39話 海神の娘と悪代官屋敷 12/13 決着
【今回の三文あらすじ】
「興味があるけど読む時間が取れない」「最新話だけ手っ取り早く追いたい」という需要を考え、あとがきに今回の主な出来事を三文に要約しました。
「『水浮きの鎧』だって?」
ダンジョンの運営人はラビス迷宮基地の安全地帯で、侵入者のアインが窮地を脱しするために脱ぎ捨てた鎧の破片を囲んでいた。心当たりのあるイワシに一同が耳を傾ける。
「さよう、直接見るのは初めてじゃが……タイダリアのダンジョン運営が攻略される過程で作られた幻の鎧だったはずじゃ。ン十年前の国の技術交換会で話を聞いたっきりだったのじゃが」
ダン長らの運営するダンジョンを擁する東の国・ファンタリオでは数年に一度、国中の技術者や魔術師、情報整理・伝達の為の記者達が集まり、技術や魔術についての情報交換会が行われている。魔王軍との戦争後に定住したマレビトは、その地に良くも悪くも現代知識と技術の種を残す。文明レベルの発展に繋がる知識を持つマレビトが何人居るかが、国内の街同士ひいては他国とのパワーバランスを左右するのだ。花開いた文化や技術を共有することで、国全体の文明水準の平均化を図ろうという狙いだ。
ダンジョンの施工に関わる技術者であったイワシもその交換会で幻の鎧を聞いたことがあるという。
「今やあそこの海底神殿に潜る冒険者の装いは軽装が主流なんじゃが……戦争後からダンジョン攻略までの過渡期に、無茶をしとった時期があったのじゃよ」
魔王軍の配置した拠点であるルルーエ海底神殿。海から襲撃する魔王軍に人類は海岸線に防衛ラインを築き、あるいは船の上で迎え撃った。戦時中から倒した魔物の素材を戦う為に利用することはあったが、戦争後はその目的が産業の発展や交易の道具へと変わった。それが無くとも海辺の都市は海中の魔物をコントロール下に置かなければ、満足に船を出して漁業もできない。
魔王軍による戦力再結集―ダンジョンの核たる循環器の回収―を防ぐため、そしてダンジョンの奥に眠る強力な魔物を求めて乗り込む必要が生まれたのだ。
「イワシ、無茶とはなんだ? 我輩達には時間がないから勿体ぶらずに話せ」
「すまんのう……歳を食うと話が長く……」
キルトがイワシの話を急かす。ダン長の策で侵入者を惑わせているものの、いつ正気に戻るか保証がないのだ。イワシは『しまった』と言った様子で顎髭に手をやる。
「ダンジョンの奥を攻略するために、冒険者達が鎧を着たまま続々と海に潜って戦うようになったんじゃ」
「なっ!?」
冒険者は戦争で魔物と戦った兵士達や民兵・傭兵等が、その戦闘能力を生かして主にダンジョン攻略を生きる糧にするようになった者たちだ。彼らの海底神殿を攻略する手段の無謀っぷりに驚きを隠せないダン長。
「驚くのも無理もありませんな。当時の水の中で息ができる程度の水準の魔術では戦などとても……港町を作ったはよいが、水圧の問題や戦闘面を補う魔術の開発の必要を迫られておって……」
「これが幻の鎧ということは、魔術体系が完成して無用の長物になったからか」
「ええ。技術者達が血眼になって開発した水中戦用の特殊装備は、魔術の補助で満足に戦えるようになるまでの繋ぎでした」
水中戦に対応した魔術の開発を急ぐタイダリアの住人。当然、水面下で循環器の回収を目論む魔王軍が待つはずがなかった。長く放置し続けていれば、管理不可能を口実に循環器は回収されてしまう。
万全な水中戦の用意が整うまでの繋ぎに、技術者達は海中で動け、防御力を保証する条件を満たす装備を開発し続けた。この鎧もまた、開発過程の上で造られた産物のひとつだ。
「鎧の比重を軽くするために、中が空洞の密閉した鉄の箱を内側の装甲の周りにガチガチ貼り付けたのが水に浮く鎧の正体だと聞きまする。浮力を確保できるだけの体積を増やし、装着者の水練が達者であれば、着たまま立ち泳ぎができたとか」
「……無茶苦茶だ、そんな鎧で戦うなんて!」
「『普通』なら無理でしょうな。だからこれを着た上で戦える精強な人間にしか装備が許されなかったそうですじゃ。扱える者が限られる上に、一領ごとの費用と手間も馬鹿にならなかったゆえ、造られていた時期は本当に僅かだったそうですじゃ」
「……」
ダン長は絶句した。ダンジョンに入ってからのアインの強さを己の目で見てきたため、納得せざるを得なかった。
「加えて一度の潜航で一度きりの機能じゃが、海底を歩くためにあえて外部装甲に水を入れて沈み、浮上する時にそれを外して泳ぎに戻ることも可能だとか。巨大烏賊や大海蛇に捕まるなどの事故に備えてユニット化された外部パーツを一度に取り外しできるよう設計と……」
「そうか……我輩の拘束から脱出したのはそれか」
「水の抵抗があってもきちんと作動するよう、強力なバネ仕掛けがされているようですな。この装甲なんて射出の時に隣のパーツと激しく擦れた跡が……」
技術の結晶に意気揚々のイワシ老人の講釈を聞きながら、苦虫を噛み潰したような声を上げるキルト。捕縛の手柄をこんな切札でフイにされたのが残念だったのだろう。
浮力の維持だけでなく、船体の喫水線を上げる為のバラスト水のようにあえて水を取り込み沈降できるよう設計した外部パーツ。ひとたび水の抵抗の無い地上で作動すれば、鋼鉄の散弾と化す威力を持っていた。
「だがイワシの爺さん、言っちゃ悪いがこの手の装備は攻略の準備が整うまでの繋ぎだろ? んな変態技術まで導入するなんて不自然だ」
この鎧を運用するのにかかるコスト、この鎧を着て戦える屈強な戦士を危険な海底に派遣させるリスク。ただの魔術が間に合うまでの時間稼ぎにしては割りに合わないとダン長は考えた。
「結果から先に聞いた者の率直な感想ですな。当時の技師達はむしろ逆で、魔術が完成する前に自分達の手でダンジョン攻略に終止符を打とうと躍起になっていたと聞きまする」
イワシが答える。たとえ同じ街に住もうとも、当時のルルーエ海底神殿の攻略班は一枚岩ではなかったらしい。
「神殿を攻略すべくタイダリアを作った者たちは魔術開発と技術開発に方針が分かれ、互いに攻略の決定打になるべく競い合っておりました。大勢の冒険者を擁する技術開発部は魔術側を『座学にかまけたガリ勉』、魔術開発部は『死にに行く脳筋』と互いへの罵りも絶えなかったとか……」
水中戦に特化した魔術を習得できれば戦士達の戦力は底上げされ、実際に戦った戦士達の水中戦のデータが集まれば術式の開発も効率的に進む。両者が手を結んでこそ攻略が可能となる過酷なダンジョンだったが、攻略は遅々として進まなかった。
「しょうがねえ。魔術と技術のどっちが攻略したかってのは栄誉だけじゃなく、今後のダンジョン運営の予算とかの実利にも関わってくんだ」
「現にタイダリアじゃあ、魔術面が採用されて今やこんな装備も作られなくなったっスからね……」
ウデップシとアシコシがそれぞれ補足を加える。エッダが言うにはタイダリアの今の冒険者は裸族みたいな格好だった。それは魔術が優先されて装備を整える技術者達の活躍が最低限になったことの証左だ。
「とはいえ、海底神殿は無事攻略されたってことはお互い協力したんだろう そんな仲の悪い組織がどうやって手を結んだんだ?」
「おいダン長、鎧の正体はわかったんだ。それ以上の詮索は……」
焦るキルトがイワシの話を切り上げようと再び急かす。この悪代官屋敷の構造は、番人の間同士よりも第三の間と魔女の家との距離の方が近い。再び迎撃の態勢を整えるか、作戦の失敗を伝えてエッダを逃がす準備を始める必要に迫られている。
「いや、俺達の目的はアインを捕まえて終わりじゃない。彼の説得材料が無いか、時間の限り情報を仕入れておきたい」
「む、そうか……」
アインがなぜそんな技術が途絶えた鎧を着て故郷からこの街に赴いたのか、ダン長達は何も知らない。対処より情報収集を優先するダン長を見て何かを察したようで、キルトは詮索を止める。話の主導権が戻ってきたイワシは、改めて髭をこすりながら話を再開する。
「それはちょうど25年ほど前じゃったか、反目していた両側のトップが同時期に世代交代して若いモン同士になって、ようやく過ちを認めて歩み寄ったのじゃ」
「25年……思ったより最近だな」
「その二人はよほど意気が合ったようで、年長者の反対を押し切って力を合わせてからの攻略の速さは今までが嘘のようだとも伝わっておりまする。特に魔力で水の中を縦横無尽に推進する魔術なんかは海底探索に大いに役立ったそうですな」
攻略部隊が新世代に入ってから、海中戦のデータを基に有用な魔術が矢継ぎ早に開発され、それが戦いに貢献するという理想的サイクルが生まれた。前衛の機動力が上がったことで、彼らに守られる後衛も同行して支援できるようになった。総合的戦力の増加がダンジョンの攻略を可能にし、タイダリアは20余年でファンタリオ随一の海産資源を持つ都市へと発展した。
「それでボスを倒したエッダさんの父親が、海神の称号をもらったわけか」
「フン、つまり今ここで暴れているアインはその海神ガイナスの仲間とやらか? 老いらくの恋というのも厄介なものだ」
ようやく侵入者の正体に得心がいったダン長とキルト。横目で見るイワシは顔をしかめる。
「スケさんや、ガイナスは魔術側のトップじゃよ? 技師達のバックアップを受ける冒険者側の代表は別の人間じゃ。その二人がタッグで海底神殿の最奥を攻略したんじゃ」
「待て待て、なぜそれがガイナスひとりの功績のように我々の耳に入っているんだ?」
推理の前提が崩れて焦るキルト。マギリアも同様だったが、タイダリア発展の礎になった功労者の雷名はこのダンジョンには片方しか届いていない。
「ワ、ワシも懇親会で深酔いした鍛冶師から聞いたっきりじゃから……そっちがどうしてるかもわかりませんわい。噂じゃ魔術面の方に華を持たせたと身内に責められて街を追放処分になったとか闇に葬られたとか……」
「ええい、ちゃんと確かなことを話せ!」
(あっ……この空気はもう情報が無いキャラが質問攻めされて、セッションの進行が止まるやつだ……)
詰め寄るキルトにイワシは言い淀み、もごもごと不確かな噂を話し始める。流石のイワシも、これ以上の情報は出せないとダン長は判断する。
(しかしアイン、まさかな……)
騒ぐ二人をよそに、アインが攻略中の迷宮の通路に意識を巡らせるダン長だった。
「はぁッ!」
酒場での会話も露知らず、迷宮の通路で孤独に戦うアイン。無限ループに陥っていると勘違いしている彼は、ループを抜け出すヒントを探す為に慎重に進んでいた。当然ダン長は、罠と魔物の出現順をこれまでの道中と同じパターンを用意している。ダン長が酒場の会話を切り上げた時には、アインは前走のゴブリン4体との遭遇をちょうど終わらせていたところだった。
(〇×クイズの罠で間違いを引かせられたら確実に時間を稼げるが、万が一正解されればループの嘘がバレてしまうからな……おっ、今度は背後のゴブリンから順番に片付けたか……)
様子を観察しながらダン長は、アインの攻略方法の変化を感じていた。連戦の疲労や鎧の解除による影響だけでなく、罠に敢えて引っかかったり、前は放置した魔物の死骸を手間暇かけて解体する行動が見られた。
(さてはループの抜け方を探しているな? 次はキルトのマフラーを対処できないと自覚しているのか……くっ……!?)
アインの行動理由を推察していたダン長の視界が急に曇る。幅広いダン長のダンジョン管理能力だが、1日に使えるパワーの総量には限りがある。守護モンスターの度重なる召喚・移動、無限ループの疑心に陥らせるための模様替えを繰り返すうちに、相当消耗してしまったのだ。
(ループのフリをし続けるのも限界……アインも辛そうだし、今回のゴブリン退治で突破したことにするか)
ダン長も疲弊してきたが、アインの方も限界が近かった。雑魚敵相手に余計な体力を使ったり、避けられる罠にかかりながら進んでいれば当然だが、鎧の鎧は傷だらけで汚れていない部分も無い。
アインの見ていた廊下の光景が二度点滅を繰り返す。ダン長が残った力で天井に等間隔で仕掛けられた光る石を二度出し入れしただけだが、彼が気を取られている間にダン長はゴブリンの死骸を地下の群生地に移動させた。
「敵が消えた……まさか今のが正解か……」
(ここから先はもともと魔物は配置していない……あとはこのまま進んでもらえれば)
謎を解いたとはいえ、次の罠が待っていないとも限らないと判断したアイン。5分ほどかけて慎重に進みながら角を2、3度曲がったところで彼の視界は石造りの壁にはやや不釣り合いな簡素な木製の扉を捉える。
「あの透明人間の部屋とも違う? ここが第三の間か……」
彼はここがゴールとも知らず、より強い番人の可能性を懸念して扉を開くのを逡巡する。しかし一本道のダンジョンで行き先は他になく、いくら戸惑おうがこの扉を開ける他の選択肢は無い。アインは息を整え、片手で剣を構えながら扉を開け放つ。
「あー! あー! あーっ!?」
「エッダ……?」
飛び込んできた扉の先の光景に、アインは二つの意味で驚愕した。自分がとっくに第三の間も超えてゴールにたどり着いていたこと、そして目的の新米受付嬢が前情報の結婚用意など全くしておらず、ベッドの上で枕を抱えてこちらへ叫んでいることだ。
「エッダ!」
長いダンジョンを駆け回り、番人達と戦い、ついにエッダとの邂逅を果たしたアイン。彼女に歩み寄る姿は先程までの戦意が嘘のように薄らいでいた。そして警戒心も――
「はい、そこまでだ!」
二人の距離が半分近くまで縮まった瞬間、ドアの死角から威圧的な声が聞こえる。その声と同時にアインの周囲には魔法陣が彼を囲うように現れ、陣から伸びる幾条もの光の鎖が手足を拘束する。
「ぐっ!?」
アインの背後から近づく靴音。その主は鎖を潜ってアインの正面に姿を現した。
「冒険者が最も不意打ちを受けやすいタイミングを知っているか? 獲物から滴った血の臭いをまき散らす、倒した魔物の検分と解体の最中だ。目標を前に気を緩めたな」
「やった……! 魔女様、そのままやっちゃってください!」
ミミズクを思わせるシルエットの紫の外套。柑子色の髪に金色の目の秀麗な顔立ち。手には扇のように開く短い杖。魔女の家の主、マギフィリア・フォールラックが帰還していた。目の前で自分を悩ますストーカーが捕縛された光景に、興奮して野次を飛ばすエッダ。
「魔女……ッ!」
「ダン長が何の策も無く時間稼ぎを止め、お前をこの部屋に呼び込むと思ったか? 私は既に群生地での救助活動を終え、12分前に帰還したよ」
エッダをさらって家に連れ込んだと思い込んでいるアインは憎々しげな声を漏らす。その全身には再び闘気がみなぎり始めるが、時すでに遅し、彼には光の鎖を解くほどの力も残っていなかった。
「通信という技術は素晴らしくも恐ろしいなぁ……もう既にキルトとの戦いで、お前には拘束を解く切札を使い切ったことは私の耳にも入っているよ」
(俺が酒場でイワシの爺さんの話を遮らなかったのは、できる限り多くマギリア達にアインの情報を伝える為だったんだ)
アインが第三の間を駆け抜けてしばらくして、マギリア達がダンジョン地下の群生地での救助活動から戻ってきた。ダン長は酒場での情報収集をリアルタイムに彼女達に伝達した。鎧の特性、タイダリアの背景、ダン長が推理するアインの正体について――
「そして、貴女の事情もね。ダン長ちゃんのお話を聞いていなかったら私達、ついエッダちゃんの大事な人を傷つけてたかも……」
ダン長のダンジョンポイントに限界が近づいた原因には、北の連絡通路で表層の戦況を説明した後、魔女の家まで強力な守護モンスターをふたりも運んだこともあった。マギリアの他にもうひとりは、悪代官屋敷の迎撃態勢が万全であったならば第三の間でアインを待ち受けていたはずの自称サキュバス・キャンディだ。
その大柄な体がどうやって収納されていたのか、ベッドの下から現れたキャンディ。土木作業を終えた後か、上は派手な服ではなくタンクトップに豊満(?)な肉体を包んでいる。キャンディはマギリアを遮るようアインの正面に回ると、縦に真っすぐ構えた掌を鋭く振り上げる。
「くっ!?」
観念したアインだが、キャンディの手刀は傷つける為のものではなかった。背面へどうやって衝撃が伝わったのか、その一撃はその兜だけを器用に両断した。
「かっ……」
キャンディが断ち切った兜の中から現れたのは、黒髪を後ろでまとめ、エッダを十歳老いさせたかのような容姿の女性の顔だった。兜が床に落ちる金属音が響き渡る。ショックで言葉が詰まったエッダが二の句を継いだのは、その反響音が止んでからだった。
「母さん……?」
【海神の娘と悪代官屋敷 12/13 決着】
国を挙げての技術交換会で話を聞いていたイワシは、渡された鎧の破片からアインの装備を『水浮きの鎧』と推理する。これはかつてタイダリアのダンジョンを攻略するにあたって、魔術と技術の手柄争いの末に産まれた前時代の遺物であり、ダン長はイワシの語るかの街の歴史からアインの素顔について想像を浮かべていた。一方で魔女の家では、キルト達の奮闘の甲斐あって救助をやり遂げ帰還したマギリア達がアインを捕えており、その兜を外した顔を見てエッダは母と呼んだ。




