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28話 海神の娘と悪代官屋敷 1/13 ストーカー被害?

【今回の三文あらすじ】

「興味があるけど読む時間が取れない」「最新話だけ手っ取り早く追いたい」という需要を考え、あとがきに今回の主な出来事を三文に要約しました。

「よし。後は役所に出す報告書だけだから上がっていいよ、エッダさん」

「あっはい! おつかれさまでしたギルド長」


 夜の帳が下りたミルス村の一角にある民間冒険者ギルド『迷宮同盟』。そのギルド長と呼ばれた穏やかそうな髭面の中年男性に帰宅を促されて、黒髪眼鏡の若い受付嬢が帰り支度を始める。灯りを点す道具も魔術も限りがあるので、ここは緊急時を除き夜には冒険者からの依頼受け付けと報告を締め切ってしまう。


「最後まで残って働くのも偉いけど、暗くなりきる前に帰らないと夜道は危ないよ?」

「すみません……故郷は夜も明るかったからつい……」


 長時間の労働をたしなめられ、宿直担当のギルド長を残して納品物の査定を手伝っていたエッダと呼ばれた受付嬢が建物を出る。


(やっぱ、田舎ってまだ慣れないな……)


 出入口のドアノブを握ったまま、エッダが故郷との感覚のズレに感じた精神の疲労を吐き出すようにため息をもらす。どうやらこの女性はミルス村へやってきて日が新しいようだ。


「こんばんは、エッダさん」

「あ、確か先月入った……」

「アインです。もう暗いでしょうし家までお送りしますよ」


 エッダが通路に向き直ると、ギルドの向かいの建物の軒先から顔からつま先までを重厚な黒い甲冑で包んだ重戦士が彼女に話しかけてきた。

 暗がりから兜でくぐもったハスキーな声と共に大柄な鎧が現れる光景には威圧感はあるが、冒険者を見慣れているエッダは動揺を表に出さず言葉を返す。

 ミルス村は基本的に戦闘力を持つ冒険者の気性が柔和だ。そのため特別に治安が悪い場所の類ではないが、時折スリ・ひったくりが出たり主に春先に露出魔が出るなどの軽犯罪は発生する。暗い道を自衛する術を持たない女性が1人で歩くには心許ないのだ。


「アインさん? 口説くつもりでしたら遠慮させてもらいます」

「いやいや、同郷のよしみってだけですよ」

(あれ? アインさんの出身もタイダリア? でもなんで私と同郷っていうのを知ってるの?)


 先述した夜道の不安もあり、エッダは真っ向から断ることもできず条件をつきつける。その言葉を受けてアインと名乗る騎士は「無礼を働いてしまった」と言わんばかりに右手を顔に当てて少し空を仰ぐ。


「わかりました。道中で貴女とは言葉を交わしませんし、離れて歩くことにしましょう」

「……それでしたら」


 ナンパが目的ではないことを証明するため、彼が話をせず距離をとるという紳士協定を飲み込んで、同行を受け入れるエッダ。鎧の騎士は宣言を守り、時おり歩幅の差で置いて行ってないか心配しながら振り返ることはあるものの、一言も発さず静かに彼女を先導する。


「はい。着きましたよエッダさん」

「……はい」

「では、おやすみなさい」


 10分ほど夜道を静かに歩き、エッダの暮らす集合住宅へとやってきた。ここは独り暮らしの女性用の建物であるため、アインは敷地の中に入らず門の前で彼女を見送った。現代でいうアパートに属するこの建物だが、故郷を離れて頼る相手の無い受付嬢が入居できるだけあって造りはいたって簡素だ。ドアを開けたエッダは上がり込むなり履物を脱いで、白いブラウスと黒のスカートの事務員スタイルから洗濯を済ませた寝巻に着替え、眼鏡をナイトテーブルに置いてベッドに倒れこむ。

 裕福ではない彼女は夜に家に帰ったら即寝る。日記を書くにも本を読むにも、魔術の心得の無い彼女には灯りもタダではないからだ。身体の汚れをとるための入浴も、銭湯までの夜道を平気で歩ける者でもない限り明るい朝の利用が平民の日常だ。


「はぁ、確かにいつもより安心するけどちょっと緊張したぁ……」


 ベッドに沈みながら、彼女は仕事の帰路のことを思い出す。自宅まで送ってくれたのは先月の末にこのギルドに入ってきた鎧の騎士だった。彼は約束通り一言も話さず自分の数歩前を歩いて先導してくれたが、その時のやり取りが心の中でささくれのように引っかかっていた。


(……なんであの人、私が場所教えても無い家に先導できたの!?)


 一拍おいてその違和感に気付き、背筋が凍らせるエッダ。もはや彼女には窓の外を確認する勇気も無く、ドアが開けられないことを祈りながらシーツを握りしめて震えていることしかできなかった。





「ってことで、あれ絶対ストーカーなんですよぉぉ! 魔女様なんとかしてください!」


 ミルス村の管理下にある魔物の巣食うダンジョン――というより、ここを管理する為にミルス村が作られた――のラビス迷宮基地。その安全地帯のひとつである魔女の家で先日身に起きた怪談を話すエッダの前には、ダンジョンに常駐して冒険者を助けるよう人間と契約した協力者の魔物がいた。相談相手は紫紺の服の上にミミズクのようなフードを被った柑子色の三つ編みが特徴の魔女、守護モンスターのマギリアだった。


「あー、そういうのって人間同士のトラブルだろう? ダンジョンに持ち込まれても、どう対処していいか困る」

「あうう……そうですよね」


 一部始終を聞いて下した彼女の率直な意見にエッダは肩を落とす。守護モンスターの主な仕事はダンジョンの生態管理と冒険者の救助。冒険者ギルド内の色恋沙汰のトラブルは管轄外なのだ。


「ギルド内の揉め事で第三者が欲しければ警備隊にでも……いや、あそこは事件になるまで動かないか。夜道の二人連れじゃ証言能力も五分五分だろう」

「仰る通りです……まだ実害も無いからと向こうも取り合ってくれなくて……」


 一応村には腕の立つ冒険者達が過剰に幅を利かせないよう監視も兼ねて、国直属の警備隊が村の治安維持にあたっているが腰が重いという欠点がある。動くのは傷害や窃盗など、目に見える形で事件が起こってからなのだ。


「だがマギリア? わざわざダンジョンまで足を運んだということは、エッダさんにもそうしなきゃならない事情があるのだろう」

「ダン長……」


 来客用に整えたテーブルを挟んで座る2人の間の卓上にあった長方形の石から声が挟まる。声の主は100年の時を経てダンジョンと同化してしまった人間で、こうしてダンジョンにある何かに顔を刻んで魔力を流すことで意思疎通を測ることができる。本名は自身が忘れてしまったので周りからはダン長(ダンジョンの長の略)と呼ばれている。

 彼はダンジョン内の知性の低い魔物や罠などの物品を操作する能力を手に入れており、戦闘能力を持たない受付人がダンジョン内の施設へたどり着けたのはこの能力による露払いのおかげだった。


「そうなんですよ! あのアインって同郷の新米冒険者、ギルド長やベテランの人達からの覚えもよくて……同じく新参者の私が『あの人怪しいんです』って言ったら『そんなことアインに限って無い』だなんて流されてしまったんですよ!」

「新参者? あぁ、言われてみれば私もお前の顔に見覚えが無い」


 ダン長のフォローを渡りに船と見たエッダが、彼我の信用度の差からギルド側が動いてくれない事情を語る。ギルドと懇意にしているマギリアも顔を覚えてない程、彼女の方も入って日が浅いようだ。


「はい、私は3か月前にタイダリアの街から引っ越してきました。だからギルドの外に相談できる知り合いもいなくて……」


 ギルド内ではアインの方が信を置かれており、警備隊は実害が出るまで動かない。新入りゆえに村には信用のできる知り合いもいない。そんなエッダは藁にも縋る気持ちで、冒険者達の噂越しに評判を聞いていた守護モンスターの元へ訪れたのだった。


「タイダリア?」

「このファンタリオじゃ有数の街だぞー? 国土の東端にある漁業が盛んな港湾都市だ。ミルス村までは隣街を中継して馬車で半月くらいで、海底にルルーエ神殿ってダンジョンが……」


 ダン長の疑問にマギリアがさも常識かのように当の街のことを告げるが、途中で言葉を止めて焦るマギリア。同じく卓上に置かれたダン長の刻まれる表情も驚愕の色を呈していた。


「思えば俺、ここ数か月ダンジョンで生活が完結してたせいで……この世界の地理がどうなっているか気にかけたことがなかったな」

「すまん、私も説明するの忘れていた……」

(まぁ、開幕から冒険者対処だとかいろいろあったからな……)


 ダン長は皆が『大陸』と呼ぶこの土地がどうなっているのか、疑問に思ったことが無いことに驚いていた。自分がこの世界に転移した結果ダンジョンそのものになったというインパクトに感覚がマヒしていたのかもしれないと結論付けた。


「とりあえず身の回りの説明をするとだな、今は海に囲まれたこの広い陸地のやや北側をババーっと横断する山脈を挟んで魔王軍の領域と人間の領域がある。これもかつて戦争の時に、魔王軍の侵攻に対して滅ぼされた国々の民が一つの勢力として団結してな。その後で戦争での功績が多かった三勢力のリーダーを王と担ぎ上げて、魔王軍を北に追い返し取り戻した人間の領土を縦に分割統治することになった」


 マギリアは卓上に出した簡素なメモ紙に筆で書き込みながら、この大陸の国々と建国経緯を簡単に解説する。


「それから小さい割譲を繰り返して人間の領土は縦長のみっつの大国と、その周囲にあるいくつかの小国が治めることで安定した。で、私達のいるファンタリオってのは東の大国だな」

(数十年の歴史をえらい簡潔にまとめるじゃないか……魔術に関わることよりずっと短いのは本人には黙っておこう)


 戦争中は無限に魔物を生み出す厄介なダンジョンは、戦後には資源の宝庫と化した。そうなれば自然と、国がダンジョンをいくつ所有・管理しているかは国同士のパワーバランスにも関わってくる。

 争いに疲弊した人間達は領土面積やダンジョンの数と総魔素が均等になるように慎重に切り分けたが、別々の境遇の人間達を魔王軍への敵愾心ひとつでまとめた集団が、停戦後も結束を続けるには無理があった。徐々に軋轢により団結に限界が生じ、大樹のもとで木々が芽吹くように小さい国がダンジョンを所有し独立して今の勢力図になったという。


「なるほど助かった……また必要になったらこの世界のこと教えてくれ! しかしエッダさんもよくそんな遠いところから村に来たな」

「……できるだけ母のいる実家、いえ街から離れたかったのでこんな辺鄙な村まできました」

「「……」」


 ダン長はマギリアに礼を述べつつ話を戻す。遠い街から来たのなら何かしらの理由があると思って問うと、余計な一言と共に予想以上に深刻そうな返事が帰ってきた。


「地元のことが嫌いなのか?」

「はい。街の人達が、どこを歩いても私のことを『海神の娘』としてばかり見るんです。母と違って物心つく前に死んだ父のことなんて知らないし、息苦しいったら無いですよ!」


 エッダが感情を昂らせてつい椅子から立ち上がる。その様子に若干引いた対面の1人と1個を見て「すみません」と謝って恥ずかしそうに座り直す。


「『海神』とな。ルルーエ海底神殿を初めて最下層まで攻略した冒険者ガイナスのことか、まさか娘がいたとはな」

「ッ……」


 マギリアが顎に手を当てて海神のワードから伝説の冒険者のことを思い出す。海底というあらゆる人間を拒む環境のダンジョン。戦時中は防衛線を張って海からの侵攻を防げば事足りる。しかし戦後になって循環器を奪われぬよう管理下に置き、魔物を資源として利用するには人間側から乗り込まないといけない。

 ガイナスは海中という圧倒的に不利な環境でダンジョンのボスを倒し、循環器を人間の物にした屈強な冒険者だ。その偉業は遠く離れたダンジョンの魔女にも知れ渡っていたが、当の本人の娘はそれをよく思ってないのか顔をしかめる。


「そうなんですよ、父がそういう人でしたから周りに集まってくる人も冒険者だらけ! やれ『将来はお嬢ちゃんも冒険者になるのかい?』だの『来月冒険者になる甥っ子の嫁に来ないか』だの……頭からつま先まで冒険者な連中に囲まれるうんざりするような幼少を過ごし、私は無事冒険者嫌いになりましたとも……」

「エッダ……」


 憂鬱な思い出を語りながらどんどん語気を高めていくエッダ。


「あんな街で生きてたらいずれ私は冒険者と結婚して将来冒険者に育つ子どもを作って、冒険者で家を建てて庭には大型冒険者が走る生活が約束されるんだぁ……」

「「語彙力」」


 ストレスとパニックのあまり語彙が乱れ、物理的にも精神的にも冒険者に囲まれた将来設計を語るエッダに、ダン長とマギリアは語彙力を失ったツッコミを入れるしかなかった。

【海神の娘と悪代官屋敷 1/12 ストーカー被害?】

 タイダリアというミルス村より進んだ港湾都市から越してきた冒険者ギルドの新人受付嬢のエッダは、アインと名乗る同郷の冒険者の付きまといの悩みを守護モンスターに相談をする。相談中に立て続けに聞き慣れない土地の名前を聞いたダン長は、マギリアから予備知識として戦争後の人間達の勢力図を説明される。『海神』と称されるほどに功績を残した父を持つエッダは、故郷にいては嫌いな冒険者と離れられない生活を送らされると嘆く。

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