12話 匠と亡霊 2/13 スゴロク師弟対決
【今回の三文あらすじ】
「興味があるけど読む時間が取れない」「最新話だけ手っ取り早く追いたい」という需要を考え、あとがきに今回の主な出来事を三文に要約しました。
ダン長は魔力を使いすぎて切らした初日の反省を活かして、自分の魔力の総量を測る為にサイコロをひたすら作り続けていた。1度のチャージで作れた数はだいたい4万。これをダンジョンポイントと定めることとなった。
「ところで、1回魔力を全部使って測るごとに2500も揺らぎが発生するもんなのか?」
「あー、数え間違いがないなら原因はサイコロの形だ。正確な立方体にできない誤差の積み重ねだな。俺の目分量じゃ仕方ないんだが……」
「なるほど、ちゃんと一辺の寸法が揃っているかを確かめるためのこのサイコロか」
現状では切り出せるサイコロの数に上下の開きが生まれている。誤差の原因を確かめる方法として、立方体が正しい形をしているかを確かめる為に目を刻んでいるのだ。切り出した立方体が正しい形をしているのなら、上を向く目の確率はどれも6分の1だからだ。ダンジョンポイントの計測量の誤差の問題に直面した次の2週間は、切り出しの精度を確かめる為に、ダン長は抜き打ちで5000のサイコロを選んで、平らなタイルの上で何百回と振って目の確率を計測していたのだった。
「穴ポチが1つが1で、3つが3を表すんですね……」
サイコロを手に取って不思議そうにリンが言う。彼は山の中の暮らしでサイコロという玩具に縁のある生活を送っていなかったのだ。
「ああ、振って上を向いている面の穴の数が、そこで振って出した目の数になる。今の所サイコロの目が出た結果が綺麗に6等分された石が300個はある……5000のうち完成品が300じゃ、こんなに誤差が上下に開くわけだ」
「これが完璧な形になると目が出る回数が同じになるんですね」
「まぁ最初から上手くいくはずもない。これから精度を高めていけばいいだろう」
リンが感心して、マギリアがフォローをいれる。2人の様子を見て『せつなさ』が却下されて凹んだ機嫌が少し良くなったダン長は、リンにある提案をする。
「よし、訓練も大変だろう。気分転換に何かサイコロを使って遊んでみないか?」
マギリアがよく知っているわりにリンが無知ということは、この世界にサイコロを使った遊戯は数あれど山の中にある寒村では触れる機会がなかったのだろう。ダン長は訓練と家事をするだけの単調な生活の外に潤いを与えたいと思って、遊びをもちかけたのだ。
「遊ぶ!」
「師匠!?」
基礎訓練ばかりで気を紛らわせるためにリンにサイコロの遊びを教えようと提案するダン長。その提案に一番に乗ってきたのはマギリアだった。疲労の色濃い顔色が一変して元気になる。
(あんなしょぼしょぼしてた顔が一気に元気に……)
「ほほう、サイコロ遊びなら私もかなり嗜む。私もよく街の賭場で遊んだもんだ……チンチロリン」
「子どもに賭けなど教えられるか、スゴロクやっぞ」
平然と弟子に賭け事を教えようとするマギリアにツッコミながらダン長がルールを説明する。
「出た目の数だけマスを歩いて、中庭の周囲を先に一周した方が勝ち。進むと戻ると1回休み以外の特殊マスは無し。初めてのスゴロクならルールはシンプルにした方がいいだろう」
ボードの上で仮の自分を投影したコマを動かすというプロセスを経るよりも、身体を動かしてサイコロと自分の動きの連動を実感してもらった方がいいと思って、ダン長は中庭周りの迷宮の通路を一周させるルールでマスを刻む。
ダン長のいた現代では、ゴールに向けて出す目に応じて進むスゴロクという娯楽は無限の分岐をたどり、仮想の金銭をやり取りしながら架空の人生を辿るもの、妨害や自己強化のできる特殊なアイテムを集めるもの、そもそもゴールが無くて一定回数までに集めた資産を競うものなど複雑化を極めている。中にはムキになり過ぎたプレイヤー同士でリアルファイトに発展したり、友情崩壊を起こしたりするものもある。
「ほほう、進行をマス目にするのは妥当な判断だな。そうでもしなければ私とリンでは歩幅に差がついてしまうからな。まぁ、対等な条件になったところで街でサイコロ捌きを極めた魔女たる私が、今日サイコロを握ったばかりのガキに負けるわけがないんだが?」
「楽しそうですね!」
雑魚のチンピラみたいな勝利宣言をするマギリアの横でリンは目を輝かせる。12歳にもなってこんなシンプルなスゴロクを楽しみにするのも娯楽が乏しい証拠なのだろう、これからいろいろな楽しいことを教えようとダン長は決めた。
「師匠、早く早く♪」
「……なんで?」
スゴロクを始めて数分、リンが全体の4分の3ほどのところまで進んだ地点で、後ろで青ざめているマギリアに手を振る。彼女がサイコロを振ると、1の目が出る。
「2マス戻る……だな」
「なんで私がこんなチンケな壁を超えられん!? リンがついてるのが悪いのか!?」
「ここまでのリンの平均出目は2.8だな。d6でこれは特別ついてるわけじゃない。リンにはついてるけどついてはないぞ!」
先程から彼女は、目の前の2マス戻るを書かれたマスを踏んでは戻るを繰り返して引き留められてしまっている。
ちなみにリンはマレビトの言葉(日本語)を話すことはできるが読むことはできないので、止まるごとにマスの説明文の読み方を教えている。興味を持った娯楽と共に教えるのも読み書きの勉強の一環だ。
「おいダン長、このサイコロは壊れている。さっきから1しか出ん」
「そう言われてリンのと3回替えた」
たかだか十数分のシンプルなスゴロクで3度もサイコロの交換を頼んでいる魔女を尻目に、次の手番の出目でリンは通路を曲がって見えなくなってしまった。ダン長は両方の状況がわかるように顔を増やして進行を管理することとした。
「くっ……通路1本分も差を付けられてしまったな」
「マギリア……お前ひょっとして、すごく運が悪いんじゃ?」
「転移5秒で殺された奴に言われたくはないな!」
ダン長の指摘にマギリアが顔を真っ赤にして反論する。彼の見立て通り、彼女の運は悪すぎた。出目の多さがクリア時間に直結するスゴロクにおいて、1の目を3連続で出すのは当たり前、加速に繋がる進むマスの前だけ1以外の出目が出て空振りになり、今は戻るマスに阻まれて立ち往生してしまっている。反論と共に振ったサイコロの出目もまた1。
「うぅ……なんでまた1が……また1出したら元に……私なら1回のサイコロで36の目を出す手段がある……だけどイカサマ扱いされたらダン長にスライム落とされると思うと……」
己のクズ運にベソをかき始めるマギリア。次の手番で再びピンを出してしまえば、また壁に押し戻されてしまうだろう。顔同士で感覚を共有しているダン長は、マギリアの出目をリンに伝え、彼にサイコロを振ることを促す。リンのゴールまでのマス数は5。彼の運が良ければ、次で決着がついてしまうだろう。
「……リンよ、このまま順当にいけば高確率でこの勝負はお前の勝ちになるだろう」
壁を隔てて角の向こうからマギリアの不服そうな敗北宣言が聞こえてくる。リンが真意を探りあぐねていると、声の主は意気揚々と台詞を続ける。
「だが、お前はそうして徳の無い目を出し続けることによって、サイコロを傷つけている! お前にはサイコロの涙が見えないのか?」
「「!?」」
マギリアによると、リンはサイコロに負担がかかる出目を出し続けているとのこと。長くアナログゲームを愛好しているダン長すらサイコロの嘆きなんて概念を聞いたことがないし、初めてサイコロを触るリンに至っては困惑して振る手を止めてしまっている。
「マギリア、お前――」
マギリアの粗末な精神攻撃に呆れるダン長。思い返すと、彼女は相当の負けず嫌いなのだ。最初の日に冒険者達を拘束するための一連の罠の〆にわざわざ魔術師同士の戦いの前に出たり、迷宮を崩したことも発端はダン長が守護モンスター達の露出度の違いに気づくかどうかのクイズにしてしまった。彼女は何にでも勝ち負けに絡めて、そしてムキになるのだ。
例えば守護モンスターの仕事で遭難した仲間を探して欲しいと初心者の冒険者に頼まれた時は、手分けして探して先に自分が見つけて保護できたら勝ち、冒険者達が自力で見つけられたら負けとルールを決めて本気で挑んでいた。彼女の知能に対して頭がよく見えないのは、人間との関係を楽しむ遊び心と落ち着きの無さのせいだろう。しかしそういう面も、裏返せばそれだけ遊びに夢中になれる長所なのだろうとダン長は思った。
「……これ以上変なこと吹き込んでリンを迷わせたらルール違反扱いにするぞ。がんばれ、今からでもリンが4連続で1を出してマギリアが6を3連続で出せば勝てるぞ!」
「うぇぇぇぇ……」
(このクズ運だと、賭場だと相当溶かしてるんだろうな……)
敗北を確信した上に精神攻撃を封じられ、通路の向こうの目の不調を祈るしかなくなったマギリア。リンが運命のダイスロールを行おうとした瞬間――
「やめろーっ!」
遠くから反響した叫び声がかすかに聞こえてきた。マギリアが声を聞きつけてマスから飛び出して向かう。
「よし、勝負は中止だ! 様子を見に行こう!」
「よしではないだろう!」
【匠と亡霊 2/13 スゴロク師弟対決】
ダン長がサイコロを作り続けていたもう一つの理由は、出目が偏らなくなれば精緻な切り出しが可能になった証左となるからだ。山育ちでサイコロを使った遊戯に馴染みの無いリンが興味を持ち、ダン長はマギリアと双六で遊ぶよう提案する。出目の悪さに苛まれてムキになるマギリアだったが、迷宮の奥から響く叫び声で勝負は中断となった。




