■ある女編 その6
20XX年7月21日 日本・某所 14:05
女の案内に従って、後についていく孝。
手にはスコップを持たされていた。
「まさか、強盗の手伝いじゃないだろうな?」
「ははは、それならスコップなんかじゃなくて、もっといい武器持たせるわよ」
「強盗したことあるのか?」
「さあね。想像にお任せするわ」
なんとなく、いやな予感がする。
そんな話をしているいきがけに、法衣を着た集団と出くわした。
上段の椅子に座っている教祖らしき男に対して、平伏している。
なんかの新興宗教だろうか?
それを見た女は言う。
「こんな時代になってもご熱心なことね」
「……いや、こんな時代だからこそ、すがりつくんじゃないか?」
「どうして?」
「人は何もない水平に立たされると、歩くのはおろか立ってすらいられないという話しだ。しかし、視界に木のぼっこが一本でも立っていれば立つことも歩くこともできるという。たぶん、それと同じだろ。目標なり目的なりがほしいんだよ、みんな」
「でも、こんな時代、信仰もあったもんじゃないでしょ? ましてや教祖もみんなと同じ顔してるんだから、一体誰を崇めているんだか分からなくならないのかな?」
「まあな。もしかしたら、崇拝しているのは教祖なんかじゃなくて、崇拝している自分自身なのかもしれないな」
平伏している信者たちをしり目に、孝たちは目的地へと向かった。
そして、一時間ほど歩いた。
着いたのは幼稚園のグラウンドだった。
現場にはブランコが4組あった。
「もしかして、ここを掘り起こすのか?」
「アタリ。ただ、正確な場所は忘れてしまったのよ。たしかここいら辺りなのは間違いないんだけど……」
女はそういいながら、ブランコの鉄柱をスコップでコツコツと突いている。
『よかった』
孝は思った。
なんとなくしていた胸騒ぎが杞憂に終わったからだ。
「そうか、それなら早いとこ見つけ出そう。ところで探し物ってどんなものだ?」
「鉄のカンカンよ。30センチ四方ぐらいの」
「それなら遠慮なくガシガシ掘っていっても大丈夫だな?」
念のため孝は確認する。
「大丈夫。スコップが当たったって壊れやしないわ。遠慮なくやって」
「深さはどれくらいか覚えていないか?」
「浅いはずよ。子供のころに埋めたものだから、そんなに深くは掘れないと思うし」
「わかった」
と孝。
さっそく適当なブランコの柱辺りを掘り始めた。
そして数時間経った。
「ねぇ、セーター脱いだら? 暑くないの?」
「それもそうだな」
さすがにこんなところを梢は通らないだろう、と思ったがやはり思い直して脱ぐのをやめた。
「やっぱり、着ておくわ。なにが起こるのがわからないのが、今の世の中だからな」
「それもそうね。こんな事態が起こるくらいなんだからねぇ。とはいえ、まぁ彼女がここを通ることはないと思うけどさ」
黙々と作業をする孝。
それを見て女はまた話しかけた。
「あんたって、もしかして寡黙な人?」
「なんでだ?」
汗をぬぐいながら、女の問いかけに返事をする。
「いや、だって、全然自分から話ししないしさ」
一息ついて、孝は言った。
「こんなことを言うのも気が引けるが、このパニック以降、他人に対する興味がすごく薄れてしまったんだよ。顔が同じになったことで、もう人として見れないというか」
「ああ、それは分かるわ」
女は激しく同意する。
それは自分がパニック以降に人を殺していたときにも感じていたことだからだ。
「肯定するわけではないが、暴力に走ったりする奴らもたぶん同じだろうな。相手を人として見られなくなったからこそ、安易に暴力を行使してしまう」
「うんうん」
「こんな世の中だから無理もないかもな。ただ、そんなバカげたことも、しばらく経てば終わるとは思うが」
「えっ、なんでそう思うの?」
「暴力行為はいつまでも続けられないだろう。そのうち飽きるときがくる。落ち着けば正気を取り戻すことはできるんじゃないかと思うんだ。ただ強盗の類の暴力は続くかも知れんが」
「そうかしら? そういう連中は根っからそういうことが好きなんだよ。飽きることなんてないわ」
女は自分の殺人行為に照らし合わせて持論を述べた。
「まぁ、なかには例外はいるだろうがな。俺もここに来るまでの道のりは決して安易なものではなかった。元からなのか、パニックでおかしくなったのかはしらんが、狂人に何度も出くわしているし、実際殺されかけたこともあった」
「殺されかけたことあるんだ?」
「ああ」
「人殺しか……」
間もなく考えて女が聞く。
「ねぇ、全然関係ない話だけどさ。この顔がある画家の作品ってことで思ったんだけど、なんで有名な画家に女はいないのかな?」
「ん?」
女の突然の問いかけに孝は一瞬考えた。
そっち方面はそれほど詳しくない孝だが、そう言われてみると確かに孝の知る限りでは、有名な画家で女性というのは知らない。
「さあな。そう言えばそうかもな」
「あとさ……」
女は続ける。
「有名な連続殺人犯にも女ってそんなにいないよね? なんでだろう?」
「それはさすがに分からないな」
変わった女だなと孝は思った。
図書館で出会った少年といいこの女といい、どこか尖がった個性を持つ人間じゃないと、この世界を生きていくのは難しいのかもしれない。
その点、自分のような凡人は梢という目的がなければ、とっくに自殺していてもおかしくはなかったろう。
だが、と孝は思う。
もし東京で梢に会えなかったとしても、俺は死ぬまで梢を探し続けるのだろうと。
それまでは死ねないし、また死ぬわけにもいかないのだ。
またも女は話しかけてきた。
「あんたってさぁ、以前はどんな顔していたの?」
「どんなって……説明のしようがないな。普通の顔だよ」
「へぇ、いまの顔よりイケ面だった?」
「どうだろうな。この顔になってからというもの、その辺の感覚はマヒしてしまったから、なんともいえないよ」
「いまなら整形外科医が流行るんじゃないのかな? 顔を変えてもらうためにさ」
「どうだろうな。逆にみんなが同じ顔になったいまとなっては、狂人のターゲットになるだけなんじゃないのか?」
「それもそうね。ある意味みんな平等になったから、顔を変えたらかえって悪目立ちするだろうね」
『顔か……』
孝は顔に少しだけコンプレックスがあった。
しかし、いまとなっては、そんなコンプレックスを抱えていた昔の自分の顔ですら、懐かしくもいとおしく感じている。
顔が変わって以来、まだほんの数日しかたっていないというのに。
そんなことを考えていたとき、スコップの先端になにかが当たる感触が手に伝わった。
「ん!? なんか当たったぞ!」
「ホント?」
孝のほうへ駆けよる女。
「それじゃ、もう少し掘り起こしてみて」
「了解」
孝は少し慎重になりながら、土を掘り起こしていく。
すると、なにか菓子箱のようなものの姿が少し見えた。
「これ! これよ!」
そういうと女は穴に手を入れて土をかき分けだした。
それを見守る孝。
掘り起こしたカンカンを女は大事そうに両手の平で持って見つめている。
「よかったな、見つかって」
そんな孝の言葉に無言で応じる女。
そして、カンカンの蓋を力を込めて開けようとする。
なかなか開かない。
「かわろうか?」
孝は声をかけるが、女は大丈夫だという。
「中身はなんだ?」
孝が尋ねると、女は冗談で返した。
「玉手箱よ」
「ふっ」
その冗談に孝は少し笑った。
ある意味、こんな時代に長生きしても仕方がない人たちにとっては、玉手箱があればどんなに幸せなことだろうと思ったからだ。
間もなくすると蓋は開いた。
蓋の周りには錆がついていた。
そのせいで、開けるのに時間がかかったのだ。
中にはビニール袋に包まれた色紙がたくさん入っていた。
無言のままそれを開封する女。
それを見守る孝。
『タイムカプセルか』
孝は思った。
そういえば自分も小学生のころ、そのようなものを作ったことを思い出した。
女は次々に色紙に書かれている子供たちの夢に目を通していた。
それを横で見ている孝。
幼稚園児にありがちな野球選手になりたいとか、素敵なお嫁さんになりたいとか……どことなくほほえましい。
そのとき女の手が止まり、一枚の色紙を見つめ続けていた。
『私の子供のころの夢、こんなだったんだ……』
『他の子の夢、みんなかなえられたのかな? 今頃どうしているんだろ? ってか誰の顔も思い出せないけど』
『ていうか、今はみんな同じ顔なんだから思い出したところで』
色紙を見ながら女は思う。
『この頃はよく縫いぐるみとか壊したりしていたことぐらいしか覚えてないな……』
『はは、それにしても笑っちゃうよね。まさか殺人鬼になるなんてさ。当時は考えてもいなかったろうけど』
孝は女の異変に気がついた。
泣いているようだ。
女は声にこそ出さないが、なにかをこらえるように泣いていた。
女の横顔からは、きつく目をつむり、滴る涙が点々と地面に落ちていくのが見える。
声をかけるべきかどうか迷った、が結局やめることにした。
その涙の理由には、なんとなく踏み込んではいけない気がしたからだ。
しばらくすると、女は孝に視線を移した。
「ありがとうね。なんだか少しすっきりしたわ」
女は眼を赤くはらしながら言った。
「そうか、それはよかったな」
今の孝にはそれを言うのが精いっぱいだった。
理由は分からない。
ただ、それ以上の言葉は思いつかなかった。
女は色紙をすべてビニールに入れて、カンカンの中にしまった。
そして、元のあった場所に戻した。
「持ち帰らないのか?」
「うん。もしかしたら、私と同じように探しに来る子がいるかもしれないしね」
「そうか、それもそうだな」
「こんな小さなことでも、誰かの生きがいになるかもしれないからさ」
確かに。こんな時代なのだから、些細なことが目的となり、生きがいにもなり得る。
俺とてそうなのだから。
孝は掘り起こした穴を埋めていく。
女もスコップを持ち、同じように作業に従事した。
「はぁ、すっかりくたびれちゃったね」
その言葉を聞いて孝は時計に目をやった。
『もう、あれから5時間も経っていたんだ』
空も夕焼けとなり、そろそろ日が暮れようとしている。
確かに疲れるわけだ。
炎天下に5時間も穴を掘り、しかも孝はその上にセーターまで着ているのだから。
熱中症になって倒れなかったのが不思議なくらいだ。
「それじゃあ帰りますか」
女が言う。
「そうだな」
「約束通り一食振る舞うわ。家へ帰りましょ」
すっかり埋められて、ならされた地面を一瞥してから2人は帰路についた。




