■謎の男編 その4
そこまで一気に話すと男は口を休めて、代わりにタバコをくわえて火をつけた。
「それで、その後はどうしたんだ?」
孝は聞いた。
男は、ふぅっとタバコの煙を吐いてから、孝に一瞥をくれてからまた話始めた。
「どうもこうもないさ。当然パニックになったよ。一瞬眠りに落ちて、目が覚めたときにはヤツの顔が外人になっているんだからな。そして俺の顔も。わけが分からなくて、その場を後にした。下界ではどうなっているのか知りたくてね。その後ヤツがどうなったのかは、もちろん知らん。ただ、仏だけは持って下山した。こんな事態だ。神にあやかりたいとでも、無意識のうちに思っていたのかもな」
「……」
「俺が村に着いたときには、怯える者、発狂している者、食糧を奪い合う者、まぁ一言で言えば地獄さ。あれだけ仲がよく見えた村人同士で争っているんだからな」
「もしかしたら騙されていたのは俺だったのかもしれない。善良という仮面をかぶった村人たちに。一皮剥けば、血みどろの争い。それは村という閉塞された社会に抑圧されていたストレスが、あのタイミングで一気に決壊したのかもしれんな」
「……」
「身の危険を感じた俺は、その場から逃げた。全速力で走った。だが、田舎の悪路に足を取られて転んでしまったんだ。そんとき、ポケットにしまっていた仏像が壊れてしまったのさ。さすがに仏を壊したとなっちゃあ、気持ちが悪いんでポケットの中から仏像を出してみると、なんと仏の中から大粒のルビーが出てきたのさ」
「ルビーが?」
「ああ。これにはおったまげたね。俺の見立てでは、ウン億はくだらないほどの値打ちものさ。誰かがそこに隠したのか、もとからそういういわれのあるものなのかは知らんがね」
そういうと、男はポケットに手を突っ込んで、何かを取り出した。
そして孝の前に、握った拳を見せた。
「んで、件の宝石ってのがこれさ。見てみるかい?」
言われるままに男の拳を見つめている孝。
そして拳を開いたその時……。
「ポンッ!」
弾けるような音を立てて、手の平に現れたのは飴玉だった。
ルビーと同じ紫色をした。
「かかか! またひっかかったな! どうだ、面白かったかい?」
男は大笑いしながら、飴玉を口に放り込んでしゃぶった。
孝は驚いた。
が、怒りはもちろんない。
それどころか、つられてまた笑った。
「ふふ、あんたにはかなわないな」
「俺は作家なのさ。今度この話を作ろうと思っていたんだけどな。あんたの反応を見たところだと、悪い内容ではなさそうだな。ふふ」
男は満足そうに孝を見ながら言った。
「さっきのあんたがいった言葉、アーティストなんてこの世にもう役に立たないなんて言ったけど、それはどうやら違うようだな。今の世の中は、あんたのような人を必要としている。俺はそう思うよ」
「ふふ、ありがとよ。喜んでくれたのならなによりさ。なんといっても、夢を売るのが俺の商売だからな」
そんな話をしているうちに雨は小降りになってきた。
いまならもう、出かけても大丈夫だろうと孝は思った。
「さて、俺は行くとするよ。あんたはどうするんだ?」
孝は男に聞いた。
「さっきもいったろう? 俺は次に来るバスを待っているのさ」
「ふふ」
孝はまた笑った。
「行くなら早いほうがいい。山の天気は変わりやすいからな」
待合所から見える彼方には、きれいな虹がかかっていた。
社会は荒廃しても、自然の美しさは変わらない。
「ありがとう。短い間だったけど、楽しかったよ」
「お互い様さ。彼女、きっと見つかるよ」
「それじゃ」
孝はサヨナラをつげると、その場を後にした。
男は一人、待合所で座っている。
そしてまたポケットをまさぐり、何かを取り出した。
「こんな時代じゃ役にたたんか……」
大粒の、紫に輝くルビーを見ながら呟く。
「こんなことになった今でも、女は宝石なんぞを欲しがったりするもんだろうか?」
雲の隙間から漏れる太陽光に照らされて、ルビーはこれ以上ない輝きを見せている。
「……まぁ、どうでもいいことか」
そう言うとゴミでも捨てるように適当な方向へとルビーを投げ捨てた。
男はバスを待ち続けている。




