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31話 海神の娘と悪代官屋敷 4/13 住み込み番人三人衆

【今回の三文あらすじ】

「興味があるけど読む時間が取れない」「最新話だけ手っ取り早く追いたい」という需要を考え、あとがきに今回の主な出来事を三文に要約しました。


 ある日のラビス迷宮基地の朝。この世界でも太陽は東から顔を出して地上を照らす。その光景をこのダンジョンの主は見ることはできないが、中庭の四方の壁が切り取った空の色でそれを観測することができる。


「師匠、エッダさん、目玉焼きには何がいいです?」

「ん? いつも通り塩で」


 小気味よくフライパンの目玉焼きを等分するヘラの音と共に飛んできた質問に、卓に着いていた魔女のマギリアは魔導書を読みながら気だるげに答える。質問の主であるエプロンに身を包んだ少年のリンは彼女の弟子である。


「ちょっと魔女様、お弟子さんに調味料までかけさせながら本を読むのはお行儀悪くないです? それと私はマヨネーズで」


 右手に本を持ち左手でパンを齧るマギリアに向かって、対面の眼鏡の女性がたしなめる。彼女の名はエッダ。ダンジョン最寄りのミルス村で冒険者ギルドの受付嬢をしていたが、冒険者からのストーカー被害にあってからここで匿われている。


「マヨネーズだと? あんな保存のできん調味料なんてキャンディの店にしか置いてないぞ。だいたい、塩と卵で作ったマヨネーズをわざわざ卵にかけるなら最初から塩振ればいいだろう」

「そんな……仕方ありませんね、こんな田舎じゃタイダリアくらいの文明は望めませんし」

「一言多いですよ……ちなみに僕は何もかけずにイケますけど」


 目玉焼き論争が勃発し、慇懃無礼を体現するように丁寧に余計なことを口走るエッダにリンが横で突っ込む。


「うう、皆さんより舌が肥えててすみません……」

「ほほう、ひょっとしたら私よりアインとかいうストーカーの方が味の好みが合うんじゃあないか? 巷ではストーカーの大半は顔見知りの犯行と言うじゃないか。同郷のよしみとか言いながら、案外最初からそれ目的で故郷から追いかけてきた奴かもな、余計なこと言って手ひどいフリ方をして恨みを買ってたかもしれん」


 言葉選びの拙さを指摘されながらも若干失礼な謝り方をするエッダに、マギリアは皮肉交じりの指摘を入れた。エッダはミルス村に越してきてから日が浅くて親しい知人がおらず、それがダンジョンの魔物に頼る一因にもなっていた。


「えぇー……故郷のダンジョンは海の中ですよ? あそこに行く冒険者と言ったら男も女も日焼けした半裸の連中ばかり! アインさんみたいなガチガチの鎧で出歩いてる人、衛兵にもいませんでしたよ!」


 ストーカーと好みが似てる可能性のあると言われてムキになるエッダ。彼女の故郷である港湾都市のタイダリアは、魔王軍との戦争中に海に建てられた前線基地を睨む。戦後にそこの管理をする以上、冒険者は水泳や素潜りに適した格好をするのが通例だった。


「はぁ、三人も集まると目玉焼きの調味料ひとつでこんな喧嘩になるのか……」


 口論を眺めながらため息をついた卓上の石ころはダンジョンの主であるダン長だった。彼は事故によって転移直後に死亡してダンジョンの核と一体化してしまった元人間である。直方体の石に目と耳と口を刻み、魔力を通すことで外界との意思疎通が可能になった。


(まあ、サキュバスの姉妹はこんなことで争わずに番人の仕事をやってくれるんだろうなぁ……)


 事の原因となったアインを捕まえる為に、ダン長達はダンジョンに悪代官の屋敷を作ることとした。悪代官屋敷とはモノの例えで、要は罠と用心棒を置いて、囚われの姫を助けて悪党を成敗しにくる者を迎撃する施設である。ダン長は、最初の番人として配置したサキュバスの三人に思惑を巡らせた。






「あー! アクア姉さんそっから先はライン越えてるって言ったでしょー!」


 迷宮の中で不自然なほど開けた空間で、金髪のサキュバスである末妹のウェンティが姉に向かって枕を投げつけていた。ゴールまでの通路を等分するように設けられたみっつの小部屋のうち、最初の部屋での騒ぎであった。


「もう、人形の配置を確かめる為に離れて見たいだけなのに……」


 背中に枕を受けて、ウェンティに振り向きながら反論する青い髪のサキュバスは次女のアクアだ。番人として指名されて三人ともここで過ごすことになり、設営で揉めているようだ。


「まったく姉さんもウェンティも……ダン長サン? やっぱこじれてるわこっちも」


 ソファに腰かけながら、姉と妹のやり取りを尻目に爪の手入れをしている赤い髪のサキュバスは三女のイグニスはぽつりと独り言を洩らした。彼女は昨日の夜、サキュバス達が働く酒場『戦士の羽休め亭』に現れたダン長から依頼を受けた時のことを思い出していた。


「番人? 私達三人が?」

「……別にいいけど」

「いいよ、たのしそー」


 彼女達は要請をそんな感じで軽く請け負っていた。ストーカー退治という大義名分もいくらか彼女達の背中を押していたのだろう。

 確かに彼女らの実力は姉(?)であるキャンディや、魔女のマギリアと透明人間のキルトに比べれば実力は数段劣るが、三人の本分は強いコンビネーションであった。ただしそれは守護モンスターの仕事をこなす上での連携であり、プライベートはまた別の話だった。


「おはよう、イグニス! 着替えをしている子はいないか?」

「ん……大丈夫、出てきていいよ。というか姉さんが喧嘩してるの、早く出てきて」


 小部屋の一角、『ダン長用』と書かれた札の下の石に雑な作画の口が生えてイグニスに話しかけてきた。魔女の家で話をしている傍らでも、ダン長はこうやってダンジョンの表層になら複数の顔を作って見聞きが出来る。だが魔物とはいえ女性の部屋に入るのに気を遣って、ダン長は見てはいけないものを見てしまわないよう先に部屋の様子を尋ねることにしている。

 三女から了承どころか依頼までもらったので、ダン長は慌てて目を入れて部屋の中に飛び出す。


「あーダン長だー、おはよー」

「おはようございます、ダン長」


 イグニスの声でダン長の出現に気が付いて、二人は口論を辞めてダン長の方に寄ってくる。


「なんかトラブルがあったようだが?」

「そーそーダン長、アクア姉さんが私の部屋に入ったの。こんなんで同居なんて無理だよむーりー!」


 間延びした声で元凶を指さして抗議するウェンティ。


「意外だった……こういう美人姉妹って普段からベタベタしてて、いっそ一緒のベッドで寝るのも抵抗ないもんだとばかり」

「姉妹にどんな妄想抱いてるの? 一人っ子?」

「ぐ……」


 イグニスのツッコミを受けて、ダン長は彼女らが良好な関係を築いているという先入観から軽率な采配してしまったことを悔いた。


「ダン長、本当に私達じゃなきゃダメなんですか? 確かに私達は姐さん達に比べたら弱いけど、三部屋の最初の番人にする必要ってあります? 姐さんが最初にいれば全部解決するんじゃ……」


 アクアは抗議ではなく純粋な疑問を投げかけた。ダンジョンの番人は弱い順に遭遇するというのは、現代の娯楽に慣れ親しんだダン長側の発想であり、守護モンスターにはその辺の実感が無いので当然といえば当然だった。むしろ味方の損害が少なくしたいなら、最初から一番強い者に入り口を守らせておくのは定石である。


「アクア、これは別に弱い順で出番を与えているわけじゃない。この悪代官屋敷を作る上での条件で、アクア達三人が最初の番人に一番適しているからだ」

「条件?」

「『ここの構築を進めている間も、ちゃんと通常通りのダンジョン運営が続けられること』だ。アインがここを訪れることをコントロールできても、来るのが朝か夜かまでは読めないからな。ユニットで動ける三人組なら朝昼晩で見張り番を交代できるだろう」


 ダン長はサキュバス達が最初の番人として至適である理由を説明する。アインをいつかここに来るように誘導できても、その誘導に従って彼がどれだけ準備を整えてからやってくるかまでを操作することはできない。

 今現在ダンジョンの一角を使って代官屋敷を構築しているが、守護モンスターも普段の仕事を並行する必要がある以上、すべての部屋に番人が常駐することはできない。それに最初の部屋で守護モンスターの誰かが侵入に気づけば、仕事中の他のメンバーもダン長の能力で小部屋に呼び出すことができる。第一の部屋を除けば番人の部屋は普段は空にしてても問題ないのだ。

 その他大勢の冒険者の為にみっつの安全地帯を閉められない関係上、最初の部屋に割けるのは研修中のフリッカも入れて五体が常駐するサキュバスのバーからでなければならないのだ。


「フリッカはまだ実戦経験が足りないし、キャンディはいざ見張りに加えたらアクア達の分も無理して請け負ってしまうだろう?」

「……やりかねないわ。なら、姐さん抜きの私達でもちゃんとやれるって証明しなきゃね!」


 ダン長はフリッカとキャンディを使うことができない理由を説明して、アクアは納得してキャンディに頼らず自分達の力で仕事を成し遂げようと決意した。彼女はもしもキャンディも加えて見張りを四分割したとしても、キャンディが自分の担当する時間を増やして寝不足に陥ることを予想していた。

 ダン長が目を光らせてダンジョンの入り口を見張ることもできるが、彼特有の魔力であるダンジョンポイントを全回復させるにはおよそ8時間の完全休眠が必要となる。一日のうちの3分の1はダン長の監視ができないという隙が生まれるのだ。


「だから、アクア達三人がローテーションを組んでずっと最初の部屋で張っててもらう必要があるんだ。だが……こんなに部屋に統一感が無くなるとは」


 昨晩にダン長が依頼をしてから完全休眠をしている間に、サキュバス達はここで過ごす為の私物や趣味のものを持ち込んでしまった。先を越されてなるものかと争った結果、第一の番人の間は混沌と化していた。


「ダン長サン、その能力持っておいて今まで私らの私生活を覗いてなかったのは偉いけどさ……戦争終わってから私達だって何十年も人間と関りを重ねてきたんだ。趣味のひとつぐらい持つくらいの想像力は欲しかったな」


 慌てるダン長にイグニスが自己主張しながら不満の意を現す。今まで自分の趣味に踏み込むほど興味を持ってくれなかったのが気に入らなかったとでも言いたげな口調だった。


「そーそー、一日中侵入者を見張るお仕事を三等分するんならさー? 石の壁に囲まれただけの部屋で過ごすなんてナンセンスじゃーん?」

(たしかに……俺は今までゲームでいつやってくるかわからない勇者と戦う為に、延々と小部屋で待ち続けるボスの事情を想像したこともなかった……!)


 便乗して改装の正当性を語るウェンティの言葉にダン長はハッとした。彼はほどほどの強さを持ちながら殺風景な部屋で勇者の到着を待ち続け、あえなく倒されてダンジョン攻略に必要なアイテムを落とす為に生きていた中ボス達に思いを馳せてしまった。


「すまん! 探索先の中ボスはずっと到着を待ってくれていたのに……それなのにダンジョンに入る前にカジノやらカードやらレースやら……!」

「「「いやダン長、何に謝ってるの!? 怖ッ!」」」


 暇つぶしに創意工夫するサキュバス達を見て、生前のゲームでさんざん寄り道して待たせてしまったボス達につい謝ってしまうダン長だった。

 そして問題の部屋は、石灰らしきものの白線で四角い部屋をYの字に区切り、彼女達がアインの浸入を待つ時に過ごすそれぞれの居住スペースにしてあった。アクアの領地には水色を基調とした爽やかな家具のほか、壁にもたれたり天井から糸で下がっている駆け出しクンと呼ばれる沢山の木偶人形があった。


「領域侵犯だったら、ウェンティだってジニーのドレスに絵の具つけたじゃないの。迷惑はお互いよ」


 アクアの趣味は人形だった。駆け出しクンは罠の動作確認用の囮が主な役割だが、彼女は仕事の儲けで新品のを個人的に仕入れては名前をつけて着飾るのを楽しみにしていた。

 キルトほど実用的な服を作れるわけではないが、人形用の服なのでむしろ実用からかけ離れたデザインの服や装飾品で仕立てることもできる。普段は物腰穏やかで妹達のまとめ役になる彼女も人形の前では目つきが豹変する。


「姉さんだって人形の配置を考えてよ。天井までミッチリ敷き詰めて、布が音を吸って響かなくなる」


 物静かな口調で姉を注意するイグニスはピアノを趣味にしていた。暗いピンクと黒を基調にした落ち着きのある色合いの家具を囲うように、スペースの中心に小ぶりなグランドピアノが配置されていた。100年以上も呼び続けた現代人の中に楽器職人でも混じっていたのだろうと思えば、ダン長は違和感を覚えることはなかった。だが現代でも小さくても高額の商品を、どれだけの貯金をして買ったのかの彼女の苦労には想像が及ばなかった。

 ダン長は人前で彼女が演奏するのを見たことはないが、本棚に収められた数々の楽譜が彼女の入れ込みようを物語っている。


「イグねえ、どうせ人前で披露する度胸も無いのにそんなの気にするんだからー」

「……まだ人に見せられる腕じゃないだけ」


 姉の人前で披露する自信の無いピアノをからかうウェンティの趣味は、以前のアスレチック大会のポスター作製の時にこれでもかとアピールした絵だった。

 絵心の無いダン長から見てもお世辞にも上手いとは言えず、緑と淡い黄色を基調にした落ち着くはずの空間は壁も床も絵の具でベチャベチャになっていた。そのせいで今の彼女の手足には絵の具がところどころ付着しているが、仕事中にその姿を見なかったのはプロ根性として徹底していた。


「ウェンティこそ、そんなブツを平気で人前に晒す神経がどうなってるか知りたいよ」


 壁の現代アート(?)に呆れかえったイグニスが言い返す。アクアやイグニスの手を出すには高額な趣味に比べて画材さえあれば始められる敷居の低いジャンルのせいか、とにかく手にした給料で計画性も無く買って使い切るという奔放を通り越して刹那的な使い方をしていた。

 そしてキルトというお手本や楽譜という先人の遺産がある姉達と違い、彼女のズレた感性を矯正するものは無い。そうして数十年をかけて彼女の美的センスは世間から逸脱してしまった。


(まあ正直、各々の感性は無視するとしてだ……問題は見張り期間は同時に居ることが無いから大丈夫だが、居住スペース同士が隣り合っていると面倒が絶えないな……)


 ダン長は姉妹達を最初の番人にするための心理的な壁を感じ始めていた。担当時間にウェンティが絵の具を飛ばして今度はピアノを汚さない保証も無いのだ。いざとなればダン長の物質移動で絵の具だけ移動させれば解決できそうでもあるが、最初から起こらない方がいいアクシデントである。


「そうか……境界が触れ合ってるからトラブルが絶えないんだろうな。いっそ中立地帯を作ってみたらどうだ?」

「中立地帯?」

「100ある面積を三等分するから無理が出るのもあるだろう、10をそこに割り振って90なら三等分もできる。だいたい今のY字の線引きだと、イグニスが出口側に、ウェンティとアクアが入り口側に出られないだろう」

「「「ぬぅ」」」


 当面の問題は、互いが入っても問題ない共用スペースを作れば解決するだろうとダン長は提案した。サキュバス達はハッとしたような様子で三人ともうなづいている。


「ひとまず壁に向かって孤を描くように出入口を繋ぐ線を二本描いて、そこを廊下代わりにしよう。それで入り口から見て左からアクア、イグニス、ウェンティの居住スペースということでどうだ?」


 ダン長はまずは小さい紙に設計図を書き込む。説明の通りに膨らんだ二本の弧線が部屋を三等分した図を覗き込んで、姉妹は各々のメリットを考える思考に入る。


(縦長の構図になったわね……入口から出口への移動を時間の流れに結び付けて、季節の移ろいを意識したコーディネートに挑戦しようかしら!)

(私の右隣はウェンティの部屋。アクア姉さんほど布も置いてないしピアノの右側にくるようにすれば音響の乱れも最小限にできる……?)

(さっきの分け方より壁が広い! キャンバスが増えたー!)

「「「いいわ!」」」

「お、おう……」


 それぞれの思惑が奇跡的に合致していることを知らず、彼女らの意見一致に戸惑うダン長。サキュバス達はせっせと家具を新しいスペースに移し始めた。


(統一感こそ皆無だが、これで見張りが各々の時間を大切にできる第一の番人の間ができるぞ……)


 天井に生やした目から俯瞰して慎重に廊下の線を描き、大がかりなものは物質操作で移動を手伝いながら、サキュバス達の模様替えを安心して眺めているダン長だった。


「しかし、ここを戦場にするのか……?」


 いざ戦闘が始まった時にこの家具が傷つかないよう移動させるのに必要なダンジョンポイントの量を想像して、ダン長は実体の無い冷や汗を垂らした。

【海神の娘と悪代官屋敷 4/13 住み込み番人三人衆】

 マギリアとリンの師弟と魔女の家で匿われるエッダとの目玉焼き論争を聞きながら、ダン長は最初の部屋の番人に任命したサキュバス達に思いを馳せる。ダン長がイグニスの頼みで第一の間に現れると、万が一の侵入の見逃しに備えて誰か一人はいないといけない都合上、生活空間の奪い合いになったサキュバス達の口論が始まっていた。ダン長は各々の趣味とプライバシーを邪魔しないよう苦心し、スペースを縦に割いて全員が出入り口を利用できるように設計した。

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