11話 匠と亡霊 1/13 せつなさVSダンジョンポイント
【今回の三文あらすじ】
「興味があるけど読む時間が取れない」「最新話だけ手っ取り早く追いたい」という需要を考え、あとがきに今回の主な出来事を三文に要約しました。
百年前に魔王軍と戦う何者かに召喚された男は、不幸にもタイミングが重なった敵の奇襲により生き埋めにされた。意識が目覚めると肉体を失った代わりに、迷宮の地形を把握し、罠や魔物を動かす能力を手に入れていた。そしてダン長(ダンジョンの長)として危険なボスを倒すため、有力な味方を手に入れる活動が始まる。
ダン長が目覚めてから1か月が経った。守護モンスター達と協力して行っているダンジョンの運営は順調で、近くの村を拠点にする冒険者達は日々ダンジョンで戦っては素材を採取している。初心者は迷宮表層の弱い魔物を相手にして日帰りか一泊の日程で早々に引き上げ、熟練の冒険者は群生地まで足を運び数日かけて強力な魔物の素材や肉を稼ぐ。大小に関わらず怪我をする冒険者もいるが、ダン長の管理と守護モンスター達の支援のおかげで死人を出すことはなかった。もっとも、ダン長の手が届くのは今の所表層の迷宮部分に限られてしまうが。
「ダン長、おはようございます……」
迷宮に設けられた安全地帯のひとつ、魔女の家の前の庭で空を眺めている石ころに向かって元気のない声で朝の挨拶をする少年がいた。もっとも華奢な体型に加えて長い銀髪を2つに結び、白を基調にしたワンピースから彼を少年と一目でわかる者は限られている。名前はリン、家主の魔女のもとに住み込んで一人前の冒険者になるべく修行をしている。
「おはよう! リン、えらく疲れているな!」
タイルに乗った石が振り向いて挨拶を返す。振り向いた正面顔には子どもの作った段ボールの玩具みたいな顔がついている。コスパから平時はダン長はこの姿で過ごしている。ダン長が目の前の少年から見て取れる様子は、どこか元気が無いように思える。
「あれ……そう見えます?」
「冒険者の修行って、やはりそんなに疲れるのか?」
「疲れるって言うより……中々剣のひとつも振らせてもらえなくて……冒険者ってもっと自分の技を磨いて一人前になるものって思ってました……」
どうやら冒険者という字面に似合わぬ戦闘と関係ない訓練内容とのギャップに直面しているらしい。折り目正しく勤勉そうに見えても、リンは子どもだ。目指していることから遠い作業を疲れるまで繰り返されては愚痴もこぼしたくなる。
「そうか、マギリアに言えないことなら俺が聞くが、いったい何を習っているんだ?」
リンの修業内容に納得いかないところがあればマギリアに物申して、妥当な内容ならリンに頑張るよう諭す。そう決めてどんな内容かを尋ねてみる。ダン長はわけあってリンの訓練を見る時間がとれなかったので、内容に純粋な興味もあった。
「えーっと、ダンジョンで警戒しながら眠る訓練と、素早く野営を準備する訓練と、隠れる技術と偵察術……ダンジョンで飲み水や食材の確保の仕方と調理法の知識、武器の手入れに衣服の修繕、罠の設置に解除、薬草や鉱石と魔物素材の知識と採取方法の実習に……」
リンが今までの修業内容を思い返しながら次々と報告してくる。ダンジョンで生存するための手段を優先的に習熟させようという方針なのだろうが、一向に戦闘技術を高めてくれそうな訓練の名前が聞こえてこない。この内容は、ダン長が愛好していたTRPGにおいてはサバイバル技能や野伏の職業などとして扱われ、集団の生存力を上げるのには貢献すれども華の無いものばかりだ。
「で、戦闘訓練は?」
「3日かけて全部の訓練を一通り終わらせて、戦いの練習は余った時間でだけです。それで休日挟んでまた3日かけて前の訓練を繰り返しで……だけど僕の要領が悪いのか時間が全然余らないんです」
(俺らの世界でいう時間割ってやつか……それにしても1コマくらいは戦いを教えるなり、休みの日に付き合ってあげてもいい気がするが)
自分が要領よく覚えれば戦闘訓練が始められるのに、としょぼくれるリン。ダン長は確かに必要なことだとは思いつつも不憫に思えてしまう。
「リンがこうやっているなら今日は休日だろう? マギリアは手合わせしてくれないのか?」
「何だダン長、私をカロウシさせる気かー?」
家の方から現れた魔女が途中から話を聞いてたのか、会話に横槍を入れる。魔女らしき服からミミズクみたいなフードを被り、柑子色の髪を三つ編みにした金色の目をした人間離れをした風貌をした魔女、リンの師匠のマギリアである。
「師匠、おはようございます!」
「おはよ……リン、朝飯は?」
「机の上に用意してます」
弟子からの元気な挨拶を受けて彼女は欠伸をする。彼女は弟子に朝飯を要求して、すでに作ってあると答えを聞いて顔を輝かせてた。
「おお、そうか。じゃあ朝飯にしよう! ダン長もどうだ? リンの修業の愚痴なら聞くぞ?」
「わかった」
師弟が朝食を摂るために家に戻る。訓練内容や過労死の疑問がまだ解消していないダン長もついていくことにした。
「いいかダン長? そもそも冒険者は、素材を採ってダンジョンから帰ってくるまでが仕事だ。バチバチに魔王軍とやりあってた頃の戦士達と違って命と引き換えに大物を倒すやつより、弱くても確実に素材と魔物の情報を持って帰る方が評価されるってもんだ」
「なるほど、ダンジョンでの生存術が最優先ということか。リン、修行の方針は正しい!」
朝食の席、早起きしたリンが作ったサンドイッチとスープが卓に並ぶ。そこでマギリアから修行内容の偏りに対する答えを返した。それは単純ながらダン長を納得させるには十分なものだった。
「ああ、いわゆる現代ダンジョンの戦いは『生き残らなければ戦えない』だ。特に戦闘を専門にする重戦士や魔術師と違って、軽戦士にはパーティにおいて雑用や探索周りの仕事をする機会が多くなる。その辺を便利な魔術にばかり頼って、生命線が切れた途端に瓦解するパーティは一つや二つではなかった。ミルス村ギルドの冒険者養成所でも生存術は新人に徹底して叩き込ませてるし、これを蔑ろにしてダンジョンを踏破した冒険者のパーティは聞いたことがないな」
「「……」」
何十年もダンジョンで働く守護モンスター達は、申し分ない実力を持つはずの冒険者達が生活面を怠り力尽きてしまう勿体ない光景を見て来たのだろう。珍しく真面目な顔をするマギリアからは真剣味が伝わってくる。
「今の訓練は外せないというのはわかった。だけど休日に戦闘の基礎のキでも仕込んであげたらどうだ? 珍しく今日は冒険者も来ていないし……」
「いいかダン長、せめて4日に1日は休ませてくれないと私が倒れる。冒険者への対応はキャンディ達の負担を増やしてもらって、リンに家事全般やらせてようやく疲労度トントンだぞ」
ダンジョン探索の基礎を外せない育成方針に得心のいったダン長は、ならばせめて休日に戦闘の相手をしてやればどうだと提案する。すると、彼女はへばっているのは自分の方だと主張する。例えばリンが真っ先に挙げたダンジョンで眠る訓練は、壁にもたれた体勢で木剣を一瞬で手に取れる位置に置いて図太く眠りながら、一晩ごとにランダムな時間に肩を叩きにくるマギリアに攻撃を当てるというものだ。眠らせる場所は最初は家の中という安全地帯、それをクリアできたら家の前の壁、次は迷宮の廊下と少しずつ危険な場所になる。完全に眠ってしまえば肩を叩かれ、眠らず襲来に備えすぎれば寝不足で翌日の体調に響く。リンは神経を尖らせながら眠る訓練に苦戦し、まだ家から離れて眠る許しを得ていない。だが、これはマギリアからしても毎晩遅くまで起きて、不意に起きた弟子に殴られるかどうか警戒しながら近づくことになるので、リンと同等に神経をすり減らすものだ。4日に1度だけベッドに飛び込んで1晩中眠れる休日が2人の安息の時間になるのだ。
「リンに家事全部やらせて、ようやく労力が釣り合うのか……まぁ魔術師の師匠が弟子を小間使いにするなんて、俺の遊んでたゲームの世界観でも珍しいことじゃないだろうけど……いざ目の当たりにするとなぁ」
「弟子のほうから志願したんだ。『師匠が時間を作れるなら』って」
ダン長が弟子の扱いに苦言を呈そうとするが、マギリアはあくまで向こうが望んだことと断言する。リンはそれをフォローするように首を縦に振る。ダン長が石を回転させて部屋を見回してみると、余程修行の時間をとるために頑張ったのか、目覚めた初日の部屋よりずいぶん綺麗になっている。ダン長はこれ以上言ってもリンの望みにケチをつけるだけになるので、もう一つの過労死の疑問に話を変えることにした。
「そういや、さっきカロウシって言ってたけど魔物も過労死するのか?」
「これ以上根を詰めたら私が倒れるってものの例えだ。なにせ、単純な体力と根性だけで言えばリンのが私よりずっとあるからな。杣人をしながら病床の母を世話していた生活で培われたものだろうが、この小さな身体のどこについてるんだか」
杣人とは木こりのことで、木を切って薪を作りそれを売って稼ぐ職業のことだ。亡くした父からやり方は継いでいたのか、リンも対ダンジョン政策の為に寒村と化した山の中で母とそうやって暮らしていた。薪を金銭に替えるには買い手の元までそれを運ばないといけない。考えられる買い手は山のふもとにあるダンジョンに近いミルス村となるだろう。母子が暮らせるだけの薪を背負って山を上り下りする毎日は12歳の少年には想像しがたい苦労だっただろう。現代人のダン長にはその生活にはとても維持できる現実感が無くて、それをマギリアに話したことはあるが『親の代わりに働かざるを得なくなる子どもは大陸では珍しくは無い。だが大抵は共々餓え死にか物乞いになるから、出来てしまったリンを基準にするな』という返答をもらった。ダン長が陥ってた誤解は生存バイアスの一種だったようだ。
「ダイスのイタズラで体格が人並みのなのに、体力と敏捷性だけアホほど高くビルドされたキャラ、現実にいたらリンみたいな子になるのか……」
「おお、ダン長も庭先で何をしていたかと思えば……あれはサイコロ遊びか?」
ダン長はリンのスペックをTRPGのキャラクタービルドに当てはめて、サイコロを3つ召喚して転がした。こういうのはシステムによってはダイスの神がおこす気まぐれでステータスが極振りになったりする。リンのスペックにそれを当てはめてしまった理由は、彼が朝にやっていた作業にあった。中庭の平坦なタイルの上で行っていたことに興味を抱いたマギリアが質問を投げかける。
「あぁ、このサイコロ遊びが俺のやるべき急務だ」
「急務……?」
話についていけないリンが首をかしげる。先月に起こしてしまったダン長のミスである魔力切れ、それを出来る限り起こさないための第一の手段は魔力の総量を計ることだ。しかし、ダン長には都合よく己の魔力を数値化してくれる神様はいなかった。かつて人間は北極から赤道までの距離を割ってメートルという単位を作った。それに倣い、ダン長も己の総力を測るために8時間休眠をしてから完全に切れるまでひたすら石を1辺2cmの立方体に切り出し、何個のサイコロを作れたかで単位を作ろうとしたのだ。前のミスで幸いにして、顔を展開している間は自動回復と消費の速度が釣り合うという値千金の情報を得て、迷宮の中庭を作る為に撤去した石材が腐るほど余っていた。彼は顔を展開しつつ膨大な石をひたすら切り出す。ダンジョン運営に携わってから最初の2週間、ダン長は冒険者が来ない日は殆どこの作業に魔力を費やしていたため、リンの修業の内容を細かく知ることができなかった。
「ほほう、結局のところダン長はいくつ石を切り出せたのだ?」
そういう説明をダン長がすると、その作業に興味を惹いたのかマギリアが魔力の総量を聞いてくる。
「だいたい3万9500から4万2000の間をいったりきたりだ。始めは何回かであっさり総量がわかるもんだと思っていたんだが、積もり積もった誤差が2500もあっちゃな……」
「誤差の原因は心当たりがあるのか? 数え間違いとかか?」
マギリアの好奇心が加速度的に高まり、立て続けに質問をしてくる。彼女の魔術についての興味は自分の専門知識だけでなく、他人の魔術に対しても同様のようだ。
「数え間違いはないな。ダンジョンにある物体がわかる身体になった影響か、魂はサイコロの数を正確にカウントしてくれる。これでサイコロ1個切り出した時の『精神の疲労感』を完璧に魂に刷り込ませれば、罠や魔物の移動でどれだけ消耗するかを割り出せるようになる」
「ほほう、石を切り出すだけの単純な行動を1として、それを基準に他の行動の消耗具合を測るわけだな。ということは、顔を展開させずに限界までサイコロを作ったりもしただろう?」
「ああ、顔の展開をやめればそれと釣り合って無効化されていた自動回復が働くからな。顔を出さずに1時間で4万個作るペースで同じ作業をすれば、1時間の自動回復の分だけ4万を超える。その差額が1時間当たりの回復量というわけだ。それで出た回復量は1時間で5000、正確なキャパが4万だとすれば8時間ピッタリでフルチャージだ」
マギリアはダン長の意図をいち早く察して質問をし、彼が答える。一方で魔術やサイコロに縁の無いリンは理解が追いつかず、ポカンとして両者の会話を聞き流していた。
「ああ、そして俺がダンジョンを動かすことのできる魔力の数値を『せつなさ』と名付けた!」
「そこは『ダンジョンポイント』とかで良くないか……?」
「よくわかんないけど、せつなさはわかりにく過ぎますダン長……」
ダン長の名付けに対する感性は周囲の理解を得ることは未だにかなわなかった。呆れたマギリアが見比べさせるために空中に光の文字を描く。
せつなさ 40000/40000
ダンジョンポイント 40000/40000
「ほら、ダン長? せっかく数値化したって言うのに上だと意味がわからんだろう。せつなさを消費するとどんどん胸が締め付けられるのか? それとも感情が死んでいくのか?」
「むむむ……」
ダン長が納得して引き下がる。こうしてダン長の魔力として推定4万のダンジョンポイントが定められた。
【匠と亡霊 1/13 せつなさVSダンジョンポイント】
ダン長が目覚めてから1か月、リンがマギリアを師匠とし冒険者としての修業を始める一方で、ダン長はひたすらサイコロを作り続けていた。ダン長は魔力切れを起こした反省から、サイコロひとつ切り出す消耗を基準とし、己の魔力の総量を算出していた。総量およそ4万、自動回復量1時間に5000を記録した魔力の単位に『せつなさ』を提案するダン長だが、マギリアの説得で『ダンジョンポイント』と決めることになった。




