14話 匠と亡霊 4/13 下見と守護モンスターの成り立ち
【今回の三文あらすじ】
「興味があるけど読む時間が取れない」「最新話だけ手っ取り早く追いたい」という需要を考え、あとがきに今回の主な出来事を三文に要約しました。
「迷宮でダンジョン式アスレチック大会を開く!」
「ほほう? 面白そうな発案だがあすれちっくというのはともかく大会ってどういうことだ?」
ダン長の宣言に目を見開く一同。マギリアが疑問を呈する。
「ああ、ただの遊びじゃなくて大会って名目ならマギリア達は監視じゃなくて、競技に参加する子達を眺める観客になるからな。それに特別なイベント感を出せば村の子どもを迷宮に連れてくる理由にもなる」
「ふむふむ。迷宮でやるお祭りみたいなものか? それで、どこでそのあすれちっくというものをやるんだ?」
飲み込みが早いようで、彼女は納得のいったような顔で頷いて発案者に計画内容を尋ねる。
「そうだな、まずは設計する場所を決めないといけないな。マギリア、普段は冒険者達が通ったり使ったりしない空き部屋とか迷宮に無いか?」
いざアスレチックを作るとしても、普段の冒険者の探索の邪魔にならないところに作るのも必要だ。目覚めて1か月のダン長が脳に思い浮かべて出てくる地図はただの情報なので、長いこと探索を見てきた守護モンスターの経験からの意見を求める。
「うーん、迷宮の地形は全部把握しているが……空いた部屋か。探索上重要な場所ばっかり記憶してるとパッと思いつくのは――」
「ほっほっほ♪ 魔女様、ダン長。それならば迷宮の南東の端に牢獄の跡地がありまするぞ。かつて魔王軍が捕えた人間を幽閉するのに使っていたそうですが」
「爺さん?」
心当たりを整理しようと長考するマギリアに代わり、ザ・長老様を想起させる初老の男が該当する場所を挙げる。ダンジョンの工事を専門に扱う大工・ダンジョン工のリーダーのイワシだ。
「おおう、ダン長。きちんと面と向かって話すのは初めてですかな。ダンジョン工のイワシですじゃ、こっちのは飲み友達で筋肉モリモリのがウデップシ、細いのがアシコシです」
「あ、ご丁寧にどうも。ダンジョンやってるダン長です。生前の名前はちょうど本名を忘れる岩が頭に当たってしまって思い出せません!」
イワシの紹介に合わせて横にいた男達が頭を下げ、ダン長が自己紹介を返す。ダン長の休日はサイコロ作り、それ以外は冒険者の面倒ばかり見てきて、こうやって裏方で働く人間とは中々話す機会がなかった。
「ところでダン長……ひとつお願いがあるのですが」
「ん?」
イワシ老人は酒に焼けた喉から出るしゃがれ声で言葉を紡ぐ。ダン長としてはアスレチック製作を計画した今、頼み事が増えるのは遠慮したいが内容によっては緊急のことかもしれないので、無視することもできない。
「あすれちっく作り、ワシらにも手伝わせてもらえんじゃろうか!?」
「おいおい、言っておくがイワシよ。私らが勝手にやってることだ、手伝っても給料なんて出ないぞ」
あろうことか彼ら3人がアスレチック大会の手伝いに志願してきた。慌ててマギリアが報酬が出せないことを横から補足する。
「いやいや魔女様、久々にマレビトからのお知恵を拝借できる機会なんですじゃ! タダでも喜んでやりますわい!」
「それに俺達、三度の飯よりダンジョン工事が好きなんですから」
「そうそう……」
マギリアの注意に無問題とデカい声を立てる力仕事担当のウデップシと、ボソボソ声で便乗する器用担当のアシコシ。無報酬と聞いても手伝おうとするおじさん達の熱は冷めない。この熱意の根底にはダンジョンへの情熱のみならず、マレビトの知恵を拝借と言う人間達の宗教観が関わっていた。
この大地から尽きない魔物達はかつて神々が貧しい人間を憐れんで与えた資源であり、魔王軍の仕掛けた戦争はその運命を与えた神への反逆であるという。そして事を危ぶんだ神が召喚魔術を人々に伝え、呼ばれて出てきた現代人はマレビトと呼ばれる神からの御遣いである。
神の名前や細かい物語は地方の宗教ごとに大小の差異はあれど、神と魔物と現代人の関係はおおよそこのように解釈されている。つまり現代人の与える知識は神の遣いの知識であり、その知識は召喚が頻繁に行われる地方ほど現地人に重宝されているのだ。なんとも都合のいい話ではあるが、現代知識を吸収する為に神の名を出すことで抵抗感を減らす方便であり、スムーズに受け入れるよう教義を解釈できる柔軟な宗教だけが魔王軍との戦争で生き残れたともとれる。
勿論、呼ばれる現代人が皆が召喚先で科学を再現できる天才であるはずがないが、それを魔術や魔物の素材で代用しようと現地人は躍起になるのだ。その完全な再現が失敗に終わっても、いくらかの文明進歩の肥やしにはなる。
「まったく、後から報酬よこせなんて言っても聞かんぞ?」
「どっちにせよマンパワーはあるに越したことは無いんだ、よろしくお願いします!」
「「「わっほーい!!」」」
呆れ顔で受け入れるマギリアと、喜んで迎えるダン長。こうしてダンジョン工が仲間になった。
迷宮南東の一角、イワシが言うにはここに捕虜を捕える牢獄跡地があった。一行が移動する間にダン長は該当する場所に新しい顔を生やして下見をしてみる。牢獄は壊れて錆ついた鉄格子がぽつんと置いてあるだけのコンビニくらいの広さを持つ部屋だった。そして、脱走を防ぐために設けられた部屋が2つ繋がって一直線に並んでいるが、牢獄の用途が消えてしまった今はどちらも機能していない。
「牢獄に繋がる部屋が2つ……どちらも体育館くらいの広さがあるな。だけど冒険者も寄り付かないから整備も後回しか、えらくボロいな」
最奥の牢獄をゴールとして、一番手前の部屋は中央を横切るような大穴が口を開ける部屋だった。部屋の中央は奥行の3分の2ほどの床が無い空洞があり、命の保証はないだろうがここから落ちれば迷宮の下にある群生地に直行できるだろう。入口側と出口側の床の大穴の際にある欄干の跡とその狭い間隔から、ここにかかっていた吊り橋は細かったのだろうと推測できる。
旧吊り橋部屋の出口を通って次の部屋は、入り口と出口周りが床より1メートルほど高い所に設けられていた。入り口側には床との昇降に使えそうな梯子があるが、出口の方にはそれらしき形跡はない。大穴のある前の部屋と違ってあちこち剥がれて目地が見えているが、入り口より低い部分はタイル張りがされていた。
「下見は終わった、後は想起でこの二部屋の情報がわかれば……」
【吊り橋の間】
ラビス迷宮基地にある捕虜を収監する牢に続く部屋の1つ。脱走しないよう中央に群生地に落ちる大穴があり、人間1人ずつしか通れない細いつり橋があった。
【浮橋の間】
ラビス迷宮基地にある捕虜を収監する牢に続く部屋の1つ。脱走しないように戦争中は部屋に水が張られて、そこにサメを泳がせていた。
(なるほど、どちらも脱走防止用の仕掛けがあったわけか。戦争が終わったら放棄されるわけだ。だがしかし迷宮にサメ……)
【オオメジロザメ】
メジロザメ目メジロザメ科に属する大型のサメ。通常は海域にしか生きられないサメの中でも、たとえ膝の深さの淡水でも生きられる高い環境適応力を持つ。加えて気性も荒く、人間を襲った事例も数多く挙げられる人食いザメの中でも特に危険なサメの一種である。メジロザメの名前の由来は、瞬膜と呼ばれる獲物に近づいて噛みつく時に目を守るシールドが引き上げられて白目を剥いたように見えることから。サメ映画のテンプレを築いた某映画のモデルになったニュージャージー州サメ襲撃事件では、川で襲われた被害者もいるため犯鮫はホホジロザメではなくオオメジロザメではないかとの声がある。
(違う、泳いでたサメの情報が欲しいわけじゃない! ついでで長話をするな! し、しかしアスレチックにするにはそこそこ大規模な改修が必要になるな)
ダン長は2部屋の機能を想起した途端に流れ込んでくる知らん魚の情報に驚愕する。迷宮でサメの話をしたマレビトでもいたのだろうか。ともかく部屋の下見を終わらせたダン長は魔力節約の為に顔を引っ込めて、南東へ向かう一行の抱える石だけに魂を集中させる。
「下見は終わらせてきたぞ。いやあひどいもんだった」
「冒険者が使わないところはダンジョン工も守護モンスターも滅多に整備しないからなぁ、この迷宮は」
ダン長の第一声にマギリアが返す。大穴を通る橋が落ちてからはわからないが、下見した限り野生の魔物すら見えなかったが、アスレチックを作るにはそれも好都合だった。
「ガハハ、ボロい方が再建し甲斐もあるってもんすよ! ねぇ魔女様!」
力仕事担当のウデップシがゴツい右手を左の二の腕にバシッと当てて豪快に笑う。その様子を横目で眺めるリンとダン長。魔物の出るダンジョンで酒盛りする彼らが普通かどうかはわからないが、一般的な村人と守護モンスターの関係を初めて目の当たりにしたのだ。2人からしたら単純なスゴロクで負けそうになってベソかくマギリアが、彼らにとても慕われているから不思議に思っても無理はないだろう。
「魔女様って……マギリアはずいぶん尊敬されているんだな。魔物なんだからもっとドライな関係だと思っていた」
「まぁなー。私はダンジョンで死にそうな冒険者助けてるんだから、村人にとっちゃ守り神みたいなもんだろう」
ふふんと鼻を鳴らすマギリア。
「師匠ってすごい魔物だったんですね……でも、どうしてこの仕事を始めたんですか?」
師の敬愛っぷりにテンションを上げたリンがさらに質問をする。他の守護モンスターのキルトは元々人間の味方をしていた。そしてキャンディ達サキュバス4姉妹は魔王軍を抜けてこの迷宮基地に流れ着いたらしい。思えば、マギリアがどうしてここに居つき、しかも守護モンスターなんて仕事をするか選んだのかを聞いていなかった。
「そうだなぁ、キルトやキャンディ達もそうだが、私はこのダンジョンの生まれではない。休戦協定が結ばれて魔王との戦争が終わってすぐに、私はフラフラあてどもなく彷徨っていてだな。偶然迷宮基地の近くで倒れている冒険者を見かけたんだ」
経緯を尋ねられて、まるでつい昨日のことように思い出話を始めるマギリア。横を歩くおじさん達も「また魔女様の昔話が始まった」みたいに微笑んではいるが、止めようとする様子はない。
「そいつはもう自力で人里まで変えるだけの体力も気力も残っていなかった。私が駆け寄った時には妻と息子達に遺言を伝えてくれと頼もうとした。そこで私は助け……ここで死んだ冒険者の装備を盗むよりは、その家庭に恩を売った方が得すると思って治癒魔術をかけて人里までそいつを運んだわけだがな……」
経緯をつらつらと語るマギリア。その口ぶりからは理由もなく助けた理由を、彼女が必死に探して後付けしているように思えてしまう。
「人里まで冒険者を持ち帰った私は、案内された家で彼の奥さんから泣くほど感謝されたよ。それで私は顔が真っ赤に熱くなって考えが定まらなくなって……」
「ふむふむ」
「御礼として暖かい食卓に招かれて、泊まる場所が無いと言ったら泊めてくれてな。夜は寝るまで子ども達に遊びをせがまれて、翌日冒険者の家族に送り出される時に思ったんだ……次からはお金を取ろうって」
((感謝されて気を良くして報酬もらい忘れてる!))
マギリアの昔話を聞いててダン長とリンは彼女の普段の振る舞いに得心がいった。彼女は人の不幸を見過ごせないくせに、かなりの照れ屋な一面がある。礼を言われたり良い人扱いされたり、褒められると彼女は冷静さを失うほど情緒が揺れるから、そうなる前にあらかじめ冷淡ぶって憎まれ口を叩いて善意を誤魔化すのだ。
「それから、前々からダンジョンに安全地帯があれば生存率の上昇に直結すると考えていた私が、このダンジョンに常駐してそれを提供することを生業にするのに時間はかからなかった。倒れた冒険者なんて臨時収入もあってこれがなかなか儲かる」
「ちなみに、助けられた冒険者の子どもがワシじゃ。魔女様には足を向けて寝られんわい」
守護モンスターの成り立ちの解説にイワシが嬉々として補足する。それまでのダンジョンの修繕や倒れた冒険者の保護は、人間側の専門部隊が受け持っていた。自発的にダンジョンへ潜るのは修繕の時だけで、冒険者の救助依頼が来てから動いて手遅れになることや部隊の実力不足でミイラ取りがミイラになる事例も多々あったそうだ。
ダンジョンの環境に強く、常駐できるマギリアが志願したことで人間側の負担が大幅に減ることになった。専門部隊の仕事はダンジョン工と守護モンスターに分担されて、戦闘力よりも専門技術を持った技師がダンジョンの整備に集中することができるようになって運営は円滑化した。人間の味方をする魔物をダンジョンに入れる利点は風の噂で広がり、守護モンスター制度は周囲のいろいろなダンジョンに取り入れられることになった。
「で、私が人間と運営上手くやってるなんて噂を聞きつけてキルトやサキュバス達が迷宮基地にやってきたってわけだ」
「キルトさん達より先に師匠がこのお仕事始めたんですね、なんか嬉しいです」
師匠の業績に鼻を高くするリン。ここの守護モンスターに関してはマギリアが一番の先輩らしい。
「ああ。守護モンスターとして連中がここに就職して、透明人間が他者に見られることが要の服飾に興味を持ち、単なる生態として異性を襲っていたサキュバス達が人の情を学ぼうとする。どれも人間と関わるようになってから得られた変化と言えるな」
同僚の守護モンスター達の内面の変わりようを感慨深く思い返すマギリア。
「ほっほっほ♪ 変わったと言えば魔女様の変わり方も相当ですぞ。就任したての頃の魔女様は、もっと可憐で親しげだったんですからな」
「あぁ、格好も今のそこのお嬢ちゃんみたいだったなぁ!」
「お嬢ちゃん!?」
懐古に合わせて、イワシとウデップシがマギリアの過去の様子をつらつらと語りだす。そこで「お嬢ちゃん」と呼ばれたリンが嬉しげに反応する。ダン長に性別を間違われて以来、彼は周りに女の子と間違われることに愉悦を感じるようになっていた。ちなみにダン長はリンがあまりにもしつこく心配されたり、ロリコンを目の当たりにしたら男であることをカミングアウトして難を逃れるように言い含めている。
「ある日の酒場で酔っぱらいが洩らした『魔女様は華奢で弱そうだからちょっと頼りない』なんて愚痴を小耳に挟んだのか、そこから魔女様が変わってしまったんだよなぁ!」
酒も抜けてないのか、テンションを保ったままウデップシが調子よくマギリアの過去を語り続ける。彼曰く、魔女様は愚痴を契機にイメチェンを計ったとのことだ。リンのよう服をしていたという供述から、おそらく今の面影も無い白魔術師というような風貌だったのだろう。
「……でも俺は今の必死にクールキャラ作ってる魔女様も魅力的だと思う」
「は? キャラ作ってないが?」
アシコシが今のマギリアを褒めるも、照れる彼女は強がって返す。
「ハン! ようは人間に尻尾振って私ら魔物を差し出してる連中ってだけじゃねーか!」
「「フリッカ……」」
交流を深める一同の会話に、不機嫌に口を挟むフリッカ。守護モンスターの仕事は魔物から見れば何も間違ってはいない。ダン長が操れるようなレベルの知性の無い魔物は、そもそもマギリア達の立場なんて理解する理性も無いので恨むも恨まないも無い。
逆に魔素の配分率が高く、群生地の奥地でたむろするような強力な魔物にとっては冒険者と守護モンスターがダンジョンを維持することは都合がよかった。ダンジョンが廃されて循環器が魔王軍の戦力に戻って再戦が近づけば、ダンジョンの奥で伸び伸び暮らす望みからは遠ざかる。しかも今の冒険者達は命懸けで格上に挑んだりせず確実に狩れる雑魚を優先して倒すが、戦争ともなれば自分達にも無理して挑んでくるようになる。ラビス迷宮基地において守護モンスターは、戦争の終結を知らず眠るボスモンスターを除く既得権益層からは黙認されている。
そうなるとフリッカのような知性も実力も中途半端な魔物が、一番マギリア達に恨みを抱くことになる。フリッカは魔王への忠誠心こそないものの、それとは別に魔物の敵である人間を助ける彼女らのことを恨むのは無理からぬことだった。
「お、そうこうしてるうちに着いたっぽいぞ!」
脳内地図で位置を照らし合わせていたダン長が叫ぶ。牢獄跡を含めた例の三部屋の最初の吊り橋の間にたどり着いた。この部屋からゴースト成仏のためのアスレチック製作が始まる。
【匠と亡霊 4/13 下見と守護モンスターの成り立ち】
ダン長のアスレチック大会の宣言に興味を持ったダンジョン工の酔っぱらい三人が協力を申し出る。リーダーのイワシは冒険者が立ち寄らない場所の候補として、迷宮南東の戦争中に捕虜を収容していた牢獄跡と脱走を防ぐための二部屋を提案する。転送できない人間達の歩幅に合わせながらの雑談で、マギリアが人間達の味方になった経緯が明らかになる。




