16話 匠と亡霊 6/13 施工開始
【今回の三文あらすじ】
「興味があるけど読む時間が取れない」「最新話だけ手っ取り早く追いたい」という需要を考え、あとがきに今回の主な出来事を三文に要約しました。
動く床。コンピューターゲームに慣れ親しんでいれば知らない人はいない程の有名なギミックだ。人が1~4人乗れる独立した床が動き、巡回または往復によって対岸同士を繋ぐ。その床を使うことを強制するために、徒歩の移動を阻むものは大穴や水場、煮えたぎったマグマなどだったりするが、ダン長はこの大穴の上を渡るためにそれを作って動かそうというのだ。
「床が動くですと!?」
「ああ、俺の能力で迷宮にあるものはダンジョンポイントを使えば動かせるからな。それを利用してダンジョンの動く床を再現しようと思ったのだ! それで動く床というのがだな……」
ダン長が動く床の説明をする。説明内容こそ上記の通りであるが、馴染みの無いギミックにの3人のおじさんは顔を輝かせる。
「面白そうな仕掛けじゃが、なんでわざわざそんな床に乗れば通れるようにしちゃうかのう? 通したくないならそんなもん最初から作らなければいいと思うが」
「そ、それはだな……説明しづらいな!」
イワシが単刀直入に疑問を呈する。そもそも現代人とこの世界の人間の間に、ダンジョンに対する認識の開きがあるのだ。現代人にとって電源非電源問わずゲームをプレイして触れるダンジョンは『敵を倒したり謎を解いてクリアしてもらうもの』であり、難易度に関わりなく鍛えればいつかボスは倒せるし、仕掛けは工夫を凝らせば絶対に解けて宝を持ち帰れるように作られている。ボス特効や攻略に必要なアイテムが置いてあることも定石なのだ。
対してこの世界のダンジョンは『魔王軍が人間の侵入を阻む為に作った要塞』なのだ。クソゲーと一蹴されるレベルを超えた理不尽なボスもいれば、人間に解いてもらう仕掛けを用意する必要はない。回収した魔物の素材が役立つかどうかは探索する人間達が判断しなければならない。ダンジョンの補修や管理に携わる人間側もそういう認識を持ったまま仕事をしているのだ。
「そうだな、挑む人々にダンジョンを突破する楽しみを体験してもらうためかな」
ダン長はなんとか両者の価値観の相違を擦り合わせて無難な答えを出した。ダンジョンを制圧し続ける必要性がある人類は、次世代を担う子どもたちに冒険者の仕事に興味を持って欲しいのは事実だ。元の世界のゲームも、プレイヤーに達成感という報酬を届けるためにダンジョンに障害物を用意するのだ。認識こそ違うが、今は『突破させた楽しみを与えたい』という目的は共通してる。ダン長はそこに要点を絞って理由を説明した。
「つまり、クリアしてもらう為の仕掛けですな! それはそれで面白そうじゃのう!」
イワシ達はダン長の供述にあっさりと納得してテンションを上げる。この士気があれば、アスレチックの完成までそう時間はかからないだろうとダン長は安心した。
「やる気になってくれて俺も嬉しい! そしてここからの目標は大きくふたつ! 空飛ぶ床の完成と、落ちた時の復帰方法の準備だ。まずは空飛ぶ床の材料だが、迷宮の石材だと小さいのばかりだな。できれば大きい岩石から切り出したいがどうしたものか」
乗ったところが崩れるリスクを考えると、浮遊床は硬めの一枚岩で作った方が都合がいい。表層の迷宮にそれ向けの石材が見当たらない。考えあぐねるダン長の前に太く浅黒い手が上がる。
「ダン長ちゃん、そんなのだったらアタシがちょちょっと取りに行ってくるわよ♪」
「おおキャンディ、そのメリケンサックはなんだ?」
「アタシを群生地に送って、1分したら呼び戻してちょうだい。その間に材料を調達してきてあげる」
キャンディは下層の群生地にある適当な岩を砕いて持ってくると志願してきた。ダン長は彼女を信じて送り出して、しばらく待つ。1分ほど経ってから彼女を呼び戻すと、数トンはありそうなやや黒い大岩を抱えたキャンディが帰って来た。彼女が装着していたメリケンサックからは煙があがっている。
「お・ま・た・せ♪」
「すごいぞキャンディ、でかした!」
帰還したサキュバスが大岩を持ち上げている圧倒的な光景に、思わず興奮してキャンディを褒めるダン長。純粋な身体能力で言えば、彼女は迷宮基地の守護モンスターで最強なのだ。
「ウフフ♪ ちょっとウデップシちゃん、こっち持って! 端に運ぶわ!」
「あいよ、ママ!」
ダン長に褒められて気を良くしたキャンディは、片側を力仕事担当のおじさんに預けて、吊り橋の間の端に岩を配置する。岩を持ってきたキャンディはともかくウデップシの膂力も人間離れしたもので、身の倍以上ある大岩を2人がかりで運ぶ。
「ダンジョンポイントの消耗は……体感でだいたいだが行きは250で帰り300といったところか。大岩を持っている分だけコストがかかるぽいけど、魔物の持ち物ごと運べるのは良いな」
「あらやだ、考えてみれば当たり前じゃない? アタシ達の身体だけ運んでたら服なんて置いてけぼりにな……ハッ!? アタシやマギちゃんを服だけおいて召喚なんてしちゃダメよ!」
「そんなエロ同人みたいなことはしない!」
元がサキュバス(インキュバス)なのか、ソッチの使い方に頭が回り先手で顔を赤らめるキャンディ。ダン長は思ってもなかった召喚の使い方を指摘されてツッコミを入れる。
「ところでダン長、この大岩から床を切り出すんですかな? そういえば、工具はありますかのう? ワシらはほら……ようやく酒は抜けてきたけどうっかり手ぶらで来てしもうたわい」
くだらないやり取りを制してくれたのはイワシのしゃがれ声だった。ダン長もナンセンスな会話を切り上げてイワシの近くに石を出して会話を続ける。流石は酔っぱらいのダンジョン工。道具も持たずに手伝いを志願するというノリのままに生きている。
「そういえばそうだ、イワシ達は休みの日に呑みに来てたんだ。マギリア、ダンジョン工の道具ってどこで管理しているんだ?」
「ん、私達守護モンスターが保管しているが? あのオッサンども、自分らで整備する時を除いて面倒くさがって迷宮の保管庫におきっぱにしてんだ」
「いやいや魔女様、前に説明したじゃないですか。倉庫を村に用意しないで済む分だけ土地代とその税金が浮きますし、ダンジョンに置いておけば盗人に入られる心配もありませんと」
(したたかな爺さんだな……まぁダンジョンに置いているのは助かったが)
折角の技術士たちの助力も、道具が無ければ意味がない。ダン長はその辺の心配をマギリアに尋ねる。彼女とイワシがダンジョン工の迷宮に預けていると答えたことで、それは杞憂に終わった。
「よし、3人ともマギリアに所有権を譲ってくれ。そうすれば3人の持ち物を自由に出し入れできる」
「ふむ? それがどう能力に関係するのかわからんが、魔女様の管理なら問題ありますまい」
イワシ達はマギリアを信頼しているのか利便性に喜んだのか、二つ返事で引き受けてくれた。ダン長はダンジョンとして目覚めて初日に学んだ能力のひとつ、許可を得た魔物の所持アイテムは自由に移動ができることを応用するつもりだ。所有権を魔物に移せば、人間の道具も出し入れできるようになるのではないかと彼は推理した。口で説明するより、目の前で見せた方が早いと判断したダン長は試しに1個の道具を持ってくることにした。
「ここでマギリアの持ち物リストを開いて……ダンジョン工3人分の工具で一気に増えたけど、よし! ウデップシさん、これ貴方のハンマー」
「おおっ! 俺のが急に!?」
試しにダン長は物体召喚でウデップシのハンマーを呼び寄せる。遠く離れた迷宮の倉庫にしまっていたはずの己の道具が一瞬で手元にやってきたことに歓喜の声をあげる。
こうして、守護モンスターを中継することで他者にいわゆるアイテムボックスを持たせることができると発覚した。
「これは便利ですな! ダン長、これからママが持ってきた石を切りますゆえ、加えてあとツルハシとタガネを……」
(ん、石切りにはそういう道具がいるのか……待てよ、やってもらうよりもサイコロの時のように切り出した方が早いな)
ダン長の能力を先に見せたことでメリットを提示できたからか、ダンジョン工達から率先して必要な道具を催促してくれる。ダン長はDIYを軽くやったことがある程度の建築素人なので経験者の知識は助かるものだが、石を切る作業に対しては必要なかった。
「いや、石を切り出すのは生まれてから何十万回もやってきた。俺に任せてくれ! それよりイワシ爺さん、人が乗っても壊れないような石の厚さってどのくらいかわかるか? ダンジョンの石の丈夫さは俺からじゃわからんからな、経験者に聞く方がマルい」
ダン長は必要な石の厚さを確認する。思った以上にボロい素材で構成されていたらたまったものではない。
「そうですな、モノによりますがここの石材なら20センチメートルもあれば充分でしょうな。これだけあればバカデカいトロールが乗っても砕けませんぞ」
「トロールとは大袈裟な……まぁ余裕があるに越したことは無いだろう! 10センチだろうと20センチだろうとどうせ動かすのは俺の……センチ?」
イワシはそう石を見回しながら白いひげをさする。彼の返答にダン長は疑問を覚える。
「センチ……この世界にメートル法があるのか!」
「マレビトからのお知恵のひとつですじゃ」
疑問の正体はナチュラルにセンチメートルの単位をもって厚さを説明するイワシのことだった。マレビトの知恵は現地人に重宝されているが、それのひとつが単位だった。かつての下々の民も過去に死んだ顔も知らん王の腕や足の長さ、満タンに水を張った水桶に入ってこぼれた水の重さなどを使っていたが、時代を下るごとに細かい長さや重さの尺度が何度も変わり不便を感じていた。
その問題に終止符を打ったのが過去にやってきたマレビトらしい。転移特典で錬金の異能を持った彼は硬く曲がらないミスリル鉱石で正確な1mという定規を量産して布教した。ものの長さが決まれば体積と重さも決まるため、それが合理的な面もあってかマレビトのメートル法は召喚が頻繁な地方では当たり前のように使われるようになった。
「さ、20ならこのぐらいの厚さで断ち切りくだされ」
「ぐぐぐ……サイコロを切り出すよりずっと大変だが……まっすぐ切る!」
イワシはチョークで岩に線を引き始め、ほどなくして玄武岩にも似たやや黒めの材質にくっきりと20センチのガイドがとられた。切り出す大きさも違えばサイコロを作る時に比べてサクサクとは言えないが、ダン長が念を送るごとに少しずつ黒い岩が四角く切り出されていく。目標の高さは20センチ、幅と奥行きは畳2枚分の正方形にする。数十秒ほど経って、岩石の中から正方形のパネルが切り出された。
「おお、本当に切り出せましたな! さぁアシコシ、表面を磨くのじゃ!」
「……あいよ。ダン長、紙ヤスリと水を出してくれ」
(はぁはぁ……紙ヤスリと水ね……ダンジョンポイントも無限じゃ無いし、本当にサポートしてくれる人手があると有難いな)
イワシの指示で道具を受け取ったアシコシが素早く石の表面を磨き始める。すばやいおじさんの前評判に負けず劣らず、恐ろしい速さで表面をきれいに磨き上げていく。それでも2畳分の表裏と側面の磨き上げは時間がかかりそうなので、ダン長は石磨きをアシコシに任せて次の落下防止の課題にとりかかることにした。
【匠と亡霊 6/13 施工開始】
ダン長は価値観の相違に苦戦しながら、異世界人に動く床とダンジョンを楽しませる意義を解説する。キャンディが群生地から運んできた大岩を切り出すにあたり、ダン長はダンジョン工達の道具の所有権をマギリアに移すことで彼らの工具を自由に移動させられるようにする。パネルの研磨をダンジョン工の一人・アシコシに任せ、残りは落下防止策を検討する。




