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38話 海神の娘と悪代官屋敷 11/13 うごめく布と浮かぶ鎧

【今回の三文あらすじ】

「興味があるけど読む時間が取れない」「最新話だけ手っ取り早く追いたい」という需要を考え、あとがきに今回の主な出来事を三文に要約しました。

 鎧の重戦士・アインが迷宮の中を駆け抜ける。彼が執心中のギルドの受付嬢・エッダの結婚を阻止するためにラビス迷宮基地に乗り込んだのだ。

 彼を唯一手こずらせたダンジョンの難敵であった透明人間のキルトは、前の部屋の通路ごと巻き込んで吹き飛ばした。仮にあの一撃を凌いだとしても通路を崩してしまえば通ることもできない。彼以外の魔物も罠も、この快進撃を阻めるものではなかった。


(だがおかしい、手ごたえがありすぎる……)


 しかし、アインは進みながらも不安混じりの違和感を抱いていた。ダンジョンに入ったばかりの時は初見の罠に多少は困惑したものだが、今や全く苦にしていない。一見それは喜ばしいことだが、彼の直感が単純な慣れとは言い切れない妙な感覚を味わっていたのだ。


(『前の』時は、吊り上げ網の罠の次に角を曲がったら……ゴブリンが私を挟んで前後に4体)


 そう思案しながら目前の罠を回避し角を右折するアインのもとに、青い光と共にゴブリンが彼を挟み撃ちをすべく前後に現れた。アインは意にも介さず剛剣を一振りして彼らを薙ぎ払い、予想通りの結果に思わず足を止める。


(やはり、サキュバスの部屋から進んでいた時と同じパターンだ! 番人の横にいたブロック状の使い魔が魔物の召喚を司っていたが、やられるとわかっていて同じ魔物を差し向けるほど単純な奴か……?)


 警戒心からアインの足取りは慎重になり、周囲を見渡しながら進み始める。罠と魔物の配置パターンが、アクア達サキュバスを倒した後に進んだ道中と酷似しているのだ。

 だが調べども調べども、彼の視界には『前の』通過の際に当然残るはずの不発に終わった罠の痕跡や魔物の死骸などの痕跡が見当たらない。過剰な手ごたえの原因はデジャヴとわかっていても、この状態に陥った原因もわからないまま歩を進めること数分――


「フン、よくぞここまでたどり着いたものだ」


 戸惑う足どりで通路を踏破したアインは、先刻激闘を繰り広げたばかりの透明人間から、入った時とまったく同じ言葉を投げかけられた。







「な、何が……起こっている!?」


 アインの見た光景は、先程追跡を振り切った第二の間の番人が衣服の点検の手を止めこちらに向き直る姿と、何一つ変わりない部屋の内装だった。部屋に広げられたブルーシートの上には手製の衣服が並べられている。通路の敵と罠の配置の疑惑から始まったアインの動揺は、この時点で頂点に達しつつあった。


「ダン長、説明してやれ」

「ああ、これがかつて技術的に広いダンジョンを作れなかったマレビトの苦肉の策にして伝統のダンジョンギミック……『無限ループ』だっ! ある謎解きを攻略しない限り、お前はアクア達を倒した直後の通路に戻されて、万全のキルトと何度も戦わされることとなる……」

「な、なにぃー!?」


 無限ループ。レトロゲームから最近のFPSにまで用いられている、特定の条件を満たさない限り同じマップを何度も繰り返してしまうギミックだ。特に旧いコンピューターゲームにおいては、当時の技術的に限られた容量で出来るだけユーザーのプレイ時間を消費させるための仕掛けとして使われてきた。突破の条件は、あえて後戻りすることだったり、上下に隔てられた通路を決められた順序に従って通過するなどダンジョンによって様々だ。

 当然、マレビトの召喚元の事情に疎いアインにはゲームの仕掛けともわからず、その情報にただ驚くばかりだった。


(時間と空間を操作する魔術だと……? 謎を解くまで延々こいつと戦わなければならないのか!)


 ありもしないダン長側の手札を疑い固まってしまうアイン。キルトからの攻勢を警戒する足取りもどこか浮き足立っている。


(謎は部屋の中にあるのか、通路にあるのか……どちらにせよこんな広い部屋で戦っている場合ではない!)

「ちっ!」


 舌打ちとともに唐突に振り返って引き返すアイン。部屋にはキルトがいるため、無限ループの謎があったとしても大人しく調べさせてはくれない。倒してから調べようにも、一度目の戦いで得た疲労と掌の傷のせいでアインにとって不利な戦いになることは火を見るよりも明らかだ。

 ならば、まずは来た道に謎が隠されているか調べるのが堅実と彼は判断した。さらにキルトが追ってきてくれれば、再び通路を巻き込む必殺技で対処することも可能だ。この一時撤退は、現状でアインが取るべきもっとも合理的な行動だった。


((背を向けたな!))


 しかしダン長達が立てたのは、その行動を読んだ上での作戦だった。アインが振り返るが早いかキルトは己のマフラーを解き、背を見せた侵入者に投げつけていた。


「なにィ!?」


 マフラーは空中で形を変え長さを変え、大蛇のごとくアインに絡みつく。間髪入れずにキルトが投げ放った棒手裏剣を、マフラーが繊維の間を広げて受け入れた。布でぐるぐる巻きにされたアインは、振り返った体勢のまま地面に縫い付けられてしまった。


「ぐっ……これは……?」

「無駄だ、そいつはもがいたところでそれに応じて形を変える。その姿勢では剣で断つこともできまい」


 キルトが首に巻いているマフラーはかつて彼に服飾スキルを授けた師匠の卒業記念の一品で、魔力によって自由に形状を変化させるマジックアイテムだ。現在はキルトがアインの身体の動きに合わせて操作して、身体の自由を奪っている。

 アインが足を進めようとすればその部分が柔軟に伸びる一方で、もう片足に巻き付いた布が関節が曲がらない方向へ引っ張り負荷をかけて苦しめる。その拘束は布と言うよりも、常識外の粘性生物に取りつかれているかのようだった。

 これを使うほどキルトが難儀する相手もいなかったためか、ダン長もこのアイテムの活躍を見るのは初めてだった。


「やったなキルト! こんな隠し玉があるなんてな!」

「勝負の最中に飛ばしていては奴に切り払われていただろう。ダン長こそよく隙を作ってくれた」


 ダン長とキルトのタッグでアインの拘束に成功した。ダン長が達成感に浸り泥の手をキルトの眼前に伸ばすと、キルトの右手が叩き返してきた。


(ハイタッチ応じるんだ……キルトはダンジョン運営では他の皆より距離置いてる印象があったから意外な一面を知れたな)


 と、初めてのコンビでの成果に感慨に浸るダン長だった。

 勿論、ダン長の技術的に空間や時間を巻き戻す魔術は使えない。この部屋は本来は最後の番人たるキャンディが待ち構えているはずの空間だ。ダン長は己の能力で、罠と魔物の配置及び部屋の内装を前の行程と同じにしてキルトを再召喚したに過ぎない。そうしてあたかも侵入者のアインが再び第二の間に入ってしまったかのように演出したのだ。

 アインがこのトリックにかかってしまった原因はふたつあった。ひとつは単身で殴り込んできたこと。魔物と罠の順番が同じでも、急場しのぎで幅や角を曲がる順番まで全く同じ道を用意することまではできない。彼が正確なマッピングができる仲間を連れてさえいれば、ループの違和感に気づいてダン長の言動の矛盾に気が付けたかもしれない。

 もうひとつはキルトを誘い込み倒す為に、大技を放ってしまったことだ。如何にキルトが俊敏でも、初見で避けられる位置関係ではなかった。無論そうなるようキルトの速さと己の技の速度を計算しての策だが、そのためアイン自身も敵を倒したか生き埋めにしたと確信して先を進んでしまった。その結果、無傷のキルトと崩れていない部屋の出入口と対峙してしまったのだ。彼からしたら、時が巻き戻って敵の討伐と部屋の損傷の事実が消えたように見えても不思議ではない。

 アインの必勝を期した策が裏目に出て誤認を招き、捕縛される致命的な隙を作ってしまったのだ。


「くっ……ぐぐ……」

「残念だが諦めろ。お前の体力が切れるまで拘束は続けさせてもらうぞ」


 キルトのマフラーによる拘束は次第に強さを増していく。それに合わせてもがくアインの身体の自由はだんだんと失われつつあった。左腕は体に密着するようになり、両脚と剣を握る右腕は抵抗の色を失いつつあった。


「……残念だったな」

「「なに?」」


 その台詞と共にもぞもぞと左手を動かしていたアインの動きが止まる。その手の場所は懐に手を入れているようで、声色は若干の余裕を帯びているようだった。ダン長とキルトが口をそろえて真意を問う。


「……何度お前と戦うことになろうと、私はエッダを諦めたりはしないっ!」


 アインの高らかな宣言とともに、布の塊からガチャンと異様な金属音が聞こえてくる。秒を待たず、マフラーの塊は数倍の体積に膨れ上がり、番人の間の壁に次々と穴が穿たれる。


「ぬぅ……」


 不意に受けた衝撃に肩と膝を射抜かれ、思わず呻くキルト。受けたダメージを耐えながら顔を上げた視界の先には――


「キルト……アインがいない!」


 地べたに落ちたマフラーの隙間から、ダン長の声が届く。キルトがマフラーを回収すると、元いた場所にはアインが装備していたはずの鎧の破片が残されているだけだった。


「ウェンティの塗料に憑いたダン長か……ということは奴は鎧を脱ぎ捨てて脱出をしただと? 馬鹿な、鎧を脱いだところで抜け出せるようなヤワな縛り方はしていない!」

「それは一緒に縛られていた俺が一番わかってる。アレはただ脱いだだけじゃない。アインがおそらく左手で何かを操作した瞬間、鎧の方の俺が急にぶっ飛ばされる感覚を味わった。破片の大部分はマフラーで止められたが、隙間から飛び出た分がキルトや壁に当たったんだろう」


 ダン長が状況を分析しながら部屋の周囲を見渡す。床の衣服にこそ命中はしていなかったが、キルトの足下や破壊された壁には黒い鉄片が散在している。


「放射状に放たれた鎧の破片に我輩のマフラーが引き伸ばされ、その隙間をぬって奴は逃げおおせたというわけか? この部屋にいないということは、奥へ向かったか?」

「ああ、通路に仕掛けた目と耳で既に捕捉している。鎧の一部を飛ばしたから一回り小さくなっているが、まだ下に鎧を着こんでいたようだ」


 ダン長の言葉に反応してキルトが出口の向こうに振り返る。その視線の先では、逃した侵入者が進軍を続けているのだ。


「追うか? ここを抜けられてはマギリアの家まで番人の間は無いぞ?」

「いや、怪我もあるしもう狭い通路では不利だ。それに、まだアインには無限ループの疑心暗鬼に陥ってもらってるんだ。下手に追撃して余計な気づきを与えたくないな」


 怪我を承知で追撃を提案するキルトだが、ダン長のストップがかかる。監視中のアインの進軍は非常に遅い。口車に乗せられてありもしないループを脱する謎を探しながら、慎重に探索している。


「それより、この破片を持って酒場に帰還してくれ。知恵者のイワシの爺さんならこの奇妙な鎧について知ってるかもしれない」

「? わかった」


 ダン長の指示に若干の疑問を抱きつつも、アインを拘束していた場所に転がる破片をいくつか拾い、キルトは最後の番人の間を後にした。






「いやあ、惜しかったなスケさん!」

「フン、奴の鎧にこんな仕掛けがあったとも知らずにこのザマだ」


 サキュバスの酒場に召喚されたキルトが、ウデップシの励ましをよそに持ち帰った鎧の破片を机の上に広げる。


「キルト達番人は全部突破された。後は俺の手札でアインを対処しなきゃならん。イワシの爺さん、この鎧から何か攻略の糸口はつかめないか?」

「む~ん……」


 ダンジョンの工事を生業とするダンジョン工、最年長のイワシは話を振られて顎に手をやって頭を傾け、己の記憶をたどり始める。


「なんなんすかねこれ……うわっ! 水が出てきた!?」

「これは……アクアが水のレーザーで開けた穴か?」


 思い悩むイワシをよそに、無造作に破片のひとつを手に取る下っ端のアシコシ。彼の持つ破片からぴちゃぴちゃとした水音が聞こえ、下部に穿たれた穴から少量の水が垂れる。驚くアシコシを横目に、ダン長はアクア達サキュバスの戦いを思い返していた。


「むむっ! ウデップシ! この破片をブチ割れい!」

「合点でぇ! ダン長さんよ、ツルハシ取ってくんねぇか!」


 何かに閃いたイワシの指示を受けて、鎧の破片を床にぶちまけてひとつひとつツルハシを振り下ろす腕力担当のウデップシ。


(なんて派手に……イグニスが帰ってきてなくてよかったな)


 ツルハシと床を守る緩衝材の毛布を召喚しながら、その迅速で豪快な叩き割りを眺めるダン長だった。ウデップシの剛腕が功を奏して、破片たちはものの十数秒でかち割られた鋼鉄の山と化した。


「全部の破片、中身はがらんどうじゃないか!」


 ウデップシが叩き割った破片は、鉄塊ではなく鋼板を継ぎ合わせた箱だった。驚くウデップシの横で、イワシは思い当たる節があるようで目をむいている。


「こいつは……かつてタイダリアで使われていた技術の粋、『水浮きのフローティング・アーマー』やもしれませんな」

「「水浮きの鎧?」」


 導き出したイワシの推理に、眉をひそめる一同であった。

【海神の娘と悪代官屋敷 11/13 うごめく布と浮かぶ鎧】

 本来はキャンディが待っているはずの第三の間を第二の間の内装そっくりにした疑似無限ループの罠にかけて、アインが動揺した隙をついてキルトが伸縮自在のマフラーで捕縛する。これで決着と思われたが、何かの装置を発動したアインがマフラーの拘束から脱出してしまう。ダン長は無限ループを警戒してアインの歩みが遅くなったのを見て、現場に残された鎧の破片を酒場に持ち帰りダンジョン工達に分析を依頼する。

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