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37話 海神の娘と悪代官屋敷 10/13 次戦 VSキルト

【今回の三文あらすじ】

「興味があるけど読む時間が取れない」「最新話だけ手っ取り早く追いたい」という需要を考え、あとがきに今回の主な出来事を三文に要約しました。

「と、いうことでエッダさん……最初の間で戦ったアクア達はアインに敗北を喫した」

「ええ!? そんなぁ!」


 ラビス迷宮基地というダンジョンの人々の安全地帯である魔女の家の中で、先刻の戦いの結果を報告するダン長。それを受けて護衛対象のギルドの受付嬢であるエッダが不安の声を漏らすのは無理からぬことだった。


「つ、次の番人でアインさんを捕まえてくれるんですよね? できれば事故に見せかけて息の根を……」

「いや、捕まえるには捕まえるが殺害については約束できない」


 きっぱりとエッダの願望を跳ねのけるダン長。魔物側からダンジョンの管理に携わる守護モンスターの仕事には秩序を犯す冒険者の取り締まりも含まれているが、その結果が殺害になってしまうと面倒なことになるとダン長は以前に聞いていた。ダン長達の大きな目的であるダンジョンのボス討伐にとっても、協力させたいアインの命を奪っては意味がないものとなってしまう。


「と、言っている間にアインは罠をかいくぐって第二の間に迫っている。俺の罠のパターンも読み切られてしまったか?」


 ダンジョンの核である循環器サーキュレーターと融合したダン長は部屋にいるエッダと会話を交わしながらも、この受付嬢に付きまとう凄腕のストーカー、アインへの追跡もリアルタイムで続けている。最初の間で戦ったサキュバス三人衆のひとり、ウェンティがつけたペンキを利用して眼を作り、アインの進攻を観察していたのだ。


「じゃあ俺は番人のキルトの援護に集中する。エッダさんは戦いの結果をここで待っていてくれ」

「ひー」


 ダン長はエネルギーの消費を抑えるために魔女の家に展開した機能を最小限にして、第二の間に接近しているアインへの対処へ神経を集中させる。話し相手兼不安のぶつけ先であるダン長がここから離れることを知ってエッダはうめき声を漏らす。






「フン、よくぞここまでたどり着いたものだ」


 当の次の番人が待ち構えていた第二の間。エッダの悩みの種である冒険者のアインが部屋にたどり着き、それを賞賛か悪態か定かではない口調で番人たる透明人間のキルトが呟く。


「さっきの部屋に比べれば統一感はあるボス部屋だが……なんというかどことなく風紀の乱れた匂いが」


 第二の間の様相にアインが指摘する。現にこの部屋は女所帯なダンジョンの住民たちが、衣服製作担当のキルトに製作を請け負わせている。アインがエッダの隠れ先に気が付いて到達するまでの待ち時間を、番人のキルトは作ってきた衣類の点検に費やしていた。ブルーシートの上にそれらを並べ、部屋中に敷き詰めていた。


「このダンジョンの守護モンスターには透明人間がいると聞いていたが、まさか婦女の服を盗んで……」

「いや違う! ひとつひとつ我輩の縫った売り物だ!」


 と、大声をあげて反論するキルト。彼はマレビトの人間から技術継承の為に服飾スキルを叩き込まれ、ダンジョン運営に役立てている。魔物の素材を利用した特殊な衣服は布と思えない高耐久力や防汚性能等を付与されているため、見た目と機能性を両立させたい女性の冒険者に需要が高い。

 

「そもそもストーカーに犯罪を疑われたくは無い! お前の方こそさっさとお縄に付いたらどうだ」

「ストーカーだと……魔物との婚姻を危ぶんで何が悪い。怪我したくなければ道を空けろ」


 お前が言うなとのキルトの反論に、悪びれもせずに開き直るアイン。エッダの話ではタイダリアという出身地では冒険者と守護モンスターの距離はここよりも開いているらしいので、アインが危機感を抱いているのも無理もないことだった。


「ああ、そういえばそういう話だったな。こちらもネズミ退治といこうか……もっとも、ネズミと言っても迷宮をコソコソはい回る侵入者の例えであって、我輩がお前をげっ歯類と見間違え――」

「言われんでもわかってる!」

(速い! 衣服を片付けなければ!)


 痺れを切らしたアインが得物の大剣を構えて突撃する。対する台詞を遮られたキルトは、両手を交差させて袖に入れ――


「ッ!?」


 ガキキン、と鈍い金属音が部屋の中に響き渡る。突進していたはずのアインが剣を縦に構え、半ばで足を止めていた。彼の足下には十センチ大の細長い鉄片が転がっている。


「棒手裏剣か」

「あの速度で走りながら対応できるか……こいつでは仕留められそうにない、な!」


 放たれた棒手裏剣は的確に鎧の隙間を狙ったものだが、剣の腹で全て受けられてしまった。キルトは意にも介さず右腕を振ると、次弾が飛ぶ。袖の下からアインめがけて捕縛用の鎖分銅が伸びる。


「フッ!」


 アインは間合いを詰めながら風を切って迫る鎖を一閃する。切り裂かれた先端が地に落ちるより速く、両者はアインの剣の間合いに入る。


「部屋の片づけが終わったぞ!」

「わかった」


 部屋の片づけを終えたダン長の言葉を受けて、キルトがアインの視界から消える。大剣は空振りし叩きつけられた床が砕ける。兜で視界が狭まっているアインは完全に相手を見失った。


(アインも装甲に見合わず素早かったが、スピードでは完全にキルトが有利か。俺でも目で追いきれないから、下手に罠で援護したら巻き込みかねん)


 キルトのスピードにダン長は完全に振り落とされ、俯瞰して攻防を見守ることにした。彼のダンジョンを分析する脳内マップでは魔物の位置を示す点がバグったゲーム画面のように飛び飛びに表示されている。


(ここで脚を止める……!)


 どんなに厳重に身を覆っていても、人体構造から守りを固められない場所がある。例えば脚を曲げる都合で空けなければいけない膝の裏。背後に回ったキルトが壁を足場に一足飛びにアインに迫る。彼の得物は抜身の直刀。


「そこを狙うと思っていた」


 戦いの経験から鎧の隙を熟知していたアインは、背後の音に反応して振り返り大剣を低く振るう。武器の質量差が響き、ぶつかり合いにはアインが競り勝つのは自明の理だった。握ったままでは刀が折られると判断したキルトはあえて刀を手放した。アインの剣に弾き飛ばされるまま宙を舞う――


(道具移動ッ!)


 はずだった刀は、ダン長の能力で既にキルトの手に再び収まっていた。忍者刀とも呼ばれる反りの無い小太刀程の長さの刀身には、今の衝突で目立つ傷はついていなかった。体勢を立て直し、再び正面に向かい合う両者。


「この速さと武器、まさかキルトは忍者なのか?」


 キルトに追いついて肩に収まったダン長が問う。ダン長は彼の戦いを見たことがなかった。守護モンスター達と互角以上に戦える魔物がダン長の知覚圏内である表層に出てこないのもあるが、彼らは冒険者と違って戦いが本職ではないからだ。

 この身体能力と武器、そして隠密に長けた透明の肉体から忍であることを想起するのはダン長としては当然の反応だった。


「「いや、ニンジャではない」」

(ん?)


 返ってきた二人分の言葉に眉をしかめるダン長。問うたキルトのみならず、傍らで聞いてたアインからも答えが返ってきた。


「「本物のニンジャならば、この戦いはすでに終わっている」」

(この世界に伝わってるニンジャってどんなイメージなんだ……?)


 ダン長は困惑した。転移者であるマレビト達から伝わってきたであろう忍者の情報がねじ曲がり、海外の反応めいたパブリックイメージを形成していたようだ。


「しかしアインよ。なぜお前ほどの手練れが野良の小さい仕事ばかりして、あの娘に付きまとうのだ? その腕前を活かし、真面目に大きい仕事をしておけば、ゆくゆくはギルドの頂点に立つのも夢ではないだろうに」

「なに?」

「お前を拒絶してマギリアの奴とくっついた新人受付嬢に拘らずともだな? 有力な冒険者ともなれば酒場の歌姫から貴族令嬢まで、頼まなくとも縁談を持ちかけてくる相手は後を絶たん」


 アインの実力を評価しながら、届かない相手の尻を追いかけるより真面目に働いて甲斐性をアピールして、もっといい女をひっかけろと諭すキルト。


「拒絶されようが関係ない。エッダの代わりなどいない!」

「そこまで一途か……悪いがそれでもここを通すわけにはいかん!」

「なら勝手におし通るまでだ!」


 言葉での交渉が決裂と見るや、再びぶつかり合う両者。スピードについていけず、再び落っこちるダン長。キルトは俊敏に攻め、番人の間を縦横無尽に駆け回りながら翻弄し、対するアインは動かず守りに徹する。

 あらゆる方向から、鎧の隙間を狙うキルト。刀のみならず、手裏剣に鎖鎌と手を変え品を変えて襲い掛かるも、装甲の間を突くことに難儀している。アインも己の剛剣さえ決まれば一撃で勝負を決めることができるものの、その一撃を相手の速さゆえに当てることができず、急所を守ることに奔走させられてしまっている。


(これは戦いが長く続くな……)


 速さと手数で攻めるキルトが鎧を掻い潜って直撃を入れるか、硬さと強さで上回るアインが反撃で一撃のもとに斬り伏せるかが決め手となった、豹と象のような戦い。どちらが先に決定打を入れてもおかしくない争いは、既に最初の攻防から五分以上も続いていた。

 





「ハァ……くっ……」

「疲れが出てきたようだな……まあその鎧で動き回っていては当然だ」


 戦いが長引き、戦局はキルト側に優位に傾き始めていた。ここに来て初めてアインに疲れの色が見え、肩で息をしている。休みもせずに罠だらけの迷宮内を駆け回り、アクア達と戦った消耗の蓄積も加わり、ダン長にも見える形で剣の動きが鈍っている。


「ハァ……たしかに20年のブランクはきついな……次で勝負を決めよう、飛燕!」

(速い! が、加速魔術に任せた直線的な動きならカウンターで!)


 アインは相手を正面に捉え、疲労を魔術のブーストで補って突貫する。突撃する戦車のような相手を迎え撃つために刀を構えるキルト。間合いを詰めたものの、消耗のせいかアインの剣の振りは鈍い。


(狙うは……肘の隙間!)


 キルトは苦も無く敵の剣を捻ってかわし、腕の隙間を狙い刀を突きたてる――


「……を狙うと」


 カウンターを読んでいたアインは剣から左手を放し、突きを掌で受ける。全身を包む鎧でも、武器を握る都合で手の内側は覆うことはできない。白刃は手の骨の間を貫通し、ガントレットに当たる。


「思っていたぞ!」


 アインは左手を刺されたまま、指でそのまま刀身をつまむ。キルトが刀を引っ張ろうとしても、ビクリとも動かない。


(刺さったままの手で我輩を指だけで!? どんな握力だ!)

(あえて直線的で鈍い攻撃をしたのは、キルトのカウンターを誘う賭けか!)


 キルトとダン長はアインの怪力に驚愕する。アインは魔力加速の勢いを足して刀ごとキルトを投げ飛ばす。矢のように壁に飛ばされたキルトは叩きつけられる前に受け身をとって衝突は免れたが、体勢を立て直して顔を上げた先に相手はいなかった。


「消えた!?」

「いやキルト! アインはお前との決着を諦めて次の部屋に向かったぞ!」


 客観的にバトルを眺めていたダン長は、キルトをぶん投げたアインが部屋を抜け出した光景を見ていた。キルトが出入口に目を凝らすと、視界の端に角を曲がる黒い鎧を捉えた。


「ヤツめ……我輩だけでなく勝負まで投げるとは!」


 それだけアインがキルトを難敵だと評価してのことだが、ダンジョン側からしては逃げられてはたまったものではない。ボス部屋特有の決着がつくまで出られない仕様にしていればこのリスクは防げたかもしれないが、それでは追い詰められた相手が本気を出す恐れもあるので、この辺のリスクリターンは一長一短だ。


「逃がさん!」


 投げられたダメージは軽く、逃げる相手を追走せんと通路に駆け込むキルト。だが、鎧に付いた塗料に目を生やして追いかけているダン長は、アインが己の来た道に振り返り、剣を構えて狙いを澄ましているのを見た。


「だめだキルト、追いかけるな――」

「!」

 

 ダン長が叫ぶと同時に、通路の向こう側から壁と天井と床を削り取りながら力の波が迫ってくる。螺旋・波涛斬り。アクアとウェンティを撃退したアインの切り札だったが、その時とは規模がまるで違う。余波が番人の間にまで流れ込み、天井は崩れ、道は完全に寸断されてしまった。






「アインのやつ、アクア達の時は手加減してたな? キルト、無事か!?」

「……無事なものか。服が破れてしまった、替えも多くは無いのだぞ」


 アインの技による衝撃で廊下から部屋に押し戻されたダン長が姿勢を整える。彼が脳内マップで確認するより早く崩落した天井の隙間からキルトが姿を現す。


「つまり無事だな! しかし、強行突破したフリをして狭い道に敵を誘い込む作戦だったとは……キルトが部屋に引き返してくれたおかげで間一髪で直撃は避けられたようだな」

「予めあの技を知ってなければダン長の警告を直ぐに聞けなかった。これを引き出したアクア達の戦いとダン長の実況の賜物だな」


 服についたホコリを手で落としながらキルトは崩れた出口を眺める。人が通れない道となってしまったが、ダン長の能力があれば第三の間に魔物を送り込むことは容易だ。


「で、まだ下の階層に救助活動に行ったマギリア達は戻ってこない……怪我が無いなら連戦を頼めるか?」

「ああ、だがアインの奴は我輩の攻略法を編み出してしまった。第三の間に召喚されたところで、同じことをされれば次はもうゴールだ」


 ダン長が顔を出して見張っている北側の下層への出入口には、まだマギリア達の姿は確認されていない。戦力になるサキュバスの妹達が残り1人になった以上、最大戦力のキルトにもう一度頑張ってもらうしかない。

 しかし、先ほどの攻防により細道に誘い込んで範囲攻撃で殲滅するという、アインの必勝法が確立されてしまっている。後がない以上、何の策も無ければ二の轍を踏んでしまうことは明らかだ。


「いやキルト、裏を返せばこれはチャンスだ。己の必殺技を初見だと思ってるアインは、策が成ってキルトをブッ倒したか生き埋めにしたかと思い込んでいて……」

「なるほど」


 ダン長がキルトに耳打ちをして次の策を伝える。


「で、この策に我輩の替えの服が必要になるのだな?」

「ああ、それと少し罠の配置を変えれば奴に確実な隙を作ることができる! そしたら捕縛はできるな?」


 ダン長は策の伝達を終える。確認を受けたキルトは自信ありげに首元のマフラーに手をかける。


「任せろ。次は我輩の切札を見せてやる」

「よしやるぞキルト、ダンジョンメイキングでリベンジだ!」

【海神の娘と悪代官屋敷 10/13 次戦 VSキルト】

 サキュバス達を破ったアインはその勢いのまま道中も難なく突破し、第二の間の番人・透明人間のキルトとの戦いが始まる。所せましと超高速で駆け回るキルトとそれに対応するアインの戦いは互角に見えたが、アインの連戦の疲労と装備の重量から戦局は次第にキルトが有利になりつつあった。賭けに出たアインが手傷を代償に強行突破して通路を塞ぐが、次の番人が未だに帰らないためダン長の秘策を携えてキルトが連戦することになった。

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