■ある女編 その5
20XX年7月21日 日本・某所 11:44
幼馴染の殺人を皮切りに、女の人殺しはどんどんエスカレートしていった。
また、手慣れてくると殺しにいたる過程も楽しむ余裕ができた。
人を殺すのがとても楽しかった。
恐怖におびえる多彩な表情、人それぞれに違った内臓の色彩と血の香り、そしてその人の人格や背景……。
女の殺人欲は美しいものほど、気高いものを壊すほどに満たされた。
綺麗な女、たくましい男、そしてかわいい子供……。
世間的に価値が高いと思われるものを壊すほど「罪」の意識は一層高まるのも知っている。
たくさん殺した。
しかし、これまで捕まらずじまいだった。
運がいいだけなのか、それとももしかしたらうっすら勘づいた有力者のパパが上手いこと事後処理に立ちまわってくれたのか。
もう分からないことだし、どうでもいいことだけれど。
しかし、それも今は昔。
このパニックで人の顔が皆同じになってしまい、その楽しみは完全に奪われてしまった。
いや、顔だけではない。
内臓や血の香りまで同じになったと女は感じた。
パニックになったおかげで人をさらいやすくなり、さらには社会が正常だったときのようにばれても警察に捕まることがなくなった。
それだけに当初女はこの状況の到来に狂喜し、歓迎すらした。
「これで好きなだけ人殺しを楽しめる」
と。
しかし、いざ人をバラしてみるとその喜びはすぐ落胆へと変わった。
先にも述べたように、人がみな同じだからだ。
さらには「罪」の意識がほとんどないということにも幻滅した。
そう、同じになってしまったことでそれまで背負っていた人々の背景も霧散してしまい、また社会が機能しなくなったことにより法が罪人に背負い込ませる罪悪感もなくなってしまったからだ。
そしてなおも考える。
『私は人を殺すことが好きなのか? それとも個性を殺すことが好きなのか?』
と。
死んだ男の死体をつまらなそうに見つめながら思った。
そしてなんとなく外の空気が吸いたくなった。
手を洗い、いつもの癖で鏡を見てどこにも血がついていないのを確認してからドアを開けた。
もう、そんなことは気にしなくてもいい時代になったというのに。
「う~ん」
日の光を全身に浴び、ノビをする。
「はあ、いい天気だわ」
何とはなしに辺りをみまわすと、そこには一人の男が地面に座っていた。
この暑い中、セーターを着ている。
そう、孝である。
女は一瞬、バカなのかと思ったが、それ以上にそのいでたちに興味を引かれて孝に近づいた。
ただし、ポケットの中に忍ばせている手中にはメスが握られている。
もし暴漢だった場合はすばやく対処できるようにと、考えてのことだ。
孝に近づき、話しかける。
「あんた、なんでこんな暑いのにセーターなんて着ているの?」
まもなく孝は、けだるそうに女を見上げた。
「聞きたいのか?」
「うん。興味あるね。もしあんたがバカだと判断したらもう相手にしないけどさ」
「それじゃあ交換だ。このセーターのことを話してもいいが、なにか食料をわけてくれないか?」
女は思った。
このご時世どれだけ食料が貴重なものなのか、この男は分かっているのかと。
しかし、女はいまかなり退屈をしていた。
そしてさらに言った。
「この顔の正体を知りたくはないか?」
と。
そちらの話にも大いに興味を惹かれた。
このくそったれた顔面がいったいなんなのか?
男はそれにまつわる何らかの情報をを知っているのだという。
もちろん嘘かもしれないが、それは聞いてみないことには判断のしようがない。
それにもし嘘なり話が退屈だった場合は、男をバラしてしまえば気は晴れるだろうとも考えた。
「いいわよ。一食でよければ分けてあげる」
女はそう言うと、孝についてこいと目で合図を送った。
孝を招き入れたのは、もちろんさっきの手術室から遠く離れた応接室の中だ。
万が一にも、血の匂いで殺人現場を勘づかれたくないからだ。
椅子をすすめ、対座する。
「それじゃあ話してちょうだい」
「悪いが食べ物が先だ。信用しないわけではないが、話し損にはなりたくないからな」
「それはお互い様なんじゃないの? あなたが嘘をつかないとも限らないし」
「……」
お互い見つめ合う。
が、女は椅子を立った。
「まあいいわ。それなら先に食事を分けてあげるわ。少し待っていてちょうだい」
間もなくして、食事が用意された。
といっても、菓子パンが2個ほどだが。
差し出された菓子パンを孝はむさぼるようにして食べた。
それだけ腹がすいていたのだ。
手持ちの食糧が底をつき、腹が減ってもうこれ以上は動けないというところで、この女と会ったのだ。
なんという偶然だろう。
孝は神様はいるもんだなぁと、食べながらぼんやりと思っていた。
相手は殺人鬼であることも知らずに。
食事を終えて、一息ついたところで女は切り出した。
「それじゃあ話していただけるかしら? あなたがこのくそ暑い中、なんでセーターを着ているのかということ。それとこの顔について知っていることを」
「ああ、いいだろう」
そういうと、孝は話し始めた。
梢を探すために、そのシグナル目的でわざわざセーターを着ていること。
そして図書館で会った少年から教えてもらった、この顔がある画家の作品からとったであろうことについてを。
孝の瞳を見つめながら、女は興味深くふんふんとうなずきながら話を聞いている。
「以上だ」
孝は話を打ち切った。
「なるほどねぇ」
女はいいながらケータイを取り出し、いま孝から教えてもらった画家の名前で検索してまもなく出てきた画像イメージをじっと見つめていた。
「本当だわ。この顔ね。間違いないわ」
独りごちつつ、ケータイを見続ける。
「でもなんで、アダムとイブなんだろうね?」
「この奇病を考えたやつは人類をリセットしたかったんじゃないのか、というのが俺にその顔の正体を教えてくれた男の意見だよ」
「リセットねぇ。それにしても迷惑な話よね。リセットしたいなら自分だけすればよかったのに」
「まあ、多くの人はそう思っているだろうな」
「ところで恋人の話だけど、見つかるといいね」
「ありがとう」
「探し物かぁ。こんな時代だもの、なんでも目的があるってのはいいことだよね」
そういうと女は自分の身に置き換えて、考えてみた。
『この後私はどうなるんだろ? 飽きずに人を殺していくだけなのだろうか』
そんなことをボンヤリと考えたいたときに、ふとあることを思い出した。
『探し物……あった!』
女は思い出した。
つまらないものだけど、探し物があることを。
そこで女は孝に話しかけた。
「ねぇ、悪いけど手伝ってもらいたいことがあるんだけど」
「悪いが急ぐ旅なんでね。食事はさっきの話と交換だったわけだし」
少し考えて女が言う。
「それなら、もう一食。それでどう?」
「……どれぐらいの時間がかかるんだ? 急ぐ旅なのでそう時間を割くわけにはいかないんだが」
急ぎたい気持ちもやまやまだが、空腹がもたらす危険性をいやというほど実感したばかりなだけに、食べ物の重要性を軽視することはできなかった。
「そうね。半日かかるかどうかぐらいかしら?」
孝は考えたが、間もなく返事をする。
「いいだろう。それなら請け負うよ。で、なにをしてもらいたいんだ?」
「ちょっと待っていて」
そういうと女は部屋を出て、間もなくするとスコップを2つ持って部屋に入ってきた。
「はい、これ」
「何に使うんだ?」
いぶかしがる孝。
「それは行ってのお楽しみよ」
そい言うと女はウインクを一つして部屋を後にした。




