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■謎の男編 その1

20XX年7月22日 日本・某所 14:19


『いつまで降るんだろう……』


孝は見知らぬ山道沿いに建つ、朽ち果てたバスの停留所に設けられた待合所のベンチに座って、雨がやむのを待っていた。

梢がいる東京へ早く行きたいという焦る気持ちをどうにか静めて。


もし雨の中を強行軍して風邪など引こうものなら、それこそたまったものじゃない。

弱った身体では過酷な旅はもちろんのこと、どこで襲われるかわからない暴漢に出くわしたとき、自分の身を守ることができないからだ。

そんな孝の気持ちなど露ほども知らずに、雨は豪快に降り続けている。


『くそ……』


憎々しげに雨をにらみつけていると、遠く人影のようなものが近づいてくるのが目に入った。

近づくにつれわかったことだが、傘はさしていないし、カッパなども羽織っていない様子。

男だった。

当然、ずぶ濡れだ。


『こんなところに人が?』


こんなうらびれた山道で人に会うなどと思ってもいなかっただけに、孝は少し驚いた。

と、同時に臨戦態勢も取った。

いうまでもなく、暴漢である可能性も考えられるからだ。

が、もし暴漢でなかったとしても相手が食糧などを持っているような場合は、奪うことも考えてのことでもある。

食料は底をつきかけていた。

倫理観などはもうない。

今の孝にあるのは、ただひとつ。

梢に会いに行く。

それだけだった。

殴り、場合によっては殺した後でもお前は彼女に笑顔を見せその地で汚れた手で抱擁するつもりなのか?

そうだとも。それがどうした? そのためには邪魔する者は排除するし、貰えるものがあれば奪う。

少し前までの社会が正常だった頃の感覚などはもはや皆無。

いや、いまのほうがもしかしたら生きるという意味では正しい状態なのかもしれない。


いま、世界中でたくさんの人間が死んでいる。

これはある意味、肉体的にも精神的にも優れた種をふるいにかけ、強固な人類を作り上げるためのイニシエーションなのかもしれない。

弱き者は淘汰。強きものだけが残る。自然界の法則では当たり前のこと。


なぜいままでこんな当たり前のことに蓋をされていたのか?

法律とは? 社会とは? 今となってそれらは単なる害悪でしか無いことが証明された。

顔という個性をロスすることで数千年、いや数万年ぶりに立ち返った本当の人間の姿。

それがまさしく今この時。


増えすぎた人口、不要な弱者を間引いて強く新しい人間が残され、そして繁栄していく。

顔も同じになることで、その束縛の元にあった歪められた社会はきれいに粉微塵となり再度スタート切る。

個性がなくなることで、皆一様にきれいな横並びとなった。

次は、開けた社会が訪れるのかもしれない。



男は急ぐことなくゆっくり近づいてきた。

ずぶ濡れなのもお構いなしに。

そして、停留所につくと孝を見た。

が、驚く様子もなく挨拶もなしに待合所の中に入ってきてポツリと言った。


「次のバスは何時かわかるかい?」


『頭がおかしいのか?』


こんな事態になったのだから、バスなど来ようはずもない。

孝は男を見続けつつ、ポケットの中に忍ばせているナイフを強く握った。

すると男はなおも続けた。


「ふふ、そんな怖い顔するなよ。冗談さ。ただの冗談。面白くなかったかな?」


そう言うと、孝が座っているベンチの横にゆっくりと腰を下ろした。


「沖縄人は雨でも傘をささないんだってな。知ってたかい?」


「……いや」


まだ警戒を解かずに孝は返事をした。


「ま、大雨の場合はさすって話しだけどさ。でも、雨の日に傘をささないのも悪くはないかもな。仕事へも学校へも、また用事があるわけでもなし、雨に濡れたところでなんの問題もない」


「……」


「こんなことにならなけりゃ気がつかなかったことだな。うん、悪くはないね。雨に濡れるってのも。ま、俺は単に傘を持っていなかっただけなんだけどな」


男は降りしきる雨を見ながら、独り言のように話し続けた。


「あんた、なんだってこんなところにいるんだい?」


相変わらず雨を見たままで男は呟いた。

その問いに、孝は言葉少なに返答した。


「東京へ。急ぐ旅なんだが、雨に降られてやむのを待っているのさ」


「東京? なんだって東京なんかに? あんたわかってんのか、いまの状況を? 人が居る場所はいまは危険だ。ましてや東京なんていうと、いつどこで襲われるか分かったもんじゃないぞ」


会話をしてみた印象として、特に害を与える人間ではなさそうだと判断した孝は、梢とのことを話し始めた。

いまだやむ気配のない雨のことを忘れるのにも、人と話をするのは都合がいい。

黙って聞き入る男。

そして孝の話がすべて終わった後、一呼吸置いてからおもむろに胸ポケットに手を突っ込んだ。

その時、孝は一瞬にして警戒態勢をしいた。

鋭い目つきで男の所作を注視した。

それに気がついたのか、男はニッと笑いを見せていった。


「警戒しなさんな。武器なんて出しゃしないさ」


そう言ってゆっくり取り出したのはガムだった。

紙を剥き、口に放り込んだ。

すると、孝にガムを差し向けた。


「あんたも一枚どうだい?」


男の目を一瞥した後、孝はガムを一枚つまみ引き抜こうとした。

その時……

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