13話 匠と亡霊 3/13 ダンジョン工とゴースト
【今回の三文あらすじ】
「興味があるけど読む時間が取れない」「最新話だけ手っ取り早く追いたい」という需要を考え、あとがきに今回の主な出来事を三文に要約しました。
魔女の家の周りでスゴロクに興じていたマギリアとリンの師弟と、それを監督していたダン長は迷宮の奥から響く悲鳴を聞きつけてゲームを中断した。ダン長が脳内に開いた地図にはこの先に点在する魔物の反応はあるが、肝心の人間が映らない。悲鳴の主がどこの魔物に襲われたのかは確定させることができない。
「なぁマギリア、今日は冒険者って来てたっけか? 地図には人間の位置は映らないんだよな」
「群生地で泊りがけで稼いでる連中は何組かいるが表層で探索する報告は入ってないな……リンの時のように来るはずがない人間が来てるかもしれない。おい、リン! 先走りするなー」
ダン長の入った石を持ったリンは全力で走ればマギリアを追い抜けるが、向こうにいるかもしれない敵は冒険者が悲鳴を上げるほどの相手かもしれない。マギリアは弟子を制しながら現場へ急ぐ。声のした方では戦闘が起きているのか、近づいた一行には硬い物同士がぶつかり合う音や冷気が届く。冷気の出どころへ角をあとひとつ曲がれば到着するまで近づいた頃、続けてはっきりとした叫び声が飛んでくる。
「やめろー! 私の攻撃を避けるんじゃねー!」
「ほっほっほ♪ アシコシもおかわりどうじゃ?」
「うへへ、いただきやーす!」
「おう嬢ちゃん、こっちにも魔術ブッパなしてくれや!」
現場に到着した2人と1個が目撃した光景は、にわかに信じがたいものだった。酒盛りをしている3人のオッサンたちが、酒がこぼれないよう盃を手で支えながら魔物の攻撃をひたすら避ける遊びに興じている。「やめろ」と叫んでいたのはオッサンを襲っていた魔物のほうで、被害にあっているかもしれないと思った人間達は魔物の攻撃を避けながら酒盛りをしていたようだ。
「あー……『ダンジョン工』の連中が! まーた休日に酒盛りか! しかもこんな迷宮のド真ん中で!」
「ま、魔女さま!」
呆れてため息をついたマギリアが怒りの声をあげる。ダンジョン工とはその名の通り、専門知識を活かして人間側からダンジョンの保守管理を行うダンジョン専門の工事業者のことである。
休戦になって魔王軍が撤退した基地は、一旦その管理が放棄されてしまった。通常、冒険者の探索によって踏破されたダンジョンは罠や設備が破壊されたりして難易度が下がってしまう。そうすると本来突破できない実力の冒険者がダンジョンの難易度を見誤って奥まで行って死亡したり、攻略が簡単になったと見るや違法狩猟のメリットが危険度のリスクを上回ったと判断した密猟者が横行する。
ダンジョン工とは、罠や設備を点検・整備して難易度をグラデーション状に保つためにダンジョンに潜り、魔物に襲われる危険と隣り合わせで工事を行う勇敢な大工たちなのだ。ラビス迷宮基地に所属するダンジョン工は数十人いるが、休日にまでダンジョンに飲みに来る猛者は目の前の3人くらいのものだった。
「酒にツマミ……まったく、飲みたいんならキャンディの店にいけばいいだろうが……なんだって魔物の前で!」
「いやぁ魔女さま……おっしゃる通りいつもはママの店で呑んでんですけど、ちょいとワシがスリルのある呑みを提案しちゃいましてぇ……」
「ガハハ、そうなんですよ魔女様! これがなかなか仕事の時とは違う緊張感!」
「…そうそう」
マギリアの叱責を素直に正座して受けるダンジョン工の3人。何十年もダンジョンの守護モンスターを務めているマギリアは、彼らにとっては年上で尊敬する相手なのだろうか、魔女に様付けまでして言葉を交わしている。
(思えば、初めて仕事の日以外でダンジョン工の人達を見たな……)
ダン長にとっては自分が落とした天井の修復に出動してくれた恩人だったが、こんな何もない日に彼らを目撃したのは初めてだった。ダンジョン工の集団をまとめる責任者のトップと、若い衆を指揮していた副リーダー2人だ。
頭の長い福禄寿みたいな見た目でダンジョン工のトップ・頭脳担当のかしこいおじさんのイワシ。
日に焼けた肌と刈り上げた短髪を持つ筋肉モリモリマッチョマンな中年・力仕事担当のつよいおじさんのウデップシ。
幽鬼のような風貌のボサボサ髪と細身の身体をした男・器用な仕事担当のすばやいおじさんのアシコシ。
工事の作業中に挨拶を済ませてダンジョン工達の名前は憶えていたダン長だったが、プライベートで話をしたことはない。ダンジョンの保守管理をするという仕事が人間の間にあることを知り、作業をする彼らを見たためかダン長の心には『自分がダンジョンと共に消滅することで彼らが仕事を失うのではないか』という懸念が生まれることになった。
彼らと仲良くなってしまえば、その生活の心配が強まり消滅の決心が揺らいでしまうのではないかという予感があって、なかなか歩み寄れないでいるのだ。
(こうやって俺がダンジョン関係で仕事をしてる人間を知って、循環器を壊す決意が少しずつ鈍っていくんだろうな……)
ダン長はダンジョン運営をする中で、自分が循環器を破壊して消えるという単純な目標に対して迷惑を被る人間が増えることを知って後ろ髪を引かれる思いが増していたのだった。マギリアはそんなダン長の懸念には気が付かずダンジョン工達への説教を続けていた。
「まったくアレだぞ? 表層の雑魚とはいえ酔って連中の前に出てくるだなんて、揃いも揃って心臓に毛が生えてるんじゃ――」
「コラー! 私を無視すんなくそったれマギリアー!」
自分を無視してダンジョン工のオッサン達を正座させて、説教を続けているマギリアに対して彼らを襲っていた魔物がしびれを切らして大声を上げる。背丈と見た目は人間の少女ほどのもので、お団子頭の白髪と白目、白い服。周囲に散らかっている氷塊や漂う冷気から、氷の魔術の使い手なのだろう。ただ普通の少女と大きく違うところは、白いスカートから伸びるはずの脚が無く、代わりに風に揺れる焚火のようなユラユラしたモヤが出ているところだ。一般的なイメージで言うところの幽霊に近いであろう姿をしている。
「あー、フリッカか? お前いつ封印が解けたんだ?」
「師匠の知り合いです?」
大声に反応してマギリアが気怠そうな返事をする。一見して両者の関係は良好ではないようだが、初対面のリンは師に関わりを尋ねる。
「あぁ、こいつはフリッカ。私が封印してた『ゴースト』だ」
ゴーストと聞いてリンは目を見開く。彼はダンジョンに住み始めた頃にダン長と共にマギリアからゴーストについて予め聞いていたが、実物を見たのは初めてだったのだ。マギリア曰く魔物の強さと成長限界の素養となる魔素を配る循環器は完全じゃないらしく、稀に不具合を起こしてダンジョンで生まれる魔物以外の何かに魔素を与えてしまう。迷宮で圧死したダン長だった人間を循環器に同化させてしまったことから、確かに完璧ではないだろう。
間違える対象はまちまちだが、それがダンジョンの中で死んだ人間の意思に与えられてしまったのがゴーストだ。実体が無いため、素材にする実益の乏しさと忌避感から冒険者にとってはただ倒されるだけの無益な魔物である。もしもダンジョンで次に生まれるべき魔物を絶滅させてしまった場合、そこはゴーストばかり発生するようになってしまう利益の無いダンジョンとなってしまう。
「ゴースト……初めて見ました」
「普段は人目につく前に私達守護モンスターで見つけ次第始末してしまうからな。しかしフリッカ、どうやって私の封印を解いた? どこぞの冒険者がうっかり封印の術式を解除でもしたのか?」
ダンジョンに実益が無いとはいえ見た目は人間の少女だからか、リンは冒険者が持つらしい忌避感より好奇の目で眺めている。マギリアは自分の封印に自信があったのか、解除された経緯をしつこく尋ねる。
「はっはー、先月に迷宮が崩れたからなー! その時に私を封印した石は、元あった場所に戻しておいてたのさ! 弟子になんて入れ込んでるから気づかないんだよバーカ!」
「あぁ、俺が迷宮を崩してしまった時に脱出させてしまったのか……」
フリッカに煽られて、改めてダン長は自分の無鉄砲さを恥じる。ここ1か月はダン長は空いている時間を己の魔力量把握に使っていたため、地図に反応していた魔物の正体までは注意していなかった。マギリアにしても弟子の育成がある上に、自分の気配が真っ先に引っかかるせいで魔物探知が苦手らしいのだ。それがフリッカがこの1か月を誰にも見つからず乗り切れた原因だった。
「おーおー、なんだお前? 変な石ころが喋るなんて変わったヤツだな!」
「初対面だったな、このダンジョンと一体化しちまったダン長だ。今後ともよろしく!」
喋る直方体の石に驚いたフリッカが威勢よく話しかける。ダン長は今更自分の珍しさへのリアクションも慣れたもので、意にも介さず自己紹介をする。
「こいつに今後なんてないぞダン長。迷宮から逃げずにバカ3人に軽くあしらわれていたのが運の尽きだ。もっぺん封印してやる」
「や、やめろー!」
会話に割り込んで杖を展開して脅すマギリア。彼我の実力差は歴然と認識しているのか、白い肌を一層青白くしてフリッカが悲鳴を上げる。
「待った待ったマギリア、いくらなんでも相手は子どもじゃないか?」
「何を言うかダン長、ゴーストは死人の未練に魔素がついた魔物だ。一口に未練と言っても指向性が近い遺志は統合されてひとつに扱われる。見た目こそ一番自我が強い人格に引っ張られているが、子どもの魂が集まるコイツには年齢も性別も無い。寿命もないから消すには倒すか生前の未練を叶えてやるしかない」
子どもを傷つけるようで気が咎めるダン長に対して、マギリアはきっぱりとゴーストは人間と違うと諭す。
「だいたい、循環器と融合しちまったダン長だって死んだら逝くとこ逝くのが正しいと言ってるのに、いざ本当の幽霊を見たら助けようとするのか?」
「いや、違う。どうせ成仏させるのなら……その未練を叶えてやる方がいいんじゃないか?」
死んだ者はこの世にいつまでも留まるべきではない。そのダン長の思いこそ変わっていないが、やり方というものがある。死んだ子どもの願いをねじ伏せて倒してしまうよりも、どうせならやり残した思いを果たして後腐れなく逝って欲しいと思っているのだ。ダン長は杖を構えるマギリアからフリッカを庇うように割り込んで、目の前のゴーストに向き直る。
「で、フリッカ。君……いや君達がやり残してることを教えてくれないか? できることなら善処するが」
「その……それは……」
ゴーストのダンジョンの中における立場を知っているのか、庇われた上に自分の未練について真剣に尋ねられることは考えていなかったのだろう、フリッカはダン長の問いかけに対して口ごもる。
「村のみんなと……また遊びたい……だけど、迷宮に来るのは私を倒そうって大人ばっかり! そのうえマギリアのやつが私を捕まえて天井に閉じ込めた!」
指を組んでもじもじと未練を語るフリッカ。このラビス迷宮基地は、魔王軍との戦争中に陣取りを繰り返す中で入植を行ったこともあったという。フリッカの素体になった少年少女達が、その時に家族ごと移住していたと考えれば子どものゴーストが迷宮にいることに辻褄が合う。『村のみんな』というのは、ダンジョンに越して離れ離れになった遊び友達のことだろう。
「それで今日、護衛もいない丸腰のオッサンどもを見かけたから、封印された憂さ晴らしに痛めつけてやろうとしたんだけど!」
「で、軽くあしらわれてた所にリン達が辿りついたってことか」
「むー……」
ダン長が整理すると、あしらわれたことの指摘に不満そうにイラつく。とりあえずダン長はフリッカが『子どもと遊びたい』という未練を抱えている情報を手に入れたので、一歩前進と明るく捉えて話を続けることにした。
「わかったわかった、つまりフリッカはまた村の子どもと遊べたら悔いなく逝けるんだな?」
「そう……だけど……」
「フリッカちゃん、だったら僕と遊びません? 僕も遊ぶの好きです!」
「マギリアの弟子はやだ!」
リンが一緒に遊ぼうと提案するも、フリッカはマギリアの弟子は嫌だと拒否してしまう。
(ゴーストが魔物で、しかも人間に無益なやつなら村に行ったら問答無用で退治されちゃうだろうしな。かといって魔物の出るダンジョンに子どもを呼ぶのにも村人が納得できる理由が要る……普通に倒せば済むフリッカの未練をわざわざ断つためってのに納得するはずもないだろう)
村にゴーストを連れていくわけにもいかず、迷宮に子どもを安易に招くわけにもいかない。ダン長の悩みの種だった。
「師匠、どうすればいいでしょうか? 迷宮に誰か遊んでくれそうな村の子どもを連れてくるとか……」
「うーむ、幸い私は村人の信用も篤い。理由があれば子どもを呼ぶだけならできなくもない。だが呼ぶにしても、コイツが村人を襲わないよう私達の監視は最低条件だぞ。んな窮屈な環境で遊ばせてコイツが満足するか?」
「そうですよね……」
ダン長の悩みをよそにマギリアとリンが相談を始めている。安心して子どもを楽しませる手段が思い浮かばないのだ。
(確かにマギリアは安全のための監視を譲らないよな……それで村にはフリッカを連れていけない、迷宮に子どもを呼ぶにしても周囲を納得させられる理由も必要だしな……)
「そうだ師匠! 前に作った中庭みたいに、公園を作って遊べませんか?」
「公園なんて遊び場、村にもあるからなぁ。しょうもないもの作ったところで村のガキがわざわざ来るもんでもないぞ?」
(そうか、作る……しょうもなくなければセーフってことか!)
師弟の会話からダン長は着想を得る。
「なるほどな、無ければ迷宮に作ればいい! 村ではできないくらい特別で、マギリア達が見てても問題無くて、それで安全な遊び場を!」
「おおー、ダン長? なんかアイデアがあるのか?」
興味を持ったマギリアの質問にダン長は石の顔を上下させて頷く。
「ああ、迷宮でダンジョン式アスレチック大会を開く!」
「「「あすれちっく!?」」」
ダン長の宣言に反応して、通路の脇で反省して正座してたおじさんたちが目を輝かせていた。
【匠と亡霊 3/13 ダンジョン工とゴースト】
声を聞いてダン長達が駆けつけた先では、一体の魔物が三人の人間を襲っていた。人間達はダンジョン工というダンジョン専門の工事業者で、魔物は循環器の不具合でダンジョンに遺る思念に魔素が宿ったゴーストという種族だ。フリッカと呼ばれるゴーストの消滅に穏便な手段を望むダン長はマギリアを説き、村の子ども達と遊びたいという彼女の未練を叶える為に迷宮内で『アスレチック大会』を開く宣言する。




