36話 海神の娘と悪代官屋敷 9/13 初戦 VSサキュバス3人組
【今回の三文あらすじ】
「興味があるけど読む時間が取れない」「最新話だけ手っ取り早く追いたい」という需要を考え、あとがきに今回の主な出来事を三文に要約しました。
ありもしない結婚式を潰しに来たアインと、彼を捕まえる番人のサキュバス達が対峙する。最初に動いたのは末妹のウェンティだった。
「しかしウェンティ、私物は片付けなくてよかったのか?」
「大丈夫だよダン長! 姉さん達と違って私は趣味を武器に使うからねー」
彼女達の傍に通信端末のように浮遊するダン長はウェンティに問う。問題ないと答えた彼女は金属製のバケツを手に取り、呪文を唱える。すると残された家具の布が俄かにはためきだす。
詠唱を終えると、顔の高さに右手を掲げる彼女の指先に5つの黄色のペンキの球体が生じていた。球の表面はわずかに波立っており、風属性の魔術で液体を球状に固定していると見て取れる。
「私の塗料は特別製でねー、魔力を込めると色によって性質が変わるの! ヌメヌメしたりツルツルしたり、効果は浴びてのお楽しみ! くらえぃ、ペンキ玉!」
口上とともにウェンティが球状のペンキを飛ばす。それぞれがランダムな軌道を描いてアインに迫るも、4つは軽々と避けられて周囲の床と壁を汚す。そして残り1つは惜しくも剣で防がれてしまった。
「……くだらん」
「うえっ? 防がれたー!」
攻撃を難なく防いだアインはそのままウェンティへと突撃する。
「させない、炎狐」
割って入るイグニスが人差し指と小指を立て、狐のサインを作る。先程の攻防の間に詠唱を済ませていたらしく、彼女の両手から炎が噴き上がる。その炎は狐を模した塊と化して両手から射出される。
「ちっ」
「……まだだ」
初見の魔術を警戒してか、アインは身をよじって炎を避ける。イグニスがかざした手を動かすと、その手さばきに連動して炎の狐がアインを追う。それに追われて彼は3人から距離を取ってしまう。
(あの金髪のサキュバスが放った塗料……あの狐が通った所が激しく燃えている? それも引火したというレベルじゃない、この色特有の効果というやつか!?)
追い回されたアインは、視界の端にウェンティの飛ばした液体が炎に反応して爆発するように燃えているのを捉える。
「うかつに剣で斬れば危なかったな……水よ、我が前に展じて眼前の危機を教えよ」
「……やばっ」
アインは剣を背中に収め、依然己を追尾する炎の狐に対して空手になり呪文を唱える。彼が道中で通路の先を確認するために展開した水の鏡を作る魔術だが、込めた魔力量の違いか膜ではなくそれが盾のような厚さとなった。
唐突な水の盾の出現にイグニスの制御が間に合わず、炎の狐は正面から衝突する。火の消える音と水蒸気を残し、お互いの魔術は相殺された。
「くそっ」
「大丈夫よイグニスちゃん、火を借りるわね。ハイディングミスト!」
ウェンティとの姉妹連携攻撃も防がれて、思わず悪態をついてしまうイグニス。しかし、サキュバスの連携はまだ止まらない。
姉のアクアが手を叩くと、激しく燃えていた周囲の床から水が発生する。彼女の水魔術による消火とともに大量の水蒸気が発生し、それが霧と化して部屋を覆い始める。
「霧を作ったか……この濃霧では光を灯しても無意味だ。せめてどちらが出入口か分かれば……」
アインは濃霧下における視界を確かめようと腕を伸ばす。その指先が既に白くボヤけ始めたことから霧の深さが窺い知れる。壁伝いに走って脱出するにも炎に追い回されて前後感覚が乱れ、半分の確率で間違って入り口側に出てしまうリスクがある。
突如、次の手を決めかねていたアインの右肩にガツンという音と鋭い衝撃が走る。アインは反射的に貫かれた肩を抑えるが、触った彼のガントレットの指先が僅かに濡れている。霧を裂いて飛来したものはなんと水の弾だった。
(水魔術……視界を塞いでから遠距離から狙撃する作戦か! なら足を止めているのは悪手だ)
サキュバス達が見せてきた攻撃魔術はどれも長い射程を持っていた。アインは部屋が霧に包まれる前にいた場所に闇雲に撃ち込んでいると予想し、霧の中を動き始める。音で位置を知らせないよう足音を殺して十数歩ほど歩く。
「ハイドロレーザー!」
アインの耳に先程は視界の確認に集中して聞こえなかったアクアの呪文が聞こえてくる。その直後に音を立ててアインの眼前の壁石が水のレーザーに砕かれる。外れこそしたが、明らかに場所がわかって撃ち込んでいる狙い方だ。
(何故だ? 動いたことばかりか、動いた方向まで知られている……相手の場所がわからなければアレも使えん!)
走ろうが引き返そうが、視界の外から別々の方向から水とペンキの弾丸が次々とアイン目掛けて飛んでくる。常に動くことで飛び道具による猛攻を凌ぎながらも彼は思考を巡らせていた。
(あのサキュバス達に暗視の能力があるなら最初から部屋の灯りを落として戦えば有利になっていたはずだ。どうにかして私の位置を知る手段を得ているに違いない、だがどうやって……)
混乱するアインの視界の片隅で、霧がオレンジ色に輝き始める。イグニスが放った炎魔術の弾が近づいているのだろう。
(赤いサキュバスの炎、今度はまっすぐ向かってくる。この霧の中で、お前の魔術は自分の場所を知らせるようなものだぞ)
「飛燕」
アインは飛来する炎の弾を跳躍して回避し、そのまま炎の飛んできた方へ空中を走る。
「ねえダン長さん? これちゃんと当たってるのかしら?」
霧の中でアクアは水の弾を次々と撃ちながら、肩の高さに浮遊しているダン長に話しかける。
「ああ、数発に一回はな。俺が辿っている位置は剣に付いたウェンティのペンキだから、どうしても誤差は出る」
視界が1メートルも確保できない濃霧の中で、アクア達がアインを狙えるのはダン長の能力によるものだった。しかし通常であればダン長がわかるのは迷宮内の魔物と罠と自分の座標だけで、人間の居場所を知ることはできない。それを可能にしたのがウェンティのペンキだった。
ウェンティから射出されたペンキは魔力を失いただの物体になっている。そしてダン長はそのペンキに目口の形を取らせ魔力を流し、己の魂を宿らせている。こうするとダン長の脳内マップに己の立ち位置が現れる。
3人はダン長の誘導によって攻撃魔術を連発しているが、それは防御の面においても同様だった。
「イグニス、正面の空中から来る! 左に走れ!」
「わかった」
イグニスが炎の弾を撃った直後、アインの接近を探知したダン長が指示する。イグニスは彼が視界に映る前から左へと駆け出し、足音も無く空中から攻め込んだはずのアインの一撃は空振りに終わる。
「アクア、アインはさっきまでイグニスが居た場所に移動した。イグニスはもう少し走って距離を取って、正面は壁だから二時の方角へ方向転換。ウェンティはイグニスが近づいているから左に動いて距離を保つんだ。まとめて相手の接近や反撃を受けるのを避けるように」
ダン長は3人それぞれの耳元で次々と指示を下す。攻撃のため敵が近づけば対象を遠ざけて、互いがまとめて狙われたり誤射が起こらないよう的確に位置を調整するのがダン長の仕事だ。
この部屋のような閉鎖空間では展開と維持が容易で、アクアは濃霧を長時間キープさせられる。長期戦に持ち込めばアインの体力を消耗させて捕まえられる可能性が見えるし、勝てないまでも地下で救助作業をしているマギリア達が帰還する時間を稼ぐことができる。
(このままいけばアクア達でアインをしばらくは止められそうだな……ん?)
「ウェンティ、何をしている」
「いやー、このままじゃ決め手に欠けると思ってさー」
戦いの最中、見張りの期間に設けた自分のスペースに移動したことに気が付いたウェンティがベッドの下をまさぐり始める。3人の中で唯一戦闘前に私物の移動を拒否していた彼女が取り出したのは――
「それー」
「!」
ウェンティがアインに向かって投げたのは、姉のアクアが持っていたはずの冒険者を模した人形・駆け出しクンだった。ダン長が撤去させたのはアクアの持っていた分の人形だけで、ウェンティが見張りの番にこっそり持ち出して所有者が移った分は管轄になかった。
遠距離攻撃ばかり受けていた当のアインは、人影が近づいたことに驚きながらも反射的に剣を振り下ろす。放物線を描いていた駆け出しクンは袈裟斬りで両断されて床に転がる。咄嗟に剣を振ったアインは斬ってしまった木偶人形の正体が霧でわからず、明らかに困惑した様子で佇んでいる。
「今だよ姉さん達、一気に攻めちゃって!」
ウェンティが声をあげて姉達に合図をする。確かに混乱した相手が足を止めた今なら、一斉に攻撃すれば決定打を与えることができるかもしれない。ただ――
「わあぁ! アクア姉さんどうしたの!?」
「ウェンティィ! なんでアンタがジョニーを持ってるのよ!!」
「だってぇ! 模様替え終わった後に裸でぼっちの人形があったから要らないと思ってー」
「そういうものじゃないじゃない! ひとついくらすると思ってるのよ!」
唐突なアドリブをかました末妹の声の方に一目散に向かっていったアクアがウェンティを掴んで激昂している。ウェンティも使わないなら要らないと思ったのだと、自分の正しさを主張するがそれでアクアが納得するわけもなく――
「……そっちか」
「あ」
サキュバス達の口喧嘩から方角を特定したアインが剣を構え、魔力を迸らせる。危機を察知したイグニスが声をあげるも何もする間も無く、敵は攻撃の体勢に入ってしまった。
「螺旋・波涛斬り!」
「「あっ……きゃあああ!?」」
アインが剣を振ると剣先から竜巻のような波動が発生し、正面の壁や床を抉りながら直進していく。作戦を乱して自分の場所を知らせてしまった2人破壊的なは風の渦に巻き込まれ、壁に吹き飛ばされてしまった。
「姉さん、ウェンティ!?」
直撃を免れたイグニスですら目を覆うような突風が小部屋の中を吹き荒れる。それでも次の一撃が自分に来ないとも限らないと、何とか薄目を開けて状況を知ろうとする彼女の視界は、その悪い予感通りアインの黒い甲冑を捉えてしまう。
「くっ……」
「やめておけ、敵わないとわかっているだろう? 手加減はしておいた。戦うより姉妹の介抱をしてやれ」
イグニスが慌てて身構えるも、アインは戦意を見せない。互いが顔を見合わせている間も、今の技の余波によってだんだんと視界が広がっていく。
(あれで手加減……?)
「む、入った時と部屋の配置が逆だな……ならば私がいる側が出口か」
アインはウェンティの住居スペースの左右が、入った時と逆になっていたことから出口を特定する。
「……私も倒してかないの?」
「私の標的はあくまで例の魔女様とやらだ。姉妹ともに仕事と趣味を両立して暮らすがいい」
アインはそれだけ言い残して通路の奥へと走り去っていく。
「待っ……」
「よせイグニス、後はキルト達に任せるんだ」
なおもアインを止めようとするイグニスをダン長が制止する。連携を崩された今、彼女に勝てる可能性は無いのはこの場の誰もがわかっていることだった。風の余波が完全に霧を晴らすと、崩れた壁に半身を埋めて気を失っている2人の姿が露わになった。
「わかった……ごめんダン長。姉さんのドールに熱中しすぎる弱点(味方に)突かれて負けちゃった」
「ま、まあアインの技を使わせることはできたじゃないか! 知ってると知らないでは戦術の組み立てに深く関わってくる。よく頑張ってくれたな」
「……うん」
ダメージを受けた姉と妹を放置するわけにもいかず、涙を呑んで小さくなるアインの後ろ姿を見送るイグニス。ダン長の慰めも建前ではなく、事実先程の攻防も酒場に中継してフィードバックがなされている。アインの手の内を引き出させるほどこちら側が有利な情報が増えるのだ。
「俺はまた道中の罠で出来る限り奴を消耗させる。イグニスは2人を頼んだぞ」
「わかった」
ダン長が知性が高い魔物の召喚するには相手の同意が必要になるので、気を失ったアクア達を退避させる手段は無い。ダン長は現場をイグニスに任せ、石を待機モードにして部屋から去る。
「およよ……アクアちゃん達負けちゃったのう……まあみんな無事で何よりじゃが」
「わりといい線いってたと思ったが、アインにそんな技があったら遅かれ早かれだったな!」
ダン長の中継を聞いていた酔っぱらいのダンジョン工達が勝負の結果を受けて口々に感想を漏らす。
「しかし、なんでアインは今の技をさっさと使わなかったんですかね?」
ダンジョン工最若手のアシコシは素朴な疑問を投げかける。確かにあの技があれば、たとえ攻撃自体を外したとしても霧を晴らすことができる。
「大技は魔力の消費も大きい、必要に迫られるまで余計な力を使いたく無いのだろう。あと二部屋の番人に加えて、マギリアが控えていると思えば考えられん戦術でもない……だがまあ、偶然で負けるくらいならと勝負を急いだようだな」
アシコシの疑問にキルトが答える。アクアの水のビームは鎧に穴を開けていた。確かに双方の戦力差は大きく開いていたものの、長く戦っていればまぐれ当たりでこちらが勝ちを拾えていた可能性もあった。
「ほっほっほ。敵の戦力を計りながら出し惜しみするのは、ベテランの冒険者に多い戦い方でありますな。特にワシら年寄りなんかは、筋肉痛なんかも若いモンより遅れてきて長く残るしのう……」
イワシがキルトの推理に捕捉を加える。経験を積んだ冒険者ほど、想定外の連戦や事故に備えて『自分が後何回戦えるか』に気を配り、最小限の力で敵を片づけようとする。
加えて『獅子は兎を狩るにも全力を出す』となどと、全身全霊で攻撃して素材の塊である魔物を木っ端微塵にするのは少なくともこの世界では愚の骨頂という考え方もある。
「……次はキルトの部屋だ。マギリア達はまだ戻ってこない、できればキルトが決めてくれ」
「任せておけ」
ダン長の激励にキルトはそう返し、光に包まれて二番目の部屋へと召喚されていった。
【海神の娘と悪代官屋敷 9/13 初戦 VSサキュバス3人組】
対番人の第一戦、アインはサキュバス達の魔術攻撃を全て凌ぐ。そこでアクアは防がれた魔術をも利用して部屋を濃霧で包み、ダン長のナビゲートを利用してサキュバス達が一方的に遠距離攻撃で攻め立てる。しかし、ウェンティが戦局を動かそうと余っていた人形を放り投げて囮にし、アクアを怒らせたせいで位置がバレてしまい敗北してしまう。




