9話 流浪のサキュバス達
【今回の三文あらすじ】
「興味があるけど読む時間が取れない」「最新話だけ手っ取り早く追いたい」という需要を考え、あとがきに今回の主な出来事を三文に要約しました。
ダン長は自身が落としてしまった迷宮の天井の工事をする最中、脚立から落ちそうになったリンを助けるために守護モンスターを召喚した。
「あらやだ! リンちゃん綺麗に降りれたでしょうに、余計なお世話だったかしら?」
「キャンディさん……」
野太いオネエ口調の声がリンの頭上から届く。声の正体は守護モンスターの1体、巨漢サキュバスのキャンディだ。相変わらずの刈り上げた紫髪のモヒカンスタイルだが、上の服は動きやすいタンクトップに着替えている。突然空中で捕まえられたリンは驚いてそちらを見上げる。
(うぅ……さっきまで狭かった視界が余計に狭くなった。召喚に魔力を使ったからか……)
ダン長は魔力が枯渇して狭まった視界が余計に小さくなったのに気が付く。魔力が十分にある時に感じなかった『漠然とした疲労感』も二重に襲ってくる。キャンディを召喚した分で残された魔力を更に削ったことで、周囲を受容する感覚器も鈍くなってしまったようだ。
「おーい、ひょっとしてこっちに店長が飛んでいきませんでしたー?」
苦しんでいるダン長の背後から、大きな高い声が聞こえてきた。
「こっちよー♪ ダン長ちゃんが呼んでくれたの!」
キャンディが大声で返事をする。その口ぶりから最初からこっちに向かっていたように思える。ほどなくして、通路の向こうからぞろぞろと3体のサキュバスがやってきた。後ろの3体は先日と変わらぬまさしくサキュバスといった風貌をしている。こうしてサキュバス4姉妹が魔女の家の前に集合した。
「マギリアさーん、お店の周りの片づけが終わったから手伝いにきましたー」
「おお、君たちも手伝ってくれるか。ちょっとダン長がやらかしちゃってな」
金髪のサキュバス、末っ子のウェンティが間延びした声をあげて笑顔で手を振る。声に気が付いたマギリアは嬉しそうに返事をする。
「お店?」
「あっ、リンちゃんはまだ来たことないわよね? アタシたち、迷宮の一角でバーを開いてるの♪」
リンからあがった疑問の声にキャンディが返事をする。迷宮に酒場があるなんて、ダンジョンに無縁で生きて来た彼にとって驚くのも無理はないだろう。
【安全地帯・戦士の羽休め亭】
ラビス迷宮基地の安全地帯のひとつで、キャンディ達のサキュバス4姉妹が経営する酒場。ダンジョンを攻略する冒険者達の情報収集や愚痴吐きをする憩いの場。彼女たちサキュバス達は守護モンスターの仕事のかたわらでバーを開き、人間観察や会話を通じて人付き合いを学んでいる。昼はランチのみ営業。帰りが遅くなった日帰りの冒険者や野営がトラブルで不可能になった冒険者のため、店の奥の余っている部屋で宿泊も可。
(マギリアがリンを家に連れ込んだ時に言っていた『まともな飯が出る場所』ってここのことか……しかし、そんなところを崩すなんて、なんてことをしてしまったんだ!)
ダン長はそのバーについて、意識がはっきりする前に予め見聞きしていないか想起した。どうやらこのサキュバス達は社会勉強を目的に安全地帯を利用して酒場兼宿屋を開いているようだ。店の周りの片付けということは、そこの壁か天井を壊してしまったことになる。ダン長は反省の気持ちでいたたまれなくなる。
「ふーん、じゃあダン長サンが天井落として店の前散らかしたの?」
「ああ、血気に逸って大変申し訳ないことをした!」
マギリアから天井崩しの原因がダン長のやらかしと聞いて赤い髪の三女、イグニスが不機嫌そうに脚立に残ったダン長の石を見下ろしてくる。ダンジョンの風紀を解決しようとしたとはいえ、結果がこれでは非があるのは明白なので、ダン長は言い訳もせず素直に謝る。
「まったく、店に被害が無かったからよかったものの――」
「いいじゃない、地震と勘違いして私にしがみついてくるイグニスちゃん見られて面白かったわ♪」
ダン長への文句を続けるイグニスの肩に手を当て、笑顔で言葉を遮る青い髪の次女のアクアがフォローをする。姉には逆らえないのか、はたまた恥ずかしいのを掘り起こされたのか、彼女は顔を真っ赤にして――
「今回っきりにしてよね……」
と小声で言ったきり黙々と作業に戻ってしまう。それを見送ったアクアはダン長に向き直り――
「ダン長さんも、こういうことやる時は私達に相談してね。あの娘、すごく怖がり屋さんだから!」
「約束する」
と、ダン長の失態も窘めて自分も片付けの作業に戻る。妹達の足りないところをフォローしてきたのだろうか、アクアは出来た性格をしている。ダン長は反省を約束しながらもサキュバス達の姿を見て――
(しかしサキュバスの姉妹もマギリアに輪をかけて肌が出ているし、それも中々容姿に優れてる……リンには誘惑の多い迷宮だ)
天井に穴を開けてしまった経緯を思い返していた。ダンジョンに見た目年上の美女が多いとは、女装した少年にとって刺激が多すぎる。
(リンが冒険者を辞めてサキュバスになるとか言い出したりしないだろうな!)
ダン長のズレた心配が深まった。
「まったく、何を馴れ合っているのだ」
と、その今のやり取りを聞いたか聞いてないのか、トレンチコートにハンチング帽、往年の探偵を思わせるサングラスの男が一同の横を通り過ぎる。守護モンスターの最後の1体、透明人間のキルトだ。
「キルトさん!」
「リンか」
キャンディに抱えられたままのリンが表情をほころばせる。先日の冒険者達とのやりとりではサキュバス四姉妹と共に裏方を頼んだためダン長との馴染みは薄いが、服を用意してくれた彼にリンは懐いているようだ。その一方でキルトはリンを一瞥するとそのまま去ろうとする。
「おーいキルト、ダン長と一緒にリンをダンジョンに住ませる準備してるんだ。手伝ってくれるか?」
マギリアが去っていく彼の背中に声をかける。キルトは歩く足を止める。
「断る。なぜなら我輩はリンを迷宮を住まわせるのには賛成していないからだ。ダンジョンで子どもが死ぬ死なないで苦心しておいて、いざ冒険者として住まわせればリンの自己責任とはとんだ屁理屈だ」
マギリアがリンと同性らしきキルトのもとに彼を預けない理由はこうだった。リンの教育に失敗して、本当に子どもの犠牲を出してしまえば先日の苦労が水の泡になってしまう。キルトの言うことは紛れもなく正しいため、マギリアは反論ができずに黙ってしまっている。
「キルトさん、弟子になりたいって言ったのは僕が……」
慌ててリンがフォローをする。
「ああ、リンが志願したからこそ仕方なく認めている。無理強いさせていたら我輩がマギリアをシメてお前を孤児院にでも連れて行ってたところだ。まったく、奴になら街や村に奉公に出せる伝手があっただろうに……」
キルトが静かながら厳然と自論を述べる。マギリアの人脈を知っているからこそ、彼は処遇について他にやりようがあったのではないかと指摘する。マギリアは目を逸らして黙る他無かった。
「大丈夫よぉキルトちゃん、捕まえた時にわかったけどネコちゃんみたいに咄嗟に受け身の動きをしてたの! 言うほどか弱く無いわよこの子は!」
「キャンディが見立てるのならそうなのだろう。山の中で母親を守りながら生きてきたんだ、そのくらいの素養があっても不思議ではない」
キャンディが腕の中のリンを褒める。腕で抱いただけでどうやって服の上から落ちる瞬間の筋肉の動きがわかったのか、ダン長には知る由も無い。だがダン長にとっても、リンの身体能力については思い当たるところがあった。
出会った初日、彼は通路で挟みうちにならなければコボルドから逃げきれていたかもしれない。それも怪我だらけの裸足でだ。イビルプラントを壁から引きずり出した時も拘束が緩んだ隙に抜け出していた。戦闘能力こそ未成熟だが、リンは柔軟で身軽な身体を持つ野生児なのだ。
「リンちゃんは鍛えればすぐ強くなれるし、それまではダン長ちゃんが四六時中見てれば安全面は間違いはないわよン♪」
「そのダン長が初日からこんな真似をしているから不安になっているのだ。迷宮が穴だらけの水浸しではないか」
脚立の上の石にキルトの包帯に巻かれた顔の輪郭が向く。マギリアと組んで冒険者を撃退した時に稼いだダン長の信用は、今回の件でプラマイゼロになっていたようだ。
「まったくもってその通りだ! キルトの信用はこれからの活動で改めて積み立てることにしよう!」
「ダン長ちゃん……」
ダン長は堂々と返事を返す。キルトの苦言はリンを心配している気持ちから来るものなので、ダン長にとって正面から受け止めるのは当然のことだった。キャンディもそれ以上キルトに言い返すことはせず大人しくリンを腕から下ろした。ダン長が素直に聞き入れた今、彼を庇うように言い返すのも野暮だと判断したのだろう。
「そうだ、リンを無事に育てられるかは今後の活躍で証明してみせろ。まぁ、我輩の家に空いた窓モドキはとりあえず塞いだ。工事の手配に村に行ってくる」
「おーそうだ、キルト? 村に行くなら……」
「言われずともわかっている。手配ついでに街で地図の差し止めも申請する。見えないところで役に立つのが我輩だからな」
マギリアの呼び止めに対して、わかっていたかのようについでに必要になるであろう仕事を請け負うと答えるキルト。迷宮の地形を弄れば、当然今作られている地図も現行のものでは役に立たなくなる。なので工事の発注を含めて遠くの街までひと駆けして用をまとめて済ませるというのだ。
「いや、言われんでもしてくれると知ってる仕事などいちいち頼まん。帰りに甘いものを買ってきてくれ」
「アホ抜かせ」
マギリアの頼みにキツめの一言を残してキルトが姿をくらませる。透明になったのではないかとダン長には感じたが、服や包帯が打ち捨てられてない。どうやら圧倒的な速さで走っていったようだ。
「すごいですねキルトさん、街って確かミルス村よりずっと遠いのに。それに服も作れるんですし」
「そうね、ここの守護モンスター達の服はみーんなキルトちゃんが作ってくれてるのよ♪」
豆粒も残らない影を見送りながら、リンとキャンディが言葉を交わす。守護モンスターの服を作っているのがキルトというのはダン長にとっても初耳だった。
「本来は見えない方が都合のいい透明人間が衣服に拘るのも不思議なものだな……」
「そーそー。でもあの人親切だけど怖いんだよねー、私達にも距離を保ってくるしー」
サキュバスの一人、ウェンティがダン長のつぶやきを拾って返す。
「仲が悪いのか?」
「彼、戦争中は人間側について戦ってたのよー。で、私達サキュバスはバリッバリの魔王軍。元敵同士じゃ仕方ないのかなーって」
「なるほどな……ってキャンディ達は魔王軍の連中なのか?」
ダン長は疑問に思った。キルトが人間側にいたということはあの身体能力と透明人間の体質を生かして魔物を闇討ちしたり、諜報などで活躍したと見える。敵同士ということは、サキュバス達は魔王軍側で戦っていた者たちなのだろう。今では守護モンスターと呼ばれ人間と共生している彼女達は、もともと人間に敵対していた魔王軍の所属というのだ。
「魔王軍は戦争が終わった後に抜けたけどね。妹達を連れて行く宛てもなくフラフラしてたところでココにたどり着いて、今は人間の愛について社会勉強をさせてもらっているわ」
キャンディは快活に答える。そして、気を良くした妹分のウェンティが便乗して長女の自慢話を始めてくる。
「そうだよー、姐さんってばすごいんだー。私達はサキュバスの力で人間さんの無防備な夢に出て篭絡して活躍したんだけど、対策された人間に反転の呪いをかけられちゃってー。姐さんそれを解く薬のために軍の反対を押し切ってユニコーンの……ンギャッ!」
弾力を持った鰹節のようなキャンディの指のデコピンがウェンティの額に当たる。姉のアクアとイグニスは「言わんこっちゃない」という顔でその折檻を眺めていた。どうやら末妹のウェンティは口が軽いのが弱点のようだ。
「ウェンティ? 女の過去ってのは本人が自分で言いたくなった時に聞くものよ?」
「ごめんなさいー」
キャンディにたしなめられ、反省するサキュバスの末妹。
「そうだわ、どんな感じに修繕したいのか。マギちゃん達から聞いてないわね」
「そうですね……○××○△……」
再びリンがぼそぼそとサキュバス四姉妹に完成予定のダンジョンの形を伝える。
「なるほどね! これじゃ修繕ってより改築よね?」
喜色満面のキャンディが張り切って作業の手を早める。それを見て余計にダン長はリンが思い描いている魔女の家の前の様子が気になってきてしまう。
「む、やはり俺は聞いちゃ駄目か?」
「出来てからのお楽しみってやつだ。それに、ダン長もいつまでも起きてたら一向に回復しないだろう? 完成形なんか聞くよりとっとと休まないか」
聞きたくて仕方ないダン長をマギリアが制す。確かに罠や魔物の操作は今の調子では満足にできない。魔力消費において顔一つ分の消費量と彼自身の自動回復が釣り合ってしまっている。再び満足にダンジョンを動かせるようになるためには彼女の言う通り休ませないといけないのは明白だった。
「魔力が溜まるまでずっと眠っているがいい。それまで何分か何時間かわからんが、私が完全回復までの時間を数えておいてやるからな」
(確かに、このままにしてても俺の魔力は回復はしないからな……ここは大人しく眠ることにするか!)
マギリアの提案を聞いてダン長は納得せざるを得なかった。期待と不安を綯い交ぜにしながら、ダン長はしばしの眠りにつくことにした。眠ろうと思って布団についてから数分から数時間かかることもあるリアルの肉体の睡眠と比べて、休ませようと思えば即時で休むことができる今の精神はオンオフがはっきりできて便利ではあった。ダン長は魔物達の工事の結果を信じて意識をしばし閉ざす。
【流浪のサキュバス達】
迷宮崩落の修繕協力の為に合流したサキュバス達に対して、透明人間のキルトは師弟関係やダン長に対しても少し冷ややかな態度をとる。両人の温度差は、魔王軍と人類の長い戦争で敵同士の陣営で戦った立場が原因とサキュバスの末妹・ウェンティが語る。ダン長はこのままでは枯渇寸前の魔力が回復しないことを察し、今後の工事はマギリア達に託して眠りにつく。




