30話 海神の娘と悪代官屋敷 3/13 施工準備
【今回の三文あらすじ】
「興味があるけど読む時間が取れない」「最新話だけ手っ取り早く追いたい」という需要を考え、あとがきに今回の主な出来事を三文に要約しました。
アインという冒険者からのストーカー被害に悩む受付嬢のエッダ。その相談を受けたダン長達はあわよくば彼も味方にしたいと目論み、対談の場をセッティングするために捕まえるようにダンジョンを改造することに決めた。
「よーし、マギリアは中庭で遊んでるリンとフリッカを呼んでくれ。俺はキルト達を召喚する」
「わかったわかった、ところでダン長? 『悪代官の屋敷』というのはなんだ?」
対談の決意を固めたエッダを尻目に人手を集めようとするダン長にマギリアが疑問の言葉を投げかけた。悪代官の屋敷というのは日本のテレビドラマでよく使われる概念で、当然だが彼女には馴染みの無い言葉だった。
「うーん、他に俺が端的に表現する言葉を思いつけなかったのが悪いんだが……豪邸で悪い奴が裏で悪いことを話し合って悪い取引をしたり、誘拐した町娘の帯を回して脱がすような悪いダンジョンのことだ」
「えらい悪いってワードを推すじゃないか……」
「そういう物語の中じゃ、悪代官が悪事を成立させる前にヒーローが乗り込んで斬られてしまうってのが定番なんだ」
異世界人に向かって時代劇のお約束を語るダン長。それは彼が生きていた時代で長年愛されていた『お主も悪よのう』や『よいではないか』の様式美だ。時代劇に限らず、さらわれたヒロインを救助しに悪党の城に乗り込む主人公という構図は様々な媒体で使われている題材だ。
「ほほう、つまりこのダンジョンをアクダイカンの屋敷に見立てて、私達がその悪党で、相談しに駆けこんだエッダが服を引ん剥かれる町娘というわけか。作るのが楽しみだな!」
物語の王道であるおかげか、人間との関りの深いマギリアは案外あっさりとコンセプトを飲み込んでくれた。彼女は意気揚々と中庭で遊んでいるリンとフリッカを呼びに行った。
「各位、かくかくしかじかということだ。このダンジョンはこれから悪代官の屋敷になる」
「まぁ女の敵! そのストーカーさんに、愛のあるお付き合いをわからせなきゃいけないわ!」
ダン長が集まった面々にエッダがこのダンジョンに駆けこんだ事情を説明して、今後の計画を改めて語る。最初に野太いオカマ口調の声をあげたのは、ラビス迷宮基地の守護モンスターであるサキュバス四姉妹の長女(?)、インキュバスのキャンディである。
マギリアの家が手狭になることと客の冒険者達の応対もあって、下のサキュバスの妹達は残して彼女が代表して召喚されてきた。彼女は怒りを籠めて真っ先にエッダの心情に共感した。
「しかし、悪代官屋敷……言葉選びはアレだが、番人に罠か……!」
そしてテンションの高い独り言を発したのは守護モンスターの一人である透明人間のキルトだった。元が透き通っている彼は自分の居場所があえてわかるように包帯とトレンチコートに身を包んでいる。顔にあたる部分にかけたサングラスの向きから、何かに耽るように上を見上げているのがわかる。
「なんでしょうね、僕もドキドキしてきました……なんなら乗り込む側になってみたいような」
「あたしも……」
キルトの横で同じく気分が上がっているリン。彼はダン長とマギリアに保護下で冒険者の修行を積んでいる一般人の少年だが、ダンジョンの皆がくれるからという理由で普段から女物の服を好んで着ている。もっともその女物を着ているという違和感は、まったく見られないような容姿をしているが。
そしてリンの横でまた同意するのは新人守護モンスターのフリッカだった。彼女は過去にダンジョンで死んだ子ども達の残留思念に魔素が反応して生まれた魔物だ。その容姿は一番人格が強く出ている少女のものをしているが、今の説明に魂の男の子の部分が刺激されているようだ。
「まったく、悪代官屋敷が男って生き物のどこを刺激するんだか……」
ダン長の説明を手伝いながら、マギリアは揃ってテンションを上げる三人を呆れながら見ている。囚われのヒロインを助けに敵の城へってシチュエーションは彼女にはあまり響いてないようだ。
「さて、気合いを入れてもらったのはうれしいが、悪代官の屋敷をここに作るうえで避けては通れない問題が大きくわけてみっつある」
「問題とは?」
そして彼らの浮ついた心を鎮めるためにダン長は問題を提起する。
「ひとつ、この屋敷を作りながら平時のダンジョン営業を通常通りやること。ひとつ、それに関わってくるがこの屋敷をどう作るべきかということ。そして最後のひとつ、アインってストーカー野郎を確実に一人で来させる方法だ。皆で協力して解決していこう」
ダン長は当面の問題をひとつずつ列挙し、リンと守護モンスター達はうんうんと頷きながら課題を飲み込んでいく。
「あの、私の為というのは重々承知の上ですけどー……どうして回りくどくダンジョンを作り替えるんですか……?」
おずおずと手を上げながら疑問を呈したのは町娘役のエッダだった。きょとんとした顔で守護モンスター達は顔を見合わせる。
「……そうだな。こういうのはダンジョンごとの事情がある。私達が否が応でも戦力が欲しいから穏便にすませたいのもあるが……」
素朴な疑問に代表してマギリアが答える。エッダの故郷・港湾都市タイダリアが保有するダンジョンは既に彼女の父の活躍で制圧済みなので安定したダンジョン運営がされているが、ここのボスは結解を張り傷が癒えて目覚める日を待っている。有望な戦力を集める為になら、多少素行に問題がある冒険者相手でも構わないというのだ。
「それに、ダン長がこの迷宮を使ってどんな仕掛けを作るのか楽しみなところもあるな!」
「……私って日が浅くて今まで机仕事で、魔女様達のことよく知らなかったけど……こうして直接お会いして余計わからなくなりました」
そしてマレビトの知恵を見たいという彼女達の好奇心も原動力にあった。伝聞でしか守護モンスター達のことを知らなかったエッダは、思った以上に人間くさいその内面に混乱していた。
「さて、みんなダンジョンの地図を見てくれ。この南西一帯を独立させて、アイン専用の難関ダンジョンにしてしまおうと思う。ここでキルトの住居へのアクセスが悪くならないように工夫しようと思う」
会話の間に地図を呼び出して机の上に広げたダン長が、罠を張るのにちょうど良いと目星をつけた場所を指し示す。地図の中央やや北はマギリアの、北西にはキルトの、北東にはキャンディの安全地帯がそれぞれ存在する。
この中でもっとも活気があるのは守護モンスターの数も多く宿泊施設も兼ねているキャンディの経営するバーである。しかし他の拠点も冒険者の補助の一環として特技を活かしてキルトの家では魔物の素材で作った服を、マギリアの家では術式の付与された道具を有償で調達できる。
つまりダンジョンの中に魔物の経営する宿屋と防具屋と道具屋がある便利な構図になっているため、簡単に塞ぐわけにはいかない。
「我輩の家をこう、ダンジョンの真北あたりにまるごと動かせないか?」
「いや、物が多すぎてダンジョンポイントの出費がな……」
「それにキルトちゃんの安全地帯は西側から群生地に降りる冒険者さん達の要地よ。移転させるのも危ないわ」
「ならば予定した区画の北側は削った方がいいな、エッダは私の家から動かすわけにもいかないから……」
「「「あーでもない こーでもない」」」
一同は慎重に協議を重ねて、キルトの家への道を途絶えさせないようどこまでを切り開いていいか検討していく。書記を兼ねてマギリアが地図と同じサイズの紙を用意して完成予想図の設計図を書き込んでいる。
「よし、こんなものだろう。おっとマギリア、元の地図は棄てないでくれ。事件が終わったら元の形に戻す」
数時間の会議の結果、南西の一角をアイン用の代官屋敷に改装することとなった。ダン長がまた天井が崩したと情報を流して口実を作り、この区画を封鎖して罠と魔物を撤去して工事を始める予定だ。
「ちょっとぉ! なんで出口から魔女様の家に繋がってるんですかぁ!」
会議中はリンの遊びの相手をしていたエッダが、会議の結果を見てツッコミを入れた。彼女の言う通り完成予定地は南西を正方形に区切っているが、その四角の右上の隅―ダンジョンの中央側―から一直線にエッダを匿った魔女の家に通路が繋がっている。
「ん? なんか問題あるか?」
驚くエッダに対して、マギリアが呆けた様子で答える。
「この構造、突破されたらアインさんがここに来ちゃうってことですよね!」
「ああ、まあ建前上ゴールは必要だろ? 当然アインにも進んだ先に目標がいるって情報を渡して確信を持たせる。万が一があればエッダさんをキャンディの店に退避させておけばいいからな」
ダン長は焦る彼女に野良狩り専門のアインをダンジョンに挑ませる以上、抜けた先にエッダがいるというニンジンをぶら下げておく必要があると説明した。横でマギリアが「まあ、突破させる気は無いがな」と付け加えて自信のほどを示した。
「うう……それならまぁ……でもこの迷路って行き止まりとか分岐がない実質一本道じゃないですか、これ絶対たどり着くやつですよね?」
協力してもらってる手前あまりストーカー捕縛作戦に強く言えないエッダだが、この完成予想図の迷路としての構造の欠陥は口に出してしまった。事実、普段のラビス迷宮基地のまるでゲームブックの迷路のような入り組んだ道に対して、新しいマップは正方形を縦横無尽に駆け回れば絶対に出口に着けるようになっている。
「そうだな。これは冒険者の心理なんだが……例えばエッダさん、二手に分かれた道に直面したとして、この時冒険者達ならどうする?」
「まあ……素材を探しに来るわけですし、片方しか行かないメリットがありません。背後の罠や挟みうちを警戒して念の為両方探索しますけど」
ダン長に逆に質問を投げかけられて、エッダは冒険者のセオリーを思い返す。
「普通の冒険者ならそうする、俺もそれを見て来た。だが今回はエッダさんを探す狂ったストーカーに来させるわけだ。しかも相手はダンジョン探索の経験が無いわけだし」
「そうよ、相手はエッダちゃん一直線で来ちゃうわけだから、もし正解の道を引かれたら他の道が全部無駄になっちゃうの。限られた土地は有効活用しないと♪」
ダン長の説明にキャンディが補足する。アインはダンジョンには興味が無いタイプの冒険者と推理して、目的さえ見つけてしまえば隅々まで探索しないだろうという算段でできるだけ移動時間を長くとらせる方針をとった。
「でも不正解の道を選ばせたら、そこへ進む時間と引き返す時間を倍使わせることができるんじゃ……?」
分かれ道を用意しないことにエッダが疑問を呈した。確かに間違いの道を選ばせることができたらそれだけ時間と相手の疲労を稼ぐことができるが、その疑いの声にマギリアがマンガみたいな汗を垂らして動揺を浮かべている。
「いや、うちには引きが悪すぎるクズ運持ちの魔女がいるからな。運ゲー要素は省いておきたいんだ」
たくさん道を用意しておいて一発で正解を引かれる事故を危惧して、あえての一本道というストロングスタイルをとることとなったと説明するダン長。
「で、この広い部屋はなんです?」
次にエッダが目を付けたのは、完成予想の図面上で一本道の道中に三カ所ほど設けられた広い四角のスペースのことだった。
「罠に疲れ、魔物対処に疲れたアインを捕まえる為に、ここで守護モンスター達には戦ってもらう。いわゆる番人の部屋ってやつだよ」
「ああ、ちゃんと捕まえてくれるんですね……」
ゲームにおけるダンジョンでは中ボス部屋と呼ばれるであろう空間は、ラビス悪代官屋敷においては疲れたストーカーの捕り物を行う部屋の機能を持つこととなった。ダンジョンの面々がちゃんと捕縛した状態で対談させてくれることに安堵の声を漏らすエッダだった。
「そうだ。そしてマレビトの国では金を湯水のように使う富豪達がこういう部屋を使って、さらった女を助けに来た侵入者が勝つか番人が勝つかで賭け事を行っていたそうだ」
「賭け事!?」
キルトがどこかで歪んで伝わった現代知識を披露する。賭け事に反応してマギリアが目を輝かせたが、「やめとけやめとけ」と彼女の運の無さを知る周囲から諫められる。ツッコミを受けてしょぼくれたマギリアを尻目にダン長は指示出しを続ける。
「ということだ、受付嬢の業務妨害を口実に守護モンスターの交戦は認められるだろうが、お互い死なない死なせないを目標に頑張ってくれ」
「わかったわ」
「して、配置はどうする? 我々の頭数に対して部屋の数が足りんと思うが」
「ああ、その辺は順番はもう考えている」
ダン長の指示を受け取り、番人の配置を尋ねるキャンディとキルト。
「ああ、もう決めている。第一の部屋の番人は、サキュバスの三姉妹だ」
【海神の娘と悪代官屋敷 3/13 施工準備】
ダン長が悪代官屋敷の概要を守護モンスター達に説明すると、男衆のテンションが上がりだす。アイン専用の難関ダンジョンとするべく『通常営業を平行できること』『悪代官屋敷の内容』『アインを単独で来させること』を目標に立てる。ダン長は守護モンスター達と相談しながら、冒険者の仕事の邪魔にならないよう南西部分を選び、三カ所の番人の間を超えて魔女の家をゴールとする一本道の通路を設計する。




