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10話 百年越しの青空

【今回の三文あらすじ】

「興味があるけど読む時間が取れない」「最新話だけ手っ取り早く追いたい」という需要を考え、あとがきに今回の主な出来事を三文に要約しました。

「起きろー、起きろダン長。今のところダン長が動かなくなってから7時間と54分30秒だ。と言ってる間に8秒も過ぎた。これで起きんならまた5分後に声をかける」


 ラビス迷宮基地の中の安全地帯、魔女の家。柑子色の髪に金色の目の魔女である家主のマギリアは物言わぬちっぽけな石に向かって声をかけていた。この石には数時間前まで死してダンジョンに宿った魂が込められていた。

 その当の石魂は、かつて目覚めた時に迷宮を眺めていた時のように、ダン長の魂が籠っていた石の横に座ってツンツンとつついている魔女を見おろしていた。


(ハッ!? 8時間近くも眠っていたのか! うん……フルチャージという確証はないが、謎の疲労感はもうすっかり無い。石に戻ってもいいか)


 その魂は最後に意識を入れていた石に改めて魔力を入れて周囲を確認する。


(しかし、リンが提案した修理ってどうなったんだろうか……マギリアの家の前が荒れてなければいいが――)


 ダン長の視界に映ったものは、覚醒してから今まで見ることが叶わなかった光景だった。


「空……」


 思えば天井に穴を開けてしまった時は夜で、しかも雨が降っていて真っ暗だった。てっきり迷宮の出入り口から外と同じように見えるものが閉ざされるものだと思ってしまった。その先入観を払拭するような綺麗な抜けるような青空が広がっていた。ダン長の第一声を聞いたこの場唯一の人間である(女装した)少年のリンは、顔をほころばせて喜ぶ。


「ダン長? 空が見えるんですか!?」

「ああ、見える、見えるぞ! 中庭を作っってたのか」


 魔女の家の前には、ちょっとした公園くらいの広さの草地の庭ができていた。床石を再利用して庭の中心線にはタイルの道が引かれ、その中央に木が植えられている。庭の一角には小さい池と水路が引かれ、空間を囲む迷宮の壁にはいくつかの木製の跳ね上げ窓が設けられている。そして出入口には雨を避けるための木組みの軒下と、外と内の境目に一段高く石を盛っている。


「完全に元に戻すより、いっそのことここら一帯の天井を壊す方が楽だったのよ。すごいでしょこの大木、アタシが外の森から引っこ抜いて来たのヨ♪」

「ねぇねぇダン長ー? お野菜育てていいー?」

「植えるなら花の方がいい」

「どちらも植えたら? ねえダン長?」


 ダン長が起きたのに気が付いてキャンディ達がしきりに話しかけてくる。彼女たちも庭づくりを手伝ってくれたのだから、拾える要望は拾いたいとダン長は思う。出入口近くの壁によりかかったままでマギリアが声をかける。


「リンの提案で、私の家の前を空が見える中庭に改装することにしたんだよ」

「はい。話したらサキュバスの皆さんも乗ってくれて……まさかここまでなるなんて思ってなかったですけど」


 リンが照れくさそうに告げる。彼の手指には土仕事の汚れが残っていた。


「天井に穴が空いて初めて雨が降っていることに気づいたって聞いて……もしかしたらこうすれば空が見えるんじゃないかって師匠に相談したんです」


 リンは病床に伏していた母の世話をずっと見て来た。彼の母は口にこそ出さなかったが天気のいい日には時折、病床から恋しそうに窓を見上げていた。それを見るたびリンは母の手を引いて身体を支えながら散歩に出ていた。暗い場所に閉じ込められ、外に出て日を浴びることのできない人間の苦悩を彼は肌で理解していたのだった。


「あーそうだ、ダン長ともあろうもんが天気どころか昼か夜かもわからんようじゃ、今後のダンジョン運営に支障が出るからな!」

「それに僕もダン長とお天気の話とか、外で遊んだりもしたいから……」

「皆……」


 ヘラヘラ笑いながら今後の展望を話すマギリアに対して、目の前の石ころと些細な話や遊びの相手をしたいと言うリン。2人なりに今のダン長の境遇を心配しての行動だった。ダン長は感謝の言葉を失って手伝ってくれた皆を見渡す。


「そういや、それならなぜ黙ってやったんだ?」


 自分に悪い話ではないことで安心したダン長は浮かんでいた疑問を率直に聞いた。リンがそう提案して彼女たちが乗ったのはわかるが、ならばなぜ自分に黙って改装を進めたのかが気になったのだ。


「だって隠してた方が……ダン長がまた驚いてくれそうでしたし」

「……」


 彼は照れたようにはにかむ。どうやらにプレゼントやイタズラに関わらず、単に驚かせるのが好きな性らしい。ダン長はそんなリンの茶目っ気のある内面を知って、呆れとも安堵ともとれないため息をつく。


「ダン長、あんたは自分のことをダンジョンにへばりつく亡霊と言ってたがな。生きてここにいると思っている人間はいるようだな、少なくともひとりは」


 マギリアが満足げに壁に身体を預けたまま声をかける。リンからの提案を最初に聞いて、率先して魔術で手伝っていたのは彼女だった。壁にもたれているのはその分の疲れが残っているのだろう。


(生きているのか、俺は……リンにとっては)


 ダン長は戸惑いを覚えていた。死後に人間でなくなってまで自分の存在が続く今の状況は納得いくものではなかった。それでもリンは生きた人間として自分に接しているのだ。己の消滅はダン長にとっては亡霊の成仏だが、リンにとっては『生きた人間の死』なのだ。彼は好意を寄せる子どもの目の前で死んでやれるほど情に無頓着な人間ではなかった。


(循環器を手にしても、せめてこの子が一人前になるまでは待つか……)

「さぁさぁ、そろそろキルトも帰ってくる頃だろう。手を洗ってお茶にしよう」


 そう言って手を叩いてマギリアは話を区切り、休憩を提案する。ダン長は、その姿を見ながら一つの考えが浮かぶ。


(ひょっとして、マギリアがリンを連れて来たのもまさかこのためか)


 冒険者に志願したリンを、ダンジョンに連れて来たのはマギリアだった。キルトの言う通り冒険者を目指させるだけなら他の方法もあっただろう。ダン長が循環器を道連れに消えないように、リンをダンジョンで育てて成長を見守らせようというのが彼女の思惑なのだろう。一緒に住むという提案も、策謀に巻き込んだ負い目から間違いがないように守るという心構えから来ているかもしれない。ダン長が彼女の複雑な真意を考えていると、バスケットを抱えたキルトが帰ってきて一同は休憩となった。






 魔女の家の居間に守護モンスターのマギリアとキャンディとキルト、冒険者志望のリン、そしてダンジョンそのもののダン長の石が集まる。俊足を活かして街への地図更新の申請と、村への工事の手配を一度に済ませてきたキルトは工事の日取りや作業内容、費用などの報告をしている。


「買ってきてもらって申し訳ないがキルト、今の俺にドーナツは食えんぞ!」

「……最初に言え」


 自分の前に出された分のドーナツの皿を泥の手を出現させて隣に座るリンの前に持っていきながらダン長は謝る。うっかり買ってきてしまったキルトは腕組みをして呆れる。その姿を見ながら、リンはよくわからない守護モンスター達の関係性を不思議に思っていた。


(キルトさん、あの流れで甘いもの買ってくるんですね……)


 リンがドーナツをほおばりながら、ヒソヒソ声でダン長に話しかける。ダン長も未だにキルトの性格を測りかねていた。


(クールに見えて優しいというか面倒見がいいんだな、それに比べてマギリアのクールの自称っぷりだよ……ん?)

(どうしたんです、ダン長?)

(いや、終わってから話す)


 リンとダン長はヒソヒソ話をしながらマギリアの天然さ加減を語る。キルトの持っていたバスケットの中身は村で買ってきた人数分のドーナツだった。難しい話には興味が無いサキュバス姉妹の下3体は自分らの安全地帯に戻って食べている。合意さえあれば物や魔物を指定した地点に転送できる召喚機能は彼女達には大変好評だった。キルトからの報告が一通り終わったところで、ダン長は気にかかったところを尋ねた。


「そういえばマギリア、お前服はどうした?」

「ん?」

「密閉された迷宮から一変して家の前にあんな大きい中庭ができたんだ。その格好で寒くないのか?」


 ことの発端はリンとの生活にあたり、マギリアが迷宮が蒸し暑いからこれ以上服を着こまないと文句を言ったことだ。それが改善された今、彼女が羽織るもののひとつもかけずに話をしているのはぬぐえない違和感があるのだ。瞬間、横にいたキャンディとキルトの表情が固まる。もっともキルトの方はサングラスと包帯で窺い知ることは出来ないが、止まった動きから察するにキャンディと同じ反応をしているのは明らかだ。


「マギちゃんあなた……」

「ダン長達に言ってないのか……?」


 2体の魔物がマギリアに目を向ける。どうやら彼女にはダン長とリンには言ってないことがあるようだ。


「え、どういうことだ? 俺はマギリアが蒸し暑いと言ったからダンジョンを改造しようとしたんだが」


 ダン長が尋ねると、当の本人は目を逸らす。沈黙にしびれを切らしたのか、口を紡ぐマギリアの代わりにコートにマフラーでかっちり着込んだキルトが口添えする。


「聞けダン長。確かに迷宮は外に比べれば暖かいが、魔物の肉体は人間達ほど温度変化に弱くない。冷気魔術や炎のブレスなどは流石に話は別だが。マギリアの格好で蒸すなら我輩など茹で上がってしまうだろう」


 魔物は人間が感じる範囲の暑い寒い程度では大した影響はないと。その答えを聞き余計にダン長達の疑問が深まる。


「え? 余計になんで?」

「そうだったそうだった、うーん今日からウチも寒くなったし毎晩リンを抱いて寝るかー」


 すっとぼけたようにマギリアはリンに抱き着く。その様子から寒がっているようにはとても思えない。ダン長の彼女への疑問は疑惑に変わりつつある。


「別に最初から暑くもなんともなかったということか?」

「そうだよ? 迷宮が困るくらい暑いなら守護モンスターになってから即対策しないかとか、いつ気づかれるか内心ドキドキしながら文句を言ってみていたが……ダン長は私が自分の困りごとを何十年も放置するようなやつに見えたのか? そんなことにも気づかずに天井まで落とすなんて流石に想像はしていなかったが、勝負は私の勝ちってところか♪ ダン長も外が見えるようになって結果オーライだしな!」

「「……」」


 どうやらマギリアはダン長をからかっていたようだ。流石に迷宮の崩落は想定外だったようだが、笑顔のマギリアは悪びれる様子はない。何かを察したリンは彼女の腕からするりと抜け出す。


「わかった! 初戦はマギリアの勝ちということだな!」

「ほほう、負けを認めるというのは殊勝な……初戦?」


 ダン長が笑顔で負けを認める。それに反応したマギリアの疑問の声と同時に、彼女の真上から青色のスライムが落下してきた。どぷんと鈍い音を立てて彼女の身体に沿って粘性の液状生物が重力に沿って形を変える。


「わぷっ!? なん……でっ……?」


 魔力を通し過ぎるスライムは魔術師にとって近接で戦っていい相手ではない。触れられていると練り上げた魔力がスライムの体に逃げてしまうからだ。それを十二分に理解しているマギリアは、スライムの奇襲から必死に逃れようとする。しかし、鈍い思考で動きの鈍重な野生と違って、ダン長の魔物を操る力に応じて機敏かつ正確に動くこの個体は、逃れる彼女の身体を的確に絡めとり、束縛する。想像以上に彼女の筋力が無いのかものの10秒で拘束は完了し、キューブ状になったスライムの身体の中で、頭だけ出した状態で正座させられていた。


「ダン長……いったいどうしたことですかね……」


 予想だにしないスライムの拘束により脱出が絶望的になったマギリアが尋ねる。人間より寒暖差に強いらしいが流石にスライムの体は冷えるのか手を震わせ、焦るあまり敬語になってダン長の真意を問おうとする。


「今日は皆が俺のミスをフォローしてくれて、この身体になってから初めての空も眺めることができて、とても嬉しかったんだ。皆に感謝してたし、無論率先して手伝ってくれたマギリアにもだ。それがお前にからかわれた結果だったとしてもな」

「ほほう、ダン長だってからかわれるのは好きだろう? リンに性別を勘違いしてたの笑われた時も喜んで――」

「それはそうと、今度は俺から勝負を挑ませてもらう。お題は初戦と同じ、俺が一番聞きたい言葉に『気づく』かどうかだ。正解を答えるまでずっとスライムの中で正座だからな」


 ダン長は目の前のイタズラ魔女が反省するまでスライムの箱から出さないことにしたのだ。彼女の見立てた通り、ダン長はもともとからかわれるのは嫌いではない。もう会う手段こそないが、卓を囲む仲間の作ったシナリオの罠にひっかかって己のキャラが傷ついた時も感心して膝を叩くことはあれど、怒るようなことはなかった。ダン長もマギリアに怒っているわけではないが、この性格が孤児を育てる師匠としてふさわしいかは別の話だ。スライムに囚われた彼女はダン長の真意に気づけるわけもなく、数秒で諦める。


「リン、ダン長は何て言ったら負けを認めると思う?」

「あの……人から聞いたら反省にならないと思います」


 リンはダン長がマギリアに反省を促すためのお仕置きであることを察して、まだ勝負ごとだと思い込んでる師匠をたしなめる。そもそも何か教える前に弟子に教わる師匠というのもないだろう。


「なぁ、お前らもなんか言ってー」

「マギちゃん、人を試すために困ったフリしてると本当に困った時にしっぺ返しがくるものよん?  リンちゃんもイタズラ好きは結構だけど、そういうとこ真似しちゃダメよ。ダン長ちゃんも、この子が反省したら出してあげてね?」

「キャンディィー……」


 キャンディの言い分はもっともだ。守護モンスター達の目標は、ダンジョンのボスを倒すために強力な味方を集めることだ。協力を頼む立場の者が誰かに嘘で困りごとを持ちかけていいはずがない。


「キルトォ……」

「キャンディの言葉が全てだ。その嘘が原因で周りに余計な仕事を増やしただろうが。たっぷりお灸を据えてもらえ。お灸と言ってもマレビトの伝える医療行為ではなく、きつくお仕置きをされろという意味だが」

「そっちは言われんでもわかっておるわー!」


 捨て台詞を残して魔女の家から帰っていく仲間達。結局マギリアは『リンに悪いことは教えない』という言質をとるまで、数十分にわたりわからされた。リンの弟子としての初仕事はベソをかきながら眠る師匠の湯たんぽだった。

【百年越しの青空】

 ダン長が再び意識を取り戻した瞬間に目に入ったのは、迷宮内では見ることが叶わないと思っていた抜けるような青空だった。迷宮に中庭を作ったのはダン長のことを生きた人間と認め、彼との他愛ない話を望むリンの提案であり、ダン長はせめて彼が一人前になるまで消滅は待とうと心の中で方針を決める。しかし発端になった迷宮内の気温問題は帰宅したキルトから嘘だと聞かされ、悪戯好きの魔女はスライムで懲らしめられた。

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