23話 匠と亡霊 13/13(結) 新しい仲間
【今回の三文あらすじ】
「興味があるけど読む時間が取れない」「最新話だけ手っ取り早く追いたい」という需要を考え、あとがきに今回の主な出来事を三文に要約しました。
アスレチック最終関門の知恵比べ。総合順位が1位で到達したフリッカは、焦りからか間違いを選んで壁にハマってしまう。助けようとした少年達は彼女の外れた義足を見て驚いて逃げ出してしまう。事態はさらに悪化し、優勝賞品の診察券の引換券を入れていたはずの宝箱がミミック化していた。
「ミミックだ!」
「ミミックだと!?」
マギリアがミミックを見た途端に驚きの声をあげる。それを聞いたダン長が想起をしないでもどんな魔物かわかってしまう。宝箱に擬態してうっかり近づいた者を鋭い牙で襲う有名な魔物だ。
「なんだってミミックがこんなところに……」
ダン長は思い返す。ダンジョンの核である循環器の不具合。それは死人の遺志という実体のない存在に作用してゴーストという魔物を生むと同時に、逆に意思のない実体に作用して魔物を生むことがあるという。循環器のイレギュラーが発生するのは数日に1回。ここに設置する前にこの宝箱がミミック化しているなら、賞品の引換券を入れる時に誰かが気が付くはずだった。施工が終わってから今日の間にダンジョンにある無数の道具の中からピンポイントで今回に使う宝箱に作用するというのはとんでもない低確率の不運だった。
「おい、そういえば確認してないが……引換券を入れる宝箱を持ってきたのは誰だ?」
「……私だ」
(お前は金輪際運だめしをするな! クズ運!)
慌てて開催までの間にミミック化する予定の宝箱を持ち込んだクズ運を持つ者の存在を確認してみたダン長だったが、ショックで震わせながら手を上げたのはマギリアだった。
「くそっ! 来るな、来るな!」
(だめだ、意思の無い道具は俺の言うことも聞かん!)
胴体を縛り付けられたままこちらへ威嚇的な行動をとったミミックへ氷魔術をぶつけようとするフリッカ。しかし、彼女の放つ氷の塊は機敏に動くミミックに当たることはなかった。ダン長がミミックを制止させようとするもも意思の無い道具に宿った魔物には暖簾に腕押しだった。酔っぱらいにすら当たらない攻撃が、臨戦態勢の魔物に当たるわけもなく、敵対行為と受け取ったミミックは牙を噛み鳴らして相手を捕食する構えをとる。
(ああ……結局私もここで惨めに食べられるのか……)
攻撃が全て外れ、諦めてうなだれるフリッカ。縮まり続けるミミックとの距離に反比例して、彼女の焦燥は加速していく。
(父さんも母さんも、私を預ける親戚も居ないからって無理矢理お引越ししたんだ……こんな危ない魔物がいるダンジョンに……友達を村に残して!)
ミミックが跳躍を繰り返して眼前に迫っていく。フリッカは生前に彼女の親が無理を言ってダンジョンに入植をして、自分を一緒に連れてきた親とのやりとりを思い出していた。
いつ魔物が出てくるかわからないダンジョンに人間が家族ごと移り住む、一見して愚かと思える方策だった。しかし、人間達がダンジョンとの付き合い方を模索する段階では、後世から愚行と見えるやり方も当時としては実験的にやらねばならないことだった。それでもフリッカにはそのような事情など何も納得できなかった。ただ村や街に残してきた友達との別れへの後悔しかなかった。
(せっかく一緒に遊んでたあいつらも私がゴーストってバレて逃げた……! 死んでもこうやってまた独りで襲われるしかないのかよ!)
拘束されて避けれられないまま、フリッカは襲い掛かるミミックの攻撃に目を瞑って最後の時を迎えるしかできなかった。しかしその最後の時は、待てども待てども訪れることはなかった。
「ごめん、武器になるもの探してて遅くなった!」
フリッカとミミックの間に、挟まっている人影があった。化け物の牙を止めていたのは、フリッカの悲鳴を聞きつけて製作陣から先に聞いていた正解の穴をくぐり、鉄格子を解体した時に片付け忘れていた鉄棒を拾っていたリンだった。
「あんた……なんでマギリアの弟子が私を!?」
鉄格子の端材1本で魔物を止めるリンに対して愚直に疑問を述べるフリッカ。彼女からすればリンは憎きマギリアが放った監視役なのだ。魔物に襲われて消滅しようが師匠と同様彼にも何の痛痒もないものだと思っていた。
「僕が引率だから! いや、そうじゃなくても……ダン長が僕だったらそうしてた!」
リンはマギリアから引率を任されていたが、それを抜きにしても彼は右も左もわからないのに自分を助けようとしたダン長を尊敬していた。
「弟子……」
鉄棒を振り回し、ミミックの牙を退けるリン。飛びかかった勢いを削がれ、2・3回バウンドして着地するミミック。リンはそれに追い打ちをしかけるべく鉄パイプを構えて飛び掛かる。
「やあっ!」
ガンッ! と床石を打ち付ける鉄材の音が牢獄跡に鳴り響いた。彼の最初の1か月はダンジョンでの生存術ばかり叩きこまれて、リンは戦闘技術を磨くことはほぼなかった。そのまま己の慣れた薪割りのスイングで鉄棒を振り下ろして、見事に空ぶって床を打ち付けてしまった。
「イッ……!?」
床を鉄棒で殴った衝撃を両手に受け、身体を固めてしまうリン。その軌道を避け、あくまで最初に攻撃をしかけた壁に張り付いたゴーストへ攻撃をしかけようとするミミック。一瞬助かったと安堵したフリッカは再び恐怖にその青白い顔を染める。
「ガァ……ッ!」
リンとフリッカの間に、いつの間にか新しい人影が現れてミミックを足蹴にしていた。紫を基調にした服に、ミミズクを思わせるフード。守護モンスターの1人であるアークメイジのマギリアであった。彼女の向けた杖は上部が扇のように開いて、その間に光る魔術文字が浮かび上がっていた。マギリアがひと睨みすると、足下でうごめいていたミミックの身体に炎が奔り、数秒も持たずに上がった断末魔の消失と共に焼失した。
「……」
「……」
クズ運を引いたショックから立ち直って召喚されたマギリアと、そのクズ運のとばっちりを受けそうになったフリッカが顔を見合わせて気まずそうにしている。
「ダン長ちゃん! アルちゃんはこっちで確保したわ!」
「こっちも救助完了だ!」
その様子を眺めていたダン長の耳に、少年達を追いかけさせた守護モンスター達の報告が届いた。アルはハンマーロードの途中でキャンディが、そこを超えてしまったピートはキルトが浮動床で安全を確保したことの報告をした。フリッカの正体がバレてしまったこともあり、ことの顛末を少年達にも話す必要があるだろう。ダン長は大会を中止し、一同を魔女の家に集めることとした。
「あんたら、これ……」
「……フリッカちゃん、抜いちゃってごめん」
魔女の家に集合するなり、開口一番に謝りながら少年達2人は引っこ抜いてしまったフリッカの義足を持ち主に差し出す。
「悪いな、私が魔物だって隠してて。本当は、私のワガママにダンジョンの皆も付き合ってたんだよ」
脚を持った少年達にフリッカが謝る。ダン長達の苦労は自分の為と自覚していたからこそ、最後の最後で水の泡になってしまったと思って勝ち気な態度は鳴りを潜め、しおらしくなってしまっている。
「フリッカちゃん、僕は足が抜けてびっくりしただけだから!」
「いや、俺なんてびっくりすらしてねぇし! 前の部屋の忘れ物思い出しただけだし!」
フリッカを慰めようとするピートに対抗して自分の方が驚いてないと対抗するアル。サキュバスたちが作ったSAN値チェックもののポスターが回り回って功を奏したのか、度胸面が厳選されてしまった少年達は一度仲良くなった相手がゴーストであろうとも怯まない。
「今日は楽しかった! またダンジョンに遊びに来ていい?」
「こらこらガキども、お前らにダンジョンは早い。また来たけりゃ将来冒険者かダンジョン工になるこったな」
少年達が次に会う約束を取りつけようとするが、それをマギリアが制して襟首をつかんで物影に連れていく。『また遊びたい』という言葉を聞いてフリッカが感極まって言葉を失ってしまう。ダン長は少年達を連れ去った彼女のことが気になって追いかける。
「ま、魔女様? これって……」
「僕達勝ってないのになんで……」
「信頼できる大人の人を連れて、街の両替商に持っていけばいいお小遣いになるぞ」
フリッカから引きはがした少年達は、物影でマギリアに渡されたものに驚く。前にダン長に見せたのともう1枚、プラ製の診察券が1枚ずつ少年の手に渡っていた。
「お前たちくらいのガキんちょと別れたまま死んだやつらの魂が不憫に思えてな。これはやつの素性を隠して驚かせた詫びとして受け取ってくれ」
(そうか。こいつがフリッカを倒さずに封印してたのも、冒険者に倒してほしくなかったからなのか……あれだけ遊びに熱中するやつだ、友達と遊べないまま死んだ子どもを蔑ろにできるわけないもんな)
診察券の売り方を教えて、本心から死んだ子どもたちのことを憐れんでいたことを少年達に告げるマギリアを見ているダン長。彼女も『冒険者に味方して魔物を差し出してる職業』であることは仕事として割り切っているが、それとは別に冒険者に倒させたくない事情を持つ魔物がいる葛藤を抱えて生きていたのだ。
「ということだフリッカ。マギリアは別にお前が嫌いで封印してたわけじゃないんだ」
「そんなの……なんで最初に言ってくれなかったんだ……あいつ最後の最後まで悪役ぶりやがって」
「ほんそれ」
クール気取りのマギリアはこのままだと10年経っても本心を告げないだろうと、ダン長が皆の前に新しい顔を生やして代弁する。浄化が始まったのか、生前の未練が解消された彼女は下半身から少しずつ光の粒子と化していく。
「ちくしょう……やっと願いが叶ったのに……『また遊びたい』なんて言うなよ……」
「フリッカ……」
フリッカの透き通る身体は浄化を受け入れようとしてるのに、彼女の目は涙をためて消えるのを拒む意思を見せている。人間の意思に魔素がついた魔物は、在り方が精神状態に依存しているのか、彼女の葛藤に合わせて浄化のペースが安定しない。
「だけど、私の為にみんながんばったのに……残りたいなんてワガママだよな……」
沢山の人間が時間をかけて今日という日を作ったことを理解しているからこそ、彼女の理性は消滅を選択しようとしている。
「残りたいなら、消えないでもいいんじゃないか?」
「え……」
「俺は100年も眠っていたせいで、元の世界に残した卓を囲んでた友達も、ここに召喚しやがったやつももういないんだ。だけどフリッカにはまだ一緒に遊びたいヤツや文句のひとつも言いたいヤツが残ってるんだろう? ほったらかしで消えるのが嫌なら納得できるまでいればいいだろ」
嫌なら残ればいいと、あろうことか浄化の為に企画を発案して一番働いたヤツが彼女のワガママを受け入れようとするのに呆気にとられるフリッカ。
「ダン長、師匠の家で言ってたことと違うじゃないですか」
リンがツッコミを入れる。死んだ人間はいつまでも現世に留まらずに消えるべきだと初日にマギリアを落胆させたのを、横で聞いて覚えていたのだ。ダン長は二枚舌との彼の指摘に顔を強張らせる。
「死人の魂はどうあるべきなんて、元いた世界の法律になんか定められてないからな。あれは俺が俺の中で守っていればいいだけのこと、言わばハウスルールだ。フリッカの意思を曲げてまで押し付ける気は無い」
ハウスルール。彼が生前嗜んでいたTRPGではその作品世界の法則を定めるルールブックや、補助用のサプリメントだけでは判別しがたい場面が度々出てくる。その度に参加者同士で話し合って折り合いをつけるが、時たま世界の法則より優先されかねないハウスルール(≒ローカルルール)が生まれてしまうのだ。集団の外に対するハウスルールの押しつけはダメ、絶対。
「とはいえ、俺の一存では決められん。イワシ爺さんはどう思う?」
「娘っ子が残りたいなら賑やかで嬉しいが……このままじゃ冒険者にやられてしまうかもしれんのう」
マギリアは遠くにいるので、人間の知恵者のイワシにそれでいいか確認する。身を粉にして働いた彼もフリッカの心変わりを受け入れたが、別の問題を指摘する。ゴーストもまたこのままでは冒険者に倒されてしまう魔物なのだ。ダン長とイワシは顔を見合わせて首を縦に振る。
「おい、なーんでフリッカが守護モンスターになってんのか……?」
数日後、サキュバス達の酒場でアスレチック大会の打ち上げをしていた一同。水の入ったグラス片手にマギリアがぼやく。当のフリッカは給仕を手伝いながら、しきりに手に刻まれた守護モンスターの証に魔力を込めて見せびらかす。今日の宴会は彼女の守護モンスター就任祝いも兼ねていた。
「すっかり浮かれて……おいフリッカ、なるのは簡単だがちゃんと実績つまないと首になるのも早いんだぞ」
グラスを傾けながら釘を刺す。人間の味方をする守護モンスターは、魔物からの推薦と最低限人間とコミュニケーションができれば就任することはできるらしい。助かりたい一心なり人間への善意なり動機は問わないが、求められる使命は分相応に重い。首になれば再び人間に狩られる立場になるという重圧によるストレスも大きい仕事なのだ。
「わーってるよ、だからこうやってキャンディの店手伝ってんじゃん!」
「そうそう、フリッカちゃんのおかげで食材の持ちは良くなったしキンキンのビールは出せるし、アタシ本当に助かってるわ♪ 氷魔術に限ってはマギちゃんより器用じゃないかしら♪」
マギリアが少年達を村に送る間に隠れて、ダンジョン工とダン長の口添えで彼女の推薦をしたのはキャンディだった。しばらく研修という名目でここで働かせて、ゆくゆくは迷宮の中で仕事させるとのこと。彼女の氷と冷気の能力は酒場の営業にとても助かるものだった。妹達はそれぞれ上から水と火と風の魔術は使えるが、氷属性はいなかったので彼女たちからも重宝された。
「フリッカちゃん、ミルクおかわりおねがい」
酔っぱらうダンジョン工達とは別の席で軽食を食べていたリンがフリッカに注文をする。酒と違って長い保存がきかない牛乳も、今後から気軽に提供できるとサキュバス達は喜んでいた。
「ほらよ、マギリアの弟子」
「ねえ、弟子呼びはやめて。これからはお友達として名前で呼んで欲しいな」
「……わかったよ、リン」
リンのお願いに目を逸らしながら答えるフリッカ。前まで彼を『弟子』呼ばわりでツンな態度だったフリッカだったが、ミミックの前に躍り出て助けてくれた件で距離が縮んだようだ。リンからしてもダン長含めて年上ばかりがいる迷宮で、見た目同世代の知り合いができて嬉しそうにしている。一件落着した光景に、ダン長は後方腕組みダンジョンをしていた。
(しかし、リンから聞いたダン長がフリッカを説得した時に持ち出したハウスルール……ダン長がダン長一人の中で守っていればいいだけのルールか……)
そのダン長込みの光景を遠目に眺めながら考えるマギリアだった。
(つまり、ダン長が死人は消えなきゃいかんって言うのは取り付く島もないレベルの鉄の掟というわけじゃないと。その値千金の情報がわかっただけでも診察券を2枚もはたいた価値はあったな)
ダン長の死んだ自分はこの世界から去るべきだというのは、それは他人にまで押し付けるほど絶対のルールではなく自分だけに課した制約。そこから突破口が生まれるのではないかとダン長の存続を願うマギリアは希望を見出していた。気が付けば、気分の高揚に合わせて早まった水の減りのせいで彼女のグラスが空になっていた。
「おいフリッカ、こっちにも氷と水をくれ」
「ほらよ!」
マギリアが空気に水を差すように遠くの席から氷を催促する。応じたフリッカは、なんと彼女の右手ごと凍らせてくる。
「……やっぱこいつ封印すべきだ」
「やってみろや!」
キレて杖を抜くマギリア。対してフリッカも氷の魔法陣らしきものを展開する。水と油っぷりに喧嘩を肴にしようと囃し立てるダンジョン工と、呆れてものも言えない同僚の守護モンスター達。止めようか慌てるリンを、いざとなったら両者にスライム落として鎮圧するからと安心させるダン長。こちらの2体の距離が縮まるのは遠い話になりそうだった。
【匠と亡霊 13/13(結) 新しい仲間】
罠にかかった上に記録的不運でミミック化した宝箱に襲われたフリッカを助けたのは、リンとマギリアだった。アスレチックも終わり、『また遊びたい』と参加した少年達から言葉を受けたフリッカは新しい未練が生まれ、『消えたくなければ納得するまで残ればいい』とダン長の助言に背中を押されて消滅を拒む。フリッカは新しく守護モンスターに就任し、マギリアは彼女を現世に留まらせたダン長の言葉から消滅の決意を揺らがせるとっかかりを感じとった。




