冒険者への売買を夢見るウェンティ。


「ああ、生活にかかる手間を減らすためならどうとでも俺を使って欲しい。ただウェンティ、冒険者への販売はもう少し待ってくれ」


 ダン長には自分を守護モンスターの生活に役立てて、余った時間をリンの修業に充ててもらう目論見があった。彼らの自発的なリクエストを受け付けるのもやぶさかではない。ただし、ダン長はウェンティの提案した外への販売には釘を刺す。


「ええー、どうしてー?」

「これを冒険者に売ればそれは人気になって金になるだろう。ただこのダンジョンには、自分達で使うならまだしも商売にして小麦粉や油の需要を支え切れるだけの供給が無いからな」


 ダン長はウェンティの提案する商売への転用が厳しい理由を語る。冒険者に向けて売り出せば情報も一緒に漏れるのは必然だ。油揚げ乾麺の技術が外に漏れれば、小麦や食用油の生産が活発な地域が一番得をする。

 現にこの近辺で守護モンスター制度を始めたのはこの食卓にいるマギリアだが、循環器の保有魔素量と素材の価値に限りがあるため、タイダリアのダンジョンのような後から真似た大手の方が発展している現状がある。

 定期的な技術交換会でマレビトの知恵をありがたがって広め、特許の概念が希薄なファンタリオの地では、新技術を下手に広めても長期的に見ると得しないことをダン長は察していた。


「これを広めていいかどうかはダンジョンの中だけでは決められん。冒険者に売り出すよりも先に、ギルドの偉い人や村長あたりと相談して慎重に協議をするべきだろう」

「むー」


 ダン長は守護モンスター達の生活を助ける目的でこれらを教えた。しかし商業的な用途で活用するには別の問題が発生する。ダン長は安楽椅子探偵ではないので、外を知りようがない身の上で商売を上手くやる自信などなかった。

 それに金銭が絡むのならダンジョンのメンバーだけでは決めかねることなので、ダン長はこの場の採用には乗り気ではなかった。ウェンティは却下に少し不満だったようだが、言い返す材料が無く黙ってしまう。


「で、ダン長はプチプチと麺をちねって何をしているんだ?」

「昨日今日とラーメン揚げるために油を大量に使ったろう、その油を綺麗にするための一工夫だ」


 守護モンスター達のリクエストを受けている横で、別のダン長がまな板の上で余った麺の切れ端を千切る様子を見て理由を尋ねるマギリア。ダン長が行っていたのは大量に揚げ物を作る時について回る問題の対処だった。ダン長は己の能力で麺から細かい粒を切り出している。


「まあ見てなって」


 ダン長はその粒達をまだ熱い油を湛える鍋に投入した。粒は揚げカスを掬う網でも取りきれない細かい油の汚れをよく集めていく。家庭でやるには通常は不要なご飯を使うのだがこの場には無いので、どこまで再現性があるか確信は無いがダン長は小麦原料の粒で代用した。


「冷めてポットに入れる前に、これをやっておけば綺麗に油を保存できるぞ」

「これは便利ね、助かるわダン長さん!」

「うわー、まるでお米みたい!」

(米……)


 油の洗浄方法に感激するアクアの横で、ウェンティは手に取った小麦原料の小さい粒を米粒に例える。それを小耳に挟むダン長はハッとした。


「米……そういえばこの世界に米があるのか?」


 ダン長は身に覚えた疑念を素直に聞いた。マレビトの知恵として日本の食文化が入ってきていたことは聞いていたが、彼の知る限り酒場や魔女の家の食卓に米が出て来た覚えは無い。米について己の記憶を辿ろうにも、引き出されるこの世界の米事情についての知識もなかった。


「米はあるにはあるが……超高級食材でな」

「は?」


 ダン長の疑問に答えて口を開いたのはマギリアだった。現代の日本に暮らしていれば飽きるほど食べる米が高級食材と聞いて、ダン長は目を丸くする。


「戦争で荒れた地にマレビトが、向こうの野菜の苗を転送して持ち込んだことは前に話したな。だが通販という神業をもってしても、マレビトの食う米をこの地に継続的に植えることはできなかった」

(ああ、例の密林には種籾こそあるだろうが、水稲農耕の手間のせいで寿命までに普及が間に合わなかったんだろうな……)


 水田稲作は作付面積に対しての収穫量が桁違いなことや、連作障害が無いことなどの計り知れないメリットこそあるが、栽培にかかる手間と地理的な条件の厳しさが段違いだ。

 現地人を説得して土を起こし田を作り、水を引いて草を抜いて虫を取るなどの甲斐甲斐しい世話に付き合わせる。その大変な工程が叶わなかったのだろうと、生前に稲作体験ゲームで大変さの片鱗を味わったダン長は推測する。


「それでも数十年前までは完成品を転送できるおかげで、米自体は常食されていたらしいがな」

(ああ、結果だけ先に得られてしまうのも技術が残らなかった原因か……)


 マギリアが米が常食されていた過去を振り返る。マレビトの知恵という有難がられる要素込みでも、現地人に水稲農耕が受け入れられなかったらしい。それで自分と身内が米を食えれば満足と考えたのか、諦めたマレビトは転送で精米が終わった製品しか持ち込まなくなったという。


「だが今はそのマレビトが、晩年に精米されたのを転送したのが全てだ。悲しいかな、当時の民達が継続的な米の供給を望む頃には、彼に稲作を指導するだけの体力が無かった。現物はファンタリオの首都で宝物庫に厳重に保管されているよ。私達もその色と形状を伝聞で知っているに過ぎない」


 マギリアがこの大陸の米事情を説明する。ダン長は揚げ油のゴミ取りに使われるほどの食材が、この地で国宝みたいに扱われている現実に混乱する。


「いや待てマギリア。確かシンノスケ・マツダイラという米将軍と言われるほど米狂いのマレビトが、戦争後に温暖な南の地で採取して持ち帰って以来、マレビトの米の味を目指そうと研究していると小耳に挟んだことがある」

「なにっ、じゃあ将来的にもっと安く米が食えるようになるのか?」

「ああ、俺のいた世界でも品種に拘らなければ稲は自生だってしてたからな……だがまだ品種改良の研究中ってことは、出回るのはまだまだ先か」


 情報通のキルトが食に対して珍しく積極的な姿勢を見せて口を挟む。どうやら自生した稲を持ち帰って研究もされているようで、この世界から完全に米が消えたわけではない。しかし米の品種改良は、1回分の成果を出すには1年の時が必要になる。それを宝物庫に眠っているであろう米に近づけるには、ダン長が眠っていた100年でも全然足りない。

 

(米が高級食材か……このダンジョンをやばいほど富ませることが出来れば、皆にお米も食わせることができるだろうか)


 己が食うことは叶わなくとも皆に米の味を知って欲しいと、食卓を眺めながら密かに新しい目標を打ち立てるダン長だった。

次話から再びダンジョンクラフトになるので、これからも付き合っていただけると幸いです。

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