■ある女編 その7
20XX年7月21日 日本・某所 20:36
応接室の椅子に孝は座っている。
女は夕飯の支度にとりかかっている。
間もなくすると、女がお膳を持って現れた。
「肉か?」
お膳に乗せられている手料理を見て、孝は思わず生唾を飲んだ。
ご飯に肉、サラダ、味噌汁……。
ここ数日は菓子パンしか食っていないのだから、それも無理はない。
女はお膳を孝の前に置いて言った。
「さぁ召し上がれ」
「それじゃ遠慮なく」
孝はむさぼるように飯を食らった。
ガツガツと食いつき、あっというまに平らげてしまった。
「お味はどう?」
「ああ、おいしかったよ。ありがとう」
とはいうものの、肉の味がなんだかクセがあり、はじめて口にしたような味わいだったのが気になった。
結局食べているときには何の肉なのかは分からなかったが、わざわざ尋ねるのも野暮だと思い、そこはあえて気にしないことにした。
「お酒はどう?」
「いや、それは遠慮しておく。少し休んだら出かけるから」
「こんな時間に?」
「ああ、少しでも早く東京に行きたいから」
そう言うと孝は椅子を立ってソファで横になって目をつむった。
間もなくすると寝息が聞こえてきた。
そんな孝の姿を見つめる女。
女はゆっくりと静かに孝に近づいた。
「……」
『もしかしたらこの男なら、他の男とは違う楽しさを与えてくれるかも……』
短い時間での付き合いではあるが女の直感がうずく。
それになによりも孝の目的。今の時代に失われている無垢でひたむきな純真。
実に壊しがいがありそうだ。
孝の顔をじっと見ていたその時、
「ふふふ……」
孝は笑い顔を見せた。
起きているのかと女は一瞬焦ったが、どうやら夢でも見ているのだろうということが分かった。
「なんて無防備な顔だろう」
『そういえば、人の笑顔を見たのなんてなんだかずいぶん久しぶりな気がする』
確かにそうだ。
それまで女は人のおびえる顔しか見てこなかったのだから。
「笑顔か……」
そう一人ごちると、その場を離れて椅子に戻り物思いに耽った。
◆■◆
翌朝。
孝は眼を覚ました時には、すでに日が昇っていた。
「しまった! 寝すぎたか?」
疲れに任せて熟睡したことを後悔した。
しかも、日課の梢への連絡すら忘れていた。
そこまで疲れていたということなのだろう。
「あら? 起きたの?」
「いまは何時だ?」
「9時くらいね、もう行くの?」
「ああ、ゆっくりもしていられないから」
「そう、それなら、途中まで送って行くわ」
そういうと二人、外に出て東京方面へと足を向けた。
「見つかるといいね、彼女」
「ああ、きっと見つけてみせるさ。それよりもいろいろお世話になったな」
「ギブアンドテイクよ。あなたのおかげで、私もなんかスッキリすることができたし」
「そうか」
十分ほど歩いたあたりで、ショベルカーを操縦している男がいた。
女が言う。
「なにしてんだろうね? あの人」
「さあな」
別段興味なさそうな孝。
こんな世の中だ。
いちいち変人に興味を持っていたらキリがない。
「それじゃこの辺で。元気でね」
女が言った。
「ありがとう。君こそ元気で」
そういうと女は手を振りながら孝を見送った。
孝は振り返ることなく、一路東京を目指して自転車をこいでいった。
孝の姿が見えなくなるのを見届けてから、女は帰路についた。
すると、まだショベルカーを操縦している男の姿があった。
「……」
その姿を見つめて間もなく、女は男に近寄って聞いた。
「ねぇあんたなにやってんの?」
女の存在に気がついた男は、そっけない返事をした。
「ん? 別に?」
男の作業を見ていて気がついたのだが、どうやらそこかしこに転がっている死体を埋めているらしい。
またしても問う女。
「ねぇってば、なんで死体なんか埋めているのさ」
また、男がそっけない返事した。
「別に。これといってやることもないしさ」
男は続けて言う。
「昔近所の爺さんがよ、よく道や河原の掃除していたのを思い出したのさ」
「ふ~ん、それであんたもそれを真似しているわけ?」
「さあね、ただ、あの爺さんがそんなことをわざわざやっていたのも、今のおれにはなんとなくわかるような気がするんだよ」
「それってどんな気持ちなわけ?」
「いや、やらずにはおれないってだけさ。それが自分の住む町だからなのか、単なる暇つぶしなのか、理由はいくらでもつけられるだろうけどね」
「はは。あんた、変わっているね」
「そうか? 以前はこんな気持ちなんてなかったんだけどな。このパニック以降、少し変になったのは確かかもな」
「ねぇ、手伝ってあげようか?」
「そうか、好きにすればいいさ。気が向いたら手伝ってくれてもいいし、飽きたらやめてもかまわないよ」
女はさっそく近くにあるショベルカーに乗り込んだ。
「これってどうやって操作するの?」
「ああ、いま教えてやるよ」
男はシートから降りて女の方に近づいたそのとき、女の操縦するショベルカーが突然動き出した。
突然のことに驚く男。
「お、おい! 気をつけろよ! 危ないだろ!」
「あ、ごめ~ん」
「ったく」
怒りながらも男の顔はどことなく、笑顔だ。
「ふふふ」
女もつられて笑った。
なんだか、ずいぶん久しぶりに笑ったような気が、女はした。




