21話 匠と亡霊 11/13 アスレチック開催
【今回の三文あらすじ】
「興味があるけど読む時間が取れない」「最新話だけ手っ取り早く追いたい」という需要を考え、あとがきに今回の主な出来事を三文に要約しました。
ある休日、ダン長達はダンジョンの工事を行う人間達とゴーストと呼ばれる精神体の魔物と出会う。村の子ども達と遊びたいという未練を残すフリッカというゴーストを倒すには忍びなく、やり残したことを遂げさせるためにダン長達は使われていないところを改築してアスレチック大会を開くことにした。ダン長はダンジョン工や守護モンスター達と力を合わせて3つのダンジョン式のアトラクションを製作した。サキュバス姉妹の広報用のポスターも完成し、あとは開催の日を待つばかりである。
天気は晴、気温は微低。運動するには絶好の日和である。地下の群生地の天蓋にある人口太陽からの地熱でやや蒸すダンジョンの熱気を少しだけ和らげてくれるだろう。
「さて、肝心の村から来てくれた子ども達だが……男の子が2人か」
「ダン長さんごめんね……私達の描いたポスター、何も伝わらなかったみたい……」
魔女の家の前、守護モンスター達の引率で集まった2人の男児を見てダン長はつぶやく。ダンジョン工は3人のおじさん、守護モンスターは魔女のマギリア、オネェのキャンディが長女を務めるサキュバス4姉妹、透明人間のキルトが集まっているが、その中でサキュバス姉妹達の顔色が良くない。ダン長はサキュバスのアクアの謝罪を聞き入れることにした。
子どもが2人しか集まらなかった原因は彼女の手にあるポスターにあった。空と言うのも憚られる極色彩の空間が広がる墓場で、中心に全身に鎌が刺さって宙吊りにされた豚が焚火で火あぶりにされている。焚火を取り囲むように酒樽から酒を汲みながら肉を貪る人影達が円を描き、地べたには網に捕らわれた牡鹿が『次の肉はお前だ』と突きつけられた獲物のように悲鳴を上げている。そしてポスターの上部には開催日時と共に『集え! 亜州烈痴津苦』と懐かしヤンキーの当て字セットで告知がなされていて、賞品のマレビトの診察券――この世界ではプラ製のカードは蒐集家が高値で買い取る金券となる――の表示が隅っこに収まっている。
サキュバス三姉妹がこんな世紀末なポスターを描いてしまった原因は4つ。1つは魔物の中でも悪魔の一種であるサキュバスからすれば、お祭りと聞いた大会はサバトを想起させてしまったこと。2つは守護モンスター達にとってマレビトの文字=漢字のイメージが強く、聞き覚えの無いアスレチックという単語をそのまま漢字にあてはめてしまったこと。3つは建築の為にダンジョンから消えた物品の物騒なペンデュラムや、大量の網、酒樽を全部絵に入れようとしたこと。最後はダン長と何も連絡せずに末妹のウェンティのデザインセンスに絵の部分を任せたことだった。
「確かにあれはSAN値チェックもののできだった……いやすまん、勝手に伝わってると思って丸投げした俺に責任がある。むしろ安全を期すなら2人くらいが丁度いいかな」
ダン長は報連相を怠ったことをひとまず謝り、三姉妹の仕事の結果人数が絞れたとフォローした。50人100人集まるよりは監督不行き届きで遭難させる可能性も低くなるだろう。しかも、あのポスターでふるいにかけられた強々メンタルの子達という安心感もある。
「おはよう良い子達、今日は我々守護モンスターとダンジョン工のおっさん達が主催するアトラクションに集まってくれてありがとう。勇気ある参加者諸君、お名前を教えてくれるかな?」
「ミルス村の商家から来たフリッカだ! 優勝狙ってやるぜ!」
代表してマギリアが挨拶をして参加した子ども達から名前を聞く。当初の目的である『フリッカと遊んで欲しい』ということを明かして、グループからあぶれた子を入れてあげるように頼むような気まずい空気を作らせるわけにもいかない。参加者の男の子達に紛れ込んであたかもポスターを見て集まったかのようにフリッカに自己紹介をさせる。2週間近くの義足を付けた歩行訓練で、足の無いはずの彼女の立ち振る舞いは少し色白な人間の少女と変わりないものとなっていた。
「同じ村のアルだ、ほんとーに優勝したらしんさつけんがもらえるんだって?」
「ピートです、お母さんから畑の休みをもらってきました。優勝目指して頑張ります」
ボサボサ髪の茶髪の少年・アルと黒髪の片目が隠れたおかっぱの少年・ピートがそれぞれ挨拶をする。あのポスターに興味が出たのか、金券を手に入れて欲しいものがあるのかは定かではないが、こうして勇気ある2人の少年が参加することになった。
「フリッカにアルにピートだな。んで、こっちは私の愛弟子で引率のリン。困ったことがあればこいつに頼ってくれ」
「リンです、よろしくね!」
マギリアの横から出てきたリンが挨拶をする。参加者の歳の頃はどちらも10歳だろうか、2人より背の高いリンが見下ろす形になっている。近づかれた少年たちは赤面して目を伏せる。リンの見た目だけは年上の女性ゆえ、この反応は仕方ない。リンの引率のもと、2人の少年と1体のゴーストが会場へ向かい、ダン長と守護モンスター達は前後に別れ道中の安全を確保しながら同行した。
「そういえば、この子達って親は見に来ないもんなんだな」
ダン長が哨戒をするマギリアに話しかける。彼にとっては子ども達が大会に出ると言えば保護者が見に来て当たり前と思っていたので、少し不思議に思っていた。
「まあ親にも仕事があるからな。村祭りのようなハレの日というわけでもなし、何でもない1日に手のかかる我が子がどっか遊びに行った程度の感覚なのだろうよ。私らが監督してるんだから安心もしてるんだろう」
「あのポスター見て子どもが行くの許可する親も親だな……」
親からしてみればこのイベントは、世話を焼かせる子どもの面倒を魔女様達が1日見てくれて、あわよくば金券を持ち帰ってくるかもしれない程度の認識だったようだ。ただでさえ彼ら彼女らは日々の仕事で手一杯なのだ。
「じゃあ私達は部屋の横窓から見てるから、リンは引率よろしくー」
「よろしく姉ちゃん!」
「ね、姉ちゃん!?」
会場である牢獄跡から二部屋は完成してから10日余り、ダンジョン工達が施行したっきりの無骨なデザインから多少の飾り付けが追加されていた。そして、各部屋の側面には目の高さに横窓が作られて向こう側に観客が覗くためのスペースが作られている。大人達はそこに入って廊下から教室の授業参観をする父兄のように見物を決め込むのだ。アルからよろしく頼まれたリンは、年下から性別を間違えられたことにテンションを上げる。3人の中で唯一リンの性別を知ってるフリッカはこのやりとりをジト目で見ていた。
「第一関門、旧吊り橋の間の浮動床! 穴の中で石板を渡っていき、向こうにたどり着くタイムを計る!」
「「おお……すげー!!」」
浮動床と呼ばれた2畳分の広さを持つ大きな石板は、4人が部屋に入った途端大穴の方へ向かっていきそれぞれ移動を始めた。設計当初から石板の数が4枚に増え、落下防止と復帰用の網の張られた幅15m・奥行20mほどの空洞の上を巡回しはじめた。15mのうちの中央5mだけを使って、4枚の軌道は20mの奥行を等分するよう時計回りに1周10秒で巡回する。つまり2つの石板が重なり合うのは10秒に1回、手前が12時で奥が6時の位置になる時だけになる。
床から石板に移り、石板から石板への移動を3度繰り返した後、最後の石板から対岸へ降りるまでの時間を競う。生まれて初めて空に浮いて動く床が橋渡しになる空間を見て驚きの声を上げる少年2人。途中から歩行訓練でろくに工事を見ていなかったフリッカもまた完成度に目を見開いていた。
「まずはお姉ちゃんが渡ってみるね! 乗った時だけちょっと下がるけど安心して」
(女の子のフリ……女の子のフリ……)
と上がったテンションのままでお姉ちゃんロールプレイのまま先陣を切るリン。彼が先に向こう岸に渡ることで、例え落ちたとしても設備の安全を参加者の3人に教えることができ、ダン長にとっても耐重テストの成果を確かめるための慣らしになる。
「じゃあ、第一走者のリン。スタート!」
「はっ……ほっ……よいしょっ!」
スタートの合図と同時に奥を回る石板に駆けだすリン。彼は躊躇なく虚空へ飛び出して、一直線にゴールまで突き抜けた。
「「「ええー!?」」」
3人の参加者達が驚愕の声をあげる。リンは時計回りに動き続ける石板の、1枚目と3枚目が12時の位置にくると同時に2枚目と4枚目が6時にくるタイミングを見計らって勢いのまま3回ジャンプしたのだ。20mの奥行を4等分すると各5mの配分となる。石板は2m弱の正方形なので、奥を通過している時の地面との距離は3mと少し。そこに着地して勢いを殺さずに石板2枚分の助走をつけて跳び、3~4枚目が重なったところへ着地してそのまま対岸へ着地する。
2枚目が最も手前側に近づいていて3枚目が最も奥側にいる時の距離は6m強。走り幅跳びで6mはまだ人類の範疇であるが、網があるとはいえ失敗すれば落ちるリスク込みでできるのは、12歳の少年にとっては異常である。ちなみにこのダンジョンにいる他の面子で同じことが出来るのはアシコシとキルトとキャンディくらいだろう。
「ね? こんな勢いで飛び込んでも壊れないでしょ? だから安心して渡ってね。ここでビリになっても最後でワンチャン逆転できるルールになっているから皆は仲良くクリアしてね!」
「あぁそうだ、リンは冒険者用の特殊な訓練を受けてるだけだからな」
リンが向こう側から声をかけ、ダン長がフォローを加える。あくまでこれだけ勢いよく飛び乗っても石板の軌道に影響が出ないというデモンストレーションであると。第一・第二のアトラクションは、順位によるタイムボーナスが設けられており、最後の診察券入手の部屋への参加に有利に働くというルールだ。つまりこの部屋のクリアタイムで全ての勝敗がつくわけではない。それは道中の説明で参加者には周知させていた。
「よ……よーし……次は俺だな! うわわわっ?」
ボサボサ髪の少年・アルが勇ましく次のスタートの合図に合わせて近づいてきた手前の石板に足を踏み入れた。生まれて初めて味わう母なる大地から離れて動く床にその身を預ける感覚に戸惑い、アルは足を震わせる。ダン長からしてみれば、動く床を当たり前に突破できるのはゲーム越しの感覚だからだ。赤いオッサンが落ちても緑のショタが落ちてもそれは画面の向こうの自分の生命には関係の無いことだが、目の前の人間達にとっては大地との別れは現実的な死が伴う恐怖なのだ。耐重テストでさんざん慣れたリン以外の参加者は落ちるという感覚に恐怖感を覚えるのは仕方のないことだった。
「村人のアル、落下回数1回! 記録は2分24秒!」
「村人のピート、落下回数2回! 記録は3分44秒!」
参加者の男の子達がそれぞれ記録を残す。リンのようなヤバい跳び方をしなくても、順当にいけば5秒に1回次の石板に移動できる。正規ルートでも最短で乗り移れれば30秒ぐらいになる計算であるが、すれ違う次の石板に乗り移るのがネックになった。思い切って乗り移らなければすれ違う石板同士に足を取られて落っこちてしまうのだ。
マギリアが網に付与した浮遊魔術のおかげで怪我無く網に着地することはできるが、それはそれで落ちる度に1分近いタイムロスを強いられることになる。その結果、参加者のアルとピートは2分をオーバーしてのクリアとなってしまった。超えるまでの間、ずっと観客席からダンジョン工と守護モンスター達の声援が響いていた。
「すごいね! 冒険者の訓練を受けてないのにクリアできるなんて、カッコよかったよ!」
「……あぁ」
「うん……」
(しかしリンって、子どもおだてるの上手いんだな)
(こういう男の子がよろこぶポイントは女の子よりわかってますから)
(言い方ァ!)
渡ってきた子どもたちを感激した表情で出迎えるリンとダン長。彼は到着した子の手を握って参加者を褒めたたえる。成果を褒めて欲しいという男の子がされて喜ぶことは女の子よりもリンは知っていた。リンは冒険者の訓練を受けたかどうかのフォローを加えて褒め、見た目年上のお姉さんに成果を褒められて顔を赤らめる少年たちだった。そして、最後の挑戦者のフリッカの番がやってきた。
「じゃあ、最後の参加者。フリッカの番だ! スタート!」
(どうしよう……もし踏み外したらうまく落ちれんのかな……)
万全の歩行訓練を終え、むしろ常人より動けるようになったフリッカにとって落ちるよりも落ちた時のリスクの方が大きかった。重力に従ってちゃんと落ちなければ魔物だと怪しまれるかもしれないという危機感があった。恐れられてしまえば、彼女の遺した未練を果たす機会を逸してしまうかもしれないのだ。
「がんばれー!」
「落ち着いて! 石を渡る時はジャンプした方がいいよ!」
ゴール側の方からクリア済の少年たちの応援の声が聞こえてくる。これがかけっこみたいな単純な競争だったらこういう心境は生まれなかったかもしれないが、ダンジョンの仕掛けという未知の困難に直面して競技者同士の連帯感が生まれてきたのだ。彼らの応援を受けてフリッカが勇気をもって踏み出す。
「慎重にいけフリッカ、進むほど復帰のロスはでかくなる。落ちるよりは無理と思ったら1回スルーした方がいいぞ」
「意外だなマギリア、お前が素直に応援するとは」
ゆっくりと渡っていくフリッカを見ながら横窓からマギリアがアドバイスを飛ばす。その横でキルトが不思議そうに尋ねていた。
「ああ、あいつが優勝して未練なく消えてくれれば診察券は誰の物にもならないからな! 無事私のもとに戻ってくるわけだ」
「コイツ……」
笑顔でフリッカの優勝で賞品が自分のもとに返ってくるから応援していると言うマギリア。キルトは呆れてものが言えなくなる。
「フリッカ、落下回数0回! 記録は1分10秒!」
「1位だ、すごいね!」
「へっ……まぁ俺達が渡るのを先に見ていたからな」
1度も落ちることなく1位でゴールしたフリッカを少年たちが祝福する。同世代の同じダンジョンに挑み、羨望の眼差しを向けられることなどずっと味わったことがなかったフリッカは言葉を失って顔を上気させる。
素直に褒めるピートに対して強がるアルだが、彼の強がりは事実でもある。この手のダンジョンの仕掛けは先に突破した挑戦者の攻略を見て自分なりの戦術を立てることができる後攻有利の仕組みなのだ。加えて常に浮いていたフリッカには、落下への恐怖感が薄かったことも勝因だっただろう。
なので次のハンマーロードは、できる限り条件を揃えるために着順に行くことになる。
「フリッカちゃん、おめでとう」
「……ふん! さっさと次の行くぞ」
引率のリンもまたフリッカを褒めるが、己を封印した憎き魔女の弟子相手ということで素直に受け止めてくれなかった。
「でもあの動く石の上すげーよな!」
「僕、あんなフワフワ浮く感じ初めて……」
(こいつら、浮かぶのってそんなに珍しいことかよ……)
リンと肩に乗ったダン長の先導のもと、与えられた浮遊感の感想を言いながら次の部屋への廊下を進む少年達。元がゴーストで最初から浮いてるフリッカはそれを聞きながら貴重さの実感の薄さを感じる。
「私にとっちゃ、地面に立って歩くのが新鮮だけどな。今日に向けて慣れるためにいっぱい歩く練習したんだ」
「「!」」
1位に気を良くしたフリッカがぽろっと漏らしたひとことにアルとピートが驚く。魔物であることがバレるんじゃないかと、ダン長とリンの表情が一瞬固まる。
「フリッカちゃん……ひょっとして病気がちで外に出れなかったの!?」
「えっ……そ、そうそう! お母さんもぜんぜん外に出してくれなくって」
ピートが歩く練習をしたことを勝手に解釈して、あわててフリッカもそれに合わせる。見た目には儚げで華奢な色白少女だからか、彼らに病弱だったと思われても仕方ないのだろう。
「通りで村で見たことなかったわけだぜ……」
「商家の病弱な子がこんな大会に……アル、これなんかありそうだよ」
「わかった! まさかあの子もう先が長く無いんじゃ……だから最後にやりたいことさせてあげようって」
少年2人のヒソヒソ話で勝手に話が盛られていく。
商家に生まれたフリッカ嬢は幼い頃から病弱で、ベッドから出ることも珍しかった。ある日かかりつけの医師からもう彼女が長くないことが告げられた。死ぬ前に窓の外で村の子ども達が遊ぶ様を羨ましげに眺めながら寿命をすり減らす日々に、アスレチック大会の知らせが舞い込んだ。死ぬ前に一度でいいから思い切り外を駆け回ってみたい。文字通り一生のお願いで、かつ信頼する守護モンスター達の監督ならと両親も認めたのか、その一心で今日に備えて歩く練習を重ねてきたのだ。
という設定が彼らの頭の中に積みあがってしまった。
「フリッカちゃん、次いこ!」
「ふん、だけどそれとこれとは別だ! 優勝は譲らないからな!」
「う、うん」
勘違いから決め顔になった少年達にエスコートされて次の部屋に入っていくフリッカ。リンとダン長は呆然としながらその様を眺める。
(ダン長? なんかあの子達、フリッカちゃんのこと勘違いしてテンション上がってますね)
(リン、男の子ってのは病弱の令嬢ってのに弱いんだ……姫プが始まらなければいいが)
【匠と亡霊 11/13 アスレチック開催】
アスレチック当日、サキュバス達の作った告知のポスターが怖かったせいか村の子どもは少年が2人参加しただけだった。歩行訓練を終えたフリッカと引率のリンを含めた4人でアスレチックを開始した。派手なデモンストレーションで渡ったリンを除いて、フリッカは少年達より早いタイムで浮動床のアトラクションをクリアするのだった。




