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■謎の男編 その2

「バチン!」


ガムに触れた指の爪に金具のようなものがあたる衝撃を受けた。


「!」


とっさに手を引っ込める孝。

それを見て男は急に笑い出した。


「ははは! 引っかかったな! これはオモチャだよ」


そういえば子供のころ、このようなオモチャを持っていたことを思い出した。

ガムを引くと、ロックされていた金具が外れて爪を打つというオモチャのことを。

男は、愉快そうな笑顔を向けた。

その屈託のない笑い顔につられて、孝も小さく笑った。


「そう、世の中がどうなったのであれ、辛気臭い顔していても始まらんさ。楽しく行かなくちゃな」


そういうと、先ほど手に持っていたガムを手の中に握りなおした後、再度手を開いたときにはなぜかタバコが出てきた。


「!」


驚く孝。

それにかまわず男は言った。


「どうだい? タバコは? こっちはイタズラなしだぜ」


「……いや、俺は吸わないから。それより……」


孝が話し終わる前に男が言葉を付け足した。


「なに、手品だよ。簡単なもんさ。ふふ、コミュニケーションってやつは、耳よりも目に訴えかける方がとりやすいもんなんだよ。百聞は一見にしかず! って、あ~意味違うな。でも、言わんとすることは、まぁ似たようなもんさ」


そう言うと男はポケットからライターを取り出して火をつけた。


「は~うめぇ。タバコとガムの組み合わせってのは最強タッグだな。コーヒーもいいが、やっぱりガムなんだよ。ミントのガムが合うのはメンソールと同じようなものなのかもな。って、タバコを吸わないヤツにいっても伝わらんか」


タバコの煙をきれいなリング状にして吐き出しながら、男は言った。


「なかなか芸達者なようだね、あんたは」


孝は思ったままのことを口に出した。


「なぁに、人身掌握は俺の得意とするところでね。そのためにはあの手この手さ」


そういうと、今度は咥えていたタバコを唇に力を込めた反動で口の中にしまいこんだかと思うと、また器用に口から出して咥えなおした。


「ふふ、面白い人だな」


少なくとも、これまでに孝が会ったことのないタイプの人間だった。

会社の同僚や上司たちはみな出世競争に躍起な人間ばかりで、この男のようなゆとりやユニークさを持つ者は誰一人としていなかった。

そして孝自身も。


『もしかしたら、社会にとって必要なのはこんな人間なのかもしれないな。特に、殺伐したいまだからこそ、こんな人の気持ちを和ませるキャラクターが大事なのではないだろうか?』


一服の清涼剤。

社会が狂ってからというもの暴力と略奪にまみれた日常を送っていただけに、そんな男の愛嬌が心にしみこんだ。


「あんた、何していた人なんだ?」


孝は尋ねた。

男に非常に興味を持ったからだ。


「なにに見えるね? あんたの目からは?」


男は逆に質問で返してきた。

そのとき、孝は思った。

顔の持つ重要性について。

顔はなにも美醜や年齢だけを示すものではない。

髪型や髪の色、その手入れ、ひげのあるなしなどの情報が、その人間がどんな環境どんな職業についているかを示すシグナルであることを。


それが、いまはすべて無となっている。


それを見透かしたかのように男は言った。


「ははは! さすがにわからんよなぁ。みんな同じ顔になっちまったんじゃ!」


笑いやむと、男は突然生真面目な顔つきとなり、自身のことを語り始めた。


「俺はアーティストさ。断じてエンターティナーなんぞじゃねぇぞ! アーティストなのさ。その違い、わかるかい? エンターテイナーができることといったら喜ばせることだけだが、アーティストってのは喜びも悲しみも、怒りも哀愁も、いろんなことを引き出せるヤツのことを言うのさ」

「ま、いまとなっては、だったというほうが正しいか。いまはみんな、何者でもなくなってしまったんだからな」


男は続ける。


「そういう意味で言うと、このおかしな世の中、もし誰かの手によって行われたものなのだとしたら、その野郎もかなりのアーティストだな。それも一流、いやいままでの人間の歴史の中でも、とびっきり一番のな! なんてったって、人類をすべて無個性にしたと同時に誰をも主役にしちまいやがったんだぜ? 分かるか? この矛盾の中に潜む真実を?」


「……」


「地球という大きな舞台に、それぞれがなんの拘束も束縛もないドラマを演じているんだ。シナリオは、ない。すべてアドリブさ。だが、そこには嘘も偽りもまぎれもない。本音の自分だけで生きている。これはかつてないほど大規模で、そして最後となるドラマなのさ。全員が主人公という不思議なドラマ。」


その発言を受けて孝は反論した。


「だがしかし、あんたの言うところのアーティストとやらの仕業で、あらゆるものが破壊されたよ。社会もモラルも、家庭も、仕事も、なにもかも……」


「そのとおりさ。特にこれからの時代、アーティストなんてなんの役にも立たないだろうな。見分けがつかなくなった今、本物も偽者もなくなってしまったんだから」

「歌は心に響かない。そっくりさんが歌っても見分けなんかつなくなったわけだしな。演劇もそうさ。演者が全員同じ顔なんて。くく、それはそれで面白いかもしれんが。絵描きだって同じだろう。肖像画のリクエストなんてするヤツはもうこの世の中にはいないだろう。すべて無用になったのさ、そう詐欺師も……な」

余韻のある物言い。


「あんた、詐欺師だったのか?」


「だから、アーティストだって言ってんだろ? まぁ、そういう解釈も成り立つ職業ではあるけどな」


タバコを投げ捨て、男は続けた。


「アーティストってのは、おしなべて騙すのが本業さ。ロックはガキを騙し、画家は似ても似つかない肖像画を描いて騙し、作家はありもしない出来事をでっち上げて読み手を騙す」

「そして、俺は夢を与えて人を騙す、ってわけさ。詐欺ってのは、どれだけ相手好みに膨らませた夢を与えられるのかが大事なことなのよ。結果、金を失うわけだが、それはなんにでも同じ事がいえるだろ? コンサートを見に行って、一時の感激や高揚した気分を買うのとさして変わりはないのさ」

悪びれる風もなく、男はいった。


「そんな詐欺師が、なんだってこんな人気のないところに? 騙す相手もいないんじゃ商売にもならんだろう?」


ふふ、と口元に笑いを浮かべる男。


そして、とつとつと話し始めた。



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